公益財団法人日本国際フォーラム

ダイナミズムを増すユーラシア大陸に対して、米国はどう関与すべきだろうか。これは歴代米政権が悩み続けてきた問題である。2021年1月に就任したバイデン政権もこの問題の解を模索している。米国のユーラシア関与の総合的な狙いは地球規模での覇権の維持である。具体的には(1)政治・軍事面での関与、(2)価値観競争、(3)経済面での関与―という3つの現象を示す。米ソ冷戦や現代の米中間の戦略的競争の中で、この3つの現象が混然となって米国のユーラシア関与が続いてきた。

本稿では米国のユーラシア外交について重みを増す経済安全保障の面から考えてみたい。経済安全保障とは前段で挙げた3つの現象の中の(3)の経済面での関与の一つだが、同時に(1)の政治・軍事面の活動とも重なる。また(2)の価値観競争も「自由、開放、法に従った経済慣行」といった表現で経済安全保障の補強として動員されている。ただ、政治・軍事面での対立や価値観の競争がゼロサムゲーム的な性格を帯びるのに対して、経済安全保障は相互依存関係が底流にあり、勝者と敗者の明確な仕分けができない。思わぬ副産物を伴い、仕掛けた国が想定外の打撃を受けることも多い。

また長期にわたって米国の経済安全保障でのユーラシア関与の軸となってきた中東の化石燃料の比重が下がり、最近はレアアースへの注目が集まるという転換期を迎えている。レアアースは風力発電用のタービンなど脱炭素社会実現の基盤づくりに不可欠であり価値が高まっている。

こうした経済安全保障政策をめぐる重層的な視点を意識しつつ、今後の米国と中国のレアアース資源をめぐる競争を考えるとともに。後半では米国のユーラシア外交のありようを探ってみたい。

位相が変わったレアアース

米中両国のレアアースをめぐる動きが目まぐるしい。

中国はレアアースを早くから戦略資源と位置づけ生産に力を入れ、2019年5月に習近平主席がレアアースの産地である江西省を視察し「自前の技術で戦いに勝つ」と宣言、翌20年12月には軍事転用可能な製品・技術の海外転用の禁止・制限を盛り込んだ輸出管理法を施行し、21年1月中旬にはレアアースの管理を強化する条例案を発表した。共産党系メディアは米中貿易対立の一環としてレアアースの対米輸出制限の可能性を伝えている。

2010年9月に中国漁船船長が海上保安庁に逮捕された後に、レアアースの輸出規制を始めた際には、「報復」との見方が強まった。

米国では中国によるレアアース輸出規制を懸念する声が上がり、レアアースの「強靭なサプライチェーン構築」をキーワードに対応策を打っている。

オバマ政権は漁船船長逮捕後のレアアース輸出の滞りを受けて、エネルギー省が入手先の多様化の検討を宣言、日米欧3極によるレアアース問題の協議を開始した。さらに日欧とともに中国のレアアース輸出規制を世界貿易機関(WTO)へ提訴し、WTOから協定違反との認定を勝ち取った。

続いてトランプ政権は精密兵器製造における中国製レアアース依存を問題視し、2017年と20年にレアアースの中国依存を減らし自給を確立する目的で大統領令を発表した。これを受けて2018年10月に国防総省が安全保障上不可欠な資源であるとして国内生産のテコ入れを提言し20年11月と21年2月には4社の米国内レアアース生産事業に合計4316万ドルの資金援助を決めた。

商務省も19年6月にスマートフォンなど民需用を対象にレアアース生産を国内企業に促した。米国はレアアースなど鉱物資源が豊富なデンマーク領グリーンランドを特定した経済支援にも乗り出している。

レアアースの対中依存からの脱却を目指す方針は、バイデン政権も引き継ぎ、就任直後の2月24日には半導体や医療品ともに、レアアースのサプライチェーンの多様化を進めることを大統領令で打ち出した。

もともと米国はレアアースを国内生産していた。カリフォルニア州のレアアース鉱山マウンテンパスは1952年から生産を開始し、90年代までは世界の主力生産基地だった。しかし、レアアースは分離・精製の際に河川や土壌汚染を引き起こす。特に放射性物質トリウムが分離され、その扱いと管理が難題でありコストが膨らんだ。

一方中国は鄧小平が1992年の南巡講話で「中東には石油。中国にはレアアース」と述べて戦略的資源として開発・生産を指示して以来、レアアースの採鉱・分離・精製に力を入れ、コスト競争にも打ち勝った。米国では90年代末にレアアースの採鉱・生産をともに停止し、その結果中国の寡占化が進んだ。レアアースの採鉱こそ中国は世界の6割だが、分離・精製では8割のシェアである。

米政府の脱中国依存の政策を受けて、マウンテンパスは2017年に採鉱を再開し今や世界の15%を占めるものの、中国に鉱石を運んで精製・分離している。

レアアースは最新鋭ステルス戦闘機F35や無人機のレーダー部分に不可欠という軍事用資源として注目されてきたが、高性能磁石の材料でもあり風力発電用のタービンや電気自動車といった脱炭素社会実現のための技術にも欠かせない。

このため、レアアースは先端軍事兵器という限定された分野から脱炭素化という世界共通の経済社会転換という位相の異なる重要性を帯びだした。国際エネルギー機関(IAE)のティム・グールド・エネルギー供給・投資展望課長は2021年2月18日に外務省が開催した鉱物資源をめぐるウエビナーで「レアアースの需要は今後加熱する一方だ」と述べている。

バイデン政権は気候変動対策を優先課題として位置づけており、脱炭素技術に不可欠なレアアースの重要性を過去の政権よりはるかに意識している。そのレアアースが中国に握られているという事実は、中国との「激しい競争」を打ち勝つためにも、また脱炭素社会実現のためにも不都合であると認識しており、レアアースサプライチェーンの多様化、脱中国依存を目指すのは自然である。

バイデン大統領は対外政策の柱の一つに同盟国との戦略的連携を挙げており、レアアースの対中依存の脱却においても、日本など同盟国との連携を進めている。先述した外務省主催のインド太平洋構想と鉱物資源をめぐるウエビナーには国務省から二人が登壇し、その一人アンナ・シュピッツバーグ米国務次官補代理(エネルギー転換担当)は、「レアアースのほとんどの処理は一国で行われている」と中国の寡占状況への危機感を露わにした。

またもう一人の登壇者であるピーター・ハース国務次官補代行(経済担当)は日本、オーストラリア、インドとの4カ国枠組み「クアッド」で中国依存を減らすサプライチェーンをつくることへの期待を表明した。

米政府は既に有志国向けにエネルギー源管理構想(ERGI)も立ち上げ、レアアースなど希少鉱物の環境重視の採鉱や強靭なサプライチェーンづくりの協議を始めた。ここには日米欧3極にカナダを加えた4極、そしてオーストラリア、インドを加えた6極の枠組みが想定されている。

米国にはレアアースを電気自動車や風力発電用タービンに使うために必要な高性能磁石の製造工場がない。このため、国内で生産したレアアースは精密兵器のレーダー用として軍需用として米国内で完結させる形で使うものとみられている。

一方で脱炭素技術に必要なレアアースを使った高性能磁石の製造は、もともと日本で開発が始まり日本に製造事業者がある。レアアースなど鉱物資源の専門家は、米国はレアアースを日本に輸出し高性能磁石をつくり、それを電気自動車や風力発電用タービンに使うサプライチェーンを考えているとみている。

経済安全保障政策の限界

しかし、実際に中国が懲罰的な目的での対米輸出制限に踏み切るかどうかという点は慎重な検討が必要だ。

かつての第4次中東戦争(1993年)の際にアラブ産油国が、欧米や日本など先進国を対象に石油の輸出制限措置を発動した時に、北海油田の開発や原子力発電の稼働拡大など代替エネルギー源が広がったほか日本では省エネが徹底されるなどさまざまな対策が講じられた。結果的に1980年代~90年代には歴史的な油価の低落を招き、産油国が財政的に打撃を被った。石油の中東依存の脆弱性はやがて2010年代の米国内のシェール革命につながり、中東産油国の地盤沈下をもたらした。

このため、レアアースも生産量の過半を握る中国が禁輸に踏み切った場合は、いくつもの副作用をもたらし結局ダメージを被るのは中国という事態も想定される。禁輸は価格の高騰を招き、日米欧が代替の入手源としてオーストラリアやカナダ、アフリカ、南米、北欧での生産テコ入れに乗り出しやすくなり、中国の寡占状態を崩そうと対抗するだろう。

実際、2010年の漁船船長逮捕で中国からのレアアース輸出が減って以降、日本ではレアアース使用量を大幅に減らした高性能磁石の開発が進み、打撃を最小限に抑える工夫が進んだ。先述したようにWTOでも敗訴した。中国のレアアース輸出制限戦略は長期的には効果を上げなかったのである。

中国もこうした「資源国の罠」を十分知ることから、禁輸制裁には踏み切らないだろうというのが、内外のレアアース専門家の見方だ。中国からのレアアースの輸出量は2020年に大幅に減少したものの、その理由は米国や日本への対抗措置というより、中国国内での電気自動車や風力発電タービンの生産拡大に応じたものとみられている。

こうした事情からうかがえるのは、経済安全保障政策の効果と限界である。制裁など懲罰的な行為をとっても代替源などサプライチェーンの多様化を相手国が図るために意図した効果を上げられずに、結局は最初に仕掛けた国が痛手を被る蓋然性が高い。

経済安全保障政策の限界は米国側の中国に対するさまざまな措置でも見られる。トランプ政権が始めた華為技術など特定中国企業への半導体技術の輸出禁止に対して、中国は技術の国内生産化に取り組んでいる。また米国が発動した中国製品に対する追加関税に中国側が同率の追加関税で応じたり、米国の輸出管理リスト(EL)と同様のリストを中国が創設するなど、類似の措置で報復する動きも見せている。ドル決済を禁じる米国の金融制裁が、中国やロシアを中心に非ドル決済の緩やかな拡大を招き、結果的にドルの支配力を弱めてしまう事態も想定されている。

経済安全保障政策は、発動国が圧倒的な経済力を擁し追随を許さない技術力を持っている場合には効果が上がるが、大国同士が対峙している場合は、対抗策がとられ効果は相殺されてしまう。米中両国は半世紀にわたって基本的に友好関係を続け経済が結びついていることもあり、完全なデカップリングなど本格的な経済安全保障政策の発動が難しいのも確かである。

抑制的、受け身の対ユーラシア関与

最後により広い米国のユーラシア外交の姿を検討してみたい。

米国は冷戦初期から、北大西洋条約機構(NATO)、日米同盟、米韓同盟、イスラエル、サウジアラビアとの準同盟の確立などでユーラシア大陸の周縁部に拠点を築いてきた。だが、その関与はソ連共産圏の南下阻止、石油エネルギーの円滑な流通、そして同盟国の安全保障を目的とした抑制的、受け身のものだった。9・11テロの直後こそアフガニスタンや中央アジアに米軍が展開したが、結局米国はユーラシアの深部に根付くことがなかった。米国のユーラシア政策を分析した『新大陸主義』(ケント・カルダー著、杉田弘毅監訳、2013年)『スーパー大陸』(同著、同監訳、2019年)なども指摘しているところだ。

米国のユーラシア大陸に対する抑制的なアプローチは、伝統的な米国民の孤立主義の潮流や、海洋国家である米国がユーラシア大陸に深く関与する意思や能力を持っていないことなどが理由であろう。また歴史、文化、宗教で異なるユーラシアへの違和感や畏怖もあったのではなかろうか。

ユーラシアに対する抑制的なアプローチはバイデン政権の下でも続きそうだ。

中東では「ポスト9・11秩序」が終わろうとする今、米国はイラク、アフガニスタン、シリアから米軍の撤退を進めている。シェール革命や脱炭素化社会実現の掛け声の下でペルシャ湾岸の化石エネルギーの価値も減退した。バイデン政権が試みているイランとの核合意復活も中東における波乱要因を取り除き、米軍の中東地域でのフットプリントを軽減する目的を持つものであろう。

欧州に対してもロシアとの敵対関係は続くものの、オバマ政権のウクライナ危機での対応が極めて抑制的だったことが象徴的である。総合的に見て、米国は統合された欧州で進む米国離れを逆転させる術を持たず、Brexit後の英国が米国との同盟を強化することで満足することになるのだろう。

ユーラシア大陸の中で唯一米国が本腰を入れて競争や関与に取り組んでいるのが中国である。「一帯一路」でユーラシア大陸の他の地域との接続性を高めて巨大な圏域づくりに対抗して、「自由で開かれたインド太平洋」やクアッドといった海洋をコアとするアイディアによる枠組み作りや大陸周縁部との連携の強化を進めている。

米国の中国との競争は軍事安全保障や価値観とともに経済安全保障に力点が置かれている。「自由で開かれたインド洋」やクアッドの枠組みでも、安全保障と経済協力を一致させることを図っており、その目的で2018年にはBUILD法を超党派で成立させ米国際開発金融公社(USIDFC)を創設した。インド太平洋地域の途上国へのインフラ投資や民間主体の開発事業の推進を通して連結性を強める狙いである。

米国のユーラシア関与の主軸である中国との競争は、地域においては通常戦力においては中国に対して劣勢であることや、日本、インド、オーストラリア、韓国、東南アジア諸国など米国のパートナー国がいずれも中国との政治・軍事的な緊張を望んでいないために、経済の連結性をうたっている。インドはクアッドを戦略的バリューチェーンをつくる経済協力枠組みとする希望を強調している。軍事安全保障ではなく経済開発を正面に据えることで中国を挑発することなく参加しやすいという意図が込められている。

こうしたユーラシア大陸に対する米国の経済安全保障のアプローチからすると、レアアースの脱中国依存もその一環と位置付けられる。

果たしてこうした米国の抑制的なアプローチがいかなる成果を生むかはもう少し時間をかけてみる必要がある。

また海洋国家を対象とした米国のアプローチに、「民主主義」という共有基盤を持つモンゴルが加わるのかどうかも注視されよう。「民主主義」を大義の一つとしたイラク戦争以来、価値観を掲げたアプロ―チは廃れた感があるが、バイデン政権は久しぶりに人権を外交の正面に据えている。モンゴルはレアアースという戦略資源の生産国でもあり、米国のユーラシア外交の深度を占うことになると考えられる。

【参考】本稿で触れている外務省主催のセミナーは「自由で開かれたインド太平洋とエネルギー・鉱物資源の現在」令和2年度 アジア・エネルギー安全保障セミナー|外務省