公益財団法人日本国際フォーラム

習近平政権下では、国家統合面(香港、台湾、少数民族)でのガバナンスの重要度と深刻度、国際社会での覇権(新型国際関係、一帯一路、人類運命共同体)確立の要求のいずれもが高まりつつある。近年顕著な統一戦線工作重視姿勢は、このような背景に基づくものと考えられる。

そこで私は、「統一戦線と華僑の役割」をテーマに、「中国の対外行動に影響を与える国内要因」という研究課題にアプローチしてみたい。この作業は、1.「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」(以下、「条例」)の制定を対象とした「政策過程サイクル」的考察、2.華僑界選出全国政協委員(以下、「華僑委員」)の海外での政治活動に関する内外連携を対象とした考察という二つの柱から構成されよう。

1.「条例」の制定

党は2015年5月18日、「条例」を施行した。その「誕生記」によると、「条例」制定・施行に至るプロセスは次のようなものである [1]

「条例」の起草は中央政治局常務委員会の決定によるものであり(政策課題設定)、この決定から公布までは1年5か月を要したという。従って、「条例」制定は、2012年11月の習近平体制発足から約1年後の2013年末から2014年初めにかけての政策課題であったことになる。

政策形成には、中央から地方に至る多くの幹部と部門が関与した。

スタート地点は中央にあった。起草から制定にいたる作業は終始、党中央の直接的指導の下で行われたとされているが、報告聴取と起草方針に関する指示は総書記である習近平自らが行った。それを受け、最高指導部内で統一戦線工作を統括する全国政協主席の兪正声が一連の工作を具体的に指示し、「条例」稿に自ら筆を入れた。

最高指導部による方針が示されたことを受け、制定に向けた具体的作業が始まる。この作業の中心に位置したのが党中央直属機関の中央統戦部であるが、その作業は同部部長である孫春蘭(中央政治局委員)が4回にわたって部長弁公会議を開催し、意思統一を図ることから始まった。そして、2014年2月、中央統戦部は、関連する8つの中央部門(党部門では中央組織部と中央台湾工作弁公室、全国政協部門では同弁公庁、そして、国務院部門では外交部、国家民族委員会、国家宗教局、香港・マカオ弁公室、そして僑務弁公室)とともに、「条例」起草工作機構と起草小組を立ち上げる。

中央実務レベルでの組織と方針のすり合わせが終わると、同年3月からは、起草小組が中心となった作業が始まる。これは、中央と地方の間での意思統一的色合いが強い。すなわち、同小組は「条例」制定のための資料収集と検討作業を開始する一方で、4月には全国各地に飛んで現地調査を行う。48回の座談会が開催され、31の全一級行政区から党内外の参加者があったという。その一方で、中央統戦部の指導メンバーがそれぞれ手分けして、「条例」稿に対する見解を関連する中央指導者(恐らく、習近平と兪正声)から聴取したのである。「条例」の条文内容はこの時点でおおむね固まったものと思われる。

そして、2015年3月に入ると、全人代及び全国政協会議開催期間中に全国統戦部長(31省市自治区と新疆生産建設兵団)座談会が開催され、彼らの見解を聴取したのち、中下旬になると、起草作業に関与した8部門をはじめとした関連部門に対し、起草小組が最後の意見聴取を行った。

政策決定は、残された時間が短かった(5月18日に公布、施行)ことと、関与する組織の性格から判断して、極めて形式的なものだったと言えよう。すなわち、全国政協主席の兪正声は4月27日に党外人士座談会を開催し、彼らの意見や提案を聴取したという。参加したのは、8つの民主党派中央及び全国工商聯の主要責任者と無党派代表である。そして、最終的には、その二日後の4月29日と30日、中央政治局常務委員会と中央政治局がそれぞれ「条文」稿を審議し、正式に公布、施行した。添付の図は、「条例」制定過程とアクターを示したものである。

なお、現時点では、政策実施と政策評価プロセスを考察するに足る資料は入手できていない。ただし、先般(2021年1月5日の北京発新華社電によると「近日」)、「試行」に修正を施した正式な条例が公布されたことから、今後、「FA」の解明につながる資料を含む新たな資料の公開が期待される。

2.華僑委員の海外での政治活動

建国当初より、華僑は統一戦線工作の重要な対象となってきた。この方針が近年でも変わりないことは、1.で確認した通り、中央統戦部が中心となって立ち上げた「条例」起草工作機構構成メンバーに僑務弁公室が含まれていること、そして、「条例」本文で実際、統一戦線工作対象の一つとして華僑があげられていることから明らかである。

それでは、華僑委員は、中国共産党の目指す国家統一の目標実現のため、政協或いは中央統戦部の指導下、「国外」において、どのような「活動」を行い、それが、「国内」に対し、どのような形で「フィードバック」されるのか。これが、未だ本格的な文献調査、資料収集及び読み込みを行っていない現段階での、私の関心対象である。

以上の疑問点を明らかにするための手がかりとして、現時点で得た知見を以下に指摘しておく。

(1)「知網」で検索した修士論文より [2]

華僑委員は、主として中華全国帰国華僑聯合会(僑聯)と致公党という二つの「界別」に属する。つまり、華僑とは言うものの、国内在住者が主たる対象である(以下、華僑は、但し書きがある場合を除き、「帰国華僑」を指す)。ちなみに、致公党「界別」に属する30名の現全国政協委員のうち、何らかの形で「華僑」とのかかわりがうかがえるのは7名である。また、この7名中、唯一「帰国華僑」と位置づけられている万鋼(党中央主席、全国政協副主席、中国科学協会主席)の場合、海外滞在期間は約16年となっている(1985年から2001年にかけて、ドイツ滞在)。

華僑は委員以外に、「特約代表/委員」や「専門学者」として、政協会議への「列席」が可能である。ただし、列席資格での参加の場合は、提案権(建議権)はあるが、議案提出権はない。

(2)『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』より [3]

「祝敏申」は豪州国籍を有する政協委員とされる。仮に、国籍が中国でないのなら、同人は華僑ではなく「華人」となる。この場合、統一戦線工作の対象には「非中国国籍者」も含まれることになるので、「(他国の)国家主権への干渉」という視点が必要となる。以下は中国発資料に基づく祝の関連情報である [4]

2004年5月時点で、祝は豪州国籍を有している。

2014年3月6日、裘援平・国務院僑務弁公室主任は全国政協第12期第2回会議「列席」の海外華僑「代表」に会ったが、そのうちの一人が祝(澳大利亜精英高等教育学院(Top Education Institute)院長)だった。今次会議に列席した海外僑胞代表は、21の国から来た計35名で、彼らの列席は2001年(第9期第4回会議)に始まっている。祝によると、2001年以降、全国政協は62の国に在住する計399名の海外僑胞列席代表を招いている。

2020年1月14日に上海市政協が行った華僑華人代表座談会には、市政協13期3回会議に列席した17名の華僑華人代表が出席した。祝も出席し、日本からは作家の莫邦富が出席した。

祝は『澳華時報』の創業でもある。1999年のユーゴ大使館爆撃事件、李登輝の「両国論」、中国側指導者の豪州訪問等の際に、自ら記事を執筆している。同紙は2021年1月末現在、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、休刊している。