当フォーラムは、「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―」(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)プロジェクトの一環として、シリーズセミナー「中国を如何に捉え、どう向き合うか 中国の対外行動を突き動かしているダイナミクスを読む」を開催しているところ、その第1回「コロナ後の中国をどう捉えるのか」をさる2021年8月28日に開催した。その概要は以下のとおりである。
1.日 時:2021年8月27日(金)18時~19時
2.開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン
3.プログラム
開 会
モデレター 加茂 具樹 日本国際フォーラム上席研究員 / 慶應義塾大学総合政策学部教授、学部長
報 告 小嶋華津子 慶應義塾大学法学部教授「コロナ後の中国の政治社会をどう捉えるのか」
飯田 将史 防衛研究所米欧ロシア研究室長「コロナ後の中国の対外政策をどう捉えるのか」
討 論
3.出席者:約110名
4.議論概要:
本セミナーは、モデレターの加茂具樹教授による冒頭挨拶、小嶋華津子教授および飯田将史室長による報告、報告者による討論(聴取からの質疑応答含む)、の順で議論が行われた。それらの概要は次のとおりであった。
(1)加茂具樹・慶應義塾大学総合政策学部教授による挨拶
経済成長にともない国力が増大した中国は、グローバルなパワー・バランスの変化を牽引している。この変化は、あきらかに秩序が流動化する要因となっており、パクス・シニカの到来が議論されるまでになっている。そして昨今の新型コロナウイルス感染症のパンデミックが、秩序の流動を強く促しているようにみえる。こうしたなか、国際秩序の変化の担い手である中国の内実を理解する必要性、特に中国の対外行動を突き動かしている国内のダイナミクスについての関心が高まっていると言え、この関心に中国研究者として応えるべく、本セミナーを設けることにした。
すでに日本国際フォーラムでは、令和2年度から、私が主査を務めて、研究プロジェクト「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略 中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて」を組織してきた。中国の対外政策の決定過程研究、とくに対外行動に影響を与える国内要因の分析についての研究調査をおこなっており、日本の中国研究にある政策決定過程研究に関する研究の重厚な蓄積を積極的に活用しながら、新しい研究の取り組みをすすめている。この研究会のメンバーとともに、このセミナーをつうじて、秩序の変化の担い手である中国を如何に捉え、どう向き合うのかを考えるために、中国のいまをかたちづくっている個々の事情を読み解きながら、中国の理論への接近を試みていきたい。
この第1回のセミナーでは、次の3点に取り組む。第1は、コロナ下の中国についての現状評価である。第2は、コロナ後の中国を展望するために必要だと思われる論点を示すことである。この論点を踏まえて、第3に、コロナ後の中国について展望する。これらの問いを僅か60分で論じることは欲張りなことであるが、これはシリーズをつうじて考える共通の論点でもあるため、無理を承知で問いを立てている。本日は、国内政治社会の領域について、小嶋華津子慶應義塾大学法学部教/同大学現代中国研究センター・センター長に、外交安全保障の領域について、飯田将史防衛研究所米欧ロシア研究室長に、それぞれご報告いただく。
なお、このシリーズ・セミナーは、今後月に1回、全6回の開催ということで告知しているが、実際には7回目以降も開催していく予定である。このシリーズ・セミナーをつうじて、より多くの日本の中国研究者の考えを、視聴者とともに共有していきたい。そして私たち中国研究者は、自らの研究成果の発信をつうじて自己研鑽をしてゆきたい。このセミナーを、日本の中国に対する理解をより一層に深める機会にしていきたいと思っている。
(2)小嶋華津子慶應義塾大学法学部教授による報告「コロナ後の中国の政治社会をどう捉えるのか」
中国において、コロナ禍がもたらした変化は、必ずしも根本的な変化ではなく、習近平政権が発足以降、建党100周年(2021年)、建国100周年(2049年)を念頭に推進してきた方向に、一定の弾みないしは若干の調整をもたらしたものと私は解釈している。習近平政権が推進してきた政策の柱は四点に整理できる。
第一に、統治体制の集権化である。党中央への政治権限の集中、習近平個人への権限の集中、中央の地方に対する監視・監督体制の強化などの面で、統治体制の集権化が進められた。
第二に、法や規則による統治である。規律ある党による、法に基づく統治を実現するために、習近平政権は発足当初から大規模な反腐敗キャンペーンを実施し、党内の綱紀粛正を進めると同時に、「法による統治」に向けた政策を推進してきた。留意すべきは、それが、政治面での引き締めと同時に、規律ある市場の構築を一つの柱に据えている点である。CPTPPへの参加を実現するには、国有企業改革や電子商取引に関わる法整備を進めねばならない。習近平政権はそれを自覚しつつ、法の整備と法による統治を推進してきたと言える。
第三に、社会に対する統制・管理である。習近平政権は、「西側」の言説がインターネットや知識人コミュニティ、NGO、キリスト教会などのネットワークを介して国内に流入し、体制を揺るがす事態を懸念し、言論・思想の統制を強化した。また、党の政法委員会のネットワークを末端社会にまで張り巡らせ、党の監視を行き渡らせようとしている。こうした動きは、新疆や香港など、異なる宗教、文化、アイデンティティを持つ人々に対しても一律に適用されつつあり、それが「人権」問題を生んでいる。
第四の柱が、技術開発の重視である。技術、とりわけIT技術やAIは、戦争の形態を大きく変え、中国もITインフラの面で対米依存から抜け出すために、海底ケーブルの建設や宇宙開発に力を注いできたが、ここで着目したいのは、社会統治のツールとしての技術である。先述の法による統治についても、その効果的な実施の鍵とされているのが、法規の遵守状況に関する個人や企業を対象としたデータベースの形成と共有である。また、コロナ禍においても、居住区レベルの徹底した人の移動の管理に加え、民間企業が開発した健康コードアプリの普及が蔓延の抑制に効力を発揮した。こうした経験を経て、習近平政権は、今後一層統治のツールとしての技術の活用に意欲的になるだろうし、そこに、国家と企業の関係、国家の安全と個人情報保護のバランスの問題が顕在化してくるだろう。
以上に特徴づけられる統治について、習近平政権は、「西側」のリベラル・デモクラシーとは異なる統治形態として、その優越性に自信を持つよう国民に呼びかけてきた。そして、実際にコロナ禍を一定程度効果的に乗り切りつつあるという状況を踏まえ、多くの国民の間には自国の統治に対するある種の肯定感が生まれている。そして、世界をみれば、コロナ禍によって、世界の秩序を支える価値観の揺らぎが顕在化する中、リベラル・デモクラシーとは異なる統治形態が部分的に評価される余地は、むしろ広がっているように思われる。
しかし、現実には、新たな秩序の形成において、中国をめぐる国際環境は決して好ましいものではない。米中対立は、コロナ禍を経て他の国や地域を巻き込みながら一層広がりを見せている。こうした国際環境の悪化の中で政治的に重要な時期を迎え、さらにはオリンピック開催を控えた中国は、一方ではなんとかして対中世論の強硬化を抑制しながら、他方でアメリカ等による国内法の域外適用、一部領域でのデカップリングの動きに対応するべく、法の整備と技術開発を進めていくだろう。
(3)飯田将史防衛研究所米欧ロシア研究室長による報告「コロナ後の中国の対外政策をどう捉えるのか」
習近平政権は「中華民族の偉大な復興」という愛国主義的な目標を掲げ、領土・主権や海洋権益に関わる「核心的利益」の擁護を重視すると同時に、「中国の特色ある大国外交」の方針の下で、地域のみならずグローバルな秩序を中国にとって有利な形へ変革することを目指してきた。他方でこのような対外政策は、日本を含む周辺諸国に強い対中警戒感を生むと同時に、既存秩序の中心的な担い手である米国との関係の悪化ももたらしていた。
新型コロナウイルスによるパンデミックと、それとほぼ同時に展開した中国による香港に対する締め付けは、中国の対外政策にとって機会と挑戦の双方をもたらすことになった。中国が比較的早期に感染拡大を封じ込め、経済の回復を実現する一方で、米国をはじめとした先進民主主義諸国では感染が急拡大し、多大な人的・経済的被害が生じた。こうした事態は、グローバルなガバナンスにおける先進民主主義諸国の影響力を低下させ、中国に国際秩序の変革を推進する絶好の機会を提供することになった。
他方で、米国を中心とする先進民主主義諸国では、中国共産党による権威主義的な体制がコロナウイルスの世界的拡散を許した元凶であるとの批判が強まった。また、香港で「一国二制度」を形骸化させ、民主派を徹底的に弾圧したことは、中国共産党が自由や民主、人権といった普遍的価値に脅威をもたらしていることを国際社会に印象付けた。米国のバイデン政権は中国を「最も深刻な挑戦者」と位置付けるなど、中国は「新冷戦」ともいわれる米国との厳しい対立という挑戦にも直面したのである。
コロナ後の中国の対外政策については、以下の3つの方向性を指摘することができるだろう。第1は、国際秩序の形成における中国の影響力の拡大を図ることである。「一帯一路」の推進や、気候変動問題への対処などを通じて発展途上諸国との経済的・政治的な連携の強化を進めるだろう。同時に、中国が独自に提起した「全人類共同価値」などの他国との共有を進めることで、普遍的価値の相対化を図るだろう。
第2は、米国への対抗姿勢を強めることである。習近平政権は米国との長期にわたる競争を戦う意思を明確に示しており、その最大の支えとなる軍事力の強化に力を入れるだろう。いわゆるA2/AD能力のみならず、核戦力、宇宙・サイバー・電磁といった新領域における能力、さらには将来の「智能化戦争」を念頭に置いた人工知能や無人技術の開発を強化するだろう。また、米国の同盟国やパートナーへの働きかけを強め、米国陣営の切り崩しも図るだろう。
第3は、核心的利益を確保し、伸長させることである。核心的利益の確保と伸長は、「中華民族の偉大な復興」に不可欠な条件であり、また中国共産党に対する国民の支持を獲得するうえで重要な手段でもある。米軍のプレゼンスを弱体化させ、中国にとって有利な地域秩序を構築するためにも、台湾海峡や東シナ海、南シナ海へのプレゼンスの拡大は必須であり、こうした問題における非妥協的な姿勢は今後も強化されることになるだろう。
(4)討論
以上の報告を受けて、チャットに寄せられている参加者からの質問も受け付けながら、次のような討論を行った。
加茂教授:それぞれの報告を受けて、中国の内政と外交は、コロナによって変化が生じたわけではなく、これまでの既存の路線を継承している、ということがわかった。また、これまで習近平政権は集権化を進めてきたが、コロナ禍で国民から安定した国内環境を維持することを求められているところ、それにもうまく対応できているということがわかった。そこで、小嶋教授には次の2点を質問したい。
①なぜ、習近平政権は集権化を実現しようとしているのか、その動機や欲求、今後もその路線を続けていくのかどうか。
②コロナに対して、集権化は効果的なガバナンスであるが、コロナ後も集権化は有効な統治体制となるのか。
続いて、飯田室長には次の2点を質問したい。
①現在の習近平政権による外交政策は、中国の経済成長に必要な安定した国際秩序の形成に役に立つものなのか。
②中国は現在の普遍的価値と言われているものを上書きしようとしているとのことであるが、その「上書きする」とは何か。また、「上書き」によってどのような国際秩序を創設しようとしているのか。
小嶋教授:中国指導部では、胡錦涛政権の時の反省にたって、一定程度集権化した強いリーダが必要とのコンセンサスがあるように見受けられる。胡錦涛政権の末期、中国指導部には、中国が内憂外患に覆われているという認識があった。外患として認識されているものが何かというと、2013年6月に、中国人民解放軍、中国社会科学院などによって制作された『較量無声』という映画をみるとよくわかる。同映画は、米国がフォード財団などを通じて各国のNGOや知識人に影響力を行使し、西側の代理人を育成して、中東欧、中東、中央アジア諸国の権威主義体制を転覆させており、今それが香港で行われて次は中国本土が標的になっている、という内容である。つまり、中国の指導部は外患として、西側諸国が体制の外から中国を覆そうとしている、という認識を持っているのである。内患としては、周永康の汚職スキャンダルなどで明らかになるように、胡錦涛政権の末期、中央政治局常務委員がそれぞれの領域でかなりの権限を有しており、結果として分裂状態にあるというのが指導部の共通認識になっていた。こうした共通認識があり、習近平政権による中央集権化を進めるコンセンサスが、習近平また中国指導部にできたのである。二つ目の質問について、今後中国は、オリンピックなど政治的に重要イベントが続き、かつ激しさをます米中対立にも対応するために、引き続き中央主権化を続けていくものとみられる。ただし、集権化を続けることに、多くの課題を抱えていることは確かである。中国の発展を支えてきたのは、地方やIT企業をはじめとする民間である。地方の活力、民間企業のイノベーションを高めつつ、一方で集権化による管理をするには、多くの課題に直面することになるのではないか。
飯田室長:中国共産党は、経済発展に資する安定した国際環境が必要と認識している。同時に、共産党が生き残るために安心できる環境を創設したいとも思っている。共産党にとって、既存のリベラルな国際秩序は完全に安心できるものではなく、西側の価値観に基づいた「カラー革命」の浸透で、自分たちの立場が脅かされるという不安を持っている。こうしたなか、習近平政権は、2014年頃から「国際的なパワー・バランスが革命的に変化している」と言及するようになり、普遍的な価値に基づいた西側による秩序が弱体化し、不可逆的に中国をはじめとする新興経済諸国のパワーが増大していると認識しており、国際秩序の変革に向けて中国と西側の既存のパワーとの摩擦は避けられないが、共産党にとって安心できる秩序をいずれ構築できるとみているのである。二つ目の質問について、中国共産党にとっては、西側がいうところの人権などの普遍的価値は受け入れられるものではなく、その定義を変えたいと思っているようである。そして、中国共産党にとって受け入れ可能な人権、民主などによる「普遍的価値」を共有できる諸国と連携し、そうした勢力を拡大し、中国共産党にとって安心できる秩序の基礎を創出しようとしているのである。
加茂教授:小嶋教授に対して、指導部が集権的な体制を選択したことがよくわかった。では、指導部は現在の状況をどうみているのか。つまり、集権化して中国の問題を克服したと考えているのか。飯田室長に対して、共産党のより良い環境を手に入れるという意識は、中国の対外行動にどう影響を与えるのか。
小嶋教授:指導部は、現状を決して楽観視しておらず、内憂外患が続いていると認識している。習近平政権にとって、国内から体制の正当性を得られれば真に安心できる状況になるわけであるが、それにはまだまだ課題がある。経済を発展させ、富を国内の隅々まで行き届かせ、小康状態にたどりつけなければ、国内で不満が沸き起こる可能性がある。巨大民間IT企業などへの圧力を強めているが、これは国内向けに、締め付けをアピールしている側面が強い。本当に富を行き渡らせるのであれば、固定資産税の導入など、抜本的な改革が必要であろうが、現状では難しいだろう。その意味で、まだまだ内患は続いていくのである。
飯田室長:習近平政権は、将来的に自分たちに都合よく書き換えられた価値による秩序を構築できるという自信をもっているが、この国際秩序をめぐる争いは長きにわたって続き、それまでに多くのリスクがあると認識している。そして、国内には指導部に対する様々な要求があり、その要求を踏まえた対外政策をとる必要にも迫られている。国内問題から目をそらし、習近平政権に対する求心力、共産党への支持を高めるためにも、ナショナリズムにうったえた強硬な対外政策をとろうとするという側面は今後も続いていくものとみられる。
加茂教授:本日は、「コロナ後の中国をどう捉えるのか」をテーマに、報告また討論を通じて、中国指導部が国内および国際情勢をどう捉えているのかについて探った。結論として、指導部は、国内および国際情勢に対して、いずれも現状では不安やリスクを感じているということが明確になった。次回の第2回会合では、さらに指導部である中央と地方政府がどのような関係にあり、地方政府が何を進めているのか、などについて議論していきたい。
文責在事務局