公益財団法人日本国際フォーラム

新疆の人権問題をめぐる日米の政策協力を進めていくためには、日本側の議論に、以下の特徴があることを認識することが前提として必要であろう。それは、日本の人権擁護論者にはリベラル派が多く、比較的中国に寛容であるため、必ずしも人権という観点から新疆問題に関する議論が深まらないという特徴である。この状況を変えるためには、米側から日本に対して、新疆の人権問題に関する確実な証拠をこれまで以上に多く示し、情報量で中国側の主張を圧倒することが重要である。

問題の位相

ウイグル人をはじめとする少数民族市民の収容は、いつ頃どのようにして始まったのか。2014年春の習近平の新疆訪問と第2回中央新疆工作座談会以降、「反テロ人民戦争」の号令の下、スパイウェア・アプリ、顔認証システムなどを用いた、新しいタイプの監視が広まった。さらに2016年8月には新疆ウイグル自治区の党委員会書記が交代となり、新たに就任した陳全国書記の下、2017年3月には「新疆ウイグル自治区脱過激化条例」が制定され、政策の法的根拠が整備された。人工知能を駆使した世界でも類を見ない監視社会が形成されるとともに、いわゆる「再教育施設」が新疆各地に設置され、少数民族市民の予防的な拘禁、大規模な収容が進められた。

中国共産党は、「職業訓練」を通じた貧困層の就業促進により社会の安定を実現するという名目で、「再教育施設」の存在を正当化してきた。施設で「職業訓練」を受けた人の数は、2020年9月に国務院が発表した「新疆的労働就業保障」白書が示唆するところによれば、100万人を超えると推定される。施設では「職業訓練」の名目で少数民族の再教育、具体的には中国語、中国の歴史と文化などの学習が行われており、強引な同化政策であると批判されている。こうした収容のほかに、「貧困撲滅」のための就業促進、その一環としての綿花畑での強制労働、少数民族の女性に対する不妊手術の急増などが、近年世界的な非難を浴びている。

中国側の認識

少数民族の職業訓練、就業促進の一環という名目での強制的動員、不妊手術の奨励といった政策に対し、中国共産党のもとでコントロールされている中国国内の世論からは、ほぼ批判の声が聞かれない。ウイグル人などが主犯とされる「テロ事件」に対し、今なお被害者意識が根強く存在することも重要である。そうした中国国内の世論からすれば、「テロ」の再発防止策を兼ねた「貧困撲滅」は歓迎こそされ、批判の対象とはならない。それによって中国政府にとっての「新疆社会の長期的安定」が実現するのであれば、中国国内では世論の支持が見込めるのである。

いわゆる強制労働の論点に関しては、動員自体は中国のメディアも否定しておらず、むしろ少数民族を大型バスなどに乗せて綿花畑に送り出す様子などを宣伝している。この動員は、「反テロ」と「貧困撲滅」の政策論理によって中国国内では肯定されている。またいわゆる強制不妊の論点に関しては、少数民族の出産数を2人ないし3人までに制限し、「テロ」の温床と見なされている少数民族の貧困世帯の「子だくさん」を解消することで、次世代に「テロリスト」を生み出さないようにし、「新疆社会の長期的安定」を実現するという政策論理が中国共産党にはある。これも予防的かつ大規模な、新型の「テロ対策」の一環と言えよう。

しかし、職業選択、不妊の選択の自由を当然のものとする欧米社会では、中国の論理が肯定的に受け止められることはなかった。さらに在外ウイグル人が中国に帰国後、拘束される事例、新疆に住む肉親と音信不通になる事例、新疆からの亡命者が人権侵害の実態を告発する事例などが相次いだため、欧米社会は一致して中国非難を強めた。中国と欧米の認識のギャップが浮き彫りとなった。

日本側の議論

日本で新疆問題に対し、特に関心が強いのは、強制労働の論点に直接関係する経済界である。代表的な例がユニクロである。アメリカでの輸入差し止め、フランスでの捜査などで、ブランドのイメージは著しく悪化している。中国でビジネスを行う日本企業からすれば、政治の議論に巻き込まれたくないというのが本音のようである。

日本には中国と欧米双方の影響が見られる。中国の影響に関して言えば、中国側の主張に共感的な声が、左派を中心に今も一定数存在している。具体的には、西側のジェノサイド批判には根拠がない、西側にも人権問題があるといった議論である。中国とのあいだで政治問題に関わりたくないビジネス界の一部には、親中派の主張に好意的な声もある。もっとも、親中派の主張が一般の日本国民のあいだに浸透しているとは言えない。香港問題の報道などを通じて、人権に関する中国のイメージはもともととても悪いからである。

同時に、新疆の人権侵害の事例が主に欧米のメディアを経由して紹介されつつある。しかし日本における議論の特徴は、人権活動家がこの問題をあまり取り上げないところである。日本の人権擁護論者にはリベラル派が多く、比較的中国に寛容で、中国の問題を見て見ぬ振りをする傾向がいまだにある。一方、中国の問題を批判するのは、いわゆる右派が多い。そのため日本では、必ずしも人権という観点から新疆問題に関する議論が深まらない傾向がある。日本における新疆問題に関する議論が、欧米諸国と違い、これまでさほど活発でなかった背景には、(中国との経済的つながりの強さもあるが)そもそもこのような国内事情があった。もっとも、人権侵害の事例が次々に明らかになり、そのような状況は徐々に変化しつつある。今後いっそう変化を促すためには、米側から日本に対して、新疆の人権問題に関する確実な証拠をこれまで以上に多く示し、情報量で中国側の主張を圧倒することが重要である。