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「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大―」2021年度第4回定例研究会合

「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大」研究会

2021年度第4回定例研究会合メモ

 

「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大―」研究会は、さる1027日、定例研究会合をオンライン開催した。メンバーの小森雄太・笹川平和財団海洋政策研究所研究員より、「気候変動と海洋安全保障―トリレンマを解決するテコとして―」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

 

1.日 時:20211027日(木)18時~20

2.場 所:日本国際フォーラム会議室の対面および ZOOMミーティングによるオンライン

3.出席者:

[主 査] 伊藤  剛 JFIR理事・研究顧問/明治大学教授
[顧 問] 坂元 茂樹 神戸大学名誉教授
石川 智士 東海大学教授
合田 浩之 東海大学教授
小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員(報告者)
西谷真規子 神戸大学教授
山田 吉彦 東海大学教授
渡邉  敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
渡辺 紫乃 上智大学教授
JFIR 渡辺 まゆ 理事長
菊池 誉名 理事・主任研究員
佐藤  光 特任研究助手 ほかゲストなど多数

4.協議概要

(1)小森雄太・笹川平和財団海洋政策研究所研究員による報告 :

人類と海洋との主な関わりは、「(経済)開発」、「環境(保全)」および「安全(保障)」に大別される。この関わりには、「開発」の進展により、「環境」が悪化することが懸念される一方、「安全」を維持・強化するために「開発」をより進めなければならないという海洋の「トリレンマ(Trilemma)」とも言うべき構造が存在する。この構造の包括的な取り扱いを目指した国連海洋法条約(UNCLOS)を含め、これまでの海洋ガバナンスは個別のテーマを個別に取り扱ってきた側面がある。しかし、違法・無報告・無規制(IUU)漁業や海洋保護区など、開発と環境、安全が複雑に絡み合う問題が顕在化するという前提条件の変化により、日本国内の海洋基本法や海洋基本計画をはじめ、総合的なアプローチとしての海洋政策が各国で推進されるようになった。この傾向に拍車をかけるのが 、地球温暖化に由来する(とされる)気候変動である。

気候変動の特徴として、海洋ガバナンスのあらゆる分野に影響を与え得ることである。例えば、地球温暖化に伴う海水温上昇と氷塊の融解などによる影響により、沿岸域や標高の低い島嶼国が水没する可能性がある。また、沿岸部のみならず、内陸部にも猛暑による干ばつ、そして大雨による洪水をもたらし、人々の生活基盤や社会全体を不安定化させる大きな原因となり得る。そのため、気候変動に求められる対応として統合的なアプローチが求められる。単なる環境問題としてのみ捉えることは適当ではなく、経済的な側面や安全保障の側面にも注目した統合的あるいは包括的なアプローチが求められるが、「海洋のトリレンマ」と同様の構造的問題を有している。

この気候変動への対応について、日本では法令上、環境省、経済産業省、内閣官房、外務省、農林水産省、国土交通省および人事院が気候変動に関する事務を所掌する省庁であり、気候変動は環境問題あるいは経済問題として認識されている。実際にはこれらの省庁のみならず、内閣府や総務省などにおいても気候変動への対応は行われているが、これらの省庁のなかに自衛隊や海上保安庁、警察といった国防組織や法執行機関は含まれていない。即ち、日本では安全保障上の課題というより、あくまでも環境問題あるいは経済問題として気候変動が認識されている。改正国家行政組織法により、制度上は各府省が主体的に府省横断型政策課題の処理が可能となったが、気候変動への対応は開発と環境の両立が求められるものであり、開発や環境を所管する府省の何れかが主導する場合、どちらかに偏った施策となることが懸念される。そのため、国内における課題と海外における課題を踏まえると、気候変動への対応においては、内閣官房のような政策の総合調整を担う省庁を所管省庁とすることが適当である。

一方、国際情勢における気候変動を考えた場合、深刻化する米中対立はあらゆる国際問題を検討する際の前提とせざるを得ないものの、海難救助(SAR)に代表されるように、外交・安全保障上の対立を形成している関係国が例外的に積極的な連携を進めることもある。例えば、2021年4月に開催された気候変動サミット直前に、気候変動で 「米中が互いに協力していく」とする共同声明が発表されるなど、利害が重なる分野では協調する姿勢が示された。そのため、予断は許さないものの、気候変動を米中対立解消のテコとして位置づけることは十分可能である。また、国際的な気候変動への対応においては、「(経済)開発」と「環境(保全)」の両立が求められるが、 経済に大きな影響を与えるという点で国家の持続可能性、即ち国家安全保障に直結する。気候変動への対応においても、環境保全へ過度に重きを置いてしまうと、経済成長を阻害するのみならず、国家安全保障への重大な支障を来すことが懸念されるため、国家安全保障にある程度配慮した形で各国が取り組み得る行動計画を策定することが重要となる。気候変動に関する国際的な取り組みとして、パリ協定や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、それに基づく常設機関が存在し、一部の取り組みは着実な成果を上げている。しかし、人道支援や災害復旧(HA/DR)を含む安全保障分野を包含したものとは言い難いのも事実であり、気候変動サミットにおいて各国が発表したCO 2排出量の削減目標が基準年も目標値もばらばらであったことを鑑みると、ある程度統一的な基準を設定することも重要である。

これらの現況を踏まえ、気候安全保障を進めるために、例えば統一的な海洋状況把握(MDA)の運用など国際的な取り組みが必要である。日本では、20185月に閣議決定された第3期海洋基本計画においてもMDAの重要性を踏まえた情報収集体制や情報の集約・共有体制の整備、国際連携・国際協力の推進が規定されている。また、安全保障政策の基本的指針である「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について(30大綱)」においても、「グローバルな課題への対応」という文脈においてMDAの重要性は指摘されており、MDA を実施するための体制の整備は安全保障上の喫緊の課題である。海上保安庁では「海洋状況表示システム(海しる)」の運用を開始するなど、MDA を実施する上で欠かせない海洋情報の集約・整理に関する取り組みも進められている。

MDA においても統一的な基準による取り組みが求められるが、安全保障に直結し得る取り組みであるため、各国の利害が一致しないことが想定される。その際、船舶監視のみならず、海洋観測全般に関する国際協力体制の構築を目指す欧州の取り組みが参考になる。MDAの対象拡大は、外交・安全保障を超えた取り組みとしての気候変動対策の可能性を広げるものである。これまでの安全保障を前提としたMDAから一歩踏み込んで、海洋に係るあらゆる分野を対象としたMDAに拡大することにより、気候変動への対応のみならず、国際的な海洋政策全体への貢献を期待することが可能となる。気候変動対策を証拠に基づく政策(EBP)へと昇華させるためにも、外交・安全保障分野での連携促進に加え、統一的な基準に基づくMDAなどの取り組みを通じた科学的知見の集積や分析・評価が重要になる。

気候変動は地球規模の変化であり、その影響や連関を実感することは難しい。一方、気候変動の影響を低減させたり、生じ得る被害から復旧させたりといった技術や取り組みはすでに幾つか存在しており、その普及を待つのみといった状況でもある。そのため、我々に課された課題はハード的な取り組み以上に、ソフト的な取り組みであり、その1つとして気候変動に関する価値観を形成するとともに、その価値観を共有し、かつあるべき方向へ進むことである。

 

(2)自由討議

小森メンバーの報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

参加者:コロナに関しても各国の協力体制が整わないように、気候変動の重要性を理解していても政治的リーダーの決断と行動による部分が大きい。単に環境破壊を止めるということだけでなく、グリーンエコノミーやブルーエコノミーの発展など関連する様々な課題がある。気候変動を安全保障の一課題と位置付けることは議論として分かりやすいが、実現していく段階においてリーダー国およびリーダーとなる指導者が先導することが必要となる。気候変動は、国家にとってなかなか緊急性を感じない部分でもあり、公共財の提供は国家にとって負担でもあるため及び腰の部分もある。気候変動を安全保障の一課題と位置付け、実行していくためには何が必要となるのか。

小森メンバー:IPCCやパリ協定などのような取り組みは、気候変動対策として「攻めの取り組み」である。しかし、安全保障上の脅威と捉えるならば、気候変動への対応という「守りの取り組み」により、本来の安全保障に係る業務が滞る可能性がある。気候変動は先進国や途上国を問わず、影響を受けるため、多国間によるボトムアップの対応が望ましいが、現実的には米中のような大国がリーダーシップをとって実行する必要がある。

参加者:気候安全保障を考えるうえで、多様なアクターが関係するなかでどのレベルのアクターへの働きかけが最も重要かつ効果的か。

参加者:予算を付けることは重要であるが、それによってアクターが何を成すかがより重要になる。その意味で、産業界を含め民間アクターは気候変動に対してどのような役割を果たすのか。

小森メンバー:例えば、再生可能エネルギーの推進を考えた場合、その推進によって余剰電力の減少を招いている部分もある。その解決として石炭火力や原発の割合を増やすことは、別の問題を生じさせる。コロナの影響で人の移動が減ったことが、結果として環境面に良い影響をもたらした面があったことを参考に、気候変動における新たな大きなアクションを民間セクターも考えていくことが重要である。

参加者:気候変動問題は政府にとっても企業および民間にとってもコストであり、マーケットメカニズムでは対処できないと考える限り進展しない。気候変動への対応によって具体的に得られる利益へのインセンティブが働かないと先に進まない。インクルーシブな社会を目指すことでさらなる成長につながる枠組みが構築される必要がある。

小森メンバー:CSRやゴミ処理などの位置付けで産業界では捉えられている。より大きな経済的な部分で議論を進めない限り、持続性を担保することができない。

参加者:①気候変動が安全保障上の脅威であることには総論として賛成できるが、日本の政策のなかで十分に認識され実行されていない。この状況について、日本が例外なのか、国際的に共通したものなのか。②気候変動による災害において最も活動しているのが自衛隊であるが、気候変動による安全保障上のリスクに対する防衛省のスタンスはどのようなものか。③戦略的に考えると、気候変動問題をどう扱うかは岸田政権にとって重要となる。米中関係が悪化するなかで米中が協力できる分野が気候変動問題であるが、気候変動対策に関して今後岸田政権において大きな変化はあるのか。

小森メンバー:防衛省は20215月に気候変動のタスクフォースを設置するとともに、従来行われてきた北極や北極海航路に関する調査研究をより進め始めている。また、米国はオバマ政権の頃から国家として動いているが、日本も遅ればせながら気候変動に対する認識を改めている。気候変動により激甚化した災害への対応などへリソースを割くことが増えていることに伴い、通常の安全保障上の課題への対応へ支障を来しかねないことを防衛省は懸念している。そして、気候変動対策については菅政権の頃から進められてきたが、岸田政権においてその方向性が変わることはないと考えられる。これらの状況を踏まえると、気候変動対策に関して、日本が例外的に遅れているとは言えないが、先進国で比較した場合、遅れている面はあるかも知れない。

参加者:オバマ政権時にはグリーン艦隊構想などの積極的な取り組みがあったが、日本のこれまでの対応を見る限りは世界的には標準的なものだと考えられる。SDGsの問題に関して、ダボス会議の報告書(「Better Business, Better World(より良きビジネス より良き世界)」)では、「SDGs2030年までに12兆ドルの新たな市場機会を産み出す」と指摘されている。この背景として、SDGsを定めたアジェンダのなかにパートナーシップの条項があり、すべての国およびすべてのステークホルダーはアジェンダを達成することを謳っており、そのなかには企業も当然含まれる。日本企業がSDGsに貢献している分野について経産省が公表しているが、気候変動に対して国家だけでなく企業や市民社会も貢献が求められている。

参加者:①米国においては気候安全保障に関する研究は80年代から進められてきたが、2010年代以降正式に気候変動は安全保障問題として言及され、バイデン政権においては外交政策の基軸の一つとして取り扱われている。また、国防省は気候変動による北極海航路の拡張とロシアの影響力拡大を地政学的脅威として主張していた。しかし、これらは各国の国家安全保障問題であるため、国家間で対応することは難しいものである。北極海航路の問題にしても、ロシアの脅威は米国にとっての問題である。したがって、各国の国益に関する問題を国際的なフォーラムにおいて議論し、ルールを定めることは難しいが、どう考えているか。②トリレンマの議論に関して、経済と環境は先進国の間でグリーン・リカバリーという考え方によって、クリーンエネルギーの開発を主軸にして経済成長を進めることが主流となっている。少なくとも、先進国では経済と環境を共に推進する考え方が生まれている。中国も同様の考え方のもと、クリーンエネルギーでリーダーシップをとっているが、中国のエネルギーミックスの6割は石炭火力である。石炭火力への依存は途上国共通であり、中国は途上国を代表する立場として先進国間の競争に加わっている。クリーンエネルギー開発での協力と石炭火力の削減での協力について米中の利害関係が異なるなかで、気候変動分野での協力が進められるのか疑問である。7月のG20においても石炭火力の削減で合意ができず、カーボンニュートラルの目標についても合意できなかった。各国の利害対立が強すぎて議論がまとまらない恐れがあるなかで、気候変動において米中の協力はどの程度可能なのか。

小森メンバー:気候安全保障に関して、各国における個別の国家安全保障上の課題が中心であることには同意である。一方で、想定される共通の被害もあるため、具体的な課題への対応において連携する可能性はある。また、米中の協力に関して言えば、技術覇権の問題などもあり難しい面がある。一方で、中国は自らが加わる国際約束について、中国独自の解釈に依拠する傾向が見受けられるものの、それを遵守することは間違いない。先進国の立場として振る舞うか、あるいは途上国の立場として振る舞うかの違いはあれ、中国の力にも限界があると考えられるため、ある程度理性的に行動すると期待できる面もある。

参加者:気候変動は地域的な面も強くあるため、米国とカナダ、欧州国間のように地域的に協力関係を構築しやすい。同様に、アジアにおいても黄砂などの地域的な問題がある。そのため、国際的な大きな枠組みの前に、各地域で何ができるのかを考えていくことが先決となる。米中間で協力の可能性など指摘されるが、技術覇権の問題も含めて全体的なフレームワークを考えていく必要がある。

参加者:気候変動に関する国際協力は安全保障上の戦術でしかないとも指摘できる。日本がどのような貢献が可能かを考えるうえで、MDAの体制をより強化・確立することが急務であり、MDA体制の強化が進まなければ近年の日本近海で生じている海洋問題に対処することもできない。

 

以上、文責在事務局