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「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大」研究会

「海洋秩序構築の多面的展開――海洋『世論』の創成と拡大」研究会は、さる8月24日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた小川美香子東京海洋大学准教授より、「海洋における食のトレーサビリティをめぐる国際協力・世論創成の可能性」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2021年8月24日(月)16時~18時
  2. 場所:Zoomによるオンライン
  3. 出席者:
    [主 査] 伊藤 剛 JFIR理事・研究顧問/明治大学教授
    [メンバー] 石川 智士 東海大学教授
    合田 浩之 東海大学教授
    小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
    西谷 真規子 神戸大学教授
    渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
    渡辺 紫乃 上智大学教授
    [報告者] 小川 美香子 東京海洋大学准教授 (五十音順)
    [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長
    菊池 誉名 理事・主任研究員
    佐藤 光 特任研究助手 ほかゲストなど多数
  4. 協議概要

(1) 小川美香子・東京海洋大学准教授 による報告 概要

世界の漁業・養殖業の現状として、一人当たりの年間魚類消費量は1960年代で10㎏だったものが、2018年において20.5㎏まで増加しており、水産物が重要なタンパク源となっている。その水産物を獲得するために天然の漁獲から養殖へシフトしている。養殖部門の年成長率は低下しているが、これは中国での生産が減少している影響である一方で、今後数十年は、特にアフリカでは成長し続けると予想されている。漁業関係者の最も多い地域はアジア(全体の85%)であり、この傾向は今後も変わらないだろう。商業的に利用される主要な魚類のうち、生物学的に非持続的な漁法で漁獲されている割合は、40年前の10%から33%(2015年)へと増加している。途上国における資源賦存を超えた漁獲の傾向に警鐘が鳴らされており、気候変動や海洋汚染、漁業可能な海域の変化、マイクロプラスチック汚染が懸念されているなかでサスティナブル・シーフードへの関心が高まっている。

サスティナブル・シーフードとは、持続可能な生産(漁獲・養殖)に加え、加工・流通・販売過程における管理やトレーサビリティの確保について認証を取得しているシーフードのことである。企業の取り組みにおいて、例えばAEONは資源や環境に配慮し適切に管理された漁業で捕られた証であるMSC認証(Marine Stewardship Council)や、社会や環境に配慮し適切に管理された養殖業で育てられた証であるASC 認証(Aquaculture Stewardship Council)を取得した水産物を取り扱うことを宣言している。また、漁獲および養殖の段階だけでなく、店舗に至るまでの管理認証であるCoC (Chain of Custody)認証を取得する姿勢も示している。AEON以外にもパナソニックなど大手企業は、社員食堂で認証を取得した水産物を使用することでSDGs へ貢献しようとしている。

日本の水産物輸出に関して、政府は農林水産物・食品の輸出目標として2030年において5兆円を目標としている。輸出するに当たり、輸出相手国の法規制や条件を満たすことが必要となるため、衛生管理の方法であるHACCP(ハサップ)やトレーサビリティが重要となっている。日本からの水産物輸出の際に求められる証明書等に関して、EUについてはIUU漁業規則(EC1005/2008)に基づく漁獲証明書が必要であり、米国については水産物輸入監視制度(SIMP)のための漁獲・陸揚げデータや、ドルフィン・セーフ認証制度のための漁業起源証明書および船長陳述書の提出が必要となる。EUおよび米国における証明書およびデータの提出は、サスティナビリティや資源管理を目的としたものであり、トレーサビリティが重要となっている。

EUのIUU漁業規則は、IUU 漁業を防止、抑止および廃絶することを目指し、欧州理事会が2008 年に定めた規則である。対象は、養殖以外のHS条約の品目表第 3 類および 1604 及び 1605 に分類されるすべての水産製品であり、漁獲証明書(catch certificate)を付帯させることが求められる。日本の漁船の漁獲物を原料にした水産物のEUへの輸出については、日本の水産庁が漁獲証明書を発行する。水産庁は輸出業者からの申請を受け、関係する書類を審査のうえ認証する。EU向け漁獲証明書の発給申請に添付して水産庁に提出する書類として、漁業許可証などの写しやEU向け輸出製品のインボイスの写し、水産製品の売買関係書類の写しなどが必要となる。EU向け漁獲証明書の取得に関して、輸出業者にとっての難しさは添付書類を集めることに加えて、漁獲水域や漁獲日など漁業者か産地市場でなければわからない情報も把握しなければならないなどの点にある。

米国のSIMPの場合、IUU 由来や不正表示の水産物が米国内に入らないよう、対象 13 魚種・品目および対象製品(生鮮、冷凍、缶詰、袋詰めなど)に関して報告と記録保存を求められる。求められるデータにおいて、漁獲した漁船の名称や漁獲水域、漁具(一本釣りなど環境に対する負荷が優しいもの)などEUの場合と同様に、漁業者でなければわからない情報が必要となる。日本でも陸揚げする漁業においてある程度の情報を管理しているが、漁具については情報項目として通常は管理されていない。海外輸出に際し、これまで管理されていなかった情報も管理する必要が生じている。また、SIMPにおいてCoCの記録の提供も求められており、輸入業者にたどり着くまでにどのような事業者を経由したのかについて情報提供が必要である。

日本の水産物流通に関して、漁獲・陸揚げ情報の伝達を実現するうえでのハードルとしては、多段階の事業者を経て、輸出業者へと情報を伝達することが必要となる。また、中間段階でしばしば発生するロットの分割と統合を経て、正確な情報を伝える必要がある。さらに、日本の国内市場には、EU や米国とは異なり、トレーサビリティ確保や情報伝達の義務はないため、遡って情報を把握するなど輸出先の各制度固有の要件への対応が必要となる。

こうした課題に関して、ITを活用して解決することを目的として、気仙沼においてCALDAP(Catch and Landing Data Platform) プロジェクトが立ち上げられた。漁港で陸揚げされた水産物(カツオの場合)の流れとして、陸揚げされたカツオは漁獲日・サイズ規格等により選別されたうえで、複数の買受人に販売され、買受人はそれぞれ鮮魚向けや加工品製造、凍結など様々な用途で利用されている。1漁船からの陸揚げを平均15ロットに選別しており、情報管理が複雑になっている。日本の漁業はある程度デジタル化(販売管理や伝票の発行など)されているが、CALDAPは複雑な情報管理において漁獲・陸揚げ情報を、必要なときに、必要な形式で提供できるシステムである。

もともと日本において漁獲証明制度はなかったが、現在は漁獲証明制度の構築に向けて動いており、一部法律が公布されている。「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)が2020年12月に公布され、あわびやなまこを対象とし、違法に採捕された水産動植物の流通を防止するために制定された。今後、品種や魚種は拡大されると予想される。

SDGsや資源管理が国際的な流れであり、EUや米国など資源管理に積極的な国と消極的な国との間でどのように協調体制を構築していくのかが重要となる。資源管理を行ううえで、エビデンスベースでデータを活用して行うこと(トレーサビリティ)が必須であり、その制度をどのように構築するのかが課題である。そのために非政府や政府、民間のそれぞれの取り組みが必要となる。デジタルで効率的に管理するうえで、国によって必要な情報項目が統一されていないことが多いため、情報の標準化や規格化が重要となる。また、必要な情報が必ず入力されるように取り組むことも必要となる。さらに、入力される情報の真正性をどのように担保するのかについても考えていく必要があるが、現場に負担のないシステム構築が求められる。

(2) 自由討議

小川准教授の報告を受け、参加者と小川准教授との間で、以下のような協議が行われた。

参加者 :日本以外において、漁獲証明はいつごろから求められるようになってきたのか。また、非持続的な漁法で漁獲されている割合が40年前に比べて増加しているが、非持続的の示す意味は何か。現場に負担のないシステムの構築に関して、現場において漁獲に証明書を必要とするやり方についてどのような認識を持っているのか。
小川准教授 :証明書の状況として、EUの開始時期は2010年、米国は2018年、タイは2018年など制度化したのは最近である。これは市民の意識の高まりという面だけでなく、非関税障壁として利用している側面もある。例えば、食品安全規格などもEUが主導したものであり、きちんと衛生管理された製品以外は輸入できないように政策として行うことにより、自国および自地域の生産を保護するなど資源管理以外を目的としている面もある。例えば、米国において日本からのかつお節輸入が厳しくなる一方で、米国内に生産工場を作って販売する例などもみられる。非持続的な漁法に関して言えば、漁獲の方法として漁船が大型化し、十分な大きさに育っていない魚までが漁獲されるようになっている。現場の認識について言えば、例えば気仙沼においては、国や県に対して水産物の放射能データなどを提出するなど、決められたものについては粛々と実施している。CALDAPの取り組みについては、情報提供が法律に基づいたものではないが、水産庁の補助事業として開始した背景もあり現場も協力的である。現状、システムとして現場の負担がそれほどなく運用されているが、今後品目が増えるなどした場合、現場にどのような負担が増えるのかは慎重に見ていく必要がある。

参加者:世界的にトレーサビリティが重要となり、国際的な認証が広がるなかで、日本国内ではあまり進んでいない。近年、小規模漁業や伝統的な漁業へも対応できるようにMSC 漁業認証規格が更新されているが、日本国内では広く受け入れられているのか。また、気仙沼においてIT化が進んでいるという話だが、IT化が進んだ背景として何があるのか。気仙沼はかつて水産物輸出の基地であったが、最近の傾向はどうなっているのか。
小川准教授:気仙沼の例に関して言えば、東日本大震災の以前から魚市場の業務情報を管理するシステム(ISARI)が導入されていた。震災を受けてシステムの更新が進められる一方、近年では高度衛生管理に対応した施設が新たに作られている。
MSCに関して言えば、まだ十分な普及に至っていない。仕組みや制度は整備されたものの、審査可能な人材が不足していることや認証取得のために高額なコストが必要などの点から広がっていない。HACCP(ハサップ)や食品安全規格に関するトレーサビリティについて言えば、JFS-C規格が日本発の国際規格として採用され、今後国内において普及が期待される。しかし、現状、C規格よりもB規格が伸びており、セブンイレブンがB規格の取得を推し進めたことで他企業にもB規格を取得する動きが広がっている。国際的には、GFSIの場にラテンアメリカ諸国やアフリカ諸国が参加するようになるなかで、それら諸国と欧米諸国との間で基準に対する温度差や対立も生じている。衛生管理および安全管理において、中小企業をどうするのかは世界共通の課題である。気仙沼の現状に関して言えば、かつお・びんちょうはタイやベトナムに向けた輸出が行われているが、ホヤについては放射能の懸念などの理由から韓国への輸出ができなくなっている。

参加者:トレーサビリティは近年制度化されたケースが多いが、それ以前はトレーサビリティのような制度は存在しなかったのか。資源管理の下でトレーサビリティが行われることは、産業成長の面に対してプラスになるのかマイナスになるのか。
小川准教授:食品安全規格のなかには、もともとトレーサビリティの項目が入っていたため、大手の小売りなどは加工食品を生産する際などに2次原料および3次原料までトレーサビリティを取るのが当然のように実施されていた。水産物に関して言えば、一時期商品の偽装が社会問題となるなかでトレーサビリティへの関心が高まったが、その後関心が低下していたなかで近年資源管理との関係のなかで再注目されてきた。トレーサビリティだけでなく、HACCPにしても、現場においては大きな課題となっている。トレーサビリティや食品衛生などは、競争優位を目的としたものである一方で、制度が普及し取得が当然となった場合、それを取得したとしても利益につながるとは必ずしも言えない。

参加者:情報の真正性に関して、証明書の取得について自己申告の部分が多いように考えられる。客観的に証明が可能となる仕組み(漁獲の際のビデオ撮影など)があるのか。国内流通の漁獲証明に関して、日本においてトレーサビリティがあるから購入されるという文化が形成されていないように考えられる。漁獲証明やサプライチェーンの透明性を高めると同時に、買い手側の意識変化も必要となるが、関連した取り組みはあるのか。
小川准教授:情報の真正性に関して言えば、ドルフィン・セーフ認証制度の場合、自己申告制であるため客観的な面では実効性が薄いと言わざるを得ない。EUにおいて監視制度があるが、監視員が一緒に漁船に乗り込んで漁を監視する一方、コスト低減を目的に衛生などによるデジタル監視も進んでいる。今後デジタル監視が普及していくなかで国際協調が課題となってくるであろう。買い手側の意識に関して言えば、日本の場合法律として担保あるかは別として、トレーサビリティの取得や衛生的であるのが当然という形態になっていくであろう。食品安全規格にはトレーサビリティが含まれており、それぞれの企業が対応していくなかでシステムとして社会に根付いていくと予想される。トレーサビリティを取っているからや、安全管理を行っているから高い値段を付けるというよりも、他の価値提供のなかで付加価値をアピールしていく必要がある。

参加者:認証に関して、国際的な認証以外に国内の認証制度や地域における認証制度もあり、制度や基準が乱立するなかでどれを選択するのかは大きな問題となる。国際的に制度化し、基準を標準化することには困難もあるが、乱立する制度に序列をつける機関は存在するのか。また、養殖の持続可能性に関して、政府間で国際的な基準について調整がなされていない一方、事業者が自主的にFAOなどの基準を使いながら養殖を行っている現状において、途上国において持続可能性は担保できるのか。
小川准教授:水産物の漁獲証明制度に関して言えば、国際的に序列を決定するような機関はない。食品安全規格に関して言えば、GFSI内部で各国政府の代表者とビジネス界との間で会議が実施されていることに加えて、FAOなど国際機関との繋がりも見られる。したがって、政府と民間、非政府の間で情報交換を行いながら制度や基準の構築を図っている。途上国での持続可能性に関して言えば、ベトナムやタイの大規模な生産加工場や養殖場の場合、各事業者が取引先企業からの要請により認証を取得している。大手小売りや大手メーカーのバイイングパワーによって、様々な認証制度が途上国に普及している。途上国においては、輸出用の商品生産環境・商品品質と国内流通向けのものとの間で格差が大きく、同じ商品でも異なる基準に基づいたものが共存している。

参加者:ガラパゴス化という言葉があるが、日本において厳しい安全基準をコストと手間をかけて守ることによって、水産業の発展が進んでいないということはあるのか。利益と安全をどのようにバランスを取っていくのか。厳しい基準を設けることで市場が縮小し、結果として認証制度自体がサスティナブルでなくなる可能性はないのか。
小川准教授:水産に関して言えば、海洋漁業から養殖へとシフトするなかで、政策として養殖業を保護し育てる方向にあまり進んでいないように感じる。養殖業について産業振興のことを考えるのであれば、行政として政策的にサポートしていく必要がある。そのなかで、国際的に求められるレベルで行うにはサスティナブルな認証が必須となっていくため、産業振興と安全を両立させていく必要がある。

参加者:トレーサビリティや各種認証制度は、安全基準としてや非関税障壁としてなど、どのようなツールにも利用できるという点で興味深い。制度としてプラス面とマイナス面があり、制度設立の当初の目的と異なる方向に進む場合もあれば、国際関係において相手に合わせて基準を変えていく必要もある。一企業として対応できる場合もあるが、規模が大きくなれば政府間の調整も必要となる。

以上、文責在事務局