公益財団法人日本国際フォーラム

Ⅰ 中国の対アフガン政策(方針)

中国は、アフガニスタンにおけるテロの再活発化が新疆ウイグル自治区に波及することに警戒している(国際化したウイグル問題については、『東亜』10月号掲載の拙稿を参照されたい)。僅か76kmしかない国境のワフジール峠からの懸念よりも、中央アジア経由でのテロリストや過激派勢力が中国へ流入することを警戒している。

中央アジア諸国は 国際テロ・分離主義・宗教過激派(いわゆる「3つの勢力」) が中国へ参入する主要な経路となっている。したがって、 中国の中央アジアや上海協力機構をめぐる政策の最重点の一つは、中国西部の安全保障を脅かす「3つの勢力」を阻止することにある。そこで、中ロ間や上海協力機構の枠組みで連携しながら、「3つの勢力」への対応を展開している。

新疆へのテロ流入を警戒する中国は、 アフガンを「中国に対するテロの拠点とさせないこと」を条件に、新政権構築に協力する構えである。 中国からの「一帯一路」による支援が欲しいタリバーンは、アフガニスタンに住んでいるウイグル人を中国へ引き渡す可能性があると欧米の人権団体は指摘している。タリバーンは、すでにアフガニスタンの主要都市に住むウイグル人の居住許可書に「ウイグル人」を選別する作業を始めている。

Ⅱ ユーラシアにおける中国とアフガン情勢の見通し:チャンスよりもリスク

アメリカのバイデン大統領は、中国がアフガニスタン・タリバーンと取り決めを結ぼうとすることを確信している、との認識を9月7日に明らかにした。中国にとって、新たな国家を建設し運営しなければならない「アフガニスタン・タリバーン」は、中国からの投資を求めているために、与しやすい交渉相手である。

しかし、中国にとって厄介なのは 「TTP(パキスタン・タリバーン)」や「IS(自称「イスラーム国」)ホラサン州」、「BLA(バルチスタン解放軍)」等のテロ勢力の活発化である。米軍とNATO軍のアフガン撤退とタリバーン勢力の再台頭は、「一帯一路」の「CPEC(中国パキスタン経済回廊)」や中国権益の妨害等を目的にテロを行ってきているTTP、IS、BLAの動きを触発している。

つまり、アフガン政変はそれまでの20年間に 「米軍駐留によって中国西部にもたらされてきた相対的な安定」を揺るがし、ユーラシア地政学に新たな変化をもたらしていると言える。それは、中国にとって、 米軍撤退よるチャンスよりもリスクの方を増大させている。

ユーラシア地政学は「インド太平洋vs.一帯一路」という従来の枠組みだけでは理解できないものへと動いている。アフガニスタン・タリバーンに対するインドの限定的な役割、「トロイカ+1(プラス・ワン)」(アフガン情勢を巡る米ロ中+パキスタンの対話枠組み)等におけるパキスタンの相対的な重要性の高まり、イスラームのテロ対策を巡る中ロ連携、上海協力機構の地域対テロ機構(RATS)による連携、「中国・ロシア・イランによる安全保障協力の枠組み」等、重層な安全保障協力の枠組みが交差する中で、 中国を取り巻くユーラシア地政学はいっそう複雑化している(中国・ロシア・イランの関係深化については、拙稿「中国の対中東政策」『国際問題』2021年8月号、48~52頁を参照されたい)。

アフガン情勢を巡り、7月以降の中国は「アメリカの完全失敗」「内政不干渉を掲げる中国の政策の方が優位」「アメリカの無力さを示すアフガンでの失敗はベトナム戦争よりも明白」「アメリカが見捨てたアフガンは明日の台湾」との宣伝を繰り返している。しかし、新たなアフガニスタンは力の空白を中国が埋められる舞台とはならない。それまで米軍駐留の恩恵を浴びつつ内政不干渉を唱えながら「アリーナ席」からAfPak情勢を眺めてきた中国が、西部安全保障のために、不安定化した地域の「管理」に介入していかなければならないからである。

チャンスよりもリスクを中国にもたらすことになったAfPak情勢は、 安全保障政策の重点を「テロとの戦いから中国対応へ移す姿勢」を鮮明にしたバイデン政権の「失敗」ではなく「アメリカ利益にならない戦争からの撤収と中国に仕掛けた深謀遠慮」と言えよう。

Ⅲ 日本への政策提言(4点)

提言1.いっそう複雑化するユーラシア地政学を視野に入れた日本外交戦略の策定を!

中国は、中国西方における米軍駐留への批判を繰り返してきたが、約20年間の米軍駐留がもたらした相対的な安定の受益者でもあった。米軍撤退とアフガン政変はそうした国際秩序の構図を崩してしまった。「アフガン政変がもたらす新たなユーラシア地政学」は、もはや「インド太平洋」vs.「一帯一路」という単純な対立構図だけでは見ることができない複雑な重層構図に組み替えられている。

提言2.「自衛隊法第84条の3&同4」の早急の改正を!

約260名で構成された「アフガニスタン・イスラム共和国邦人等輸送派遣統合任務部隊」の派遣が8月末に報道された中、現行の自衛隊法第84条の3(在外邦人等の保護措置)と第84条の4(在外邦人等の輸送)の課題が浮き彫りにされた。

自衛隊法における在外邦人等の保護要件としての

◆ 一当該外国の領域の当該保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たつており、かつ、 戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為)が行われることがないと認められること

◆ 二自衛隊が当該保護措置を行うことについて、 当該外国の同意があること

◆ 三予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と第一号に規定する 当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれること

の規定が、日本政府が自衛隊を派遣して保護措置を行わなければならないと想定しうる現実の状況とあまりにもかけ離れている。国会において自衛隊法第84条の3並びに4を現実的な条文へ改正することが望まれる。

提言3.危機対応におけるスピードの改善と信頼の回復を!

2021年8月下旬における日本政府の対応に、日本国民は驚いた。日本政府による危機対応の検証と改善が求められている。

5月2日にヘルマンド州で米軍基地がガニ政権下のアフガン政府軍に引き渡され、米軍撤退が本格化すると、タリバーンは支配地域を急激に拡大した。6月以降はタリバーンと衝突したガニ政権下のアフガニスタン政府軍の兵士がイランやキルギスやタジキスタンへ国境を越えて逃げ出すニュースが世界で報道されるようになっていた。こうした現地の情勢を受けて、フランスやイギリス等は既に7月から現地スタッフとその家族の本格的な脱出を開始した。ガニ政権が倒れると、直ちに大使館機能を空港に移転させ、大使達はすぐにはアフガンから脱出しなかった。その一方、日本の岡田隆駐アフガニスタン大使はカブール陥落直後にアフガニスタンから脱出した。

日本政府機関の現地スタッフやその家族の脱出に出遅れた背景に、日本におけるアフガン脱出者のための受け入れ態勢がないことも挙げられよう。しかし、韓国では、そのような現地スタッフやその家族を「難民」ではなく短期ビザで受け入れ、就職が可能となる長期ビザへの切り替えの法整備を進めている。こうした対応に日本も取り組むべきである。

日本政府機関の現地スタッフとその家族等を救出できないままでは、日本への信頼を失い、今後、様々な国における現地スタッフの確保において、他国に遅れをとることになる。

パキスタン、カタール、UAE、トルコ等への日本外交によって、8月末に救出に失敗した現地スタッフとその家族、日本での留学経験者らを救出できることに期待したい。

提言4.「日米同盟での連携のあり方」の改善を!

「邦人や現地スタッフやその家族等約500人を輸送するためにC-2輸送機1機とC-130輸送機2機をカブールに派遣する」と日本政府が公表した際に、カブール空港付近の混乱を報道で目にした日本人の多くは、空港までどうやって辿り着けるのか、と政府の対応に驚いた。

もちろん、従来の難民受け入れ状況から考えれば、500人規模でアフガニスタン人を受け入れようとした菅義偉政権の「英断」は称えたい。しかし、平時の日本で成田や羽田に向かうのとはわけが違う。8月中旬の段階で米軍はアフガニスタンに残っていたアメリカ人に対して、空港付近には「潜在的な安全上の脅威」があるため、指示がない限り近づかないよう呼び掛けていた。そのような状況から、現地スタッフやその家族が空港へ辿り着くことは至難の業であることは明白であった。日本の自衛隊が唯一救出した共同通信記者は運良くカタールがチャーターしたバスで空港に辿り着いている。

軍輸送機3機を派遣し現地スタッフの脱出に成功した韓国のケースでは、空港への道をタリバーンの戦闘員が管理していたため、当初退避希望者が自力で空港に集合した後に空輸する予定であったものの、自力では空港まで辿り着けないと判断して直ちに作戦を変更し、韓国軍で構成する特殊任務部隊を緊急編成し、現地スタッフとその家族390人を脱出させた。タリバーンが「米軍と事前に指定したバスは空港に入れる」と米軍と合意していたことから、韓国政府は「アメリカを通じてバス6台を確保」し、空港へ向かったバスには米軍兵士を同乗させた。

この点は、アフガン情勢における課題だけではない。将来の可能性が決してゼロではない朝鮮半島や台湾における有事も想定しての改善が必要になる課題である。特に、常時4万数千人の邦人が推定される韓国においては、「数百人の輸送を想定したアフガン情勢」とは比べものにならない。日米同盟における協力は、第三国における救出オペレーションにおいても求めていくべきである。

アフガン政変を巡る邦人と現地スタッフの脱出を巡る「諸課題」について、日本は終わったこととして片付けてはならない。