当フォーラムの「海洋世論の創出」研究会(主査:伊藤剛当フォーラム上席研究員・明治大学教授)は、さる8月5日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた木下健・東京大学名誉教授・元長崎総合科学大学学長より、「海洋エネルギー利用を通じた日本の国際貢献の可能性(ソフトなシャープパワーをアジアに)」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。
- 日 時:2021年8月5日(月)18時30分~20時30分
- 場所:Zoomによるオンライン
- 出席者:
[主 査] 伊藤 剛 JFIR理事・研究顧問/明治大学教授 [顧 問] 坂元 茂樹 神戸大学名誉教授 [メンバー] 石川 智士 東海大学教授 合田 浩之 東海大学教授 小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員 西谷 真規子 神戸大学教授 山田 吉彦 東海大学教授 渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員 渡辺 紫乃 上智大学教授 (五十音順) [報告者] 木下 健 東京大学名誉教授・元長崎総合科学大学学長 [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長 菊池 誉名 理事・主任研究員 佐藤 光 特任研究助手 ほかゲストなど多数 - 協議概要
(1) 木下健・東京大学名誉教授(元長崎総合科学大学学長)による報告概要
再生エネルギーの発展の背景としてSDGsが世界の潮流となっており、その潮流は後戻りしないと考えられる。2050年には、海洋エネルギーこそが最適かつ有望なエネルギー源となる。2018年度において、世界の電源構成の25%が再生可能エネルギー(再エネ)であるが、日本の場合は17%と世界に比べて低い。2050年の世界における電源構成の見通しとして、再エネは87.6%にのぼるだろうと指摘されている。世界の再エネ導入を比較した場合、日本は世界に遅れており、水力および太陽の割合が多い一方で、風力が極端に少ない。日本の再エネの導入ポテンシャルとして、洋上風力および太陽光のポテンシャルが圧倒的に大きい。したがって、再エネへシフトするためには、洋上風力をどれだけ利用するかが重要となる。陸上の太陽光および風力発電に比べて、洋上風力は自然破壊を伴わないことも重要である。
洋上風力の利点として、海上の方が陸上よりも風が強く、面積においても大規模化しやすく、より大きな風車を使え、民家から遠いなどが挙げられる。大量のエネルギー源を考えた場合、水力や地熱は新規に大規模化を見込めない一方、洋上風力は現在すでに環境アセスメントに入っているものだけでも原発14基分を越えている。大規模ファーム化と技術革新によるコスト低減が欧州並みになれば、毎年原発1基分以上の拡大が長年に渡って見込まれ、原子力発電の新設リスクの分散を図ることができる。
「箱もの作り」から「物語作り」へと考え方がシフトし、安全および環境がキーワードとなっているなかで、再エネは都市再生や地域振興の鍵である。海洋エネルギーに関して言えば、漁業権の問題はマイナス(compensation)に捉えがちだが、実は漁業者との共創(promotion)は恰好のテーマとなる。世界の風力発電の現状に関して言えば、例えば風力エネルギー機構ブレーマーハーフェン/ブレーメン協会(ドイツ)は、風力エネルギー業界のネットワーク組織としてドイツの洋上風力産業の窓口となっており、300以上の企業や研究所が現在会員となっており、風力発電産業のバリューチェーンをすべて網羅している。ブレーマーハーフェンは遠洋漁業等の衰退により失業率の高い地域であったが、港湾施設や港湾立地のおかげにより主要な洋上風力発電のノウハウの集結地となっている。
北海近海の洋上風力発電事業における建設・メンテナンスの中心拠点港であるエスビアウ(デンマーク)の事例の場合、エスビアウ港から出荷された風車の設備容量は洋上風力全体の67%を占める。100 基以上分のタービンパーツを同時に保管でき、洋上風力向けのエリアは100万㎡で名実ともに世界最大の拠点港なっている。英国ハル市とハンバー地域の事例の場合、英国の最貧都市のひとつであったが、2010 年代半ばから急拡大する北海の洋上風力発電事業の拠点港として最適なロケーションにあるため、既存の北海油田・ガス田開発関連のサプライチェーンが洋上風力発電に転用され始めた。港湾整備への大規模投資も行われ、地域には1000 名を超える直接雇用が創出され、洋上風力発電の長期的な建設、O&Mサービスへの需要が生まれ、洋上風力産業へのサプライチェーンが構築された。また、官民連携によって人材育成や研究開発も進んでいる。こうした欧州で培われたノウハウが東アジアへ波及し、特に台湾において港湾整備が進んでいる。
コスト構造について考えた場合、洋上風力の場合、遠くなる分ケーブル・送電が高くなり、運転・保守、支持構造物も高くなる。結果として、陸上においてコストの半分を占める風力タービンの比率は相対的に小さくなる。着床式の洋上風力の場合、金利を加えたコスト構成を考えると、コストの半分は金利であり、基礎構造物比率が小さいために技術革新のコスト削減寄与も小さい。したがって、コスト削減を考える場合、金利部門を小さくすることや、全体設計において安くなるように最適な設計を行う(柔軟エンジニアリング力)必要がある。欧州企業が洋上風力発電分野において先行しているが、今後中国企業のシェアが増えていくと予想される一方、日本企業は国内市場が未発達であるゆえに撤退しているのが現状である。
現在日本は風車を海外メーカーから購入するとともに、経験豊富な欧米企業との合弁による事業開発を進めているが、現状のコストは欧州より数倍高いと言われている。その一方で、風車部品のサプライチェーン、基礎構造物、電気設備、設置、保守は地元または近辺調達となるため、この部分で日本の役割を増やしていくことが重要となる。かつて欧州もコスト高で苦労したが、10年かけてコスト低減を図ってきた。それとともに風車の大型化も進んだため、洋上風力発電ファームの大規模化が進んでいる。日本においても、洋上風力発電が大きく育つためにはファームの大規模化が必要条件となる。そのために、日本の場合、海域占有利用権は実情まだ陸に近い海域に限られ、複数県に跨る海域、ましてや領海の海域までへの展開が進んでいないため、欧州のように沖合海域への展開が望まれる。また、日本の海域面積当たりの漁業者数は欧州に比較すると一桁多いため、漁業者との協調や協創が可能となる仕組みが求められる。水産業が衰退しつつある現状を考えて、新たな水産業の再生復活に繋がる輸出型大型養殖と洋上風力との共生などによる連携が必要である。
大規模洋上風力発電ファームは、沖合養殖等の新たな事業と水産資源回復の大きなチャンスとなる。沖合大規模養殖に関して言えば、養殖漁業は日本においても成長中だが、波の穏やかな内湾はすでに利用尽くされており、水質汚染や赤潮の原因ともなる。沖合養殖には自動給餌システム、波浪に対応するための自動浮沈システム、無人監視制御システム等の電力・通信・制御システムが必要となる。養殖魚等の需要は世界で伸びており、地元漁業者は資金不足だが、養殖事業を新たな成長産業と捉える企業が出てきている。洋上風力事業者は、有望海域での海域占有利用権が必要であるが、海域占有利用権には地先漁業組合の同意が必須である。洋上風力事業者が地元に分電システムを設置すれば大型沖合養殖事業用の電力供給に利用できる。洋上風力と沖合養殖とが独立経営されることにより、一方の事業が他方の事業の足を引っ張らない形での共生事業が可能になる。そのためには、異業種同士による 海域共同利用計画を容認する国の建付けが必要となる。また、洋上風力発動の風車間のスペースを水産資源保護区や漁業資源回復の大規模実証の場に利用することも可能であろう。このような活動のなかから洋上風力発電に関連した漁業協調、共同事業の協創の理解が進み、EEZに及ぶ大規模ファームが実現でき、大幅なコスト低減の可能性も出てくる。
現在、英仏間で英仏海峡地域の潮流エネルギーの活用を目的としたプロジェクトが進んでいるが、日本はアジア地域の途上国支援において地産地消型の潮流発電に関して貢献可能な力がある。この潮流発電は小型であるが、地域経済振興を優先に脱炭素を目的とし、漁業振興や資源保護にも留意するものである。潮流発電用の部品を地元で調達し、保守・管理も地元の役割となる。再エネは都市再生や地域振興の鍵であるが、これは同時に途上国振興や国際協力でも同様であり、地元との共創(promotion)により海洋エネルギーへの理解および大規模ファームが可能となる。こうした進め方は、先行する欧州にはない、日本の海洋エネルギー(洋上風力)の強みとなるであろう。
(2) 自由討議
木下名誉教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。
参加者 :欧米に比べて再エネが小さい状況だが、日本において洋上も含めて風力発電がこれまで進んでこなかった理由は何か。また、洋上風力に関して、アジア諸国に普及させていく場合、中国と協力してプロジェクトを進めていくことが可能であるのか。
木下名誉教授 :日本において太陽光に比べて風力発電が進まなかった背景として、地形的な問題もあり、大型の陸上風力設備を作ることができなかった。また、欧州の場合、歴史的にも陸上風車に関して先行する基盤があったことも現在の発展に関係している。プロジェクトにおける中国との協力に関して言えば、協力できる部分はある。例えば、中国の場合、太陽光パネルを大量生産しているように、風力発電においては大量生産可能な発電機の生産に優位性を持っている。日本は中国が得意ではない部分や課題に関して考えていく必要がある。
参加者:洋上風力発電の競争力強化に向けて官民協議会が設立され、昨年洋上風力産業ビジョンが策定された。そのなかで、2040年までに洋上風力発電を30~45GWまで拡大する目標がたてられた。また、着床式洋上風力発電のコストを欧米並みの水準に引き下げるという野心的な目標設定がなされた。しかし、仮に2040年までに45GW規模まで拡大した場合、山手線内側の面積の数十倍の海域が必要となる。日本のように漁業密度が高い国の場合には、これほどの大きな海域を領海内だけで確保することが果たして可能であるのか。現状の法律では領海および内水に指定海域が限られるため、EEZまで拡大させるには新たな法制が必要となる。欧州の場合、洋上風力発電の海域は領海内だけなのか、あるいはEEZにも拡大しているのか。また、産業化が進んでいないという課題に関して、洋上風力だけでなくメタンハイドレートについても同様である。日本において産業化が進まない背景には何があるのか。
木下名誉教授:欧州において、最新の計画ではEEZへも拡大したものであり、議論の中心となっている。日本において、EEZに拡大するうえで漁業への影響も考えられるため、計画の推進のために漁業者との協調が必要となる。メタンハイドレートに関しても、計画が策定された段階において困難が予想されていた。計画を進めることは重要であるが、忖度なく健全な形で計画することも重要である。当初から困難であると考えられていることが、その後何年も続いてしまっており、そのあたりに日本の欠点があるように考えられる。
参加者:洋上風力に関して、メタンハイドレートと同じ轍を踏まないためには何が必要であるのか。現在、洋上風力発電のための調査が進んでいないなかで、プラント自体が日本の生産で追いつくのか。また、福島の失敗に見られるように、仮に風力発電自体を作れたとしても送電機能も滞りなく進められるのか。計画を策定するうえで漁業者の理解を得ることが非常に困難である。
木下名誉教授:福島の場合、全てが失敗したわけではないが、実証研究計画に齟齬があった。陸上で実証する前に海上に持っていったため、据え付けや維持・管理に陸上の10倍のコストが掛かった。陸上で実証した2MW規模のものは実証通りの成果を得られた。しかし、大型風車のデータに関しては得ることができなかった。研究計画の段階で慎重に議論がきちんと行われることが重要である。福島の事例では、事業者候補者が漁業者との対応の実態に関して経験を積むことができ、この点は一つの成果である。また、漁業者の壁に関して言えば、漁業者は決して敵ではなく、10人中9人は同志となる。しかし、全員からの理解を得ようするならば、補償と共創が重要となる。
参加者:コストに関して、金利が大きいということだが、金利を下げる仕組みはあるのか。漁業者との調整(共創)に関して、再エネ海域利用法において事業者は30年間の占用許可が得られるが、漁業政策と調和した政策をどのように進めることができるのか。
木下名誉教授:金利を下げる方法としては、信頼性のあるものを短期に生産することである。短期に生産するための技術の集積が必要である。漁業者との調整(共創)のためには、漁業者とともに考え実行するという成功事例を積み上げていくことが重要であろう。
参加者:大規模な事業者でないと、技術的にも資金的にも一定の規模で建設・管理していくことができないであろう。日本の大手企業は、これまで洋上風力発電に関心を示してこなかったのか。また、原発を活かそうとする動向もあるが、これについてどのように考えているか。
木下名誉教授:企業は関心を持っていたが、国が本気で関心を示してこなかった。国家政策としてきちんと方向性を示さない限り、多くの企業を本気で引き付けることは難しい。その部分が欧州と違いがある。原発に関して言えば、既存設備が存在しているなかで、それが安全であるならば利用することも考えられる。しかし、アクシデントの可能性をゼロにできず、1回のアクシデントが重大なものになってしまうため、住民から理解されるという前提の下で原発の新設を当てにしてエネルギー計画を立てることにはリスクがある。欧州ではそうしたリスクを重要視したため、脱原発へシフトをしたと考えられる。
参加者:木下先生の提案、水産の分野でも研究者としてはとても興味深い。ただ、一方で、沿岸の漁業権を持つ漁業者は、あえて新たなリスクを取りたくないという漁業者も多く、なかなか難しいだろうとも考えられる。一方で、沖合の許認可漁業の対象エリアであれば、特区などの制度を上手く活用し、企業との連携によって沖合浮体式の洋上風力発電と沖合養殖・増殖は可能ではないかと考えられる。できれば、どこかの海域で試験的に進め、成功例をまずは進めることが重要であろう。沖合漁業の場合は、行政の許認可体制に関する法整備と成果をどのように評価するかの仕組みづくりが重要であると考えられる。漁業者との間で成功例を積み上げるうえで、技術的には沖合養殖・沖合中層養殖、リモートを活用したICTの養殖技術など個々の技術はあるが、その技術を洋上風力発電と上手く組み合わせる仕組みが現状ない。その仕組みをどのように構築していくのか、次の一手をどうしたら良いと考えているか。
木下名誉教授:仕組みを構築するうえで、業者間が合意可能な建付けに海洋利用法がなっていない。卵が先か鶏が先かの議論になるが、できることの精度を上げるとともに、海洋利用法を改正していくことが必要である。
参加者:英国の官民連携の事例と異なり、日本において官民連携事業がなかなか推進できない。官民連携では調整者としての公共団体(政府や地方公共団体)の役割が重要だが、その部分において日本の場合は弱い。日本において官民連携が進まない理由の一つと考えられるが、どう考えているか。また、国が本腰にならないという話があったが、その背景に縦割り行政が関係しているように考えられる。海外の事例にもみられるように、共創において地元の雇用の確保が重要な鍵になるが、日本の場合は経産省や農水省、国交省などが協力しないと実現しないと考えられる。縦割り行政と地域振興や漁業者との協力が結び付かないように考えられるが、どのように考えているか。
下名誉教授:地方自治体がもう少し協力的であって欲しいと感じている。また、行政との協力が結び付いていないという意見には同感である。それを打ち破るためには、地方自治体に中央から人が派遣されるが、そうした人たちが柔軟に地方の問題解決のために動けることが重要である。
参加者:洋上風力に関して、大規模に風力設備を建設した場合、環境面に対してどのような影響があるのか。また、海洋エネルギーの技術に関して日本の遅れについて指摘されているが、日本の比較優位となりそうな部分はどこになるのか。
木下名誉教授:環境面に関して、まず注意しなければならないのは渡り鳥に対してである。バードストライクなどにも注意する必要があるが、そうしたものに関する環境アセスメントはかなり行われている。今後着床式の工事が進んだ場合、工事中に出る水中音が海洋生物に対してどのような影響を及ぼすのか分析する必要がある。技術の比較優位に関して言えば、東アジアの場合は場所によって岩盤構造が異なるため個々に適切なものを建設する必要がある。コスト高になるものの、それに対応することが企業に求められるが、日本はそれに対応できると考えている。
参加者:洋上風力も含めて、日本独自にエネルギー源を生み出していくというアプローチは、海洋空間の新たな利用について考えるうえで興味深い。新たな視点とともに。現在の日本が抱える複雑な問題点も浮き彫りになっている。
以上、文責在事務局