公益財団法人日本国際フォーラム

1 海洋法の現在の状況

海洋に関する秩序を規律する海洋法は、国際法の最も古い分野の1つである。しかし、最近では、人権法からの挑戦を受けている。

海上貿易のための航行の自由は国際社会の一般利益とされ、これを妨害する海賊は「人類共通の敵」とされ、すべての国がこれを処罰できるとする普遍的管轄権が17世紀以来成立していた。他方で第2次世界大戦後に発展した国際人権法は、こうした海洋法に基づく海賊の法執行にあたって、被疑者を速やかに(できれば48時間以内に)裁判官の面前に連れて行くことを求めている。海洋法における古典的な問題が、人権法の新たな課題として提起されている。

同様に、海洋法は、遭難船舶に遭遇した船舶が、危険に晒されている者に可能な限り援助を与えることを各国に義務づけている。この海難救助義務には当然に遭難者を安全な場所に移送する義務が含まれる。しかし、遭難船舶に大量の不法移民や難民が乗船している場合に、遭難者を保護する責任を回避し、救助船舶が領海に入ってくることを拒否する国の事例が最近増えている。難民条約の締約国であれば、領海内に入れば難民審査手続の保証と迫害を受ける恐れのある国への追放送還禁止原則の適用が生ずるからである。

ここに海洋法の救助の要請と人権法の人権保障の要請の間で、保護義務の空間的限定(領海を含む領域)を行なおうとする国と個人の人権保護の拡大の実現との緊張関係が生じている。

⇒この問題は、人権条約の締約国である国が直面する一国の問題であるが、リビアからの不法移民・難民をリビアに送り返したイタリアがヨーロッパ人権裁判所に訴えられるなど国際平面で取り上げられる可能性がある。

2 条約の成長と「生きている条約(living treaty)」論の拡大

UNCLOSは、生起する新たな課題に先のように実施協定を締結することで、その内容を豊富化するとともに、現代的課題に対応するという条約構造を有している。1994年の深海底制度実施協定に続き、1995年に国連公海漁業協定という第2の実施協定を締結した。さらに、それを可能にしているのは、UNCLOS が、その実施にあたって、「条約の下で設立された機関による規則・基準の採択や、条約とは独自に作成される国際的な規則・基準の取り込みを通じた、条約体制を補完する詳細な規則・基準の定立が予定されている条約だからである。前者の代表が、国際海底機構(ISA)による鉱業規則(mining code)の作成であり、後者の代表が国際海事機関(IMO)による海洋安全や海洋環境汚染防止のためのさまざまな規則・基準の採択である [1]。ISAによる意思決定は第11部附属書第3節2でコンセンサス方式を採用しているので、厳密な意味での当事国の同意を要しない形で深海底における多金属団塊、多金属硫化物及びコバルトリッチクラストの資源開発の規律が行われている。他方、UNCLOSでは、IMOで採択された規則・基準を、海上航行の安全のための船舶の堪航性に関する規定(第21条2項)や海洋汚染に関する規定(第213条~第218条など)で「一般的に受け入れられている国際的な規則及び基準(GAIRS)」として効果を与えている。つまり、UNCLOS自体を改正しなくても、条約外におけるIMOの規則・基準の発展を取り込める構造になっている。まさに、「生きている」条約なのである。ウッド(Michael Wood)は、こうした観点から、「生きている条約」論を展開する [2]

UNCLOSが「生きている条約」であるかどうかが議論となったのは、2015年にITLOS大法廷が全員一致で勧告的意見の発出を肯定した、西アフリカ沿岸7カ国で構成される準地域的漁業委員会(SRFC)によるIUU漁業に対する旗国と沿岸国の責任に関する勧告的意見発出の要請に対する管轄権判断であった。2011年、SRFCは、加盟国の管轄水域における海洋資源へのアクセス及び開発の最低条件の決定に関する条約(MCA条約)第33条を根拠に勧告的意見を要請したが、大法廷による勧告的意見については、ITLOSの設立文書であるUNCLOS及び同附属書ⅥのITLOS規程にも規定はなく、1997年の裁判所規則第138条で明記されているに過ぎなかった。本事件において、勧告的意見の管轄権行使に反対する国(米国、英国、豪州、中国など)と容認する国(オランダ、ドイツ、日本など)との間でUNCLOSの性格をめぐって対立が生じた。「生きている条約」論は、容認国によるUNCLOSの現行の当事国によって表明された現代的見解を考慮に入れるべきとの、より柔軟な同意の観念に結び付いていた。たとえばドイツは、「UNCLOSは『生きている条約』として、勧告的意見を発出する裁判所の管轄権に賛成する国の一般的な動向に照らして解釈されるべきである [3] 」と主張した。これに対して、英国は、「UNCLOS及びITLOS規程が『生きている条約』であるとの提案は裁判所の管轄権の基礎になり得ない。『生きている条約』の観念は、管轄権の問題では何の役割も有さない [4]」と反論した。ここでは、裁判所の管轄権に対する国の同意という問題に、発展的解釈を前提とする「生きている条約」論がどこまで有効かという重要な問題が提起された [5]

最終的に、ITLOSは、海底紛争裁判部の勧告的意見に関する手続規則(第130-137条)の後に、大法廷の同手続に関する第138条で、前者が後者に準用されるという構成をとっているのを捉え、第138条は勧告的意見の管轄権基礎になりえないとの主張を斥け、管轄権行使を行った[6]。本事件で、ラッキー判事(Judge Lucky)は、その個別意見において、「UNCLOSとITLOS規程は『生きている条約』である。このことは、それらは『成長』し、変化する状況に順応することを意味する。条約/規程は常に「話続けて」いる。海洋法は静態的なものではない。それは動態的なものであり、それ故、裁判所は、関連する条文の解釈を通じて、このダイナミズムに忠実で明白な効果を与えることができる [7]」と述べた。

このように「条約の成長」という現象は、国際公益の実現のために締結される多数国間条約において、当該条約目的の実現のために継続して活動する国際組織や内部機関が、条約採択後の時間的経過の中で、既存の条約規定を改廃し、新たな規範を定立する動きにみられる。たとえば、1992年の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)は、将来における気候変動に対処するための条約であり、条約締結時において予め恒久的な規則を定めるよりは、条約締結後の変化に即応できるように締約国会議に議定書を採択する権限を付与する方式をとる(第17条)。これにより第3回締約国会議(COP3)で先進国に温室効果ガスの削減義務を課した京都議定書(1997年)が採択された。さらに、第21回締約国会議(COP21)は2015年のパリ協定とその実施に関するCOP決定を採択し、条約の成長が続いている。このように、国家の政治的決定を通じた条約の成長が見られる [8]

3 生物多様性条約(CBD)からの挑戦

海洋法条約は、「生きている条約(living treaty)」として、生起する新たな課題に先のような実施協定を締結することで、その内容を豊富化してきている。995年に国連公海漁業協定は、ストランドリング魚類と高度回遊性魚類に対し予防的アプローチを採用するとともに、人為的に引いた200海里をまたいで生息するこれらの魚類に対し、生態系アプローチとともに、EEZと公海の間での一貫した保存管理措置を導入した。こうした新たなアプローチはUNCLOSには規定されていない。しかし、第3の実施協定をめぐっては、これまで異なる問題が生じている。

21世紀になり、1982年の海洋法条約の起草時には認識されていなかった問題が生じている。1つは海洋遺伝子資源(MGR)の開発問題であり、もう1つは海洋保護区(MPA)の設定問題である。現在、MGRへのアクセス及び利用可能な主体は一部の先進国に限られており、途上国はMGRの利用に「公海自由の原則」が適用されることを恐れている。途上国は、深海底及びその資源は人類の共同財産であり、それらは深海底の海洋生物にも適用可能であるとして、深海底のMGRは人類の共同財産であり、その利用から生ずる利益は国際社会に対して公正かつ衡平に配分されるべきであると主張する。中国は、国連の準備委員会及び政府間会合でChina+G77として行動しているが、MGRに関していえば中国は先進国の立場に立つともいえる。第3の実施協定の締結に強硬に反対しているのはロシアである。多国間外交の分野でいえば、ロシアよりも中国の影響力が増しているように思われる。

また、海洋法条約にMPAの定義はない。海洋環境の保護と海洋生物多様性の保全の必要の高まりは、自国の領海及びEEZにMPAを設定する国を生んだ。各国は、その国内法でMPAを定義し、独自の規制管理措置を導入している。保護地域の概念を導入した1992年の生物多様性条約は、保全のみならず「持続可能な利用」をも目的としており(第1条)、国際自然保護連合(IUCN)のMPAの定義も「生態系サービス」に触れ、保護区の管理目的ごとに分類したカテゴリーを設けている。日本は、保護か利用かの二者択一ではなくその両立を目標とし、生態系サービスを最大限に引き出す日本型海洋保護区を主張している。

国連総会は、2015年6月19日、「国家管轄権を超える区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の国際的な法的拘束力のある文書の作成」を求めた決議292/69を採択した。この決議では、「利益配分に関する問題を含むMGR、MPAを含む区域型管理ツール、環境影響評価並びに能力構築及び海洋技術移転を、一体かつ全体として扱うこと」が決定されているが、MPAを公海に拡大したい環境派のEUとMGRについて人類の共同財産として先進国の独占を防ぎたい途上国が、この実施協定締結のdriving forceになっている。他方で、MGRで先行しているのは、米国、ドイツ、日本である。中国は漁業資源を求めており、MPAには積極的に賛成ではなく、各国の思惑は複雑である。

海洋法に関する多国間外交での場では、このBBNJの問題(コロナの感染拡大で第4回政府間会議は延期された)が最大の案件になっている。注目しないといけないのは、このBBNJの議論をリードしてきたのは、CBDの締約国会議であるということである。1995年の第2回締約国会議(COP2)は、ジャカルタ・マンデートを採択し、附属書Ⅰで、「CBDの目的を考慮して、統合的な海洋と沿岸地域の枠組み内において、海洋生物資源の重要な生息地が海洋及び沿岸の保護区の選定にあたって重要な基準となるべきだ [9]」と述べて、生態系アプローチの観点からMPAの設定を奨励した[10]。2004年の第7回締約国会議(COP7)では、決定5で「国家管轄権を超える区域における生物多様性に危機を表明[11]」し、決定28で「国家管轄権を超える区域でのMPA設置の協力 [12]」につき調査を命じた。さらに2005年にCBD科学技術助言補助機関(SBSTTA)が「国家管轄権を超える遺伝資源報告書」を作成し、MGRを「鉱物資源」と同様に「人類の共同財産」と位置付けるべきとの考えを表明した。CBDの条約レジームにおいて、条約目的達成の観点から、UNCLOSという別の条約レジームの条文(第133条)の解釈問題が提起されたことになる。その前年、国連総会決議59/24が採択され、前述のCOP7の二つの決定を歓迎し、BBNJ非公式作業部会の設置が決定された [13]。翌2006年に第1回BBNJ非公式作業部会が開催された。なお、2010年の第10回締約国会議(COP10)で愛知目標11(「2020年までに、沿岸域及び海域の10%を保護地域やその他の効果的な手段を通じて保全する」)が採択された[14]。公海を含むか否かで議論すると紛糾するので、「海域」にあえて限定は設けられなかった [15]。UNCLOSは海域区分に従って、沿岸国やその他の国の権利義務を規定しており、CBDの条約レジームがUNCLOSという他の条約レジームとの間に緊張関係を生じさせる結果となった。ポスト愛知目標を定めるCOP15(2020年)では、MPAの拡大に向けて2030年までに30%の海域を保全するという「30×30」の議論が注目されている。

その結果、IWCの会議で反捕鯨国が環境省の人間を送りこみ、捕鯨国は水産庁の人間を送りこむ結果、共通言語が見いだせない状況と同様に、EUはCBDを担当する人間を送りこむ傾向がある。UNCLOS担当の海洋法室の人間を送り込む日本などとは異なっている。条約レジームの多元化がもたらす価値の相克が生じている。

4 条約レジームの多元化がもたらす問題

条約は国家間の合意であり、「合意は守られなければならない(pacta sunt servanda)」との規則により、国は条約義務に従う必要がある(条約法条約前文・同第26条)。国が締約国となっているすべての条約義務に従うことを可能にするためには、条約間の抵触は避けねばならず、そのような抵触が生じた場合には解決が求められる。周知のように、国際法の様々な分野(たとえば、海洋法、環境法及び経済法の分野)で多数国間条約が締結され、国際法規の定立と条約体制に組み込まれた紛争処理手続・履行確保手続の整備により、独立・固有の条約レジームが成立している [16]。このような条約にあっては、条約交渉者は条約の規定内容に関して核心的な部分で合意し、当該規定の解釈問題が生じた場合は、その判定のために紛争解決機関に付託することで満足している。その結果、国際社会の「裁判化」は、これらの条約レジームの下で進行している。もっとも、このように複数の条約が同一事項について競合して規律し(treaty parallelism)、かつ、それらの条約が異なる紛争解決機関を指定することにより、複数の紛争解決機関が法の解釈適用について異なる判断を出す可能性がある [17]。しかも、こうした国際社会における裁判フォーラムの多元化が階層的な司法制度の確立を伴わないため、フォーラム相互間での調整原理を欠くという問題も生じている[18]

このようにさまざまの分野で条約レジームが多元化する中で、条約間の抵触問題が生じている[19]。その際、抵触には二つの類型があることに着目する必要がある。海洋法と環境法という分野間の水平的抵触と、たとえば海洋法を例にとれば、当該分野内の垂直的抵触である。

こうした状況下で、各条約で、条約の立法技術として、当該条約中に抵触条項を挿入する事例が増えている[20]。たとえば、CBD第22条1項は、「この条約の規定は、現行の国際協定に基づく締約国の権利及び義務に影響を及ぼすものではない。ただし、当該締約国の権利の行使及び義務の履行が生物の多様性に重大な損害又は脅威を与える場合はこの限りではない」と規定する。ここでは、水平的抵触が意識されるとともに、生物多様性が有する価値の優越性が規定されている。

最近、日本が締結した2007年の難破物の除去に関するナイロビ国際条約第16条は、「この条約のいかなる規定も、海洋法条約及び海洋に関する国際慣習法に基づく国の権利及び義務に影響を及ぼすものではない」と規定する。ここでは、垂直的抵触が意識されている。しかし、この定型句によって、ナイロビ条約がUNCLOSと整合的なものと単純に言えるわけではない。実際、本条約の起草過程において、米国は、ナイロビ条約上の沿岸国の権限には、慣習国際法上のEEZにおけるそれよりも広いものが含まれており、したがって除去の対象となる難破した船舶は条約当事国を旗国とするものに限定すべきだと主張した [21]

5 条約レジームの価値の相克―CBDとUNCLOSの並存がもたらすもの

CBDは、1992年に締結され、2019年末現在、196カ国が締約国となっている普遍的な条約である。他方、UNCLOSは1982年に締結され、2019年末現在、168カ国が締約国となっている。CBDは、UNCLOS同様、2010年の遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書の締結により、新たな条約の締結による規範創出という、いわゆる「条約の成長」が見られる条約である。

CBDは生物多様性について包括的に扱う最初の条約であり、そこでいう生物多様性は、陸上及び海上の如何を問わず、地球上の生物多様性の全体をカバーしている(第2条)[22]。前述の第22条の抵触条項により、それ以前のラムサール条約(1971年)、世界遺産条約(1972年)、ワシントン野生動植物取引規制条約(CITES)(1973年)や移動性野生動物種の保全に関する条約(1979年)など保存・保全に関する他の条約との関係、さらには他の主題、たとえばGATTなど一見すると関連のない条約との関係について、そうした「現行の国際協定」に影響を与えない旨を確認している [23]

ところが、「ただし、当該締約国の権利の行使及び義務の履行が生物の多様性に重大な損害又は脅威を与える場合は、この限りでない」と規定し、「生物の多様性に重大な損害又は脅威を与える場合は」、CBDが当該他の協定に優先すると規定する。しかし、「優先する」といっても、第22条がいう「生物の多様性に重大な損害又は脅威を与える場合」とは、(1)どのような場合かという特定の問題と、(2)「生物の多様性に重大な損害又は脅威を与える」という文言の解釈上の敷居の問題がある。

そして何よりも厄介なのは、第1文の「現行の国際協定」が指し示す範囲の不明確性である。ラムサール条約やCITESのみでなく、一見すると無関係の主題に関する協定も排除されていないと解釈しうるからである。実際、条約の交渉過程においては、漁業協定のみでなく、GATTやWIPOを含む条約に影響を及ぼすかどうかの問題が交渉国により十分に認識される一方、これらの点について合意できなかったという。他方で、将来の協定がCBDに従うことが要求されるかについての議論もあったとされる。こうした他の条約レジームとの水平的抵触について、条約法条約第30条の規則では対応できないことは明らかである。なぜなら、そうした現行の他の国際協定がCBDと「同一の事項」に関する条約であるとはいえないからである。

他方、CBD第22条2項の「締約国は、海洋環境に関しては、海洋法に基づく国家の権利及び義務に適合するようにこの条約を実施する」との規定は、海洋環境に関するUNCLOSの優先を規定している。具体的にはCBD第8条(a)に基づいて国家管轄権内に設定される保護地域、すなわち海洋保護区と無害通航権を含む航行の自由との関係である。この2項により、CBDの締約国は、無害通航権の尊重などUNCLOSが定める国の権利義務と適合するようにCBDを実施しなければならない。実は、起草段階では、CBDが海洋環境に適用されるべきとの一般的なコンセンサスがあったとされる。しかし、海洋環境に対するCBDの適用はUNCLOSとの抵触をもたらすとして、これが回避された経緯がある [24]

もちろん、海洋保護区や航行の自由との関係以外にも、UNCLOSは生物多様性の保全又は持続可能な利用に直接又は間接に関係する条文を内包している。海洋の科学的調査や海洋環境の汚染に関する条文である。たとえば、海洋環境の保護及び保全に関する第192条の「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」との一般規定について、ITLOSは、みなみまぐろ事件の暫定措置命令(1999年)で、「海の生物資源の保存を考慮することは、海洋環境の保護及び保全における一要素である [25]」と判示し、海洋環境の保護に関する規定は、汚染のみに適用されるのではなく、資源や種の保護にも適用されると述べた。また、チャゴス諸島海洋保護区仲裁事件判決(2015年)において、仲裁裁判所は、「第194条は、厳密に汚染を規制するための措置に限定されず、主として生態系を保護し保全することに重点を置いた措置にも拡大される[26]」と判示し、このことを確認した。このように紛争解決機関の条約の解釈実践によって、条文の規範内容が単なる海洋環境の保護から生物多様性の保全へと拡大されている事実をみることができる。

UNCLOSが、秩序形成の基盤として、それぞれの海域に対する沿岸国とその他の国の権利義務を定める海域区分の考え方を採用しているのに対して、CBDは生態系アプローチを採用している。CBD第4条は、他国の権利を害さないことを条件として、「自国の管轄又は管理の下で行われる作用及び活動(それらの影響が生ずる場所のいかんを問わない。)については、自国の管轄の下にある区域及びいずれの国の管轄にも属さない区域」(b)を条約が適用される区域とし、同第5条は、「締約国は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用のため、可能な限り、かつ、適当な場合には、直接に又は適当なときは能力を有する国際機関を通じ、いずれの国の管轄にも属さない区域その他相互に関心を有する事項について他の締約国と協力する」と規定し、自国の管轄又は管理を超える「いずれの国の管轄に属さない区域」に対してもCBDの適用を拡大しようとする。こうしたCBDの条約体制は、海域区分と航行や漁業など事項別規制方式をとるUNCLOSと潜在的に抵触する可能性を含んでいる。BBNJの起草が現在行われているが、国家管轄権を超える区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する法的文書の作成にあたっては、どちらの条約価値が優越するのかという問題が内包されている。

6 二国間の海洋法問題の最大の問題―対中国への対応

海洋資源をめぐって東シナ海や南シナ海、さらには太平洋においても生じている。中国は国家目標として「海洋強国」を掲げ、海軍大国のみならず、海洋権益を確保しうる体制の国家をめざしている。世界第2位の経済大国となった中国は、その経済発展のために海洋資源を必要としている。しかし、対象海域の1つである東シナ海においては、日本との間に大陸棚及び排他的経済水域の境界画定は行われていない。にもかかわらず、中国は日本の排他的経済水域及び大陸棚法が暫定的に引いた日中中間線の中国側水域で油ガス田の開発を進め、現在、計16基の構造物が確認されている。

UNCLOSは、EEZ及び大陸棚の境界画定につき同一の条文を置き、「衡平な解決のために…国際法に基づいて合意により行う」(第74条1項・第83条1項)ことを定め、「関係国は、1の合意に達するまでの間、…実際的な性質を有する暫定的な取極を締結するため及びそのような過渡的期間において最終的な合意を危うくし又は妨げないためにあらゆる努力を払う」(同条3項・同条3項)と規定し、自制義務を関係国に課している。中国は一方的なガス田開発を始める前の2006年8月、国連事務総長に対し、第74条及び第83条の規定の解釈もしくは適用に関する紛争を、海洋法条約が第15部「紛争の解決」に導入した義務的仲裁手続から除外する宣言を行っている。その義務的仲裁手続に基づく2007年9月17日のガイアナ・スリナム海洋境界画定事件仲裁判決では、境界未確定海域における一方的な開発行為は合意阻害行為であり、自制義務に反すると判決している。この判決に照らせば、中国が現在東シナ海で行っている行為が海洋法条約に違反することは明らかである。

フィリピンは、2013年1月、中国を相手取って先の義務的仲裁手続を開始した。紛争の選択的除外を行っている中国に対し、海洋境界画定紛争ではなく、中国が実効支配している南沙諸島の礁や低潮高地が領海や排他的経済水域、大陸棚を持ち得るかという、いわゆる権原取得紛争(entitlement dispute)として提起した。その結果、管轄権の壁を乗り越え、2017年7月16日、南シナ海仲裁裁判所は、その本案で、中国が主張する南シナ海における九段線は海洋法条約に違反すると判決した。中国との対立を深めるトランプ政権は、南シナ海における中国の主張を公式に否定する声明を出した。

しかし、中国はこの判決は無効であるとして無視している。しかし、そのために中国はフィリピン政府に多額の経済援助をしており、高いコストを支払っている。2016年10月、ドゥテルテ大統領は中国を訪問し、観光や農業など他分野にわたって13の合意を中国と結び、総額240億ドル(約2兆6942億円)の経済協力を取り付けるとともに、民間金融機関からの30億ドルを含む総額90億ドルの融資の約束を引き出した。2017年3月17日には、中国とフィリピンは、「中国フィリピン経済・貿易協力6ヵ年発展計画」をまとめた。フィリピンのドゥトルテ大統領は、2016年7月25日の施政方針演説で、「仲裁裁判所の判決を強く確認し尊重する [27] 」と発言していたが、事態はこれに反する形で進行しているといわざるを得ない。

【議論すべき点】 海洋プラスチックごみへの対応(マルチの問題)と尖閣諸島のような領域紛争への対応(バイの問題)への世論形成は同じ次元で語れるか?あるいは、後者において、どうやって国際社会を味方につけるか?