当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、中国・インド太平洋諸国班の第4回定例研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その報告概要は下記4.のとおり。
記
- 日時:2021年10月28日(木)午前10時半より午前12時まで
- 場所:オンライン形式(ZOOM)
- 出席者:
[報告者] | 高口 康太 | ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 |
[司 会] | 川島 真 | JFIR上席研究員/東京大学教授(副査/中国班班長) |
[メンバー] | 大庭 三枝 | 神奈川大学教授(インド太平洋諸国班班長) |
飯田 将史 | 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長 | |
佐竹 知彦 | 防衛研究所主任研究官 | |
福田 円 | 法政大学教授 | |
[JRSP] | 相澤 伸広 | 九州大学准教授 |
熊倉 潤 | 法政大学准教授 | |
高木 佑輔 | 政策研究大学院大学准教授 | |
溜 和敏 | 中京大学准教授 | |
内藤 寛子 | 日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員 | |
[JFIR] | 伊藤和歌子 | 研究主幹 |
佐藤 光 | 特別研究員 |
[外務省オブザーバー] 6名
4. 高口准教授による報告「COVID-19流行下の中国における言論環境の変化」
(1) 中国の制度変更や事件等に基づきCOVID-19下の中国における言論環境の変化についてお話ししたい。胡錦涛体制下では、ネットを用いて政府の譲歩を引き出そうという動きが新聞やメデイアをつうじて力を増し、実際に官僚の罷免やプロジェクト撤回に繋がった。このようなネット上の動きは、習近平が党総書記に就任する前年の2011年にピークを迎えた。習近平体制では、このような動きをどう封じ込めるかが課題となった。胡錦涛体制では社会批判は比較的容認されていたが、習近平体制では政府にとって不都合な発言をする者を取り締まっていこう、また世論のムードを政権擁護的に、ポジティブエネルギー(正能量)に変えていこうという動きが出て来た。
(2) 実際コロナ下では、TikTokの動画再生前に共産党の宣伝動画や公衆衛生宣伝動画を流したり、ラップを用いた宣伝動画を党大会で再生したりするなど、ネットを使った若者の思想形成に積極的な政府の姿勢がうかがえた。またネット世論に訴える人権派弁護士の逮捕により、取締まりは収束したように思えたが、今年10月に改めてこうした手法を規制する「規則違反の誇大宣伝問題禁止」が中華全国弁護士協会より発表されたことから、コロナ禍でさらに統制が強まっていることが分かる。ネット企業に対しては企業内へのサイバーポリス強化や窓口指導の制度化によって自主規制を強化している。検閲は山東省の検閲受託事業や共青団、居民委員会のボランティアによって行われ、新聞、雑誌の管理監督強化、異地取材の禁止、ブログや自媒体での政治経済の言論の規制強化がなされている。さらに、ゲームの発行許可制度が導入され、毎月の許可数が決められ、ゲーム内での使用可能文言リストも存在する。映像コンテンツに関してはウエブにも映画、テレビと同様の事前審査制を導入し、比較的簡単に取得できる「国家世論監督師」という国家資格を設ける等世論監督システムの整備に努めている。
(3) 新型コロナウイルス下においての言論空間はどのようなものであったか。まず、2019年12月中国政府が新型コロナウイルスの存在を認めていない段階で、武漢市の医師・李文亮らがクローズドなチャットで不審な感染例について議論していたものが発見され、行政処分を受けた。この政府の感染情報握り潰しはネット世論で大きく問題視された。新型コロナウイルスに対しては大規模な検閲が行われた。ロックダウンが実施された湖北省などの地域からのSNS発信が非常に少なく、ロックダウン等に対する政府への不満の発信が大規模に削除され、抑え込まれたのではないかと予測される。また、米国や日本のコロナ対策の脆弱さを、メディアを通して発信することで、中国共産党がいかにコロナ対策を成功させたか、いかに頼れる存在なのかを国民に印象付けた。
(4) コロナ下での中国の言論空間は、中国にとりネガティブな情報を非常に迅速に大規模な検閲を使って取り締まり、クローズドな会話まで監視して言論環境を封じ込めていく一方で、海外との対比で中国の成功や政府がいかに頼れる存在化をアピールすり動きが強まった、とまとめることができる。
(5) 中国における言論統制と深く関わり、最近目立っているIT企業規制についてみてみる。2020年アリババ高官・蒋凡の不倫発覚を契機に党が調査したところ、中国のIT企業は様々な分野に投資して中国を支配、メデイア企業を支配している事が分かった。コングロマリット化したIT企業が党及び宣伝部のメディア支配の管轄に抵触する、と党宣伝部が危険視し、「資本の無秩序な拡張防止」をスローガンにIT企業規制が始まった。同スローガンの前者は市場支配的地位の濫用、後者はメディアを中心としたコングロマリット化防止を意味すると考えられる。この動きを受け、アリババグループは21年8月に動画サイト「マンゴーTV」株、『財新』株を売却した。他の規制の動きとして、10月発表の「市場参入ネガティブリスト」草案にて、メディア関連の規制が強化され、民間企業によるメディア買収が禁止された。今後、新浪微博の株式を売却するかどうかが注目される。
(6) 愛国の問題についてみると、2011年、村民委員会トップの横領を村民たちが告発しトップを追放したという鳥坎事件が起きた。地元政府と対立し、警察が村を包囲する一色触発の事態となるも、広東省副委書記が現地を訪問すると村民は一転して歓迎した。この例に見て取れる政府と国民の関係を水戸黄門モデルと呼ぶ。良き統治者と民草の間にいる悪い役人が問題であり、共産党は民の事を考えているので正しい政治を取り戻してもらいたい、と言うと共産党も譲歩してくれやすいという建付けである。
(7) 胡錦涛時代では、ネットの力を使って政府の譲歩を引き出すという建付けであった。しかし習近平体制下では、共産党のすばらしさで、ポリティカルコレクトネス(愛国、愛党、風紀)を使い自分たちの社会問題の解決に繋げていこうという発想では体制が持たないと考え、ポジティブエナジーという形で世論全体のムードを政権に迎合的なものに変えようという試みを続けてきた。コロナ禍で政権への批判が出ないこと等からも、このような試みは一定の成功を収めたかのように見えた一方、愛国と言う武器を得た者による社会経済秩序を乱すようなネット暴動も起きている。現在は愛国を中心とした中国版ポリティカルコレクトネスを口実に批判したい相手、あるいは日本企業などを攻撃する状況が起きている。例えばソニーが盧溝橋事件記念日に予定していた新製品発表会が批判を受けて中止され、大連に建設された京都風商業テーマパークが批判を受けて閉鎖されている。
(8) 日本と中国は歴史的な問題から敏感な関係にあり、「愛国」が吹き荒れる中、また歴史問題への注目が高まっている。日本企業、日本政府への圧力も今後高まっていくと思われる。
(以上、文責在事務局)