2021年2月3日、米露両政府は新START(新戦略兵器削減条約)を5年間延長することで合意した。2010年4月10日に調印(2011年2月5日の発効)された同条約は、7年間で両国が保持する配備戦略核弾頭数を1550発以下、運搬手段(ICBM、SLBM、戦略爆撃機)の総数を800以下(そのうち配備数は700以下)まで削減することを規定した。有効期限は10年間とされたが、条約第14項の規定に基づき最長で5年間の延長が可能であり、まさに期限切れ直前の延長合意となった。
そもそも新START延長の意義はどこにあるのか。2018年2月5日の時点で米露は既に削減目標に到達しており、両国の履行が不十分であったわけではない。もちろん新STARTが失効することとなれば、1970年代から続く戦略核兵器の制限・削減を主眼とする軍備管理体制の終焉を意味し、延長が決定されたことによって規定の戦略核兵器は引き続き査察対象となる。だが核を巡る国際安全保障環境が現在不安定化しているとすれば、その主たる要因は新STARTが削減対象としている戦略核兵器ではなく、むしろ同条約によって規定されていない非戦略兵器や通常型戦略兵器、さらには増加傾向を見せる中国の戦略・戦域兵器であろう。つまり新STARTが延長されたところで現在の安全保障環境が安定化に向かう保証はない。このことはブリンケン米国務長官の発言にも顕著に現れている。ブリンケンは条約延長を受けて、21世紀における安全保障の課題に対処するための始まりに過ぎないと指摘し、与えられた延長期間で、米露が所持する全ての核兵器、及び中国も包含する軍備管理を追求すると述べた。同様にロシア政府も新START延長の批准法案に将来の軍備管理に多国間の性格を持たせる文書を添付した。今後は、新STARTによって規定されてこなかったカテゴリーの兵器や第三国を含めた、より包括的かつ多国間な軍備管理体制を構築できるかどうかが最大の焦点となる。今回の新START延長に意義を見出すとすれば、新しい軍備管理体制の構築を目指す必要性について米露が合意を示したことではないか。
もっともこの議論は決して新しいものではない。新START調印以降、米露両政府の高官や一部の専門家は、ある特定のカテゴリーに属する核兵器を量的に均衡させることに特化し、米露の二国間に限定された、いわば冷戦型の軍備管理体制を継続させることの意義を疑問視してきた。今回、米露間で既存の軍備管理体制の問題点を改めて共有できたことは評価できるものの、設けられた5年という延長期間内で、中国を含む新しい核軍備管理体制の枠組みを構築することは非現実的と言わざるを得ない。中国は、長距離を射程とする戦略兵器では米露に遅れを取っているものの、地上配備型の中距離兵器では、INF(中距離核戦力全廃)条約によって保持が禁止されていた米露を圧倒している。そのような中国の戦力構成を考慮すると、米露が主導する軍備管理体制に加わるとは思えない。この5年間で新STARTのみならず軍備管理体制そのものが終焉する可能性さえもあるもあるのではないか。
軍備管理体制の行方は日本に無関係な話しではない。繰り返しになるが、現在新たな軍備管理体制の構築が模索されており、その主眼は中国の中距離ミサイルを包含させることであるが、その道のりは厳しい。その間、日本を取り巻くアジア・太平洋地域における軍拡は確実に進むであろう。INF条約による足枷が外れた現在、アメリカは同地域に地上配備型ミサイルの配備をし、中国に対抗する構えを見せている。当然、在日米軍基地も配備候補地となり、今後日米協議の対象となるであろう。日米の連携はもちろんだが、それと同時に日本は当事者意識を持って軍備管理の行方を注視し、国連やジュネーヴ軍縮会議などの場で、新たな軍備管理体制の構築の重要性を米露中に訴えるべきである。