公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

中国全国人民代表大会常務委員会は、2021年1月22日、「海警法」を可決、成立させた。2月1日から施行される予定である。中国は、2013年に、海監、海警、海巡、漁政、海関の五龍と呼ばれ、それまで分立していた海洋法執行機関を束ねる「中国海警局」を創設した。その中国海警(以下、海警)は、さらに2018年に、「武警海警総隊」に改編され、人民武装警察部隊の指揮下に入った。海警は、人民解放軍と同様に、中国共産党中央と中央軍事委員会の一元的な指揮をうける軍隊組織に変わった。

海上法執行を軍隊組織が担うことは各国の実行にも見られ、そのこと自体が問題になるわけではない。世界を見渡せば、イギリスは海軍が海上警察の任務を行っているし、イタリアの国家憲兵隊やフランスの海上憲兵隊のように軍隊として海上警察の任務を担う国もある。米国のように海上法執行を担う沿岸警備隊(コーストガード)を設置しているものの、米国連邦法上、陸軍・海軍・空軍・海兵隊に次ぐ第5軍とされる機関もある[1]。他方で、日本の海上保安庁のように、「解釈規定」と題する海上保安庁法第25条で「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と規定し、文民の海上警察機関であることを明記している国もある。中国海警は、国際法上も軍隊であることを否定しない海上法執行機関であるといえる。2021年1月22日に成立した海警法で海警に新たに付与された対外防衛の任務に照らせば、海警は海上法執行機関という性格とともに、軍隊組織としての色彩がさらに強くなったといわざるを得ない。

中国による海警の武警総隊への改編は、「先移交、後整編(まずは移管、あとで整頓再編)」のプロセスで進めると党中央が決定したとされるが[2]、今回の海警法の制定はその「整編」が完了したことを意味する。中国外交部の汪文斌副報道局長は、今回成立した海警法について「国際慣例や各国の慣行に合致しており、中国の政策に変化はない[3]と述べたが、条文を仔細にみると、中国が締約国である国連海洋法条約(以下、UNCLOS)の規定や各国の国家実行とも異なる点がみられる[4]

1.追加された防衛任務と中国の管轄水域

海警法第1条は、「海警機構が職責を果たすことを規範・保障し、国家の主権、安全及び海洋権益を擁護し、公民、法人及びその他の組織の合法的な権益を保護するために本法を制定する」とその目的を規定し、同法第2条では、「人民武装警察部隊海警機構すなわち海警は、海上権益擁護及び法執行の職責を統一して行う。海警機構は、中国海警局、その海区分局、直属局、省級海警局、市級海警局及び海警事務所を含む」と規定する。つまり、海警は国家主権を守る海上武装部隊であり、海上権益と法執行を行う組織であると位置づけられている。

こうした海警が活動する海域について、第3条で、「海警機構は、中華人民共和国の管轄水域(以下、「我が国管轄水域」という。)及びその上空において海上権益擁護の法執行業務を展開し、本法を適用する」と規定する。海洋法条約上、国家が管轄する水域は、内水、領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚(延長大陸棚を含む)の海域である。ところが、中国は南シナ海において歴史的権利としての九段線を主張しており、中国の国内法である「排他的経済水域及び大陸棚法」(1998年)第14条は、「この法律の諸規定は、中華人民共和国の歴史的権利に影響を与えるものではない」と規定し、排他的経済水域や大陸棚以外にも中国が管轄権を行使する水域の存在を認め、「無人島保護及び利用管理規定」(2003年)第2条は、「中華人民共和国の内水、領海、排他的経済水域、大陸棚及びその他の管轄水域における無人島の保護と利用活動に適用する」と規定し、中国の管轄水域として、「その他の管轄水域」という表現で、海洋法条約が認める以外の歴史的水域を加えている[5]

しかし、2016年の南シナ海仲裁判決は、「中国の『九段線』内の生物資源及び非生物資源に対する歴史的権利の主張は、海洋法条約が規定する中国の海域の限界を超える限度において海洋法条約と両立しないと結論する」(261項)とし、「したがって、中国の海洋法条約への加入及び同条約の発効により、『九段線』内の生物資源又は非生物資源について中国が有していたかもしれないいずれの歴史的権利も、法の問題として、かつ中国とフィリピンの間において、海洋法条約が規定する海域の限度によって取って代わられた」(262項)と判示し、これを否定している[6]。しかし、中国は同判決を違法かつ無効とし、この判決の履行を拒んでいる。

そして、今回の海警法でも依然として「中国人民共和国の管轄水域」との表現を採用し、海洋法条約上、本来、管轄権を行使できない水域(南シナ海の九段線内の水域)で海警が海上権益擁護の法執行業務を展開することを明記している。南シナ海におけるベトナムやフィリピンとの衝突は不可避と思われる。中国は立法管轄権を行使して、1992年の「領海及び隣接区域接続法」に基づき、日本の領土である尖閣諸島周辺に領海を設定しているが、日本に対し中国の領海あるいは「中華人民共和国の管轄水域」と主張し、執行管轄権を行使することが中国国内法上担保されたことになる。

海警法でさらに見逃せないのが第83条の条文で、「海警機構は、『中華人民共和国国防法』、『中華人民共和国人民武装警察法』等の関係法律、軍事法規及び中央軍事委員会の命令に基づき、防衛作戦等の任務を遂行する」と規定している。つまり、海警は、自国の管轄水域で防衛作戦を行う海軍の機能(軍事的活動)と海上法執行機関の機能(法執行活動)という二重の機能をもつ組織と明記されている[7]。同法により、海警は対外防衛の任務をもつ組織に変化した。

すでに、こうした海警局と中国海軍との連携は始まっており、2020年7月にパラセル諸島のウッディー島(永興島)において海警局と中国海軍による合同演習が行われた。この演習では、中国海軍の071型揚陸艦などが参加し、海軍の支援を受けた海警局の部隊が島嶼に上陸し、抵抗する市民を制圧する訓練が行われた。一応、他国の軍隊への攻撃を意図する演習ではないと説明されている[8]

2.尖閣問題に与える海警法の影響

海警法第12条は、海警機構の職責として、「(1)我が国管轄水域において、パトロールと警戒を行い、重点島嶼を当直警備し、海上境界線の管理・保護を行い、国家の主権、安全及び海洋権益を脅かす行為を予防、制止、排除する。(2)海上重要目標及び重大活動の安全警備を所掌し、必要な措置を講じて重点島嶼、並びに排他的経済水域及び大陸棚の人工島嶼、施設及び構築物の安全を保護する」ことを掲げ、第20条で、「我が国主管機関の許可を得ずに外国組織及び個人が、我が国管轄水域及び島嶼に建築物・構造物を建設、各種固定又は浮遊装置を設置した場合は、海警機構は、その違法行為の停止又は期限内の改善を命令する権利を有する。違法行為の停止を拒否、又は期限内の改善を拒否する場合は、必要なときに海警機構は法に基づき強制排除を行うことができる」と規定する。

尖閣諸島周辺での中国公船の動きが活発化する中で、日本が現在の空島政策を放棄し、実効支配強化のための港の整備や公務員が常駐する施設の建築その他を行った場合、中国海警が国内法に基づき介入する根拠規定を置いたことになる。

3.武器使用のハードルを下げた海警法

さらに、海警法第22条は、「国家の主権、主権的権利及び管轄権が、海上において外国組織及び個人の違法な侵害を受ける又は違法な侵害を受ける緊迫した危険に直面する場合、海警機構は、本法及びその他の法律又は法規に基づき、武器の使用を含む全ての必要な措置を講じ、現場において侵害行為を制止し、危険を排除する権利を有する」と規定するとともに、第46条で、「以下に掲げるいずれかの状況が発生した場合、海警機構職員は制圧用具又は現場のその他の装備・道具を使用することができる」と規定するが、その中に「(2)法に基づき船舶を退去強制、強制引き離しを行う場合、(3)海警機構職員が法に基づき任務を遂行する過程において、障害・妨害に遭遇した場合」が含まれている。第49条で「海警機構職員は、法に基づき武器を使用し、警告が間に合わない又は警告を行った後にさらに重大な危害が生じる可能性がある場合、直接武器を使用することができる」と規定する。

これまで、海警の武器の使用は、「人民警察法」第10条・第11条、「人民警察警備器材及び武器使用条例」第2条、第4条、第9~11条及び「公安機関海上法執行活動規定」第9条に従って行われてきた[9]。そこでは、「海警船の法執行要員は必要な場合にのみ発砲射撃を行うことができる。発砲射撃を行う場合、一般にまず口頭警告又は発砲警告を発しなければならない。むやみに発砲してはならず、またむやみに調査対象の船舶を銃撃してはならない。武器の使用は、相手方を制圧することを限度とすべきである[10]」とされていた。

これと比較すると、海警法第22条は武器使用の対象範囲を外国組織にまで広げ、さらに同法第46条及び第49条はより積極的な武器の使用を容認する規定のように読める。尖閣諸島周辺海域を主権が及ぶ自国の領海と称し、日本漁船を追尾する中国公船が、第19条では「個人の違法な侵害」にも、「緊迫した危険に直面する場合」という要件があるものの、武器の使用に至る可能性も排除されていない。また、第46条3号の「海警機構職員が法に基づき任務を遂行する過程において、障害・妨害に遭遇した場合」の規定は、尖閣周辺海域で日本の海上保安庁の巡視船が中国公船による日本漁船の追尾を中断させる行為を行った際には、中国海警法上は「妨害行為」として中国公船による武器の使用の可能性も排除されないことになる。日本としては、中国のこうした新たな動きへの対応を準備する必要がある。

ただ、個人に対する場合、いわゆる漁船など民間船舶に対しては、国際海洋法裁判所(ITLOS)は、そのサイガ号事件判決で、①武器の使用は可能な限り回避し、②必要な限度を超えず、かつ合理的なものであること、③人命を危険にさらさない必要があるとの3要件を示しており[11]、これと異なる対応を中国公船が日本漁船に行えば国際法違反となる。

こうした海警法の規定が生まれる背景には、2020年11月16日と17日に北京で開かれた「法治」に関する党の重要会議で、中国の習近平国家主席が主権や安全に関わる利益を守るため、「立法、法執行、司法などの手段を総合的に使って闘争を繰り広げなければならない」と述べ、「対外問題に関わる法治の戦略的配備を加速すること[12]」を指示したことがある。今後、中国は、自国の主張に沿った法律を整備し、米国や日本などに対抗しようという戦略を加速するものと思われる。

4.有事における海上保安庁の法的地位

海警法により防衛任務を付与された海警と対峙する海上保安庁の巡視船につき、平時はこれまでと同様であろうが、有事の際には留意すべき点がある。

自衛隊法第80条第1項により、第76条第1項に基づく防衛出動又は第78条第1項に基づく治安出動があった場合、内閣総理大臣は、「特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」とされ、さらに同条第2項で、この場合には「政令で定めることにより、防衛大臣にこれを指揮させるものとする」と規定する。

防衛大臣の指揮下に入ることと、ジュネーヴ第1追加議定書第43条第3項がいう「紛争当事者は、準軍事的な又は武装した法執行機関を自国の軍隊に編入したときは、他の紛争当事者にその旨を通報する」とは同じではない。防衛大臣の指揮下に入りつつも、従来通り海上警察任務に専念させる場合には、非軍隊といえる。つまり、防衛大臣がその指揮下に入れた海上保安庁にいかなる任務を付与するかによって海上保安庁の巡視船の法的地位とその活動の性格が変わることになる。そこで、自衛隊法施行令第103条では、「法第80条第2項の規定による防衛大臣の海上保安庁の全部又は一部に対する指揮は、海上保安庁長官に対して行うものとする」との規定を置いている。

国際慣習法になっている1907年のハーグ第7条約(商船ヲ軍艦ニ変更スルコトニ関スル条約)第6条が要求する、補助船舶を含む軍艦以外の船舶を軍艦に変更する場合は、「成ルヘク速ニ」「軍艦表中ニ記入スル」手続を要するであろう。その際は、自衛隊法第80条第1項の措置をとって、日本が締約国である第1ジュネーヴ追加議定書に基づく通報を行う必要もあろう。通報しないままに、海上保安庁が交戦権を行使した場合は国際法違反になると思われる。この点は、日中両国の海上警察機関間の不測の事態の発生とその後の展開の際に、十分注意しておく必要がある。

おわりに

今回の海警法制定により、中国公船(海警船舶)がより積極的な「維権執法(権益維持・法執行)」(第2条)の態度に出た場合、海上保安庁の巡視船との衝突の可能性はさらに高まると想定される。まして、海警の機能として防衛作成の任務が加わった(第83条)ことにより中国公船の重装備化が進んだ場合、海上保安庁では対応できない局面が生ずる可能性がある。そのときは、日本では自衛隊法第82条による海上警備行動の発令が考えられる。しかし、仮に自衛隊の護衛艦が海上警備行動に出たとしても、それは海上保安庁の任務を代替して海上法執行を行っているに過ぎないことを中国側に事前に理解してもらう必要がある。また、日本側の意図がそうであったとしても、相手方海警の船舶がどの段階で法執行から防衛作戦に移行しているのかは外形的には峻別は困難となる。竹田純一氏が指摘するように、「互いに意思疎通を欠いたままエスカレーション・ラダーを上げてしまう懸念[13]」がある。2018年5月9日に東京で開催された日中首脳会議(安倍前総理と李国強国務院総理)で海空域での不測の衝突を回避し、不測の事態が軍事衝突に発展することを防止するために合意した「日中海空連絡メカニズム」では、その対象に日中両国の海上法執行機関は含まれていなかったが、その対象に含む必要性は一層高まったといえる[14]

中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)の最終日コミュニケでは、「習近平の強軍思想と新時代の軍事戦略方針を貫徹し、……2027年に軍隊創設100周年の奮闘目標を確保する」と述べられている[15]。ここでいう「奮闘目標」が人民解放軍の強大化・近代化以外に、台湾や尖閣に関連する政策目標があるのかどうか、今後注視していく必要がある。おそらく、この年には、中国は尖閣における日本の海上保安庁の警察行動としての武器使用や日本の自衛隊の防衛能力に対抗できる勢力を整えたという認識を持つと思われる。

今後、より現実的なシナリオとしては、平時において無人島である尖閣諸島に海上民兵が密かに上陸し、中国国旗を掲げ、日本の海上保安庁の退去要求に応じない場合、どのような対応が海上保安庁と自衛隊で取り得るかということが考えられる。海警法の制定を受けて、こうしたシナリオを真剣に検討すべき時が近づいているように思われる。バイデン政権に移行した米国は、2021年1月24日の日本の岸信夫防衛相と米国のオースティン国防長官との電話会談で共同防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを改めて確認した。しかし、先のシナリオでは死者一人も出ない中国の無人島占領という行為に対して、米国にとっては、米中戦争というリスクのある奪回作戦にどこまで参加するかという難しい選択―いわゆる「センカク・パラドックス」―を迫られる問題であり、第一義的には日本独自の対応能力を強化する必要がある[16]