公益財団法人日本国際フォーラム

8月15日、タリバンの攻勢に直面したアフガニスタンのガニ大統領は首都カブールを脱出し、隣国タジキスタンに逃れた。これにより、既に国土の広い範囲を掌握していたタリバンは首都をも制圧したことになり、アフガニスタン政府は時事上、崩壊した。

本稿では、このような事態に対してロシアがどのような反応を示しているのかを中心に扱う。左の図に示すように、アフガニスタンは旧ソ連の中央アジア部(タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)と国境を接している。したがって、中央アジアを自国の勢力圏と認識するロシアは、アフガニスタン情勢に強い関心を有してきた。

実際、1999-2000年にはアフガニスタンを策源地とするウズベキスタン・イスラム運動(IMU)がフェルガーナ盆地(地図中の白く囲った部分)に侵入し、一時的に領域支配を行うという事例も生じている。後述するように、タリバン自身はロシアの勢力圏を侵犯する意図を強く持っているわけではないとしても、タリバンによる統治がアフガニスタンを不安定化させ、結果的に安全保障上の脅威となる可能性はロシア側でも強く懸念されている。

仮にアフガニスタンを策源地とするイスラム過激派勢力が旧ソ連へと浸透し、武装闘争に訴えた場合、旧ソ連諸国の対応能力には大きな差がある。以下の表に示すように、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンが比較的大規模な軍事力を保有し、訓練・装備が相対的に優良であるのに対して、キルギスタンとタジキスタンの常備兵力は1万人内外であり、訓練・装備のレベルは高いとは言えない。特にタジキスタンはアフガニスタンと最も長い国境を接する国でありながら中アジアで最小の陸上兵力しか有しておらず、その対処能力は極めて限られると想定せねばならない。

実際、集団安全保障条約機構(CSTO)のタジキスタン代表であるハッサン・スルタノフは、この点を率直に認めた上で、CSTOによる安全保障協力に期待するとの意向を7月初旬の時点で表明していた [1]。タジキスタンはこの直前、2万人の予備役動員を発表していたが、これによっても同国が単独でアフガニスタン発の脅威を封じ込めることはできないという認識は明らかであろう。そもそも、タジキスタンがアフガニスタンに侵攻してタリバン政権を崩壊させるだけの攻勢能力を有しない以上、不安定なアフガニスタンと向き合うのは長期的な課題とならざるを得ず、動員のような短期的措置で解決する問題ではない。

また、タジキスタンについてはアフガニスタンとの人的つながりが非常に濃厚であり、軍や治安機関内にイスラム過激派のシンパが少なからず居るとされるのも問題である。2015年には内務省治安部隊(OMON)の司令官が失踪し、ISに寝返るという事態まで発生しており、根本的な価値観やガバナンスのレベルでタジキスタンはタリバンその他のイスラム過激主義に対抗しうる勢力ではない。

したがって、実際に軍事的対応の中核を担うのは中央アジアに展開しているロシア軍とCSTOの枠内で設置された各種合同部隊ということになろう。これをまとめたのが以下である。

●ロシア軍
  →第201ロシア軍事拠点(201RVB:タジキスタン駐留。概ね師団規模)
  →第999航空基地(キルギスのカント飛行場駐留。平時は攻撃機1個飛行隊程度)

●集団安全保障条約機構(CSTO)
  →合同即応部隊(KSOR:ロシア、カザフスタン主体。兵力1万7000-2万2000人)
  →合同迅速展開部隊(KSBR:5000人程度)
  →合同平和維持部隊(KSM)

一方、ウズベキスタンは2012年にCSTOを脱退しており、上記の合同部隊に兵力を供出していないことはもちろん、ロシア等との合同軍事演習もほとんど行っていない。独立依頼、永世中立を掲げるトルクメニスタンも同じである。

しかし、今年8月には、ロシアとウズベキスタンの二国間フォーマット及びここにタジキスタンを加えた三角フォーマットで大規模な軍事演習が実施されている。既に述べた通り、ウズベキスタンがCSTO加盟諸国と大規模合同演習を行うこと自体が比較的珍しく(小規模な合同演習は実施されている)、アフガニスタン情勢の悪化を受けたものであることは明白であろう。一連の演習がアフガニスタン国境付近(タジキスタン及びウズベキスタン領内)で実施されたこと、その目的が「過激主義テログループの殲滅」などとされていたことも、このような見方を裏付けよう。

ただ、ロシアも中央アジア諸国も、アフガニスタンへの介入を行うことは繰り返し否定しており、実際問題としてもこのようなオプションが検討されている兆候は見られない。動員しうる兵力、その投射能力、財政基盤といった各種制約に加え、ソ連によるアフガニスタン介入の記憶は極めて否定的な形で旧ソ連諸国の社会に定着しているためである。

一方、タリバン側も、中央アジア方面に対しては干渉しないとの姿勢を示している。米軍を撤退させ、ガニ政権を打倒した今、合理的なのは隣接大国である中露との友好関係を保ち、できれば国家承認を取り付けることであろう。

ロシアとの関係について言えば、今年7月にはタリバン代表団がモスクワを訪問し、ロシア外務省との協議に臨んでいる。報道によると、タリバン側はこの際、中央アジアの国境を侵犯しないこと、外国在アフガニスタン公館の活動を妨害しないことを約束したとされる [2]。このような合意が実際に履行されるのであれば、ロシアとタリバンの間で一種の相互不可侵協定が成立しつつあると見ることもできなくはない。

ただ、タリバンがアフガニスタンの支配権を握ったことはもはや既成事実であるとして、彼らがその国土を管理できるかどうか(あるいはそのような管理を及ぼすことにそもそも関心があるのかどうか)は全く別の問題である。タリバンの支配下においてアフガニスタンが失敗国家としての様相をさらに強めることはおそらく確実であり、国境管理は機能不全に陥る可能性が高い。アフガニスタンには「イスラム国(IS)」ホラサーン州やパキスタン・タリバンといった過激主義勢力が流入し、策源地化するならば、状況は1990年代に類似する。また、これらの勢力はタリバンとロシアによる相互不可侵協定を意に介さないであろうから、旧ソ連の対アフガニスタン国境地帯は今後とも不安定であり続けよう。

このように考えてみると、ロシアや中央アジア諸国による軍事的な対応は、タリバン政権そのものというより、タリバニスタン化したアフガニスタンが引き寄せるであろう諸々の事態を睨んだものと考えられる。