公益財団法人日本国際フォーラム

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中国・インド太平洋諸国班・公開ウェビナー

中国・インド太平洋諸国班・公開ウェビナー「インド太平洋地域に拡がるチャイナ・ファクターの諸相―経済を中心に―」が下記1.~4.の日時、場所、登壇者、参加者にて開催されたところ、それらの概要は下記5.のとおり。

  1. 日 時:2021年8月30日(月)13時~14時30分
  2. 場 所:Zoomによるオンライン
  3. 登壇者:
    [司会] 川島 真 日本国際フォーラム上席研究員/東京大学教授
    [報告] 川上 桃子 アジア経済研究所地域研究センター長
    佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官
    [コメント] 伊藤 亜聖 東京大学准教授
    [総括] 大庭 三枝 神奈川大学教授
  4. 参加者:267名(登録数)
  5. 内容

冒頭、川島真・日本国際フォーラム上席研究員/東京大学教授による趣旨説明が行われた後、登壇者による報告および全体討論が行われた。その概要はつぎのとおり。

(1) 川上桃子・アジア経済研究所地域研究センター長による報告「台湾における中国ファクターの諸相」

「中国ファクター」とは何か
呉介民・廖美氏の定義では、「中国政府が資本やその他の関連する手段を用いて、他の国・地域に対して投資や取り込みを行い、中国に経済的に依頼させ、政治目的の実現の助けとすること」と中国による経済的影響力の政治的影響力への転化に焦点を当てているが、『チャイナファクターの政治社会学』(川上(編・監訳)・呉(編)2021年)では、台湾社会における「中国ファクター」の持つ見えにくさや捉えにくさに力点を置いて、「台湾社会のなかに広く浸透しながら、その実態が捉えがたい中国の影響力(政治的影響力)」とより広くとらえた。また、見えにくさの要因としての現地協力者の存在に着目するほか、「中国ファクター」を可視化し特定する「認識の枠組み」が台湾社会のなかから形成されるにいたった過程に重点をおいた。

「中国ファクター」: 影響力行使の直接モデルと間接モデル
中国共産党および中国政府の持つ台湾への政治的意図が、台湾の政治行動・政策への影響力行使として表れるチャネルは、直接的なチャネルと間接的・迂回的なチャネルとに分けられる。
直接的な影響力行使には、台湾海峡での軍事的威嚇や台湾社会へのフェイクニュースの流布を通じた混乱の醸成などがある。
他方、間接的・迂回的な影響力行使は、「中国ファクター」の見えにくさの要因となっている。間接的・迂回的な行使により台湾社会に影響力が浸透する過程においては、2つの重要なネットワークが関係している。一つは海峡を跨いだ政治・ビジネス関係ネットワークであり、もう一つはこのネットワークと実質的に一体化し、影響力を台湾社会に拡散する役割を担う台湾の現地協力者ネットワークである。現地協力者の具体例としては、中国でビジネスを営む台湾系企業やその関係者、一部の政治家等が挙げられる。

台湾における「中国ファクター」の特徴
台湾における「中国ファクター」の特徴は、第一に、中国の国家目標としての台湾統一政策の一環であることである。その中心に「ビジネスをもって政治を囲い込む」戦略(=台湾経済の対中依存度を高め、台湾への影響力を高める戦略)があり、その鍵となるアクターには、中国に進出した台湾系企業およびそのオーナー、幹部たち(台商)が存在する。
台湾における「中国ファクター」の広がりは、経済分野にとどまらない。例えば、台湾で最も信者の多い媽祖信仰は中国の福建省に起源があるが、中国はこの民間宗教のチャネルを通じて台湾に対する宣伝工作を行っており、台湾側でもそれに呼応する動きがみられる。また、台湾の教科書論争やマスメディアにも中国の影響がみられる。これらの背後には、中台間の言語・文化面での共通性や、台湾内でのイデオロギー、アイデンティティの分岐があり、中国がカードにできるチャネルが多いことも関係している。

中国の「ビジネスをもって政治を囲う」戦略の展開
中国による経済チャネルを通じた影響力行使は、時期区分により幾つかのパターンに分けられる。
90年代末~2008年頃は、台湾から中国への投資が急速に拡大した時期であり、台商の取り込みを図ることで台湾への影響力を行使する足掛かりとした。具体的には、親中的な台商に対する各種の便宜供与と、陳水扁政権寄りの企業(“緑色台湾企業”など)に対する制裁を行った。
2008年の国民党・馬英九政権発足以降は、台湾住民(特に中所得層)への直接的な利益供与策(恵台政策)に力を入れ始め、観光客の送り出しや台湾産農産品の税率引き下げ、農・工業製品の政策的大量買い付けなどを行うようになった。これらの政策を通じ、台湾住民に対して、中国の経済力が台湾経済や社会に対して大きなメリットを持つことを示した。
2016年の民進党・蔡英文政権発足以降は、台湾住民に対する直接的な利益供与は実質的に停止され、企業・人材を個別的に中国へ引き寄せる政策に力を入れるようになった。2018年2月と19年11月に中国政府が発表した「優遇措置」は、台湾企業の中国事業や台湾人の中国での進学・就業・起業を優遇するものである(中国への吸い寄せ効果)。また、中国の半導体産業育成策により台湾のハイテク人材吸引も起きた。

台湾に対する「経済をもって政治を囲い込む」戦略の効果
ただし、こうした戦略の効果は近年急速に低下している。2010年代前半を境に、中国における人件費の上昇や中国市場における競争激化の影響で台湾企業による対外投資に占める対中投資の割合は低下している。また、2018年以降の米中対立の影響により、中国から台湾に戻る回帰投資、中国からの転注が起きている。さらに、2018年にかけて起きた若者の「西進(中国行き)ブーム)」は、翌19年以降の香港情勢の緊迫化により大きく反転した。現在、2020年以降のコロナ禍で、両岸往来がほぼ途絶えている。

曲がり角にある「台湾における中国ファクター」
2000年代以降の経済を通じた影響力行使は、中国経済の興隆や中台経済関係の深まりを背景に続いてきたが、中国の投資環境の変化や2018年以降の米中対立・香港情勢の緊迫化・コロナ禍などにより、台湾経済には、対中依存構造からの脱却の兆しがみられる。これは、台湾における「中国ファクター」を弱めつつある。また、中国による経済を通じた取り込み策の手法と意図が、台湾の人びとによって「見破られた」ことも効力低下の一因である。しかし、中国が直面しているこの「手詰まり状態」は、「中国ファクター」の「作用」と、台湾社会の側のこれに対する「反作用」の反復の一局面に過ぎないだろう。

(2) 佐竹知彦・防衛研究所主任研究官による報告「豪州における中国要因-経済強要と外国の干渉-」

経済強要(economic coercion)とは
経済強要とは対象国に経済的手段を通じて政策や態度の変更を迫ったり、またその脅しをかけることである。国連安保理決議や国内法に基づく経済制裁とは異なり、そうした手続きを経ることなく恣意的に関税を課すなど、目的を明らかにせずに行うことが特徴である。
中国による経済強要の例として、日本に対するレアアース規制(2010年)、ノルウェーに対するサーモン輸入の規制(2010年)、フィリピンのバナナ輸入差し止め(2012)、韓国への入国規制等(2016)等がある。このうちノルウェーや韓国は中国への態度を変更しており、経済強要の成功例とされる。また2020年4月に豪州より中国に対し新型コロナウイルスの独立調査要求がなされると、中国は対抗措置(牛肉の輸入停止、ワインのダンピング調査など)を発動した。

中国側の狙いは何か
中国の狙いとして、2020年11月に豪メディアに配られた「14項目の不満」が参考になる。これらには、豪州のコロナ調査要求だけでなく、ファーウェイの5Gからの締め出しや、ウイグル・香港等人権問題への非難も含まれており、中国がこれらの政策変更を求めていることが示唆される。また、中国には米豪間の「離間」を図るという狙いもあり、「中豪⼀枚岩」の想定に基づく批判を行っている。中国における米国産ワインなどの輸入を増やし、他方で豪州産のそれらの輸入を減らすことで、米豪間に揺さぶりをかけているとの見方もある。また、別の狙いとして、他の地域諸国に対する「⾒せしめ」や国内外に自国の強さの誇示もあげられる。

経済強要の影響
2021年7月のアデレード大学のレポートによると、中国の豪州からの2020年の輸入総額は前年比4%減だが、輸入額の大きい鉄鉱石を除くと25%減である。これは必ずしも経済強要の影響だけではなく、コロナ禍で豪州からの輸出自体が減少していることや、米中貿易摩擦の影響で中国の米国からの輸入が増加していることも関係している。しかし、それらを差し引いても中国における豪州品の占めるシェアは、石炭やLNG、農産物(ワイン、ロブスター)などについて低下しており、経済強要の影響は少なからずみられる。

豪州の対応
それにも関わらず、豪州では対中「プッシュバック」の強化(QUAD、WTOへの提訴、国際的な連携の強化、人権問題での圧力等)が進んでいる。豪州の強気な姿勢の背景には、2021年以降も好調な鉄鉱石の対中輸出や、資源輸入の減少がもたらす中国へ悪影響が挙げられる。豪州自身も貿易の「多角化」を推進しており、中国への依存を減らしている。石炭を除く豪州の輸出において中国向け輸出が減少する一方で、大麦やワインなど他国向け輸出が増加している。

中長期的展望
中長期的に鍵を握るのは鉄鉱石の輸出であり、中国による輸入多角化や中国国内での鉄鉱石の増産がいかなる影響を及ぼすのか慎重に見る必要がある。また、FTAやRCEPを通じた貿易の多角化にも積極的だが、特にアジアとの貿易における人材不足、ノウハウや経験の欠如をどのようにカバーするのかといった面で課題も多い。豪州は一次産品の輸出に依存しているため、付加価値のある製造業やサービス業の強化が重要であり、また国際教育の行方も注目に値する。例えば、中国人留学生が豪州の大学に落とす金額は非常に大きく、留学生全体の歳入に占める中国人留学生の割合は50%を超える場合が多く、全体の歳入に占める割合にも一定の影響がある。この点から、留学生の多角化も今後重要となる。

外国の干渉(foreign interference)とは何か
外国の干渉とは、豪内務省によれば外国のアクターによる(あるいはその替わりに行われる)行動や強制や賄賂・欺きによる秘密裏の工作であり、豪州の主権や価値・国益に反するものである。干渉の対象としては、民主的な制度(議会、選挙、政治家など)や教育・研究、メディア・通信、重要インフラなどが挙げられる。豪州が狙われる理由には、米国の同盟国であり、また中国と経済的な結びつきが強いことに加え、移民も含め大規模な中国人コミュニティ(在外中国人コミュニティとして最大規模)が形成され、地方によっては中国系住民がマジョリティになっているところもある、ということがあげられる。

政治、研究・教育機関、メディアへの干渉
中国による豪州政治への干渉事例には、サム・ダスティヤリ議員のケースが有名である。ダスティヤリ議員は労働党のスター議員だったが、中国共産党とつながりを持つ中国人富豪・黄向墨氏との癒着が取り沙汰され、中国寄りの発言などから中国の干渉が疑われた。結果的に違法性はなかったものの道義的責任から、議員辞職するに至った。一方、黄氏は自由党にも多額の献金をしていたが、TV等で疑問視されると、豪州政府は同氏の永住権を取り消し、帰化申請も却下した。このほか、中国寄りの発言をしていたシャオクエット・モセルメーン州議員については、家宅捜査で側近の政策スタッフ(中国系オーストラリア人)が中国の統一戦線工作機関と強い繋がりがあるのではないかとの疑惑が浮上した。
研究・教育機関への干渉については、中国は豪州の研究機関の最大の提携国であり、民生目的で共同研究開発したレーダーや音響装備などが軍事転用される懸念も指摘される。中国の研究機関と軍が密接な関係にあることが明らかになるなか、中国の「千人計画」でも豪州研究者が多数関わっていた。このような問題が生じる前提として、豪州の大学が財源不足の対策として中国と協力関係にあることがあげられる。
メディアにおいても、豪州の中国系メディアと連携を通じた中国人コミュニティに対する影響力の行使がみられる。そのなかで中国語メディアへの検閲や圧力、デジタル・メディア(SNS等)を通じた干渉が問題となっている。

(3) 伊藤亜聖・東京大学准教授によるコメント(報告者とのQ&A形式)

質問:報告者自身の体験として現地の聞き取りや生活のなかで「中国ファクター」を感じたことはあるか。また、台湾および豪州の「中国ファクター」の象徴的事例や高い注目を集めた事例は何か。

(川上 桃子 アジア経済研究所地域研究センター長の回答)
● 現地に滞在していた2012~13年は、台湾のマスメディアにおける「中国ファクター」が表れ始めた時期であった。この時期、台湾を代表する新聞の一つ『中国時報』が台商の代表格である旺旺集団に買収されて中国報道の論調に変化が現れ、中国に対して批判的な研究者やジャーナリストへの寄稿依頼が忌避されるようになったことが話題になっていた。
● 台湾における「中国ファクター」の象徴的事例としては、2012年の総統選挙時の選挙キャンペーンにおいて、代表的な台商たちが国民党の馬英九候補および92年コンセンサスを支持する声明を次々と発表したことがある。これは選挙結果に一定の影響を及ぼしたと指摘されており、台湾における「中国ファクター」への認知を高めたと考えられる。

(佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官の回答))
● 北京五輪(2008年)のキャンベラにおける聖火リレーを見に行った際、キャンベラ以外から多数動員された中国人学生の数に圧倒されたことがある。メディアへの干渉に関しては、CCTVの番組で戦時中の日本軍の行動を批判的に延々と報じるなど、プロパガンダに近い行為も行われていた。
● クライブ・ハミルトン氏の著書『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(2020年、飛鳥新社)の評価は意見の分かれるところだが、書かれている事実がどこまで実際の政策に影響を及ぼしたのかは必ずしも明確ではない。議員に対する賄賂などの事例が生じた時期には、反対に豪州の南シナ海政策が対中強硬化している。
● 豪州における「中国ファクター」についての過大評価や過小評価は禁物である。一般的に豪州は中国に依存していると指摘されるが、経済関係の内容や代替の輸出先の状況をみると必ずしも依存しているとは言えないものもある。個々の事例について慎重に分析しなければ、「中国ファクター」は見えてこない。また、短期的影響と中長期的影響とを分けて考える必要性がある。

質問:米中対立の激化後およびコロナ以後、台湾および豪州における中国への政策的な対応と方向性はどのようなものか。また、「中国ファクター」論をどう評価するか。さらに、フレームワークとしての「中国ファクター」の有効性と限界は何であるのか。

(川上 桃子 アジア経済研究所地域研究センター長の回答)
● 台湾では中国に対する経済的依存度を引き下げることで「中国ファクター」を弱めようとしてきた。特に民進党政権時にその傾向が強い。中国における台湾企業の競争ポジションの低下や米中摩擦の勃発などによって、特に2018年以降は「中国ファクター」が弱まりつつある。ただし、新南向政策それ自体がこうした構造変化を引き起こしたわけではなく、基本的にマクロの経済変動がこうした動向変化を生じさせた。とはいえ、中国からの回帰投資の流れをサポートする台湾側の政策もおおむね上手くいっており、中国に代わる米国向けの輸出の増加も「中国ファクター」を弱める動向を後押ししている。さらに、2020年に中国による干渉を阻止するための「反浸透法」等が施行された。台湾企業の最終市場は米国にあるため、米中関係の変化により経済面での中台関係に変化が起きつつある点も重要である。
● 「中国ファクター」論は問題提起としてのパワーがある一方、それだけでは説明できない点もある。「中国ファクター」論は中国の影響力の浸透を強調するが、浸透が失敗するメカニズムについては解明できない。なぜ中国による影響力浸透が最終的にはその目的を達成できていないのか、どこに失敗のポイントがあるのか解き明かす必要がある。また、台湾における中国による介入の特徴は、統一という大きな政治目標の一部を成していて、時々に応じて目標の範囲が調整されながら行われてきたところにある。

(佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官の回答)
● 豪州政府は反干渉戦略をとっており、その対象は中国だけでなく全ての外国である。法整備も進んでおり、2018年に外国干渉法を制定し、干渉そのものを犯罪化した。また、外国関係法の成立(2020年12月)により、州政府と外国政府とが交わした取り決めや覚書を中央政府が破棄できるようになった。例えば、ビクトリア州政府が中国側と結んだ一帯一路に関する協定と覚書が、豪州政府により破棄されている。さらに、反干渉タスクフォースの設置(2019年)や豪保安情報機構(ASIO)の強化などの組織改編・強化を行っている。
● 教育機関も中国に対する警戒を強めており、主要大学はガイドラインを策定するとともに、第三者機関を通じてインテグリティ調査を行うことも議論されている。世論でも中国に対する反発が強くなっている点などをみると、中国による干渉が逆効果を生んでいると考えられる。
● 「中国ファクター」論に関して言えば、影響が必ずしも明確でない中、可視化・透明化が重要である。一定の影響があることは明らかであるが、もし影響がなかったならどうなっていたのかという点からも考えていく必要がある。注意すべきは「中国ファクター」自体を除去することが目的化してはならないということである。例えば中国による豪州からの鉄鉱石の大量輸入は豪州にとって悪いことではないし、そのことが中国の行動抑止にもつながる。なるべく「中国ファクター」を可視化したうえで、戦略的にどう活用・対応していくか考えることが重要である。

(4)全体討論

● 反共産党の立場に立つ別種の「中国ファクター」はないのか。ウイグル問題や人権に関する問題をどのように考えるのか。

→ 台湾における「中国ファクター」を可視化し、対抗しようとする陣営の人びとには、様々な動機や問題意識、背景がある。ウイグルや香港の問題を含め、人権や普遍的価値に基づくグローバルな連帯の一環として台湾社会のなかで中国の影響力浸透に対抗しようとする立場もある。他方、反グローバリズム、特に中国との経済関係緊密化に反対する運動も、台湾における反「中国ファクター」の凝集点である。台湾社会の格差問題、若年者の経済的問題、アイデンティティの問題など様々な問題意識や動機付けが反作用の中に合流している。(川上センター長)

→ 対中強硬派の立場からは、中国による干渉と、中国共産党政権による干渉とを分けて考えるべきだとの指摘もある。裏を返すと、中国の究極の戦略上の目的は国家と共産党の境界をなくすことにあるとも言える。これにより、中国は「豪州が中国全体の影響力を削ごうとしている」「中国人全員を差別している」という言説を作ることが可能になる。ウイグル問題について、豪州は以前から米国と共に強く非難してきたが、根拠となる法律がなく制裁には加担していない。しかし現在、個人や企業に制裁を科す法案がされ、可決される見通しである。(佐竹主任研究官)

→ 日本と比較すると、豪州では経済安保という言葉を聞かない。経済と安保とが一体化していることは当然のこととされ、そのうえで全体の中国の影響力や豪州人の生命・財産、価値に対する工作・干渉にどう対応していくかが重要となっているため、人権や言論封殺、監視といった問題は必然的に重要となる。日本の経済安保にはこうした視点が弱く、欧米諸国との足並みの乱れが気になる。(佐竹主任研究官)

● 豪州の対中政策にはコモンウェルスとしての一体感や連携はあるのか。香港との関係や中国系住民の多さなど類似点もあるが、対中政策において意図的な連携や協調があるのか。

→ 一体感や連携は強く、特にサイバーやデジタルインフラの問題に強く表れている。豪州は2018年、コモンウェルスや先進国の中で真っ先にファーウェイを5Gから排除した。近年、ニュージーランドも中国の干渉に敏感になっており、ファイブアイズのなかでの連携も強く行われている印象がある。(佐竹主任研究官)

● 台湾では昨年から電子部品等の輸出が好調だが、この動きに伴い貿易相手として中国の比重が高まっているようである。これは台湾の中国離れとは逆行する動きにみえるが、その要因や対中関係に与える影響はどのようなものか。

→ 報告の中では長期的な趨勢としての台湾経済の中国離れを強調したが、それは主に新規投資の流れや人的往来の減少といった観点から見た状況であった。現在、短期中期的に生じている現象として、世界的なIT機器および半導体の活況の中、「世界の工場」としての中国への台湾からの中間財輸出が増加している点は確かに注目する必要がある。また、中国の国策的なハイテク産業育成策が進み、これが台湾からの人材やサプライヤーの吸引力となりつつある。このように、全体としての「中国離れ」現象のいっぽうで、異なる動きがせめぎ合っているのが現在の状況である。(川上センター長)

● 豪州でのメディアやアカデミアに対する中国からの様々な浸透により、豪州の対中観や認識に変化はあったのか。

→ 豪州の場合、対中政策は政・財・学界で割れている。特に学界は元々リベラルな風潮が強いため、中国に対して融和的な傾向がある。また、シドニー工科大学中国研究センターのように中国からの大量な資金流入を受けている機関では中国寄りのレポートが出されており、それが世論に一定の影響を及ぼしたという側面はあるかもしれない。最近まで豪州では、中国を安保上の脅威よりも経済的なパートナーとみなす国民が8割近くもいた。また、特に豪州都市部の大学は中国人留学生の大きな影響を受けており、それらの大学が近年の強硬な対中政策に異議を唱えるなどの事例もみられる。(佐竹主任研究官)

● 台湾の「中国ファクター」は、香港と比べるとどのような違いがあるのか。

→ 台湾は香港と異なり、中国とのあいだに実質的な国境が存在しており、これがもたらす差異は決定的である。また中国との経済面での結びつきという点でいうと、台湾は製造業の層が厚いが、これまで多くの企業が中国に製造拠点を移してきた。この製造業の直接投資の蓄積が持つ影響はコロナ禍で弱まったといえ無視できないであろう。(川上センター長)

● 台湾と豪州の事例による日本への含意は何か。

→ 中台関係は特殊であり、中国の台湾に対する戦略的意図や台湾内部における中国の足掛かりの多様さ・深さは日本とは異なるため、台湾の事例を日本に直接当てはめることは適切とはいえない。しかし、台湾社会には、研究者やメディア、市民社会が「中国ファクター」の認知枠組みを集合的に立ち上げ、自分たちの社会で何が起きているのかを真剣に議論するエネルギーがあり、この点では日本への含意がある。(川上センター長)

→ 豪州から日本への含意は、価値を含めた総合的な対応をどのように考えていくかという点にある。米中対立がもはや「体制間競争」の様相を呈す中で、日本としての立ち位置をきちんと見定めていくことが重要である。(佐竹主任研究官)

(4) 大庭三枝・神奈川大学教授による総括

両報告から、台湾と豪州における共通点を一定程度見出すことができた。中国側の意図や戦略ばかりが注目される中、各国がそれらにどのように反応し、それを押し止め、あるいは希釈しているのか、を分野ごとに慎重に分析する必要がある。これは台湾や豪州に限らず、ASEAN諸国など「中国ファクター」が指摘される国にとっても重要である。

その上で中長期的視点から、作用と反作用の行き着く先を見ていく必要がある。台湾の事例では、現在のところ反作用が顕著であるが、長期的にどのように動くのかを注視する必要性が指摘された。また、豪州の事例では、長期的な視点の重要性について指摘された。一つの可能性として、中国が粘り勝ちし、現代版中華帝国のようなものが出てくる可能性もある。反対に、反作用の影響で中国が息切れを起こし、中国の力が低下していく可能性もある。そこまで行かずとも、反作用が強ければ多元的な国際秩序が維持される可能性もある。

この点を考えるには、安全保障も考慮する必要があり、それは「中国ファクター」の直接的な影響力行使と深い関係がある部分である。米国の役割や、今後どの程度この地域に影響力を行使できるのかも考慮する必要がある。他方で、その覇権のパワーが相対的に落ちている点も考慮すべきである。ミドルパワーや小国は、それぞれの自主防衛や安全保障上の自律性の一定程度の向上に努めながら国際連携を強めると考えられる。もし中華帝国でない世界になるとすれば、従来のような多元的世界より一歩踏み込んだ異なる次元の多極的な秩序がアジアやインド太平洋地域に登場する可能性があり、その中でミドルパワーや小国の役割が今後増大していくかもしれない。

以上、文責在事務局