公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

2020年9月27日に再燃し、11月10日に停戦合意が成立したアルメニアとアゼルバイジャンの間の「第2次ナゴルノ・カラバフ紛争」 [1]は、双方に多くの犠牲を出しながらも、結果的にはアゼルバイジャンの圧倒的な勝利に終わったと言って良い。だが、それはアゼルバイジャンの「完勝」とは言い難いものであり、真の勝者はロシアやトルコだと見るほうが適切だ。さらに、ロシアの「勝利」には様々な留保が必要である。

本稿では、第2次ナゴルノ・カラバフ紛争の現状での分析を提示しつつ [2]、その地政学的な意味を検討する。

第2次ナゴルノ・カラバフ紛争勃発の背景

「凍結された紛争」となっていたナゴルノ・カラバフ紛争の和平は、OSCEミンスクグループ(共同議長は米仏露)が担ってきたが、同グループの提案は全て受け入れられず、2007年に「マドリード原則」という和平の原則を提示して以来、同グループは実質的な和平活動は行ってこなかった。他方、ナゴルノ・カラバフ周辺では頻繁に小競り合いが起き、毎年多くの軍人、民間人が死傷した。そのような中、2016年4月にはいわゆる「4日間紛争」というかなり大きな衝突が起き、アゼルバイジャンが若干の土地を奪還した。そして、このような動きに対し、国際社会の反応はほとんどなかった。このことは、2020年の紛争再燃に影響を与えたと思われる。

そして、2020年7月には、石油・ガスパイプラインや鉄道敷設地とも近いアゼルバイジャン北西部のトブズ周辺の国境地帯で軍事衝突が起きた。そして、その後、アゼルバイジャンの飛地であるナヒチェヴァンで、アゼルバイジャンとトルコの合同軍事演習も行われ、アルメニアとの緊張はさらに高まった。

こうして、2020年9月27日に再燃したのが第2次ナゴルノ・カラバフ紛争である。アゼルバイジャン、アルメニア双方が相手国による先制攻撃を主張しているが、アゼルバイジャン側が入念に戦闘を準備し、攻撃を仕掛けたという説が有力である。

この時期に紛争が再燃した理由としては、以下の6点があげられる。

第一に、停戦期間にアゼルバイジャンは石油・天然ガスからの収入などもあり、国力を高め、国際的なプレゼンスも高めていた。加えて、潤沢な軍事予算で最新鋭の兵器を備え、トルコやパキスタンでの特殊部隊の訓練に代表されるように、軍人の訓練にも力を入れた。さらにNATOの戦術の研究も綿密に行い、総合的な軍事力を高めていた。

第二に、アゼルバイジャンが、アルメニアのニコル・パシニャン首相に対する鬱積を募らせていたということがある。ナゴルノ・カラバフ出身の大統領による統治が20年間続いた後に、2018年の政変で首相 [3]に就任したパシニャンはナゴルノ・カラバフとは縁がないため、同問題で穏健な姿勢を取ることが期待されていたが、パシニャンは挑発的な言動、行動でアゼルバイジャン人を刺激していた。

第三に、トルコのアゼルバイジャンに対する全面的支援があった。前述の合同軍事演習の他、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、紛争再発直前に国連の一般討論演説でアルメニアが地域の長期的な平和と安定の最大の障害となっていると批判していた。また、軍事支援も約束していた可能性が高い。

第四に、ロシアの動静である。従来、ロシアとアルメニアの関係は緊密で、アルメニアはロシアが主導する軍事同盟・集団安全保障条約機構(CSTO)のメンバー国でもあるため、本来であれば、ロシアは有事にアルメニア側での参戦義務があるのだが、第二次ナゴルノ・カラバフでは中立を維持した。この理由としては、ロシアのウラジミル・プーチン大統領がパシニャン首相に不信感を持っていたこと [4]、ロシアがアルメニアのみならず、アゼルバイジャンにも武器を供与している [5]という事実、またアゼルバイジャンの地政学的重要性が以前よりずっと高まっていることから、アゼルバイジャンがロシアはアルメニア側で参戦しないと考えた節がある。加えて、近年、ロシアの旧ソ連における求心力が相対的には低下しつつあったことも重要な背景であろう。

第五に、国民の不満を「外、つまりアルメニアに振り向け」、権威主義国家としての安定を維持する必要があったことが考えられる。特に、2020年は、新型コロナウイルス問題による社会不安があっただけでなく、同じく旧ソ連諸国の権威主義国家・ベラルーシでの長期化していた抗議行動の影響を受ける可能性もあった。

第六に、世界がコロナ禍で自国の対応に追われ、さらに米国は大統領選挙で外交が手薄になっていた状況は、戦闘や領土奪還を妨害されにくいという判断を導いた可能性がある。

これらの諸要素が複合的に重なったことが、紛争再燃を導いたと考えられる。

第2次ナゴルノ・カラバフ紛争勃発の特徴:第1次との相違

第2次ナゴルノ・カラバフ紛争は、第1次紛争とは様々な点で異なり、そしてその相違点こそが第2次紛争の特徴となった。

まず、地域大国の関わり方である。

第1次紛争の際には、ロシアがアルメニア側を支援し、イランも補給などでアルメニアを支えていたが、トルコはアゼルバイジャンを政治的も支援しただけだった。

だが、第2次紛争では、 ロシアが中立的立場を堅持し、アルメニア領が攻撃されない限りは集団安全保障条約に基づく参戦もしないという立場を貫き、アゼルバイジャン系住民が多いイランも紛争の影響を恐れ、アルメニアに占領地からの撤退を要求するなどアゼルバイジャンを支持した [6]。そして、トルコが軍事的・政治的にアゼルバイジャンを全面的に支援したということがある。

次に、戦闘が「現代戦」に様相を変え、軍用無人機(UAV)、サイバー戦、情報戦が大きな役割を果たすようになっていたことである。特に、イスラエルやトルコから購入した最新式UAVを活用してアルメニアの防空システムを破壊し、さらにUAVの脅威となる短距離地対空ミサイルや対空砲陣地、地上部隊の脅威となる戦車などを排除した上で地上部隊や特殊部隊が進撃した戦法は極めて大きな成果を出した。

第2次ナゴルノ・カラバフ紛争の停戦と結果

ロシアによる2回、および米国による1回の人道的停戦がほぼ瞬時に破られ、戦闘は泥沼化の様相を呈したが、11月10日にロシアの仲介により、突然の完全停戦を迎えた。この背景には、要衝のシュシャ陥落、また9日のアゼルバイジャンによるロシアの軍用ヘリコプター誤射事件が停戦受諾の取引材料にされたことがあると考えられている。

この停戦合意 [7]により、アルメニアはそれまで占拠していた緩衝地帯の全てと今回の戦闘でアゼルバイジャンが確保したナゴルノ・カラバフの約4割相当の領土をアゼルバイジャンに返還し、残ったナゴルノ・カラバフ領にロシアの平和維持部隊が展開することとなった。なお、平和維持センターが設置され、それはロシアとトルコが共同運営する。また、アルメニア側がアルメニア本土とナゴルノ・カラバフの州都ステパナケルトを結ぶ輸送を、アゼルバイジャン領を経由して獲得するのと引き換えに、アゼルバイジャンはアルメニア領を通過する形で、アゼルバイジャン本土と飛地のナヒチェヴァンを結ぶ輸送路(ロシア連邦保安庁[FSB]が平和維持を行う)を獲得できることになった。後者については、ソ連時代に大きな役割を果たしていた鉄道の復活も計画されており、トルコがアゼルバイジャン本土のみならず、カスピ海を経由して陸路で中央アジアにまでつながることを意味する。

なお、この提案の骨子は「ラブロフ・プラン」として、約3年前からロシアが非公式に提案していたとされているが、アゼルバイジャン側がロシアの平和維持舞台の展開に断固拒否する姿勢をとっていたという [8]

本紛争の結果の地政学的意味

本紛争は、戦闘で勝利したアゼルバイジャンはもとより、アゼルバイジャンを支援したトルコ、そして中立を維持しつつも停戦合意で大きなプレゼンスを勝ち取ったロシアの勝利で終結したと言えるが、戦勝国にとって、本紛争の結果については地政学的意味が極めて大きいことを指摘したい [9]

まず、アルメニアに勝利したアゼルバイジャンの特に旧ソ連内での立ち位置は極めて改善したと言える。特に、中央アジア諸国が近隣国であり、イスラームを信仰するアゼルバイジャンへの敬意を強めたことは強調すべきだろう。2021年に入ってから、アゼルバイジャンと中央アジア諸国との間の関係深化が顕著に見られる。例えば、カザフスタンは、アゼルバイジャン経由でトルコや欧州への輸出を促進するために、アカウ港の港湾機能の拡大を大幅に目指す計画を発表した。そして最も象徴的な事例が、アゼルバイジャンとトルクメニスタンが合同で油田探査をすることで合意をしたことだ。両国は、アゼルバイジャンが「ケペズ」、トルクメニスタンが「セルダール」と呼ぶ石油鉱床を巡り、長年係争していたが、テュルク語系で友情の意味を持つ「ドストルク」という共通の名前に置き換え、同鉱床の開発で協力していくことになったのである。これは、アゼルバイジャンと中央アジアの間の懸念材料の解消を意味する。さらに、アフガニスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンは、「ラピスラズリ回廊」として知られるトルクメニスタンとアゼルバイジャンを経由してアフガニスタンとトルコを結ぶ地域を開発することも合意された。このように、アゼルバイジャンは、今回の勝利で地域の発展の中心的立場を獲得したのである。だが、このアゼルバイジャンの影響力拡大の動きを警戒しているのがロシアとイランである。両国は、アゼルバイジャンと中央アジアが両国を迂回するような形で通商関係、政治関係を深めることを歓迎しておらず、ナゴルノ・カラバフ紛争進行中の10月に両国がカスピ海で軍事演習を行ったことも、アゼルバイジャンと中央アジアの関係強化に対する牽制とも見られている [10]

トルコの地政学的勝利は誰もが認めるところであろう。トルコが全面的にバックアップしたアゼルバイジャンの勝利はトルコの影響力の強さを示すことになった。まず、前述のようにアゼルバイジャン本土・ナヒチェヴァンを結ぶ回廊が生まれたことは、トルコがアゼルバイジャンはもとより、カスピ海経由で中央アジアに影響力を及ぼしやすくなったことを意味する。また、トルコ製のUAVの威力は世界から注目されることとなり、ウクライナなどがトルコとの軍事協力関係を強化したり、トルコ製UAVを大量購入したりするようになった。そして、ナゴルノ・カラバフ紛争は、中東の代理戦争的な意味合いも持ち、中東諸国の参戦を予測する見解すらあったが [11]、その戦いを制したことで、トルコは中東でのポジションも強化できたと言って良い。なお、イランは、公的にはアゼルバイジャン を支援していたが、アゼルバイジャンが関係が緊張しているイスラエルとトルコの支援を受けていたことから、国内で敗北したという認識が広がった。

ロシアは本紛争の真の勝利国とみなされがちだ。間違いなく多くの利得を得たロシアだが、実はかなりの損益を被ったと言う議論も少なくなく、プラスとマイナス両方の影響があったといえる [12]

まず、プラスの側面であるが、集団安全保障条約機構(CSTO)のメンバー国でもなく、国内法で外国軍の駐留を禁じているアゼルバイジャン領内に平和維持軍という形で駐留軍を配備できることになったことの意義は大きく、対立関係にあるジョージアを南から睨むこともできるようになった。同時にそのことは、旧ソ連の未承認国家で唯一影響力を及ぼせていなかったナゴルノ・カラバフも影響下に置くことができるようになったことも意味する。また、トルコの全面介入を防ぐことができただけでなく、平和維持軍の存在で、今後、南コーカサスのみならず、旧ソ連のテュルク語系民族の国々に対し、影響力を伸張しそうなトルコに対する牽制もできることもプラスと言えよう。また、旧ソ連で相次いでいた混乱により、ロシアの求心力低下が指摘されていた [13]中で停戦合意を導いたことは、ロシアの影響力を世界に誇示する良い機会となった。さらに、OSCEミンスク・グループ共同議長国だった米仏(そして、それはほぼ欧米及びNATOと同義だといえる)は面目を失い、コーカサスにおけるプレゼンスを完全に喪失した。また、そのことで、旧ソ連はロシアの影響圏だということを世界に再認識させることができた。そして、また、ナヒチェヴァン・アゼルバイジャン間の回廊と共に、鉄道が復活できれば、トルコ経由で中東への大規模輸出も可能となり、最大の受益者になりうる可能性 [14]があることも指摘されている。

他方、ロシアにとってのマイナスも少なくなかった。まず、中立を維持したことで、CSTOの意義を疑わせた。また、中立維持はアルメニアに対する裏切りであり、ロシアはアルメニアを失った、という批判もある。そして、今回の紛争でアルメニアの防空システムが完全に破られ、ロシア兵器の弱さも露呈されてしまったが、それもアルメニアを支援していたら防げたかもしれなかった。加えてさらに、ロシアが仲介した停戦が2度破られた事実はロシアの影響力に疑問が持たれただけでなく、最終的な停戦も、ヘリコプター誤射事件という偶然がなければ、生まれなかったかもしれないという声が聞かれる。加えて、停戦で生まれた現実は、汎トルコ主義の拡散やイスラーム勢力の拡大を招きかねず、そうなれば、ロシアの国際的なポジションに悪影響が出るだけでなく、ロシア国内のイスラム急進主義を刺激する可能性があるとして、「ロシアの戦略的敗北」だったという評価も出た。また、ロシアの勝利と位置付けられている平和維持軍の展開も、多額の費用がかかるにもかかわらず、それだけのコストをかけて、南コーカサスに軍事展開をする意義はないという主張もある。最後に、敵対するウクライナが、アゼルバイジャン方式による領土奪還に関心を持ち、トルコと軍事協力体制を強化していることはロシアにとって懸念材料だろう。黒海の勢力地図がロシアにとって不利になる可能性が高い。

結びにかえて

以上、述べてきたように、本戦争の結論は容易には分析できず、今後の課題も多い。

まず、戦争で取られた領土を戦争で取り返すという、非現代的な結果が事実上、容認されてしまったことは懸念されるべきである。コロナ禍の混乱もあったであろうが、国際社会は停戦を歓迎するのみで、武力による奪還については黙認したのが実情だ。もちろん、今回の戦闘再燃の背景には、凍結された紛争を長年放置した国際社会の責任もあり、国際法的にはアゼルバイジャン領だった地をアゼルバイジャンが自力で取り戻したという事実に批判をしづらいのも事実だろう。とはいえ、「戦争による領土の奪還」という方法が、現代における新たな現実にならないよう、国際社会がしっかり認識をする必要がある。

さらに、アゼルバイジャンがとった手法から、「現代戦」の性格、意味が浮き彫りとなった。このような戦闘方法は、今後、ますます世界を脅かすと考えられ、国際的な対策・準備が求められるだろう。

そして、本戦闘の結果、地政学的な勢力地図に大きな影響が出る可能性があることは間違いない。トルコの影響力拡大と欧米の影響力低下は間違いない趨勢であると思われるが、ロシアの影響力がどのようになるのか、また、ロシア・トルコの関係がどのように展開してゆくのかは、極めて重要な論点であり、今後、注目する必要がある。

最後に、多くの残された問題があることを国際社会は認識すべきだろう。

第一に、戦後復興の問題がある。特に、戦闘で破壊された建造物や文化財の復興・保存の問題、地雷除去、アルメニア人によって焼き払われた住居や森林などの再生などが必要だ。地雷の問題は特に深刻で、すでに多くの死傷者が出ており、復興の大きな障害となっている。

第二に、双方の難民・避難民の問題がある。復興が難航する中、避難・帰還ともに多くの困難が生じることは間違いない。

第三に、多くの死傷者、負傷者、行方不明者とその遺族・家族への補償やケアなど、人道的側面での対応の必要がある。

第四に、ナゴルノ・カラバフの地位問題が先送りされ、紛争の火種が残ったことである。このことは、再び戦争が勃発する可能性が残されたことを意味する。OSCEミンスク・グループがもはや仲介者としての役割を果たすことが難しくなり、ロシアが当地の平和維持を担っている現状では、和平の鍵を握るのはロシアに他ならない。だが、ロシアは凍結された紛争の「凍結」を望んでおり、早期の解決は考えづらい。そのため、国際社会、地域大国などがコミットする形で双方が納得できる合意点を見出し、問題の完全解決を成し遂げる必要があろう。

このように、完全停戦を迎えたナゴルノ・カラバフ問題は、いまだに多くの問題を孕んでおり、現状では全ての関係主体が受け入れられる状況になっていないことが明らかになった。

日本政府は、2月16日、我が国政府は、アゼルバイジャンとアルメニアとの軍事衝突に起因する人道危機に対する支援として、480万ドル(5億2,800万円)の緊急無償資金協力を実施することを決定した [15]。本支援は、アゼルバイジャン、アルメニアはもとより、当地の平和維持を担当しているロシアにも大いに歓迎された。本紛争に関し、積み残された課題は多いが、完全な解決が早期に達成されるよう日本も本地域の諸問題にコミットメントを深め、地政学的な変動期に存在感を強めてゆくべきだろう。