公益財団法人日本国際フォーラム

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シリーズセミナー「中国を如何に捉え、どう向き合うかー中国の対外行動を突き動かしているダイナミクスを読む」

当フォーラムは、「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―」(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)プロジェクトの一環として、シリーズセミナー「中国を如何に捉え、どう向き合うか 中国の対外行動を突き動かしているダイナミクスを読む」を開催しているところ、その第3回「中国の国家安全をどう捉えるのか」をさる20211025日に開催した。その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2021年10月25日(月)18時~19時
  2. 開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン
  3. プログラム
    開 会
    [モデレター] 加茂 具樹 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学総合政策学部教授、学部長
    [報  告] 諏訪 一幸 静岡県立大学教授「習近平の統一戦線工作」
    井上 一郎 関西学院大学教授「中国政治のなかの中央外事工作委員会」
    [コメント] 飯田 将史 防衛研究所米欧ロシア研究室長
    討  論
  4. 出席者:約210
  5. 議論概要:

本セミナーは、モデレターの加茂具樹教授による進行のもと、諏訪一幸教授および井上一郎教授による報告、飯田将史室長によるコメントおよび討論(聴取からの質疑応答含む)、の順で議論が行われた。それらの概要は次のとおりであった。

(1)諏訪一幸・静岡県立大学教授による報告「習近平の統一戦線工作」

統戦工作とは何か。習近平は毛沢東の発言を引用して、「いわゆる政治とは、我々側の人間を増やし、敵側の人間を減らすことである」としている。改革開放期の中国共産党(以下、「党」とも言う)政治は、「党統治の強化と社会の安定」実現を目指して展開されてきたが、そのために「党外勢力の取り込みと排除」を行うのが統戦工作である。

統戦工作とその展開を理解するにあたっては、以下の三点を抑えておくことが必要だ。第一に、「取り込み可能者・必要者」(以下、「工作対象者」とも称す)に対しては、「管理・浸透」と「異見の集約とフィードバック」という双方向の政治が行われる。第二に、一部の「取り込み不可能者・不要者」、すなわち、敵対勢力に対しては闘争、排除、撲滅という、党からの一方的な強制力が行使される。第三に、統戦工作は国内に限定されない。国家戦略レベルでみると、毛沢東時代の「中間地帯論」や「三つの世界論」がそれに該当する。

統戦工作が有効視される限り、党の存立基盤は「敵の存在」を前提としている。「強さ」に絶対的価値を置く習近平政権ゆえ、国内外在住の如何に拘わらず、異端に対する敵意は自ずと強くなる。厳しさを増す少数民族政策に対する海外からの批判に、政権が強く反発する所以である。

以上に加え、習近平政権下の統戦工作には2つの特徴がある。第一の特徴は、工作対象の拡大だ。政権は、「新興メディア従業者」などからなる「新社会階層関係者」を新たな工作対象者に統合整理し、私営企業主らとともに、最も重要な工作対象者と位置付けている。第二の特徴は、共産党による領導強化だ。そのための典型的な措置は中央統戦工作領導小組の設立と、大規模な機構改革による中央統戦部の権限強化である。

ところで、今年8月以降、「共同富裕」問題に人々の耳目が集中している。貧富の格差拡大に歯止めがかからない中、共同富裕実現に向けて、習近平指導部が動き始めたことは大いに評価できる。また、鄧小平が先富と共同富裕の両者実現を目指しながらも 、それを成し得なかったことに鑑みれば、習近平にとっての共同富裕実現は、まぎれもなく「鄧小平超え」を意味する大事業である。

しかし、その実現を目指して導入された政策(巨大IT企業からの罰金徴収や実質的な寄付の強要、芸能界への締め付け、塾の非営利化など)は、統戦工作によって期待される社会の安定化実現という観点からして、首肯し難いものだ。なぜならば、党が唐突に開始した取り締まりの対象者こそ、近年の統戦工作において最も重要な工作対象者となっている新社会階層関係者や私営企業主らだからだ。

中国大衆の豊かさ実現と国際社会における国家地位向上に、彼らが果たしてきた役割は否定すべくもない。こうした成果は統戦工作あってのものとも言える。それにも関わらず、習近平は今後、共同富裕なるものの実現のため、党と二人三脚を演じてきた人々を強権を以って抑え込もうとするのであろうか。これは、「第二の反右派闘争」とも言えるのではないか。長期化を目指す習近平政権の行方は、統戦工作の観点からも目が離せない。

(2)井上一郎・関西学院大学教授による報告「中国政治のなかの中央外事工作委員会」

中央外事工作委員会は、習近平時代第二期の2018年に、中央外事工作領導小組が昇格するかたちで創設された組織である。党、政府、軍に跨がる幅広い中国の外交政策決定の過程において、総合調整を行う党中央の組織として、かねてより中央外事工作領導小組が存在した。但し、この組織は政策決定というよりも、政策の提言、諮問、あるいは意見交換の場としての性格が強いとみられてきた。しかし、中国では外交政策の決定と実施における縦割り、調整の悪さはしばしば見られ、この組織は十分機能していないのではという指摘もなされてきた。小組から委員会に昇格したことにより、政策決定権限は強化され、日々の活動を支える事務方機構も中央外事工作委員会弁公室として格上げされた。ただし、第1回目の会合の後、関連する公式報道はほとんど伝えられていない。

中央外事工作委員会設立への動きは、習近平時代になって活発になった中国の大国外交、習近平自身の外交問題への積極的な関与、と同時に、政府部門に対する党中央の政策決定や執行への関与の強化と連動している。2013年末にはすでに中央国家安全委員会が設立された。また、それ以前にも、多くの小組が設立され、その多くのトップに習近平が就いており、このような動きは習近平自身の権力基盤強化の一環とも見られている。習近平が2012年に中国の最高指導者の地位に就いた際、それまで続いた有利な国際環境の下、高まる国力を背景に積極的な大国外交が可能となった。一方で、近年の中国の脅威認識は、むしろ国内から来るテロなどの非伝統的安全問題に強く意識が向かうようになった。今日の米中対立を別とすれば、中央国家安全委員会は、主に国内からくる国家安全に対する脅威への対応、一方で、中央外事工作委員会には、大国となった中国が積極的な対外政策を進める役割があるとみることができる。

今日の中国外交は、世界戦略のもとで、重層的な多国間外交を展開する能力を獲得するようになってきている。一帯一路構想はスケールの大きな外交戦略と対外援助政策が組み合わされ、かつての単純な二国間中心の中国外交にはなかった発想である。また、近年中国は、体制、価値観をめぐるイデオロギー面での外交まで活発化させている。このような中国の対外戦略の積極化を後押ししている背景には、事務方組織としての中央外事工作委員会弁公室の強化がある。この組織のトップである主任は歴代外交部出身者であるが、次第に党内地位を上げ、今日では楊潔篪は政治局委員に昇格している。そのスタッフも大幅に拡充され、従来、外交部単独では十分管理が届かなかった商務部、国家安全部など他の政府部門、さらには、宣伝部、統一戦線部などの党部門、党政府機関とつながりのある対外交流団体や、地方やNGOとの連携も強化されている。

(3)討論

以上の報告のあと、飯田将史・防衛研究所米欧ロシア研究室長からのコメントを受けて、さらにチャットに寄せられている参加者からの質問も受け付けながら、次のような討論を行った。

飯田室長:諏訪先生に対して次の3点を質問したい。一つ目は、ご報告のなかで、統一戦線工作には二面性があり、党外勢力を取り込むこと、取り込めない相手に対しては排除すること、というベクトルがあること、またその中で20183月の大規模な組織変革によって統一戦線工作が強化された、とのことであるが、これは習近平が国内にどのような課題を見出した為なのか。例えば、2018年の組織変革で、国家民族事務委員会、国家宗教事務局、海外の華人や華僑への工作を行う国務院の僑務弁公室、これらがすべて統一戦線工作の中に統合されたわけであるが、これらの分野において、習近平政権が対処しなければならないとみている緊急性にはどのようなものがあるのか。二つ目は、統一戦線工作は海外も対象になるわけであるが、習近平政権が力を入れている国際的な統一戦線工作にはどのようなものがあるのか。三つ目は、習近平政権の統一戦線工作において、味方を増やすことには「取り込むこと」と「管理すること」の両方の部分が出てくると思われるが、その場合どこまでが「味方」でどこまでが「敵」か、そのバランスをどのようにとろうとしているのか。

諏訪教授:一つ目の質問について、民族、宗教、華人・華僑関連職務を統一戦線工作部に集中させたのは、恐らく習近平が「管理」を重視しているからだと思われる。そして、重視するあまり、相手の特質や特異性を尊重するとの意識に欠けているのではないか。例えば宗教問題にしても、習近平は「宗教の中国化」ということを言い出している。華人・華僑についても、オーストラリアの例が注目を集めているように、華人・華僑の「管理」を強めることで、逆にトラブルを引き起こしている。二つ目の質問については、対象の最たるものは米国になるのだろう。中国はよく「数の論理」をもって自国の主張を行う。例えば中国は、米をはじめとして新疆の人権を批判している国があるが、それよりも多くの国が中国を支持している、と主張して米国などをやり込めようとしている。三つ目の質問について、「味方」の線引きは曖昧である。前述のように「取り込む」よりも一方的な「管理」を強めているようにみうけられる。

飯田室長:井上先生について次の3点を質問したい。一つ目は、ご報告のなかで、中央外事工作委員会設立の背景として、習近平政権の「中国の特色ある大国外交」を進めていくという攻めの外交姿勢があったのではないかとのことであるが、その攻めの外交姿勢はこの委員会の設立でうまく機能しているのか。二つ目は、中国の海洋権益について、20183月に、それまでの海洋権益維持工作領導小組が廃止されて、中央外事工作委員会に、海洋権益に関する情報収集、政策の立案、緊急時対応の策定などの機能が取り込まれたわけであるが、同時に海警局が国務院から軍の指揮下に組織を変更されているが、なぜこのようなことが起こったのか。海洋権益全般に関しては中央外事工作委員会に、しかしその実働に関しては軍に、それぞれ権限を移行させてしまった。このことをどう理解するべきなのか。三つ目は、軍事と外交との関係を、中国がどうアレンジしようとしているのか、である。

井上教授:一つ目の質問について、コロナ禍で物凄い勢いで中国の「電話外交」が展開されており、また「マスク外交」、「ワクチン外交」も展開されているが、これが成功および機能しているかについては、我々の視点と中国の視点が異なっていると見受けられるため、一概に判断できない。例えば、今では米国をはじめかつての西側諸国の多くが中国に対して厳しい姿勢で臨むようになっているが、そのことを習近平政権がどうとらえているのか、体制がトップダウンのために情報がトップに正しく伝わっていないように見受けられる。二つ目と三つ目の質問について、中国の中で外交と軍の関係が必ずしも整理できていないように見られる。伝統的安全保障問題について、どこまでが中央軍事委員会で処理し、どこまでが新しい中央国家安全委員会や中央外事工作委員会で対応するのか、明確ではない。同じことが、感染症などの非伝統的安全保障問題についてもいえる。いずれにしても、緊急事態には現場での対応の割合が多くなるため、軍の比重は大きくなるものとみられる。

視聴者:統一戦線工作において、日本はどういう位置づけにあるのか。また、統一戦線工作と戦狼外交には矛盾があるが、そこはどう理解すべきか。

諏訪教授:2010年に日本のGDPを抜いたことなどを受けて、中国にとって日本の重要度は低下している。日米同盟の強化も、中国にとってみると日本が米への従属を強めているということになり、中国にとっては、日本はあくまでも対米外交を展開する上で考慮を要する相手、すなわち従属変数の位置づけになっているとみられる。次に統一戦線工作と戦狼外交は矛盾しているとのことであるが、中国にとっては矛盾していないのである。今の中国は相手に対して強硬にでることに利益を見出しているのである。統一戦線工作は、本来であれば微妙な対応を必要とするものであるが、今は工作を進める相手に対して、党の指導を強行に押し付けること、それがうまくいっているという認識がある。そのため、対外的にも強硬に出ればうまくいく、との認識が強くあるように見受けれらる。

視聴者:中国は、戦狼外交によって必要以上に敵をつくっているが、こうした方針について中央外事工作委員会が関与しているのだろうか。

井上教授:中央外事工作委員会がどこまで戦狼外交に関わっているのかははっきりとしていない。ただし、中国外交部の党書記に外交でなく国内イデオロギー担当のバックグラウンドの人間が就任するなど、内向きになっているのは確かであり、戦狼外交には国内要因も影響しているのだろう。外交的に相手に強硬になることは、長期的には外交面ではマイナスかもしれないが短期的には組織や自身の利益にプラスになるという考えもあるのではないだろうか。

視聴者:中国の国際的な影響力の拡大で、外交面での戦線が拡大している。こうした外交を担当する人材のリクルートや育成はどのようになされているのか。

井上教授:もともと外事弁公室は政府機能の中にあったが、過去の改組で党に移された。その際に外交部から人材が異動した。今は規模も大きくなり、様々な政府機構から人材がリクルートされているのではないか。

諏訪教授:外交には様々な人材が必要であり、外交のエキスパートというよりもむしろ、習近平思想を体現できる人材、また戦略的思考をもっている人材が集められているのではないか。

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