公益財団法人日本国際フォーラム

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公開ウェビナー「揺れるインド太平洋地域秩序-『AUKUS』と『TPP』がもたらす波紋とは」

「揺れるインド太平洋地域秩序

-『AUKUS』と『TPP』がもたらす波紋とは」

 

2021年10月29日

日本国際フォーラム事務局

 

「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会(主査:寺田貴JFIR上席研究員/同志社大学教授)による公開ウェビナー「揺れるインド太平洋地域秩序-『AUKUS』と『TPP』がもたらす波紋とは」が下記1.~4.の日時、場所、登壇者、参加者にて開催されたところ、それらの概要は下記5.のとおり。

 

1.日 時:2021年10月29日(金)16:00-18:00

2.場 所:Zoomによるオンライン

3.登壇者:

[司  会] 寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
[開幕挨拶] 渡辺 まゆ JFIR理事長
[報  告] 兼原 信克 JFIR上席研究員/同志社大学特別客員教授/前国家安全保障局次長
ヴァレリー・ニケ JFIR上席研究員/仏戦略研究財団(FRS)アジア研究主任上席研究員
寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
[コメント] 河合 正弘 JFIR上席研究員/環日本海経済研究所代表理事/東京大学名誉教授
伊藤さゆり ニッセイ基礎研究所研究理事
岡部みどり 上智大学教授
久野  新 亜細亜大学教授

4.出席者:258名(登録数)

5.議論概要:

冒頭、渡辺まゆJFIR理事長より開会挨拶、および寺田貴JFIR上席研究員/同志社大学教授より本ウェビナーの趣旨説明が行われた後、登壇者による報告、コメント、全体討論が行われた。その概要はつぎのとおり。

(1)兼原信克JFIR上席研究員/同志社大学教授/前国家安全保障局次長による報告

AUKUSの意味を考える前に、まずは安全保障の観点からみた中国について一言述べておきたい。中国経済は、2030年までに米国さえ抜くと見込まれ、この経済成長に伴い、大軍拡が起こっている。既に軍事費の規模は日本の5倍(日本の軍事費5兆円は英、仏、独なみ。米は80兆円)で、米国を抜いたG7よりも大きく、既にアジアでは並ぶもののない規模になっている。また、習近平は、「台湾併合」を歴史的任務と公言しており、個人的には彼は自我の強い特異なリーダーであると理解している。中国はいずれ地域覇権国になるが、グローバルな覇権国になることはない。そのため、長期的には西側陣営がしっかりと連携を取れていれば、中国の台湾侵略の抑止や、関与などは防ぐことができるだろう。

こうした前提に基づき、軍事力の観点から考えると、NATOをもつ欧州正面に比べて、米国の太平洋正面は脆弱である。この地域における米国の同盟国は日・韓・豪・タイ・フィリピンだけであり、NATOと異なり脅威認識はバラバラである。昨今、Quadを通じてインドを巻き込んでいるが、同国は非同盟が原則の国であるため、戦略的なパートナーとしては重要であっても軍事同盟という形にはならないだろう。一番頼りになるのは南半球の豪州である。面積が米国と同程度でありながら、人口は台湾と同程度の2500万人と小規模ながら豪州軍は米軍と一体化している。

AUKUSは、第一次、第二次世界大戦を共に戦い抜いた、太平洋正面のアングロサクソン族の米英豪が結集してできている。Quad+を考えると、ASEAN諸国はもちろん重要だが、もう一方の片翼は欧州であるため、いかに欧州を引き込むかが、戦略上極めて重要である。主力である英国、フランス、ドイツ、ブリュッセルであり、次いでイタリア、スペイン、ポーランド、また反独裁の立場を最近鮮明にしているリトアニアやチェコなど、欧州全体を引き込んでいくことが求められる。この中で、米国に最も近い英国がAUKUSに加盟したことは、日本にとっては歓迎すべきことであり、英国のCPTPP加入も実施すべきである。

豪州の原子力潜水艦取得については、この問題だけを取り上げて議論すべきではない。世界最高峰の通常動力型潜水艦である日本のそうりゅう型潜水艦の売り込みに携わった経験からすると、豪州は基本的に周囲に外敵がおらず、周辺で潜水艦を使う必要はなく、むしろ1901年の独立以降、米国の戦争に全て参戦しているため、遠方まで航行可能な馬力のある潜水艦が必要となる。今回、AUKUSの文脈で原子力潜水艦を豪州に供与することになったが、フランスと開発を計画していた通常動力型潜水艦では原子力潜水艦並みの馬力の実現は技術上不可能であるため、原子力潜水艦に舵を切ったということだろう。

これに関しては、原子力潜水艦のエンジンとなる小型原子炉技術が核兵器製造に転用しやすいことから、従来その保有は安全保障理事会常任理事国(P5)とインドに限られていた。P5でない豪州に原潜を渡してよいのかという問題があり、加えて豪州自身が環境問題を懸念し原潜保有を嫌がっていた。このような背景から、短期間かつ極秘裏に事が進められ、AUKUS設立の発表がフランスにとって寝耳に水となり、7兆円の計画が頓挫した形になった。

潜水艦の納品は2040年頃とされるが、もう一つ重要なのは、原子力潜水艦が寄港できるドックも整備されるということである。現在、豪州にはこうした港はなく、米国にとっての豪州の戦略拠点化の意味合いもある。太平洋戦争で、日本が米国と珊瑚海海戦を戦ったり、フィジー・サモアに防衛線を引いたのは、米軍が豪州を反撃の拠点とすることを危惧したからである。今、米国は再び、豪州を西太平洋の後衛として戦略拠点化しようとしている。

日本がAUKUSの目玉である安全保障面での科学技術協力に参加できないことは非常に残念である。科学技術の進歩の為には、巨額の資金投入が必要である。リスクも高い。失敗は将来の肥やしとして当然である。民間企業の場合では1000分の3で成果が出ればよい方である。しかし、国家安全保障の世界では、更に高い開発リスクを政府が取らねばならない。成果が出るのは100万分の3でもよい。国家の安全、将兵の命がかかった国家安全保障を担当する政府は、マーケットと比べて桁違いのリスクをとる必要がある。英米はこの点で進んでおり、これに豪州もついていくことになる。他方、日本は科学技術や産業技術において、戦後、完全に科学技術界と安全保障界の関係が切れていることは問題である。米国は科学技術予算20兆円の内10兆円がペンタゴンに流れ、民間にも流れる。しかし、防衛省の開発予算は現在2000億円程度(韓国は7000億円、米国は10兆円規模)であり、早急に考え直す必要があろう。

最後に、改めて欧州を引き込むことは、インド太平洋戦略上、大きな要の一つとなる。AUKUSが、こうした中での重要な礎石となることを期待する。

(2)ヴァレリー・ニケJFIR上席研究員/仏戦略研究財団(FRS)アジア研究主任上席研究員

AUKUSのフランスでの受け止め方について、よくパリが怒っていると言われるが、問題なのは金銭面だけではない。潜水艦開発にかかる契約額は560億ユーロと言われるが、実際には仏ナバルグループの取り分は80億ユーロに過ぎない。さらに、ナバルグループには他の契約もあり、豪州による契約違反に対しては補償金が支払われる。まして、フランスが提案していたのは豪州側が当時求めてきた特殊な要求にも応じたディーゼル型潜水艦である。

最も問題なのは、フランスとの信頼関係、さらには同盟国間の信頼関係に関してである。AUKUS設立発表の2週間前に豪仏2+2対話が開催されたが、その時点では潜水艦は議題にならなかった。バイデン大統領もフランスのような同盟国の重要性を再認識するも、事前の相談はなかった。なお、過去の例をみると、突然の公表には、1972年の中国に最も近い同盟国日本に対する相談なしでの米国の電撃訪中があり、初めてというわけではない。

アングロサクソンの国が結集したことは、アジアでの役割という観点から重要であるが、ここで障害となっているのは、「戦略的自立(L’autonomie stratégique)」という概念である。一部の専門家は、この概念を翻訳する際に、米中間でバランスを保つ、あるいは中立を保つ意図がパリにあると考えている様だが、これは誤りである。フランスは米国が同盟国であることを常に確認しており、気候変動などの特定の問題に対する中国への関与については、米国の立場と一致している。しかし、2010年代半ば以降、中国問題に関する欧州の立場が大きく変化したことが考慮されていない。フランスは欧州において、インド太平洋地域戦略の策定で先頭に立ってきたが、同概念に基づき、どのように我々の利益を定義し、それを擁護するためどのような方法を使うのかが重要となるだろう。

また、欧州のインド太平洋地域への参画に関して、英国は既にEUから離脱しているものの、同国にとってインド太平洋地域は潜在的にも、人口的にも、技術移転の観点からも重要である。フランスでもすでに国防省により2014年時点でインド太平洋の防衛戦略が打ち出されており、これに続いてドイツ、オランダ、そしてEU自体が中国の脅威を考慮した独自のインド太平洋戦略を策定している。このような状況下で、欧州大陸で唯一の軍事大国でもあり、米国の意向に沿って軍事予算を増額するフランスを敵に回すことは、あまり賢い戦略とは言えない。

AUKUS設立によるポジティブな帰結は、米仏間において戦略対話の機会が深められたことにある。恐らく年内には日仏の2+2も再開されるだろう。インド太平洋における共通利益の重要さへの理解が進み、地域の均衡を保つべく不可欠な対話を追求するための新たな機会が生まれている。

他方、ネガティブな帰結は、地域の主要なアクターである日本やインドが除外された点である。地域外のアクターでありながら、この地域に領土を持ち、十分な投射能力を持つ唯一の欧州諸国であるフランスも蚊帳の外に置かれている。AUKUS加盟国の中でも、豪州の軍事力は非常に限定的で、最初の原子力潜水艦が納入されるまでの長い間、この状態が続くことになる。英国については、BREXIT後に同国が直面した困難を考えると、コミットメントの現実性については慎重に考える必要がある。さらに、英国はフランスと異なり、インド太平洋地域に領土という形で直接的な利益を持っていない。AUKUS設立は、(特にFive Eyesを通じて)緊密な関係にある英豪が、米国にさらに依存していくことを意味する。

さらに、AUKUSは長期的視野を踏まえたものというよりもむしろ近視眼的である。中国が同盟国間の繋がりを分裂させようとしている意図が外交面でも確認され、軍事上の脅威でもある中、一部にはソ連の時代のように、敵視する向きもあるが、この地域の戦略的バランスという観点からは、AUKUSが最も効果的な存在であるとは考えにくい。

(3)寺田貴JFIR上席研究員/同志社大学教授による報告

中国のCPTPP加盟申請の本気度に関して、未定の部分も多くあるが、現時点での示唆をいくつか提示したい。

まず、AUKUSと中国のCPTPP加盟申請の関連性についてである。中国はAUKUS公表の翌日にTPP加盟申請をしたが、これに対する中国外交部による公式見解は「中国のCPTPPへの加盟申請とAUKUSは全く関係がない」というものである。しかし、同時にAUKUSの設立とTPP加盟申請の行為を比較しているのはその関係性を認めているとの解釈も可能である。さらに米国とAUKUSを批判している点は、これまで中国は比較的、TPPに対して否定的な見解が多かったことからすると、TPPに対する中国の認識が大きく変化したという印象を与えている。他に、国務院参事で経済学者の王輝耀氏は「米日豪は中国をスムーズには加盟させないだろうが、中国は世界で最も経済成長の速い主要経済主体であり、ASEANは中国の最大貿易相手となっており、中国とCPTPP加盟国との間には十分な協力の余地がある」としている。しかし、この見解は1)ASEANのうち4カ国しかCPTPPのメンバーでなく、そのうち3カ国は南シナ海の領有権を主張、2)AUKUSメンバーの英国が先に加盟申請している点が触れられておらず、AUKUSとCPTPPが今後、より関係を深める可能性があることを見落としている。『湖北日報』も、シンガポールの役割への期待と日本の指導力への疑念を提示しているが、実際のところ、CPTPPを引っ張ったのは日本であり、シンガポールは他のASEAN諸国への配慮からイニシアチブを取らない傾向にあり、事実関係の誤解が散見される。

こうした中で、英国の役割の重要性に注目したい。AUKUSやCPTPPを通じて、英国のインド太平洋地域への関与が強まると考えられる。本年2月に英国は、正式にCPTPPへの加入要請を行い、既に加入作業部会などが設置され、交渉入りの段階にあるが、9月に加盟申請した中国や台湾とは、現時点で異なるフェーズにある。ここでのポイントは、英国が中国の加盟申請プロセスに関与するかどうかである。英国のWTO大使は10月22日、中国の貿易政策検討(Trade Policy Review)公聴会で非常に厳しい見解を述べており、仮に関与するとあれば、英国は中国のCPTPP加盟プロセスの中でも、手強い交渉相手になるのではないか。戦術的に考えて、英国の交渉を早く終わらせ、その後に中国と台湾の加盟申請を吟味するということになれば、中国の加盟申請がスムースに進まない可能性が出てこよう。既に英国はCPTPPの11カ国のうち、マレーシアとブルネイを除いた9カ国と二国間自由貿易協定(FTA)を妥結しており、比較的容易にCPTPP加盟プロセスを果たせるのではないか。英国がいつ、どのタイミングで入り、中国の加盟交渉プロセスに関与できるかが、一つの重要なポイントである。

次に、インド太平洋地域の現在の通商構造とAUKUSの関係をみると、日本は、米国、豪州、欧州、英国とFTAを締結しており、本年は日本がCPTPP議長としての立場を活かしながら、二国間のチャネルも通じて、これら価値観を共有する国・地域とインド太平洋地域における関与を深めようとしている。日本は安倍政権の外交戦略において、このような共通の価値観に基づく関係性を深めてきた経緯があるが、中国や台湾によるCPTPPへの加盟申請において、日本が共通の価値観として重視する「法の支配」が一つの指針として浮上する可能性も指摘できよう。

では、実際に中国のCPTPP参加は可能だろうか。中国の加盟申請に対する各国の意見をみると、懐疑論と賛成論の両方がある。懐疑論として、日本からは「中国がCPTPPの高水準のルールを順守できるかどうか見極める必要がある」との声が強い。COVID-19の発生起源調査を提起した豪州では、現在、中国との貿易関係で排他的な扱いを受けていて、CPTPP加盟プロセスにおいては二国間協議の場を設ける必要性を強調、テハン豪貿易観光投資相も「(豪中間では)閣僚間で取り組むべき重要な問題がある」と指摘している。これは、中国が高関税などの問題を解決しない限りは、中国の交渉入りを支持しない姿勢を示唆していると理解できる。一方、歓迎する声は、マレーシアやシンガポール、ベトナムやチリ等からあがっている。

中国が既に加盟している包括的経済連携(RCEP)協定のルールと比較検討すると、CPTPP加盟申請にありRCEPにない条項には「政府調達章」、「環境章」、「労働章」等があり、中国のCPTPP加盟において乗り越えるべき課題である。しかし、既にオバマ政権期から、中国がCPTPPに加盟する局面になった場合、ルールをつうじて中国国内の制度改革を促す意図があったといわれる。日本は、こうした米国の姿勢に沿ってTPPへの参画を果たし、高度な経済ルール設定を共同で推進することが安倍・オバマ政権時代の戦略的な対中アプローチでもあった。

実際にCPTPPのルールとサービスやデータ流通や電子商取引の慣行など中国の国内制度は大きく異なっている。これらの制度改革について、これまでのところ中国から明確な回答はないが、先の英国WTO大使による中国に対する厳しい指摘は米豪とも認識が一致していることから、中国は大きな変革なくしてCPTPP加盟を果たすことはできない。つまり安倍・オバマ戦略はこの意味で未だ生きている。

最後に、台湾の加盟申請について述べたい。台湾はTPP加盟に向けて時間をかけて準備してきた。最近の豪州連邦議会公聴会での台湾代表によると、台湾における18の国有企業のうち、いくつかの国有企業は株を放出して民営化を促進しているとのことである。また、台湾では国内規制がCPTPPのそれに準拠しているか否かを章ごとに確認するギャップ分析を行っているが、そのうちいくつかの規制についてはCPTPP規制に沿った改正プロセスがすでに完了し、残りの改正案も間もなく完成する予定とされている。以上から、台湾当局はTPP加盟申請がいつでもできる状態であり、中国の加盟申請の一週間後、つまり中国の参加を先行させないタイミングで申請できた。さらに「一つの中国」原則に対しては、中国と台湾のWTO同時加盟の際に、台湾は特別関税地域という扱いでこの問題をクリアしているため、CPTPPに関しても同様の対応がとられると思われる。結局、CPTPPが新規参加について既存メンバー国との2国間事前交渉を求めている以上、中国は日本や豪州、そして可能であれば英国の意向を考慮する必要があり、さらに言えば、今回、AUKUSでさらに英豪と関係を深める米国の意向も関連する可能性もある。

(4)河合正弘JFIR上席研究員/東京大学名誉教授によるコメント

経済学の観点からいくつかコメントしたい。最近の日中共同の世論調査によれば、日本人、中国人ともに相手国の印象を極めて悪化させているものの、日中の経済関係を深めていくことは重要であると認識している。米中関係を見ると、米国が進めてきた中国との経済的なディカップリングは実態面で成功しておらず、むしろ米中間の貿易は足元で20%以上の割合で増えている。つまり、米国はハイテク分野でのディカップリングをある程度進めることができても、全般的な米中経済関係はより深まっており、米国企業は中国市場からの撤退を全く考えていないというのが現実である。米中経済関係以上に、中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、日本は中国にとって最大の投資国(投資残高)で、日中経済関係は緊密化している。日中経済協力を多面的な分野でさらに進める余地があると思われる。日本にとって中国は「体制上のライバル」かつ「安全保障上の脅威」だが、同時に中国と建設的な関係を築き、中国をより「協力パートナー」の方向に近付けさせる努力が求められているのではないか。

その意味で、CPTPPは日本が使える重要なツールだと言える。日本にとって日米関係は決定的に重要な関係であるが、日米同盟が存在するからといって、日本が米国と完全に一致した行動をとることを意味せず、日本は自国の国益に沿って独自の対外経済政策を策定していくべきである。CPTPPは、2022年1月に発効する予定のRCEPよりもさらに自由化の程度の高い市場開放だけでなく、より高いレベルの貿易・投資ルール(国有企業への優遇措置による市場競争の歪みの禁止、電子商取引をめぐる「ソースコード」の開示要求の禁止などデータに関する規律、労働基本権の強化など)の採用を要請し、中国にとって極めてハードルが高く、現状では条件を満たすことは難しい。他方、中国もCPTPPに早期に加盟できるとは考えていないようで、加盟には相当な時間がかかると魏建国元商務部副部長が別の場で明確に言及していた。加盟の準備にかなりの時間がかかるとしても、中国が着実に改革開放をやりぬく意思があるのであれば、CPTPP加盟交渉の前段階として事前協議を開始すべきだろう(事前協議と交渉は違う)。中国のWTO 加盟には、1986年のGATT(当時)加盟申請から結局 15 年かかったが、この間、様々な二国間協議・交渉や多国間交渉を行った。CPTPPの事前協議において中国が市場開放・改革の行動計画を示して、相当程度の加盟準備に乗り出すのであれば、いずれ正式な加盟交渉に移ってよいだろう。この間、英国がCPTPP加盟を果たせば、英国も中国との事前協議・交渉に参加することになろう。

(5)伊藤さゆり・ニッセイ基礎研究所研究理事によるコメント

経済領域から欧州を研究している立場から意見を述べたい。まず、AUKUSについては、そもそも離脱を巡ってギクシャクしている英国とEUの関係が、一層冷え込むことになるのではないかと懸念している。英国は、グローバルブリテンを標榜し、インド太平洋地域への傾斜も強く主張しているが、EUとの関係は離脱問題を巡って悪化した後、ジョンソン政権のある種の強硬姿勢も合間って対立が深まっている。英国とEUはそれぞれ、価値観を同じくする国々との連携を強化するという方針を示しているが、肝心の英国とEUの関係が冷え込んでいる。ニケ先生の報告でも、中国は同盟国間の分断を狙っているとの指摘があり、英国とEUの関係の悪化は、正に中国を利するため、気掛かりな点である。

TPPの問題については、EUと中国の包括投資協定(CAI)との類似性を感じる。目下、欧州議会でのCAIの批准手続きは凍結中であるが、バイデン政権発足直前での妥結が誤ったメッセージを送ってしまうという問題もあった。一方で、市場アクセスの改善という点では、最恵国待遇が適用されてEU域外の国々にも恩恵がある他、技術移転、国有企業、補助金の問題や、持続可能な開発章の中では気候変動、国際労働機関の基本条約締結への努力といった項目も入っており、非常に画期的に思われる内容も入っている。経済界は、競争条件の改善を歓迎する向きもある一方で、協定がカバーする範囲が狭いことと、果たして約束が確実に履行されるのかどうかという点が大きな懸念材料とされる。結局のところ、TPPでも同じように履行確保の問題に直面することになるのではないか。中国が仮にTPPのルールへの適合を約束したとしても、確実に履行されるのかは不確かだ。中国によるTPPの良いとこ取りを防ぐためには、米国の復帰が望まれるが、高いスタンダードを守っていくためにEUの加盟も日本での期待は高いと感じる。しかし、EUのTPP加盟は残念ながら現実的ではない。先に英国が入っている枠組みにEUが後から入るという決断が政治的に可能かどうかという問題も立ちはだかってくる。

(6)岡部みどり・上智大学教授によるコメント

AUKUSへのフランスの対応、そして、インド太平洋構想へのフランスやEUのコミットメントについては、端的には制度間バランシング(institutional balancing)の観点から、フランスが複数の国際的な関係の中で生き残るための対応という様に理解ができるのではないだろうか。

ニケ先生の報告で指摘されたような米国への不信が欧州内に燻っていたのは事実だろう。トランプ政権がけしかけた貿易戦争によってできた欧米間の距離がバイデン政権になって縮まるかと期待していたところに、アフガニスタン撤兵の際の根回し不足、殊に、欧州諸国やEUの反対を押し切って米国が決定を下したことに対して、欧州側は不満を持っていた。それが十分に解消されていない段階で、AUKUSが今回明るみに出た、ということを、フランスがいかに捉えたか、という点が検討されるべきである。つまり、外交上の不確実性が残る中で、フランスがいかに米中関係をめぐる複数の制度形成間のダイナミズムという問題にコミットするかが、フランス自体にとって重要になってくるものと思われる。恐らくフランスとしては、とりわけメルケル首相後にEUのリーダーとなる意思も、またその需要もあることを考えると、フランスは米国との関係修復を早期に図ってAUKUSやFive eyesの対中包囲網としての意義に理解を示しながら、同時にアジアでの存在感を示す方策を練る必要が出てくるのだろう。

他方で、ヒトの移動の専門家という立場からは、フランスは未だ中国以外の脅威、即ち難民問題が国家安全保障上の問題であるという点で、それを克服したとされるドイツやイギリス等と事情が異なる。マクロン政権においても、マグレブ諸国と称される南地中海や東地中海地域における難民とテロの関わり、ジハード主義の脅威等に、引き続き目を光らせる必要がある。こうした地域への関与とバランスをとりながら、インド太平洋地域への関わり方をフランスは考えていかなければならない。他方で、米国はテロの脅威をフランスと同じレベルで考えなくて済むという観点からは、相当綱渡り的な外交戦略が必要になると思われる。

(7)久野新・亜細亜大学教授によるコメント

中国はなぜTPP加盟の申請をしたのか。その理由は、第⼀にTPP加盟により、世界経済においてディカップリングされることのリスクや実際の不利益を解消したいということ、第⼆に⽶国がTPPに加盟する前に、国際経済のルールメイキングの運転席から⽶国をさらに遠ざけたいということではないかと考えられる。

それでは、中国はTPPに加盟できるのか?⽇本が最終的にキャスティングボードを握る可能性がかなり⾼いと考えられるが、⽇本は中国のTPP加盟を承認すべきなのだろうか。まず仮に中国の加盟を却下する場合、アジア太平洋の経済統合を⽇本⼀国が邪魔した、という構図にならないよう留意し、豪州やカナダ、そして英国とも連携を取るべきである。また、あまり議論されていない論点として、TPPが要求する高い⾃由化⽔準は、中国のみならず、⽇本に対しても課題をつきつけている。⽇本がTPPで約束した関税撤廃率は「95.1%」と11カ国のなかで最も低い⽔準だが、それでもRCEPで⽇本が中国に約束した 85.5%という関税撤廃率より10%も高い。中国TPP加盟に際し、仮に⽇本が中国にも95%の関税撤廃を約束する場合、⽇本は追加的に900 品⽬程度の関税を撤廃する必要があり、センシティブな農産品を含めてRCEPで中国に⾃由化できなかった品⽬をTPPでは⾃由化できるか、⽇本国内の政治経済的状況も考慮する必要がある。⼀⽅、⽇本だけが中国に対して低レベルの関税撤廃しか行わない場合、高い⾃由化⽔準を誇るTPPの価値を⽇本⾃⾝が傷つけることになりかねない。中国がTPPの要求を満たせるかという考察が⼤勢を占めるが、⽇本側がTPPの要求を満たす形で中国に⾃由化できるのか、という問題も考慮する必要があるだろう。

次に、経済安全保障上の利益とのバランスの観点からみると、純粋な経済利益という面では、おそらく⽇本は、中国の TPP加盟から最も大きな恩恵を享受する国のひとつである。⽇本は従来、中国とFTA を締結しておらず、日本企業は中国に多くの関税を⽀払い続けてきた。したがって、仮に中国が TPP に加盟し、RCEP以上に高い⽔準の⾃由化を行った場合、⽇本の輸出企業は大きなメリットを享受できる。他方で輸出入における対中依存度を過度に高めるのはリスクが大きいと懸念する声もある。⽇本の対中依存率は 2010 年代平均で輸出は 19%弱、輸⼊は 23%と既に極めて高い。日本では、医療物資の多くを中国⼀国に依存する中、コロナ禍でその供給が途絶えたことで、供給網を分散させるべきとの空気が⼀気に⽀配的になった。また、対中輸出依存率が高い豪州などは、中国による事実上の経済制裁により、無実の⺠間企業が苦しんでいる。中国の TPP 加盟で各国の対中依存がさらに⾼まる可能性もある中、経済安全保障上の懸念にどう対応していくべきか、さらなる検討が必要である。ただし、ここでは保護主義を推奨しているわけではない。経済か安保かという⼆元論ではなく、経済安全保障に関係する品⽬を特定し、無関係な品⽬は⾃由貿易を尊重し、重要物資は特定国・特定企業からの調達率を⼀定割合以下に抑えるような政策を推進することで、2つの⽬標を極⼒同時に追求することが重要である。

(8)質疑応答

・ 今後の通商交渉で最も重要なのはデジタルエコノミーやデータ流通に関する規定だと思われる。この観点から、日本はこの分野で高い水準を持つCPTPPへのEUの加盟を大いに歓迎、推進するべきだと思うが、EUのCPTPP加盟にあたっての障害は何か。

➢ 先日参加した日仏経済フォーラムで、日本側からEUにもCPTPPに入ってはどうかと話しを向けたところ、欧州側の識者からは、EUは環太平洋国家ではないため、地理的な要因が大きいとの反応があった。かろうじてフランスは同地域に領土があるものの、その他の欧州諸国の賛同を得るのはそもそも難しいだろうということであった。日本側からすれば、英国も加盟申請しているので、越えられない壁ではないように思われるが、地理的な要因と同時に、政治的なファクターもある。EUの場合、加盟交渉の権限を加盟国からEUに移譲するプロセスが必要となるが、貿易交渉に関しては厳しい抵抗が各国から想定され、あえてTPP加入を政治的な優先課題として持ってくるかというとハードルが高いというのが欧州の現実。報告でも触れた通り、英国の後にEUが入れるかどうかという点も障害となろう。日本の期待に対して、欧州の中で実際に政治的なアクションを取ろうという動きは見られない。(伊藤さゆり・ニッセイ基礎研究所研究理事)

 

・中国政府に対して、CPTPP Compatibilityに基づく国内体制の整備を求める一方、民主主義国に対しては、CPTTP加盟申請を促すことで、中国と民主主義国との間で差別化が可能となり、日本にとっても対中関係において経済問題と政治・軍事問題のディカップリングが可能になるのではないか。

➢中国の国内体制の整備、つまり改革開放政策の強化を求めるということが決定的に重要だと考える。恐らく、時間がかかるため、実際に加盟できたとしても10年くらいの視野で、習近平「後」になる可能性もある。(河合正弘JFIR上席研究員/東京大学名誉教授)

➢中国に対しては国内体制の整備を促し、民主主義国家に対しては加盟申請を促すという基本的なスタンスに賛成するが、中国の加盟申請の立場は結論ありきではなく、協定の手続きに従って、中国にTPPの基準を満たす意思と能力があるか、公平かつ客観的に粛々と判断してくことが必要であると思われる。民主主義国家に対しては例外を許し、中国に対しては許さないという差別的対応をしてしまうと日本の信頼を損なう結果になりかねない。審査基準の一貫性を確保することが重要である。(久野新・亜細亜大学教授)

 

・科学技術における政府と市場の資金供与についてもうすこし詳しく説明してほしい。

➢先進国にはどこにでもある、科学技術や産業技術を安全保障領域とつなげる仕組みが日本にはないということを申し上げた。政府は安全保障上の観点からリスクをとって技術革新を促すため、市場よりもかなり高いリスクを取り、また資金供与規模も数十兆円となることもある。今の日本は防衛省の開発予算が2000億円程度の規模である。安全保障のための科学技術予算を増やす必要があるし、米英のみならず豪州とも安保面で科学技術協力をしなければならない。(兼原信克JFIR上席研究員/同志社大学教授/前国家安全保障局次長)

 

・東欧諸国の中に台湾との関係強化の動きがあるが、フランスはそれをどう見ているか。またフランス自身は台湾との関係においてどうような立場をとっているか。

➢他の欧州諸国が、中国政府の態度を問題視しており、「17+1」加盟国の中でも中国への失望感が示されていることで、フランスは少し安心している。フランスは、日米英と同様に台湾の地位を認めているが。公的な関係はないが、代表を派遣しており、国家としての関係を築いている。コロナに関しても色々な問題があり、中国に対立しているが、フランスは台湾の民主主義が、フランスにとってもメリットがあると考えている。フランスの議員が台湾を訪問して歓待を受けた他、フランスはあらゆる民主主義の進歩に対して支援している。ただし、だからと言って、外交関係を再開するかというと別の話であり、それがどのような代表の形になるかは、国連でも議論されている。(ヴァレリー・ニケ JFIR上席研究員/仏戦略研究財団アジア研究主任上席研究員)

 

・中国のCPTPP加入に当たり日本の関税撤廃率が課題になる可能性があるというのは、大変興味深い指摘である。CPTPP加入交渉手続上、中国は日本にそうした要求をすることが可能なのか。WTO加入の場合では、通常は加入する側が、いわゆる入場料としてほぼ一方的に約束をすると理解しるが、CPTPPの場合は違うのか。

・TPPは、日本を含む原締約国に対して、新規加盟国に対する関税上の最恵国待遇義務を課していない。したがって、TPPにおいても、日本が中国に対してRCEPと同様の低レベルの関税撤廃しか行わないことはルール上可能である。一方、こうした対応を取る場合、日本自身がTPPの高いスタンダードを毀損したという構図になってしまう。TPPのステータスを守るのであれば、日本も中国に対して高い自由化を行う覚悟を一定程度、念頭に置いておく必要があるという趣旨でコメントした。(久野新・亜細亜大学教授)

・日本がTPPで貿易自由化率が低いのは、基本的に農業品であり、工業製品に関しては100%近い。中国に対しては、福島原発事故後の日本産食品に対する輸入規制の早期撤廃を要求することが必要だが、それ以上に工業製品の関税撤廃を迫っていくことが最も重要であると思われる。長い時間をかければ、日本側でも農業品のさらなる自由化ができるものと考えている。(河合正弘JFIR上席研究員/東京大学名誉教授)

・中国がCPTPPに入れない理由はたくさんあるが、データの自由流通の問題が大きい。日本では経済産業省の商務情報政策局が担当するが、中国では公安警察が担当するため、実体上、データ流通の自由化度がゼロであり、これが大きな障害となって入れないと思われる。(兼原信克JFIR上席研究員/同志社大学教授/前国家安全保障局次長)

・データのフリーフローはすでにRCEPの中に含まれているので、日本としてはRCEP発効(20221月)後、中国がどこまでデータのフリーフローを許すのか見極めることができる。それはCPTPP加盟に向けた中国の本気度に関する一つの判断材料になる。(河合正弘JFIR上席研究員/東京大学名誉教授)

(9)寺田 貴JFIR上席研究員/同志社大学教授による総括

中国の参加問題に関しては、Implementation―すなわち、約束したことを実行するかどうか、が重要である。一つの前提として、WTOで加入15年後に市場経済国のステータスを中国に与えるということが言われていたが、日本、EU、米国も認めないという判断となった。国有企業に関する改革は、ほとんど進んでおらず、習近平体制になってむしろ拡大傾向にあるということが重要な約束不履行とみられている。TPPで同じことが繰り返されないとも限らない。最後に、台湾がCPTPPに加入すると、抑止力が高まるのではないかとも思われる。相互依存関係が強くなれば、日豪や、そして新規加盟の英国など、各参加国企業が台湾への進出が促されるので、台湾在住のこれらの国民や企業を守る必要が出てくる。日豪英はすべて米国の同盟国でもあり、中国が軍事オプションを取る上で、一つの抑止要因が形成される可能性も指摘できよう。あとRCEPで日中が協力したのは自由化率を85%程度にとどめ、中国の自動車や日本の農産品を含めなかったことによる。TPPでの日本自由化率は95%なので、中国はRCEPで望まなかった自動車・同部品の自由化をTPP加盟の際には強いられることになろう。

(以上、文責在事務局)