公益財団法人日本国際フォーラム

近年、中国の新疆ウイグル自治区(以下、新疆)における統治政策に世界的な関心が集まっている。少数民族に対する人権侵害の事例が多くのメディアで報道され、欧米諸国では非難の動きが強まり、香港問題と並んで米中対立の焦点のひとつともなった。もっとも、人権侵害への注目度の高さに比べ、歴代の指導部の新疆政策の過程を整理した研究は少ない。新疆政策への関心は主として、少数民族の迫害の実情を明らかにすることに集中していたからである。

近年の新疆政策の過程を整理する上で、重要な手がかりとなるのが、本研究会が重点的に取り上げる、「政策過程のサイクル」(Policy cycle)である。「政策過程のサイクル」とは、「政策課題の設定」から、「政策の形成」、「政策の選択」、「政策の実施」、「政策の評価」に至るひとつの流れである。この分析の枠組みを使って新疆政策を考察すると、指導部が掲げた「政策課題」が変化したこと、および変化した要因を簡潔に論じることができるようになるだろう。

歴代の指導部は、これまで一貫して新疆政策の政策課題の中核に「反テロ」(反恐)といわれる治安維持を置いてきた。これはすなわち、中国共産党政権が、自らが「テロ事件」と見なす事件をいかに抑え込むかという「政策課題」である。習近平指導部も、この政策課題を新疆政策の中核に置いている。但しその具体的な内容は、2014年を境に変質を遂げた。

「政策課題」の変質を論じる前に、「政策の実施」の局面に注意して、政策過程を整理したい。従来新疆においては、武装警察の強化、監視カメラの設置、検問所における検査強化といった種々の「テロ対策」が以前から講じられ、実施されてきた。しかし2014年以降、こうした「テロ対策」の内容は、その質、規模ともに顕著な変化を遂げた。

2014年春の習近平の新疆訪問と第2回中央新疆工作座談会以降、「反テロ人民戦争」の号令の下、スパイウェア・アプリ、顔認証システムなどを用いた、新しいタイプの監視が広まった。さらに2016年8月には新疆ウイグル自治区の党委員会書記が交代となり、新たに就任した陳全国書記の下、2017年3月には「新疆ウイグル自治区脱過激化条例」が制定され、政策の法的根拠が整備された。人工知能を駆使した世界でも類を見ない監視社会が形成されるとともに、いわゆる「再教育施設」(職業技能教育培訓中心/قايتا تەربىيەلەش لاگېرلىرى)が新疆各地に設置され、少数民族市民の予防的な拘禁、大規模な収容が進められた [1]

この施設は、「職業訓練」を通じた貧困層の就業促進により社会の安定を実現するという名目で、その存在が正当化されている。「職業訓練」を経た少数民族が、手作業での棉花の摘み取り、あるいは内地各地の工場に集団で移送されて「強制労働」に従事しているとの指摘もあり、グローバルサプライチェーンとの関連が懸念される [2]。施設で「職業訓練」を受けた人の数は、これまでの研究 [3]、また2020年9月に国務院が発表した「新疆的労働就業保障」白書 [4]が示唆するところによれば、100万人を超えると推定される。

こうした予防的かつ大規模な収容のほかに、近年世界的な非難を浴びているのが、少数民族の女性に対して行われているとされる強制的な不妊手術である [5]。その背後には、「テロ対策」と貧困撲滅の論理の融合がある。すなわち少数民族の出産数を2人ないし3人までに制限し、「テロ」の温床と見なされている少数民族の貧困世帯の「子だくさん」を除去することで、次世代に「テロリスト」を生み出さないようにし、「新疆社会の長期的安定」を実現するという政策論理がある。これも予防的かつ大規模な、新型の「テロ対策」の一環と言えよう。

さらに近年の新疆政策には、同化政策という新たな柱が加えられ、その比重を増している。とりわけ上述の「再教育施設」では、「職業訓練」の名目で少数民族の教育(再教育)、具体的には中国語(漢語)、中国の歴史と文化などの学習が行われていることが、多くの報道、証言から明らかになっている [6]。現地民族の言語ではなく中国語(漢語)を、現地民族の歴史と文化でなく漢族の歴史と文化を教育し、同化を進める狙いが透けて見える。2020年9月の第3回中央新疆工作座談会における習近平の重要講話においても、教育を通じて「中華民族共同体意識を心の奥底に植え付ける」ことが強調されている [7]。ニューヨーク・タイムズによって暴露された政権内部の指示からは、現地少数民族の文化、宗教が、人々に伝染する「病毒」として捉えられていることも明らかになっている [8]

このように近年の新疆政策は、従来型の「テロ対策」に加えて、新たに先端技術を駆使した予防的かつ大規模な「テロ対策」、さらには同化政策に軸足を移しつつある。こうした政策の変化の背景には新しい「政策課題」の発見があると考えられる。すなわち、従来の「テロ対策」は、「テロ事件」にいかに即応するかという、いわば受動の発想から出発していたのに対し、近年では「テロ」を起こすような人をいかに社会に生み出さないかという、主動の発想に力点を置くように変化しつつある。こうした主動の発想が、多くの無辜の民を「再教育施設」に送り込むことにつながったことは言うまでもない。