公益財団法人日本国際フォーラム

習近平政権下の政策過程

習近平が政権を担当して以降、中国政治がそれ以前と異なる様相を示していることは多言を要しない。典型的な例とされるのが、「頂層設計」と称されるトップダウン型の指導スタイルと意思決定である。むろん、共産党の集権体制下で鶴の一声的な上意下達の政治は、今日まで基本的に変わっていない。ここで言うトップダウンとは党中央の主導の下、問題を全体として把握し、それを丸ごと解決するという状況認識と政策実施の方法を意味する。こうした、総合的制度構築を通じて包括的な改革を進める方法は、個別分野での試行錯誤や地方の自主性を重んじた鄧小平時代の改革の姿とは異なる [1]

改革の進め方に見られるこうした変化は、長い間中国の政策過程を説明してきた一つの有力な枠組みに疑問を投げかけている。改革開放期中国の政策過程の多元性に注目した「ばらばらな権威主義(fragmented authoritarianism、以下FA)」モデルがそれである。論者によっては、近年の変革は当該モデルの限界を表していると断じ、別の分析枠組みの構築を唱えるものもいる [2]。このエッセイでは、グローバルな技術競争を勝ち抜くために習近平政権が強力に進めている軍民融合政策を取り上げ、FAモデルの妥当性を検証してみたい。

「ばらばらな権威主義」モデルとは何か

まず、FAモデルの内容を整理しておこう。FAモデルは、中国官僚制の最大の特質を権威の分断構造に求める。三権分立を否定し、統治のあらゆる領域における共産党の中心的役割を強調する建前の原則と異なり、実際の政策は、党・政府・軍それぞれの官僚機構が横と縦で複雑に交じり合う中で形成、実施されて行く。結果として、政策過程の実態は、強制より交渉が主となり、全面的というよりは漸進的な性質を持つというのが、このモデルの主な含意である。ここでは、共産党中央の指導下の一元的、かつ効率的な政策過程は単なる幻想にすぎない。

従って、新しい政策を推進しようとするリーダーは、まず膨大な官僚組織の中に広範なコンセンサスを形成しなければならない。その努力は横の方向のみならず、縦の方向でも必要である。下位の組織も政策実施上の重要な資源を持っているからだ。従って政策過程は、縦と横の両方向で進行する継続的な交渉過程として特徴付けられ、その過程で政策内容に修正が加えられるのはむしろ正常と見なされる [3]

FAモデルが定式化されたのは1980年代後半であるが、その説明の妥当性は、少なくとも胡錦濤政権期までは広く認められていた。むしろ政策過程の多元性という面からすれば、中国経済のグローバル化により、当該モデルの射程はさらに拡大されてきたとも言える。実際、アンドリュー・マサーが、従来のFAモデルをマス・メディアや非政府組織といった体制外のアクターにまで拡張させた「FA2.0」モデルを提示したのは、2009年のことであった [4]

要するに、FAモデルが説明力を保持しているとすれば、それは中国の政策過程が依然として様々なアクター間の交渉を通じて進む、漸進的なプロセスを実体とすることを意味する。では、習近平政権の政策過程はこうした理論の予測とどれほど離れているのだろうか。

軍民融合政策の政策過程

最初に確認しておきたいのは軍民融合政策が、中国の改革開放史上前例のないほど野心的な産業改革の試みであるということである。当該政策の狙いは、ハイテク分野を中心とした軍民間の協力と競争を通じて産業全体の競争力を高めることであり、例えば民間の参入拡大による武器生産の高度化はその部分的要素でしかない。従って軍民融合政策は、多くの産業セクターを対象としており、さらに各セクター内の研究開発と生産・調達システムの全面的改革を目指している。当然のことながら、これほど大掛かりな政策を成果に結びつけるには、国家と市場、またその両方に跨る様々なアクターの動員が必要である。

もっとも、軍民が協力して技術革新を促すという発想自体は、習近平政権から始まったものではない。経済発展に向けた軍民関係の再編という意味では、改革開放の初期に政策の起源を見いだすことができるし、国防産業の体質改善という動機に注目すれば、1990年代末の国有企業改革の流れを引き継ぐものとも言える。さらに、現在実施中の個別政策は、そのほとんどが、「軍民融合」というスローガンとともに、胡錦濤政権期に提示されたものである [5]

しかし、このように前の時期や政権との連続性を指摘することは、習近平政権が推進している軍民融合政策の画期性を否定することにはならない。習近平政権期の軍民融合政策の一つの特徴は、技術革新に向けた軍民間の協力という従来の政策構想を、国家と市場を結びつける新たな「発展モデル」として位置付け直しているという点である。具体的には、改めて「経済建設と国防建設の融合発展に関する意見」を出し、既存の政策構想を国家戦略に引き上げた。

習近平政権期の軍民融合政策のもう一つの特徴は、政策実施体制の刷新にある。とりわけ大きな注目を集めたのが、習近平総書記が主任を務める中央軍民融合発展委員会の成立である(2017年1月)。この動きは、リーダーのコミットメントが政策実施体制を通じて示されたという点で、政府と軍をつなぐ調整機構すら設置できなかった胡錦濤政権に比べれば、大きな進展である。さらに、当委員会の成立は、どのようなアクターが政策実施を主導していくのかを示す意味もあった。例えば、当委員会が主催した2018年10月の座談会には、国家発展改革委員会(NDRC)、国務院国家資産管理委員会(SASAC)、全国工商連、軍委戦略規画弁公室、清華大学、陝西省、青島市、中国航空工業集団の幹部らが出席していた。こうした中央の動きは地方にも踏襲され、省レベルの軍民融合発展委員会の成立が全国に広がるとともに、軍民間の多様な協力体制が形成されつつある [6]

こうしてみると、軍民融合政策の進展は、冒頭で言及した習近平政権期のトップダウン型の指導スタイルと意思決定の様相を典型的に示しているように見える。とりわけ、中央軍民発展委員会の成立は確かに組織上の革新であり、内外の観察者をして当該政策の「成功」を占わせる根拠となっている。では、習近平就任以来の軍民融合政策の展開は、FAモデルの有効性を否定するものだろうか。

端的に言えば、これまでの政策実施の状況からFAモデルの終焉を断定することはできない。リーダー自身による問題の再定義や組織体制の刷新が政策の実施過程にどれほどの変化をもたらしてきたか、疑問が残るからである。具体的には、第一に、政策実施における権限の分散構造が解消されているか、という疑問がある。制度の慣性や粘着力を考えれば、軍民融合に関わる多数の「利益集団」の錯綜した利害関係が簡単に調整できるとは思えない。例えば、軍民融合政策の最大の利害関係者である国防企業の改革についてである。上述の通り、1990年代末の国有企業改革により、国防産業は巨大な集団企業が造船、兵器、航空などの分野ごとに関連装備の研究開発から生産に至る全ての工程を管理する構造が形成していた [7]。軍民融合政策は、明らかにこうした国防企業の「独立体制」に挑戦をかける動きであるが、現時点の政策措置を見る限り、例えばNDRCとSASAC、そして個別の国防企業と軍の担当部門が統一した選好を持っているようには見えない [8]

次に、仮に中央の国防企業を統制できるとしても [9]、地方で急速に拡散している軍民融合政策の展開をどのように統合していくかという問題がある。習近平自身が優越性をアピールする中国モデルの強みが地方の創造的な対応を源泉にしていることを考えれば、むやみに規制や統制をかけ続けることが得策でないことを、党中央はよく知っている。やはり関連事業の過熱を抑えつつ、適切なインセンティブを与えることで地方幹部の選好をなるべく中央の政策意図に合わせていく努力が予想されるが、この点でも共通のガイドラインは現時点で提示されていない。

「ばらばらな権威主義」モデル3.0へ

要約すれば、軍民融合政策に対する習近平のアプローチは、問題設定の仕方や政策実施体制の制度化などにおいて、前政権のそれと顕著に異なる特徴を有している。しかし他方で、これまでの政策実施状況をみる限り、FAモデルが想定する政策過程のダイナミズムが完全に解消されているとは判断しにくい。もちろん、これは習近平政権のアプローチ、そして軍民融合政策の「失敗」を意味することではない。政策実施過程の不確実性を完全に払拭することは中国の場合そもそも難しいかもしれないし、あるいは、現場の積極性を引き出すために意図的に過度な統制や規制を控えている結果なのかもしれない。

いずれにせよ、習近平時代に入り、中国の政策過程に構造的変化が起こっていることは確かであり、こうした変化を取り入れFAモデルを一層改善しなければならない。さしあたり二つの提案が可能と考えられる。一つは、官僚機構間の交渉過程に内在する階層性をより明示的に統合する必要がある。近年の国家機構改革の狙いはあくまで党の権威と権限強化にあり、こうした動向が政策過程全般に与える影響を論点としなければならない。関連してもう一つは、政策過程における「人」の側面をどのようにモデル化するかを改めて考えなければならない。政治エリートと組織機構の関係が十分に説明できていないという批判が従来よりFAモデルに寄せられていただけに、関連した理論の精緻化が期待される。