公益財団法人日本国際フォーラム

第4回定例研究会合「日本の経済安全保障と経済成長」

本報告では、第一に、日本が現在の国際経済の環境下で今後も経済成長を実現していくにあたっての課題、第二に、安倍前政権での経済外交及び新たな経済安全保障問題について、第三に、政府の諸政策を経済的側面(経済厚生、経済成長)の観点から評価を行いたい。

まず、日本にとっての外的条件として、国家安全保障リスクが増大している。中国の台頭や同国の攻撃的な行動、北朝鮮による核ミサイルの脅威、安全保障における米国への依存や、貿易戦争から始まり覇権戦争の様相を呈してきた米中対立などの要因が挙げられよう。そうした中で、日本政府も経済安全保障政策を積極的に導入する様になってきた。日本の直面する課題を概観すると、中国と比較して経済的位置は相対的に低下し、人口は減少・高齢化する一方で、拡大するアジア(特に中国)への経済的依存が顕著になる中、デジタル経済など新技術が発展し、新型コロナ禍への対応では発生当初は中国が一人勝ちの様な形で回復を果たし、経済成長を実現した。Stat APECというデータベースによると、日本・中国・米国を比較したときに、1989年当初、中国は日本の4分の1、日本は米国の5割という経済規模であり、一時は7割まで迫ったこともあった。しかし、現在、中国のGDPは日本の3倍、昨年のデータでは米国の70%まで接近している。背景には、人口の問題があり、日本の人口が減少し続けるというのが経済成長の阻害要因として大きいとされる。長期予測では、中国は米国のGDPを2030年までに追い越すだろうと言われているが、日経センターの予測では2050年ごろに再び米国が中国を追い抜くとも予測されている。これらのことから、日本の位置付けが将来的に低下していくということが言える。少しでもこうした状況に対処するために、日本では具体的には生産性を上げ、移民受け入れの問題等々が重要な課題となるだろう。いずれにしても、中国と米国のGDPや貿易における競争状態はしばらく続き、対立関係も継続するだろうと言われている。中国は人口問題では老齢化・高齢化が始まっているが、2050年頃までは米国と競争でき、それ以後は難しいとされる。また、2049年が建国100年とされるが、それまでに中国は経済・政治・軍事面で影響力を確保しておきたいとして、それまでの間、米中対立が激化するのではとも懸念されている。世銀統計の一人当たりGDPの推移をみると、2000年に日本は7位だったのが2019年には31位まで落ちている。この間、米国のランキングは変わらないが、逆に韓国が伸びてきている。また、経済成長の重要な要因としての人口予測をみると、日本の人口は2100年時点で7500万人程度と予測されており、この頃になると世界の中で日本は影響力のほとんどない国になっている可能性もある。

日米中の貿易・投資の変遷を見てみると、1989年以降の中国の輸出における躍進ぶりは顕著である一方、日本の輸出はかなり劣っていると言わざるを得ない。今や中国は世界最大の輸出国であり、米国は世界最大の輸入国である。日本は米中どちらにも依存しているが、両国が対立をすることで難しい立場に置かれることになる。投資についてみても、中国の増加率が高く、米国はそもそも絶対的に圧倒的な対内・対外投資を誇る。ここで、特に顕著なのが日本の対内直接投資であり、各国の対GDP比率での対内直接投資データをみると、UNCTAD統計では201カ国のうち日本は201番目であり、200番目は北朝鮮という状況である。これは日本が、対内直接投資を受け入れることによる経済成長の機会を失い、その機会を有効活用できていないことを物語っている。日本の対米、対中依存度をみると、米国への依存が低下する一方で、中国への依存が大きく拡大しており、特に、コロナ禍以降問題になってきた課題としてマスクや防護服と言った健康・医療製品への中国依存が非常に高くなっている。それ以前の2018年でも既に輸入のうち8割が中国製であった。また、中国からの電気・電子部品、自動車部品の供給が途絶したことも大きな問題となった。

こうした課題に向き合う中で、次に、日本の経済外交について、特に2012年以降の第2次安部政権の下での活発となった経済外交を概観したい。この間、2017年以降、米国にトランプ政権が誕生して内向きになったが、日本はCPTPP 交渉を主導し、日本EU経済連携協定を発効、RCEP 協定交渉への貢献(それまでASEAN諸国内で開催されていた閣僚会合を初めて域外の東京で開催)や、2019年にはG20 大阪サミットの開催、その際、デジタル貿易協定交渉加速化へ貢献(DFFT)、さらに、米中が激しく対立する中で対中関係改善(インフラ建設共同プロジェクの実施)を果たしたこと等が、政権の主要な業績として挙げられる。こうした中で、新たな経済安全保障政策策定における経済と安全保障を融合させる動きが出てきた。結果として、経済産業省に経済安全保障室が、外務省には新安全保障課題政策室・経済安全保障政策室、内閣官房国家安全保障局には経済班が相次いで設置された。また、新たな経済安全保障問題として、第1に、対内投資審査制度の見直しや技術流出阻止を意図した外国為替及び外国貿易法(「外為法」)改正、第2に、半導体材料 3 品目や輸出審査におけるホワイト国から除外した韓国に対する輸出管理強化、第3に、サプライチェーン対策のための財政的支援を詳しく見ていく。

ところで、経済安全保障の概念について、日本においては大平内閣の時、総合安全保障政策の策定の中で、特にオイルショックへの対応として経済的安全保障の重要性が認識された。具体的には当時、1)自由貿易制度の維持と南北問題解決、2)主要貿易相手国との友好関係維持、3)食糧・エネルギーの安定的供給が掲げられた。『外交青書』の2008年版には、食料・エネルギー安定供給が経済安全保障の中核とされ、最近出版された外務省『我が国の経済外交』では経済外交の重要な点として、1)自由で開かれた国際経済システムを強化するためのルール・メイキングの主導、2)官民連携、3)資源外交とインバウンドの促進が挙げられている。昨今、Economic Statecraftという経済的手段(通商政策手段)を用いて安全保障上・外交上の目的を達成させる手法が中国に顕著に見られ、対策が求められているが、これに対応する流れとして日本では、自民党のルール形成戦略議員連盟(会長・甘利明選挙対策委員長)が経済や安全保障政策の司令塔の創設を提言した。日本にとっての課題を考えてみると、技術が大きく進歩する中、中国など非同盟国への技術流出を阻止する必要がある一方で、技術水準が急速に向上している中国との技術協力の可能性も考えるべきとも考えられ、様々な政策を駆使して経済成長を実現させなければならない。こうした中で、2020 年4月に省庁横断での取組として約20人体制で内閣官房国家安全保障局経済班が発足した。主な課題としては、輸出管理、対日直接投資の規制と言った技術保全、5Gの安全性確保、官民の情報共有等のサイバー防衛、日米の安全保障協力や円のデジタル化を進める国際協調、新型コロナ禍への対応として水際対策、アビガン国外供与、医療機器のサプライチェーン強化等が必要な対策となっている。

さて、新たな経済安全保障問題として、第1に、外国為替及び外国貿易法(「外為法」)改正があるが、これは欧米諸国による外資規制強化を背景として、上場会社の株式・議決権取得の基準値をこれまでの10%から1%へ引下げ、国の関与幅を広げるものであった。対内直接投資に関しては、事前届出又は事後報告の対象となる上場企業の範囲を拡大し、コア業種(武器、航空機など12分野)が重点審査対象とされ、約 3,800 社の上場企業がある中で、コア業種の企業が558 社、2,100 社がコア業種以外の指定企業としてリストアップされた。ただし、この中には、スーパー銭湯や食料品企業が挙げられており、本当に国家安全保障に影響を与える様な企業なのか、どの様に選出したか不透明という問題もある。もう1つの問題は、事前届出免除制度の導入である。当初、海外の投資家には日本が外為法を改正すると極めて低い水準の対内直接投資で一段と制限的になるのではないかという懸念があったが、対日投資に支障をきたさぬ様、広範な事前届け出の免除制度を設立した。これは、事業の譲渡・廃止を株主総会に提案しないことや、自ら役員に就任しないなどの一定の条件が満たされれば、コア業種でも事前届け出は免除されることになるという設計であった。そこで、中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)子会社による楽天への出資の件で、厳格な運用能力や法律・審査能力の問題が露呈した。

この事例では、出資比率は3.65%で要件の1%を超えていたが、条件を満たせば事前届出を免除されているとの理解で審査が通ってしまうという法律の抜け穴の問題があった。テンセント側は経営に関与せず、「純投資」が目的で事前報告は免除されるとの判断であったが、免除基準に該当するかどうかはテンセント側の自己申告で、順守を誓約して事後報告すればよいとのことでは監視と言えるかは疑問である。そもそも、日本側に審査能力があるのかどうかという問題もある。米国の対米外国投資委員会(CFIUS)と比較してみると制度面、資源(例えば人員)で劣る。CFIUSは財務省や国防総省、エネルギー省から専門人材を集め、脅威が大きい企業には事後的に株式の売却命令を出す。日本ではインテリジェンス能力が十分ではないことから、事前審査の比重が大きい。ここでは、審査能力を高めることが重要であるが、そのためには諜報活動に競争力を持つ米国との協力が必要である(テンセント問題についても米国からの指摘であったようだ)。対内投資規制(管理)の強化による経済への負の影響がある。対内投資は経済活性化に寄与するとの認識から政府は対日直接投資委員会を立ち上げ、対内直接投資促進を政策目標にしているが、規制強化で、その目的を達成することができない他、東京を国際金融センターとする政策目標達成が難しくなる。さらに、外資圧力減少により日本企業のコーポレートガバナンスの弱体化を招くと言ったように諸々の悪影響があることが指摘できる。

次に、2019年7月の対韓国輸出管理強化における日本の対応では、半導体材料 3品目(フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジスト)の輸出管理を厳格化し、包括的輸出許可から個別輸出許可へ切り替えた。また、安全保障上の輸出審査において優遇を行うホワイト国(現在はグループAに呼称を変更)から韓国を除外した。これらは韓国による報復を招き、対日輸出管理が強化された他、輸出管理以外の政策領域にまで関係悪化が波及し、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄が一度は政府レベルで俎上に上ったことに加え、韓国が日本の輸出審査の変更を不当であるとWTOの紛争解決プロセスに提訴した後、WTOにおいてパネルが設置された。韓国国内では、対日依存低下に向けて「素材・部品・装備産業競争力強化政策」が実施された。日本による措置の理由として、韓国における戦略物資に対する不適切な輸出管理問題(不正輸出の発生)が挙げられていたが、世耕経産相(当時)の説明では、韓国当局との間で「十分な意見交換の機会がなくなっていた」ほか、3 品目の中に「輸出管理を巡り不適切な事案が発生している」一方、今年に入り「両国間で積み重ねてきた友好協力関係に反する韓国側の否定的な動き」が相次ぎ、中でも韓国人元徴用工への損害賠償問題について満足する解決策が示されなかった、韓国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になった等の指摘がなされ、単に輸出管理問題だけにとどまらない政策意図が示唆された。

結果、様々な分野への影響が生じ、WTO紛争処理制度・安全保障貿易制度、GATT第1条 1項(無差別)や、 GATT第11条1項(輸出制限の禁止)違反の可能性、さらには多くの国が使ってこなかった GATT第21条(安全保障例外による貿易制限)の適用のほか、ワッセナー・アレンジメント(通常兵器)、 ザンガー委員会(核物質)、オーストラリアグループ(生物化学兵器)等の武器・核物質に関する交易の取り決めという観点からも厄介な問題を投げかけた。さらに、日韓関係の悪化から日韓間における対中問題での協力に障害が生じ、日韓の連携を必要と見る米国の懸念が増大した。半導体材料貿易・産業への影響としては、フッ化水素の輸入・対日依存は低下したが、レジストおよびフッ化ポリイミドの輸入・対日依存は変化がなかった。また、結果的に韓国の半導体生産には影響がなかった模様である。他方で、日本企業による韓国や他国での生産拡大により日本の産業空洞化の可能性が指摘されている。韓国における輸出管理体制の問題は、日韓が協力することで改善できたのではないかと思われる。

最後に、サプライチェーン対策への財政的支援を取り上げる。令和2年度補正予算では、サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費として補助金が一次補正で2,200 億円を、その後、第三次補正までいき、倍額を計上した。これは、特定国に依存する製品・部素材および国民が健康な生活を営む上で重要な製品の依存度低減のための拠点整備への支援が目的である。海外サプライチェーン多元化等支援事業では、一次補正235億円規模で、日本・ASEANのサプライチェーン強靭化のため、企業による代替元国(中国)から代替先国(ASEANや南アジア諸国)への海外製造拠点の複線化や生産拠点・ネットワーク高度化に向けた設備導入などへの支援を実施した。補助金の企業による事業の国内回帰やASEAN諸国への多角化の影響についてはデータが出てきた後に詳細な分析が必要である。企業は事業立地に関する決定において費用便益分析を行うが、費用便益分析においては補助金だけではなく、労働コスト、インフラ状況、関連企業の有無、製品販売市場状況など様々な要素が含まれるためである。国立大学病院長会議の調査によれば、補助金は一時的に事業コストを低下させるが、補助金がなくなった場合には、労働コストなどが事業の運営において重要な要素となることから、補助金応募には慎重になるという向きもあった様である。そもそも、補助金事業に応募した企業は新規事業に強い関心を持っていたという指摘も出来る。また、自然災害の頻発する日本への国内回帰や、調整コストが発生する事業の多角化という施策自体が、強靭な(Resilient)サプライチェーン構築にあたって有効かどうかを判断しなければならない。この点、昨今の議論では、強靭なサプライチェーン構築に求められる要素として、1)頑健性(Robustness:ショックの影響を受けないようなシステム、本国集約、消費地生産(地産地消)等の一か所における一貫生産)や、2)余剰能力(Redundancy:ショックに対する応急処置。在庫、遊休設備の維持等)、3)迅速性(Agility:ショックからの迅速な回復、自社の関与するサプライチェーンについての情報の掌握等)、4)柔軟性(Flexibility:ショックに対して代替的なサプライチェーンへの関与、サプライチェーンの多角化等)が、重要視されている。これらの観点から先の2つの補助金を評価してみると、必ずしも適正な対応が望まれる様な補助金になっていないのではないかという指摘もある。

サプライチェーンと米中デカップリングに関して、言うは易しであるが、安全保障に関連する製品については、中国をサプライチェーンから除外(米国との協調)し、米国政府の動向を注視しなければならない。一方、安全保障に関連しない製品については、巨大な市場であり、技術進歩が顕著な国である中国をサプライチェーンに含めるが、中国によるWTOおよびRCEPなどの取決めにおけるルール順守の監視が重要になってくる。結論として、新経済安全保障政策の評価を試みる。従前より、日本の経済成長は多角的枠組みの下での自由で開かれた貿易と投資環境によって実現し、日本も多角的貿易制度の維持に大きく貢献してきた。その中で、新たに導入された経済安全保障政策は日本の貿易と投資を抑制し、経済成長を低下させる可能性が高いのではないかと思われる。したがって、日本は経済への影響を考慮して、経済安全保障政策を策定すべきである。そして経済成長に対する負の影響を最小にするような政策を策定しなければならない。中国との関係については、インフラ建設のように協力できる分野では連携も進めるべきであろう。日本としては、中国と米国が多角的貿易制度やメガFTAなどの地域的枠組みの中で行動するように、EU、豪州、インドネシア(ASEAN)などのミドルパワーの国々と共に積極的に働きかけると同時に、制度構築を進めることが重要である。

(「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会第4回定例研究会合での報告、文責在事務局)