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「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大」研究会

「海洋秩序構築の多面的展開――海洋『世論』の創成と拡大」研究会は、さる9月9日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた小林泉・大阪学院大学教授/太平洋協会理事長より、「太平洋島嶼国の最新動向」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2021年9月9日(木)16時~18時
  2. 場 所:日本国際フォーラム会議室の対面およびZoomミーティングによるオンライン
  3. 出席者:
    [主 査] 伊藤  剛 JFIR上席研究員/明治大学教授
    [メンバー] 合田 浩之 東海大学教授
    小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
    西谷 真規子 神戸大学教授
    山田 吉彦 東海大学教授
    渡邉  敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
    渡辺 紫乃 上智大学教授
    [報告者] 小林 泉 大阪学院大学教授/太平洋協会理事長
    [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長
    菊池 誉名 理事・主任研究員
    佐藤 光 特任研究助手 ほかゲストなど多数
  4. 協議概要

(1) 小林泉・大阪学院大学教授/太平洋協会理事長による報告概要

太平洋島嶼国に対して5つの誤解がある。一つ目は、島嶼国は「楽園」とのイメージをもたれがちであるが、それにはほど遠い国際関係のなかで歴史を重ねてきたということである。二つ目は、南太平洋は観光地と言われるが、実際はそれとは異なっており、ハワイなどのように基本的な社会インフラが整っていないと発展しない。近年、フィジーやパラオなど観光業が盛んとなっているが、それ以外の場所はまだ十分に育っていない。3つ目として、気候変動・地球温暖化により環礁国は沈んでいると指摘されているが、沈んでいないことが実証されている。4つ目として、国連海洋法条約の発効で島嶼国が海洋大国化したと見られがちであるが、拡大したEEZを自国で管理できない国は先進国に管理を依存するなど国家の脆弱性を高めているということである。5つ目として、中国の債務の罠に嵌り国家運営が危機化していると指摘されるが、実際は必ずしも国家の危機となっていない。

島嶼諸国は長い間その存在を認識されなかった地域から、国際社会の注目の的へと変貌した。戦後まで欧米の植民地であったが、1962年にサモアが独立し、その後も次々に独立国が誕生し、1994年パラオの独立で12の独立国になっている。しかし、人口も経済規模も小さいことから、1971年にSouth Pacific Forum(SPF)を創設し、島嶼諸国が団結して国際社会に存在をアピールするようになった。SPFは2000年にPacific Islands Forum(PIF)と名称変更し、現在は14島嶼国、豪、NZと仏領ポリネシア、ニューカレドニアの2地域を含む18政治単位が加盟している。しかし、外部に向けて団結をアピールしているものの、内部は文化や言語の違いもあり団結しているとは言い難い。日本と島嶼国との関係は、中曽根内閣以降「倉成ドクトリン」を基にしており、現在まで引き継がれている。

2000年代に入り、島嶼諸国において紛争や民族間対立が顕在化すると、豪政府はそれまでの外交が失敗であったことを認め、より積極的に関与する方針を示した。さらに中国の進出や台湾との援助競争の激化など、島嶼諸国をめぐる国際関係は大きく変容した。2年前まで中国と台湾がそれぞれ外交関係を持っている国は6カ国ずつであったが、中国の切り崩しにより中国8カ国、台湾4カ国となっている。2010年代になると、気候変動や地球温暖化の影響が最も顕著な地域として国際社会の注目が島嶼諸国に集まるようになった。また、ITインフラの整備により情報、受信・発信に関して辺境地域から脱出するようになった。さらに、海洋資源利用に関する技術革新により、広大なEEZを有する島々の潜在的価値が上昇し、かつての忘れ去られた存在から一変して、国際社会から熱く注目される国々へと変貌した。国家形成初期は、外部社会にその存在を認識させるために一丸となる必要性(PIF創設)があったが、国際社会の関心が高まると、地域ごと・国ごとの個別利害を直接外部社会に向け始めるようになり、サブ・リージョナリズム(メラネシア・スピアヘットグループ、ナウル・グループ、ミクロネシア大統領会議、etc)が台頭するようになった。

こうした環境の変容にともない、島嶼国内の政治にも変化が生じてきた。それまで国内政治の争点は出身地や部族関係に起因していたが、これに中国派か台湾派かという点が新たな争点として出現するようになり、イデオロギーの相違ではなく、援助をめぐる国内利害による争点が生じている。加えて、中国から人の移動が増えるにつれ、社会構図にも変化を及ぼすようになってきた。中国の影響力拡大に関して言えば、東ミクロネシアケーブル事業で中国企業(ファーウェイ)の入札参加をめぐって米国などから懸念が表明され、結果として計画は頓挫するなど混乱も生じている。さらに、2021年2月にPIF事務局長人事での対立が起こり、ミクロネシア5ヵ国がPIF離脱を宣言するなど島嶼諸国間関係にも変化が見られる。日本は、これまでPIF参加国と太平洋・島サミットを9回重ねており、3年後に10回目を開催することについて共同声明で発表したが、ミクロネシア5ヵ国のPIF離脱が今後の日本外交にどのような影響を及ぼすのか注視する必要がある。

(2) 自由討議

小林教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

参加者 :近年の豪中関係は悪化しているが、それ以前まで豪中関係は良好であった。中国の太平洋島嶼諸国地域への進出に関して、豪州は以前から懸念を持ち続けていたのか。豪州のPIFへのアプローチの背後には、中国の影響力を削ごうとする意図が以前からあったのか。
小林教授 :ラッド政権時に、米豪関係を見直すべきとの声が一部にあった。豪州の島嶼諸国外交には稚拙な面もあり、島嶼諸国や米国の事情を勘案しない行動もある。その結果として、米国などの反対などにより行動を変えることもある。

参加者 :豪州の島嶼諸国への態度には上から目線のものがあるなかで、中国の進出が進んでいる。島嶼諸国の豪州に対する認識はあまり良いものではないとのことだが、中国に対する認識はどうか。中国も豪州同様の態度のようなイメージだが、島嶼諸国にとって良好なパートナー探しが長い間続いている状態なのか。
小林教授 :援助面で言えば、日本の島嶼諸国に対する援助の評判は中国と比べても良い。ただし、日本の場合は手続きを経て決定されるまで時間がかかる。一方で、島嶼諸国の場合、国家形成の面で成熟していない面もあり、目先の利益に惹かれて担当者が決定を下す場面がある。手続きに時間がかかる日本よりも決定をその場で下す中国が有利な場面もあるが、結果について分析すれば日本に対する評価は高い。

参加者:島嶼諸国は中国の一帯一路についてどのように考えているのか。また、FOIPについてどのように考えているのか。
小林教授:一帯一路もFOIPも同じ文脈で同様の説明が可能である。島嶼諸国は大きな視野で国際関係を見る歴史が浅く、国家の能力的にもそうした視野に立っていない。したがって、一帯一路がどのようなものであるかを理解しておらず、FOIPに対しても同様である。FOIPにおける太平洋の位置付けと島嶼諸国の考える太平洋の考えに違いがあるため、FOIPに対する理解が進んでいない。島嶼諸国は援助を通じて一帯一路やFOIPの姿を認識しているだけである。

参加者:国際社会で島嶼諸国のプレゼンスを感じる分野は気候変動分野である。しかし、島嶼諸国の主張は国際的プレゼンスの向上と開発援助の増額を意図したもののように映るが、どのように考えているか。また、島嶼諸国に対してシンガポールの影響が大きいとの指摘があるが、実情はどのようなものか。2000年代以降豪州が関与を強めたとのことだが、どの程度関与の効果があったのか。
小林教授:気候変動問題で島嶼諸国による主張は、ひとえに政治的手段として注目を集めるためのものである。ただ、気候変動で注目を集めることは良いことばかりではない。例えば、ツバルには世界的に援助が集まったが、ツバルのための援助を考えるのであれば一つの枠組みで協調援助を行う方法が良い。しかし、各国および各NGOはそれぞれの利害のもと独自に援助を行っているため、その効果が薄い。また、資金援助が世界から行われることで国内政治も乱れ、悪影響が見られる。したがって、気候変動の問題解決のためには一貫した考え・枠組みのもとで進めていくことが重要である。シンガポールの影響に関して言えば、フィジーなどは独立時に法制度などをシンガポールから学んでおり、現在でもシンガポールとの間で交流がある。豪州の関与の効果に関して言えば、関与の仕方が悪かったため島嶼諸国から良く思われていない。むしろ、ミクロネシアの国々にとっては、米国との関係の方が重要である。

参加者:国連海洋法条約の発効により拡大したEEZを管理できない国が出てきた。監視ができないために他国が介入する機会となってしまい、その過程で中国の海洋進出という結果を招いてしまっていると考えられるが、どのように考えているか。
小林教授:そうした面は確かにある。また、欧米の弁護士やNGOなどが金儲けのために島嶼諸国を利用している面もある。例えば、ビキニ環礁(マーシャル諸島)での核実験に対する賠償金について、米国の私的な弁護士軍団が弁護を買って出て、賠償金から成功報酬を得た。また、ツバルが国際裁判所に訴訟を起こしたが、その背後には豪州の弁護士軍団がいた。

参加者:PIFが割れているなかで、域外主要国はどのように対応していく必要があるのか。また、キリバスに日本の大使館設置が計画されるなど、日本も島嶼諸国に対する外交に力を入れているが、中・長期的に効果が期待できるものなのか。課題があるとすれば、どのようなものか。
小林教授:大使館を置くことや援助を増やすことは良いことだが、基本的な理念がなければ、島嶼諸国からの信頼は得られないであろう。島サミット(PALM)に関して言えば、PIF諸国ではなく、PALMに関わる全ての国々・地域と行うものであることは重要視すべきである。そのため、動向を見極める必要があるが、ミクロネシア諸国がPIFを離脱するのであれば、ミクロネシアと残りの国々との懸け橋となってPALMの体制を作っていくことが重要である。

参加者:太平洋・島サミットへの期待と課題に関して、官主導の支援や交流には限界があるため、民による人的、経済的交流の拡大が重要と指摘されている。例えばバヌアツの場合、民間には外国資本が多く入っており、地元の企業が十分に育っていない。そのなかで民間による交流を進めるためには、何が必要となるのか。経済の底上げを考えるうえでは、地元の人々の経済活動を後押しする支援も必要だと考えられる。したがって、民間の交流はもちろん重要であるが、官による支援や交流もまだまだ必要だと考えられる。
小林教授:途上国の場合、民間が十分に育っておらず官が主導していくことになる。太平洋の経済構造は、公的経済と移民による海外送金が主流であり、現地での生産によって経済は回っていない。こうした構造において民間を活発化させることは難しい。そのため、コミュニティ作りを基礎に民間交流を増やしていくことや、JICAの民間支援スキームを活用して日本企業が資金拠出して島嶼諸国の民間部門を発展させていくことが重要である。

参加者:日本は様々な支援を行ってきており、現地からも一定の評価を得ている。その一方で、国際的なアピールが不足しているようにも感じる。今後、国際的なアピールをどのように行っていくべきか。また、日本は長期的な援助を行っていくべきだと感じているが、どのように考えているか。
小林教授:島嶼諸国は国ごとに発展のレベルに差があるため、一つの基準で援助を行うことは難しい。したがって、国ごと・地域ごとに考えていくことが基本となる。日本の基本的な援助の考え方は自助努力であるため、援助期間が5年ぐらいのものである。しかし、5年でテイクオフすることは困難であるため、「持続可能な発展」(Sustainable Development)ではなく、「持続可能な支援」(Sustainable Assistance)を実施できるようにするのが得策である。そのためには、伝統的な社会・コミュニティを変える、あるいは立て直すことを主眼に長期的に取り組むことが重要である。そのなかで援助をフレキシブルに行っていくことが必要である。

参加者:太平洋島嶼諸国は地理的にも広く、文化的にも多様である。島嶼諸国は一体感があるイメージだが、実際は必ずしも団結しているわけではない。そのため、地域とだけではなく、日本と島嶼国とのバイの関係も今後重要となっていく。(伊藤主査)

以上、文責在事務局