公益財団法人日本国際フォーラム

1.海洋ガバナンスの複合化と非効率性

今日のグローバル・ガバナンスには、行為主体が多様化し、争点領域や制度が複合化したレジーム・コンプレックス(レジーム複合体)の形をとるものが多い。海洋も例外ではない。海洋は人や商品や兵器を運ぶ通路であり、また、様々な資源の宝庫でもあるため、安全保障、経済利権、資源確保、環境保護・生態系保全の争点領域が分かちがたく結びついた複合領域をなしているからである。

古くは、「公海自由の原則」のもと、覇権国が航路の安全を保障し、大国が最低限のルールを共有することで海洋秩序が維持されていた。途上国の台頭と先進国企業の関与により行為主体が多様化したことで、漁業資源の管理や深海底資源の開発と利益分配、海洋汚染の防止等、様々な争点が複合化され、クラスター型のレジーム・コンプレックスとなったのが、国連海洋法条約(UNCLOS)体制である。1992年の国連環境開発会議(UNCED)以降、環境・生態系保全の側面が強調されるようになり、このあたりから、それまで「漁業ガバナンス」と呼ばれていたものが「海洋ガバナンス」と呼ばれるようになったという [1]

2000年代に入ると、「プラネタリー・バウンダリー」の考え方により、気候変動、海洋酸性化、生物多様性の連関性が脚光を浴びるようになった。気候変動緩和のためのカーボンシンクとして利用することで海洋酸性化が促進されるなど、レジーム間の競合にどう対処するかといった問題が生じているからである。また、水産資源の生物多様性については、ワシントン条約(CITES)が個々の保全を重視するのに対し、FAOが予防原則を重視すると言った水平的抵触も見られる。生物多様性については、漁業資源の枯渇、生物多様性条約(CBD)締約国会議での環境NGOの影響力向上、海洋遺伝資源(MGR)採取・開発技術の進展などを受けて、国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)が2010年代から重点的に議論されるようになった。そこでは、とりわけMGRをめぐり、UNCLOS交渉の時と同様に、「公海自由」を唱える先進国と、「人類共通の財産」としての管理を主張する中国やG77諸国との対立が先鋭化している [2]

こうして、UNCLOSが掲げる「公海自由の原則」と「人類共通の財産」という、究極的には国家間の利益配分という国益対立に、CBDが掲げる生態系保全という価値の対立が加わったレジーム間競合が、複雑な交渉力学を生み出しているのである。

他方で、伝統的な漁業ガバナンスは、UNCLOSを中心とした海洋秩序とFAOを中心とした食糧安全保障の領域が整合性を持ちつつ、地域漁業管理機関(RFMO)等を通じた地域水域管理によって、多層的かつ体系的にガバナンスされてきた。しかし、排他的経済水域内の水産資源および養殖についてはフォーマルなシステムが不在で、FAOが提供する拘束力の無いガイドラインおよび学習フォーラムや、海洋管理協議会(MSC)などの民間機関による認証評価を中心としたプライベート・レジームによって、自主的取り組みを促すようなソフト・ガバナンスとなっている。国内水産資源および養殖においては、とりわけ沿岸域漁業者によるローカル・ガバナンスの重要性が高い。このように、水産資源をめぐるガバナンスは、フォーマルな制度とインフォーマルな制度とが複合して多層的に運営される構造となっているのである [3]

以上のような現代の海洋ガバナンスには、非効率な面が多いと指摘されている。根本原因の一つは、安全保障と経済的利益がリンクすることで政治化しやすいことである。したがって、フォーマルで一元的な制度を設計・運用することには無理が生じやすい。現行のフォーマルなガバナンス構造は全体として包摂性が低い(閉鎖性の高い)制度設計になっており、トップダウンで画一的な政策が適用される傾向にある。そのため、制度と現状のミスマッチや、変化への適応性の不足、能力構築やエンパワメントの不足などにより、現場の問題(資源の枯渇や環境汚染や多様性の低下等)に効果的に対処できない問題が生じているのである [4]

フォーマルで一元的な制度がうまく機能しないならば、どのようなガバナンス方法が効果的なのだろう?この問いへの一つの回答として、近年、海洋の多中心的ガバナンスが論じられるようになった。

2.多中心的ガバナンス論

多中心的ガバナンスには様々な定義があるが、互いに独立した権威の中心が自律的・自己組織的に相互作用する過程で、全体としての秩序が保たれるようなガバナンス・モードとミニマムに定義することができる[5]。権威の中心には公共機関や公職者だけでなく、企業や民間の専門家やNGOや、ローカルな漁業者の組合なども含まれる。しかし、意思決定過程や実施過程に地方政府やNGOや企業が参画していたとしても、中央政府が彼らを階層的に統制しているならば、それは多中心的ではない。地方政府や現場の漁業者などに広範な裁量を与え、非拘束的な方法によって緩やかにガバナンスするような形態が多中心的である。

多中心的ガバナンスは一元的に統制できないシステムであるため、民主的統制の欠落や責任の所在の不明確化、調整不足、協働不足によって、ガバナンスの正統性と有効性がともに低下するリスクがある。他方で、変化への柔軟な適応、現場の問題解決に適した制度設計、マルチレベルのバックアップ体制による機能不全リスクの緩和、実験的手法の開発促進、現状打開のための革新的なアイディアの創出、包摂性の向上によるアカウンタビリティの改善など、一元的な制度の不備を補う様々な利点を有している[6]

このアプローチはオストロム夫妻(Vincent & Elinor Ostrom)を中心としたグループが1960年代初めから発展させてきたが、著名な経済学者であるエリノア・オストロムが「コモンズの悲劇」の管理方法として、水産資源管理における多中心的ガバナンスを論じたことが良く知られている[7]。具体的な形態の一つは、中央政府、地方自治体、ローカル・コミュニティが、それぞれ独自の制度を用いて相補的に規制を行うような、垂直的な分業体制である。例えば、メイン州のロブスターの漁業者コミュニティが、乱獲を防止するためのアクセス制限や日々の漁についてのインフォーマルなルールで自主規制し、他方で、州政府が漁業資源保全についての法律を作って規制しており、通常はローカル・コミュニティの自主規制に委ねているが、それがうまく機能しなくなって資源の枯渇が危ぶまれたときのみ、州政府が介入するというような事例がある [8]。国の法制(海洋基本法および新海洋基本計画など)とは別に、地域の漁業者、学校、企業などが一丸となってアマモ場再生の取り組みを行った備前市の「里海づくり」の事例なども、沿岸地域コミュニティによるボトムアップの活動を肝とする多中心的ガバナンスの一例と言えるだろう[9]

他には、水平的で包摂性の高いマルチステークホルダー・ネットワークの形で存在するものもある。様々な争点、参加者、機能、組織形態のネットワークが存在するが、このようなネットワークは、先に述べたような多層的な取り組みを繋ぎ、マルチレベルの調整や協働を促す機能を果たしていることも多い。その場合、垂直的にも水平的にも多中心的なガバナンス構造になっている。また、インフォーマル(国際法や国内法の名宛人にならない)な制度であることも多い。代表的なものに、FAO、国連環境計画(UNEP)、世界銀行などの国際機構や、ワールドフィッシュなどの関連NGOのネットワークによって構成され、海洋酸性化問題に取り組んでいる「気候変動・漁業・養殖グローバル・パートナーシップ」(UN-Oceans Task Force on the Global Partnership Climate, Fisheries and Aquaculture: PaCFA)がある[10]

また、南極海での違法・無報告・無規制(IUU)漁業の監視や対応を行う「南極海洋生物資源保全委員会」(Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources: CCAMLR)を中心としたネットワークは、各国の担当官庁や議員、グリーンピースやフレンズ・オブ・アースなどのNGO、漁業者、ジャーナリストなど多様な参加者で構成されている[11]。また、日本でブルーエコノミーを推進する「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)」も、異業種間の水平的連携を特徴とする多中心的ネットワークといえるだろう [12]

海洋ガバナンスにおける様々なネットワークを調査したダルトンらによると、多様なネットワークのうち最も多いのが学習や知識共有・創造を主機能とするもので、ローカルレベルのネットワークはほぼすべて、リージョナルおよびグローバルなものは半数程度、ナショナルなものは三分の一程度が、学習・知識系の機能を有したネットワークと位置付けられている[13]

このような学習ネットワークは、複雑で変化の激しい海洋問題の様々な課題に効果的に対応すべく構築されてきた。具体的な課題としては、争点間の重複が多いにもかかわらず制度が断片化して非効率な運用がされていることや、関係者がリソースや情報にアクセスしにくいこと、ローカルレベルの能力構築不足(外部による能力構築サポートは、概してコストが高く非効率で、現地のニーズに合っていないことが多い)、技術的な問題を解決するための創造的・革新的な解決策の必要性、といったことが挙げられている。これらの課題に応えるために、知識共有、能力構築およびエンパワメント、諮問・助言を主な業務とするネットワークが発達してきた。彼らの調査結果によると、これらのネットワークは、現場のマネジメントを改善したり、地元コミュニティの参加を促したり、参加者のニーズに合った効果的な能力構築や女性のエンパワメントを促進したり、リソースへのアクセスや公平性を改善するなどの成果を出しているという [14]

3.多中心的ネットワークのオーケストレーション

しかし、多中心的なシステムは、先述の通り、統制不足や調整不足により効率的に機能しない場合も少なくない。実際、多中心的構造を持っているシステムは、情報共有機能しか持たない弱いシステムから、マルチレベルの調整やセクター間の非公式な協調・協働を促進する中程度の強さのもの、さらに紛争解決メカニズムまで備えた強いシステムまで幅があり、弱いシステムは、参加者間の対立や外部からの影響によって、存続自体が危ぶまれることも少なくない[15]

ここで、参加者間の対立の代表例は、PaCFAでみられたような、科学的中立性と政策志向性の齟齬である。科学的な情報共有・学習を主目的とした弱いネットワークが実力をつけるにつけ、当初の目的を拡張して、国際政策に積極的に影響を与えようとするようになることは少なくない。そのような時、科学的な信頼性を重視するメンバーと、積極的に政策的発言をしようとするメンバーとの間で対立が生じやすい[16]

また、メンバー間の非対称な権力関係は、非効率性や正統性の問題を引き起こす[17]。参加者間に権力の非対称性が存在する場合は、水平的な討議のフォーラムであっても、実際には権力の強い参加者が議論を支配したり、ネットワークを乗っ取ってしまうようなことも少なくない。マルチステークホルダー・プロセスを謳っていても、政府機関や大企業の意見に市民社会が対抗できないといった事例は枚挙に暇がない。とりわけ、インフォーマルなガバナンスの場合は外部からの統制が効きにくいため、このような権力奪取の問題を是正するのは難しい。

さらに、ネットワークが外部から影響を被る要因の一つは、外部資金の不安定さである。とりわけ、プロジェクトベースの短期助成金を主財源としている場合、活動の継続は助成金を提供する外部機関の状況に依存することになる。また、最初から多国間制度の補助としてネットワークが設置されたり、独立に創設されたネットワークが多国間制度へのインプットを強化したりする事例では、多国間制度内の国際政治力学や国際交渉の行方がネットワークに直接的な影響を与えやすい。これが外部要因の二つ目である。ネットワークで生み出された知識や行動規範などに普遍性と正統性を持たせるためには、結局は国家政府によって受容され実施される必要がある。このため、国際交渉に影響を及ぼせなかったことでネットワークへの信頼性が低下したり、逆に、国際交渉への影響力を強化しようとするとネットワーク内での政府の発言力が強化されて、権力の非対称性を生む結果になることもある。そして、先述のように、ステークホルダー間のパワーバランスが崩れることで、水平的で平等な討議が阻害され、ネットワークの本来の機能・目的が失われてしまうのである [18]

このように、価値観の衝突や権力の非対称性による内部対立や、外部機関からの影響によって、多中心的ネットワークは常に有効性と正統性を喪失する危険を孕んでいる。海洋関連ネットワークの実証分析でも、ネットワークが効果的に機能するためには特定の条件が必要であるとの知見が出されている。情報の監視及び分析の高度な能力、長期的な活動能力の維持、マルチレベルやマルチネットワークの協働による多元的な対応能力、正統性と効率性の両立、目的の明確化、参加者間の長期にわたる信頼と主体的な協働、参加や討議における平等性の確保、献身的なコーディネーターの存在などである [19]

この問題を「ネットワークの失敗」として議論してきた新公共経営論(行政学)では、水平的な秩序に垂直的な統制・管理を最適な形で導入するメタ・ガバナンス(ネットワーク・マネジメントとも言う)の有効性を論じている。参加者の自律性と柔軟性を確保しつつ、目的を明確化したり、調整や紛争解決を行ったり、トランザクションコストを低減したりするのが、効果的なメタ・ガバナンスとされる[20]

同様のことは、国際関係論でも「オーケストレーション」という概念を用いて議論されている[21]。オーケストレーションとは、一般的に、中間者(公的機関やNGOその他の民間主体など)を通じて、ソフトな手法(拘束力・強制力のない方法)でガバナンス対象者の行動に影響を与えるような、ソフトで間接的なガバナンス様式を指す[22]。中間者がネットワークの場合は、まさしくネットワーク・マネジメントである。適切な形でオーケストレーションが行われれば、非効率を縮減しつつ、関係者の能力を強化し、多中心的ガバナンスの利点を最大化することができると論じられている [23]

実際、上に列挙した海洋ネットワークの有効性条件の殆どは、オーケストレーションによって満たすことが可能である。献身的なコーディネーターは、それ自体がオーケストレーターであると言えるし、また、内部対立の調停や、活動の正統性の確保、財源(外部資金)の安定確保、多国間制度からの負の影響の軽減などは、政府機関や国際機構などの公的機関がオーケストレーターとして長期に亘ってコミットすることによって促進されると考えられる。

例えば、先に触れたように、近年注目されているブルーエコノミーは多中心的ガバナンスによって推進されているが、オーケストレーションのやり方によって、ネットワークの安定性と有効性に違いがみられるかもしれない。たとえば、国がパリ協定の「自国が決定する貢献(NDC)」にブルーエコノミーを組み込むことは、多国間制度との連携を公式化することでネットワークのプレゼンスを高めることになるし、ESG投資を促進したり技術移転などの国際協力を委託したりすることで、財源を安定させることにつながるかもしれない。また、地方自治体などが国民的コンセンサスを促進して、ブルーエコノミーを経済社会体制に組み込むことで、活動の安定化と拡大を期待できるかもしれない [24]。また、科学者と政策形成者との対話を促進することで、科学者中心のネットワークの政策的影響力を向上させ、多中心的ネットワーク内の水平的討議を促進することにもなろう。

4.おわりに――オーケストレーションによる認識枠組み構築の促進

多中心的ガバナンスは、多様なステークホルダー間で知識や規範を共有したり、実験的な手法で革新的な技術やアイディアを開発したり、現場の能力構築を進めたり、国際合意の効果的な国内実施を促進したり、マルチレベルの世論を形成したりすることで、一元的な国際合意の不備を補い、実質的な問題解決を促進する可能性を持つ。しかし、その持続的で効果的な運用のためには、長期的でソフトな垂直的管理(オーケストレーション)が有効であろうというのが本稿の趣旨であった。

末尾ではあるが、ここで、オーケストレーションには国家の対外的権力とプレゼンスを強化する効果も期待できることに触れておきたい。かつてバクラクとバラッツは、政策議題に上るのを阻止する「非決定権力」の存在を指摘し[25]、さらに、ルークスは交渉力を一次元、非決定権力(逆に言えば、アジェンダ設定力)を二次元としたうえで、人々に問題を意識させないように条件づけるような、認識を左右する権力を三次元権力と呼んだ [26]。このような二次元および三次元的な権力は政策交渉の局面では見えにくいが、交渉の土台となる認識枠組みを設定するものであり、見逃せない重要性をもつ。

例えば、グローバル・サウスからすれば、先進諸国の専門家主導の「科学的」知識とは、南北の構造的不平等の責任を取らない無責任な姿勢と、テクノロジーの優位性を背景としたバイアスのかかった政策の押し付けに見える。こうした価値観や規範的文脈の違いに淵源を持つ不信感が存在する限り、いくら科学的知識の中立性を主張したとしても、政治的な対立の構図になりやすい。また、レジーム間の水平的抵触の調整が困難なのは、価値規範やそれに基づいた知識体系が異なっているからであり、水面下での知識や価値の共有を通じた信頼構築が、国際交渉をスムーズに進める環境を設定することになる。また、逆に、本格的な交渉が始まる前に規範的な言説を主導したり、知識を特定の方向に収斂させたり、技術的スタンダードを確立したりしてしまえば、フォーマルな国際交渉を自国に有利に進めることができる。

例えば、先述のように、養殖についてはプライベート・レジームによる自主規制が主なガバナンス方法となっているが、途上国における養殖の増大(漁業資源だけでなく、近年ではブルーカーボンも急増している)に伴い、環境悪化や他の海洋産業への圧迫といったコモンズの悲劇が生じる危険性も高まっている。現在は、欧米諸国のマーケットが持続可能な養殖の取り組みを牽引しているが[27]、そのような民間の活動をベースとした知識の収斂や規範の確立、新技術やスタンダードの確立を効果的に主導できれば、サステナビリティに関する国際社会の根本的認識枠組みづくりに貢献することができると考えられる。

そして、このような認識枠組みの形成は、多様な主体によって行われる点に注意する必要がある。とくに三次元権力には、「世論の風潮」とも呼ばれる広範な社会的文脈が含まれるが、何が議論すべきことか、何が正しいか、といった認識は、政府、専門家、マスメディア、オピニオンリーダー、大企業、大手NGOのみならず、現場で経済活動に従事する中小企業やローカル・コミュニティ、一般市民を含む多様なステークホルダーによっても形成される。このことを念頭に置いて、多様なアクターに能動的な目配りをし、国民および国際社会のコンセンサス、すなわち「海洋世論」を形成することは、今後の国際交渉の底流を構築する重要な作業になると思われる。