公益財団法人日本国際フォーラム

アフガニスタン情勢の急展開とターリバーンの政権獲得については、これがアメリカ軍の撤退を主要因として起きたことから、日本ではアメリカの視線を通した解説が多い。アフガニスタンそのものについては、ターリバーンを正当化する言説や、もう域外国は関与せず放っておけばよいという無責任な主張も少なくない。筆者は、アフガニスタンに隣接する中央アジアを研究する立場から、アフガニスタンとその周辺諸国によりきめ細かい対応をする必要があると考え、以下の提言を行う。

1. アフガニスタン社会の多様性・多民族性に注目を

アフガニスタンは部族社会であり、現地の慣習に基づくターリバーンの統治はこの国に合っているのだという言説が日本では目立つが、現実はもっと複雑だろう。勢力再拡大の過程に関するわずかな情報を突き合わせると、ターリバーンが各地の有力者や前政権の官僚と交渉し、場合により金銭も提供しながら武装解除と服従を求めたこと、若年層への仕事の提供など経済問題にも対処したことが浮かび上がってくる。つまり、長い戦争で疲弊した人々に抵抗をあきらめさせる勢いがあったことに加え、9.11事件前の旧ターリバーン政権の時代と比べ、より洗練された交渉力と問題対応能力を持っていることが分かる。

しかし当然ながら、アフガニスタンには女性の権利や文化的・宗教的な自由などを求める多様な価値観の人々がおり、部族社会だからターリバーンに任せておけばよいと言って抑圧を座視してはならない。特に留意しなければならないのは、ターリバーンに適合した部族社会の人々として念頭に置かれるパシュトゥーン人はアフガニスタンの人口の4割程度であり、残りはタジク人、ハザラ人、ウズベク人など多様な民族から成っていて、その中にはターリバーンが敵視するシーア派(十二イマーム派およびイスマーイール派)や非イスラーム教徒もいるという事実である。

タジク人の一部はターリバーンへの抵抗を続けているし、他の人々は当面黙従しているとしても、ターリバーンが多民族・多文化社会を公正かつ安定的に統治できる保証はない。カーブル攻略直後の時期には、ターリバーンはパンジシール渓谷のタジク人と関係の深いアブドゥッラー元行政長官(首相)らを取り込んだ調整会議を作り、包括的な政府を形成すると言っていたが、その後はこの方針を実現する方向に向かっておらず、9月7日に発表された暫定政府の顔触れは、パシュトゥーン人のターリバーン男性幹部に占められている。今後、多様な人々の権利が侵害されない政治が行われるのか、国際社会は最大限に注視していかなければならない。

2. アフガニスタンを「見捨てない」責任の自覚を

アメリカをはじめとする米欧諸国はこれまで、中東や中米などの各地に軍事介入して、現地の紛争や社会問題を深刻化させたり、問題を解決しないまま手を引いたりしてきた。アフガニスタンでも、粗暴な軍事介入と、無謀で尊大な国家建設「指導」の末、アメリカは多数の協力者を見捨てて撤退した。米欧や日本では、9.11事件以来20年という時間が意識されているが、1979年に始まったソ連軍侵攻とそれへの抵抗に対する米欧・アラブ諸国の肩入れ、そしてこの戦いの後遺症としてパキスタンなどが関与して続いた内戦を含めれば、実に40年以上にわたり、アフガニスタンは外国が関わる戦争に翻弄されてきたのである。

世界の少なからぬ国の人々が持つ屈辱感や被害者意識、そして見捨てられたという感覚が、反米欧感情の源となり、中国やロシアに付け入る隙を与えているということの重大性を、米欧諸国は真剣に受け止めなければならない。また、ターリバーンの政権復帰が9.11事件のような米欧での大規模なテロに直結するわけではないとはいえ、アフガニスタンの不安定化がグローバル・ジハード組織の再興につながる可能性は排除できないのであり、軍事介入以外の手段でアフガニスタンの安定を図る方法を国際社会は考える必要がある。

日本は軍事介入に直接は参加しなかったが、アメリカなど有志連合軍の艦船に洋上給油するために自衛隊をインド洋に派遣し、米欧と連携してアフガニスタンの治安、インフラ、教育、医療、農村開発などに関わる支援をしてきたという意味では、紛れもない当事国である。JICAスタッフをはじめとする日本の協力者を自衛隊機で国外退避させられなかったことは痛恨の失敗であり、一刻も早く彼ら・彼女らが退避するか安全な生活に戻ることができるよう全力を注ぎ、日本への移住や一時滞在も積極的に受け入れなければならない。また、アフガニスタン全体を見捨てないことが国際社会の共同責任であるという認識を米欧と共有し、平和と復興のために手を尽くしていかなければならない。

3. ターリバーン政権の性急な承認を避けつつ現実的な交渉・対処を

ガニー政権の崩壊は同政権とアメリカの責任によるところが大きいとは言え、ターリバーン政権が武力の行使と従来の憲法体制の破壊によって成立したことは明らかであり、しかも国民全体を代表し人権を守る政府が確立する見通しが立たない以上、少なくとも当面はターリバーン政権を承認すべきではない。しかし当分の間実権を握り続けるとすれば、同政権を無視することも到底できない。対話・交渉の相手として認識し、人権やガバナンスなど多くの問題について要求・助言できるようにしなければならない。

特に喫緊の課題としては、食料・医療などの人道危機への対処がある。さまざまな紛争地域の経験に基づき、諸外国による政府承認を伴わずに国際機関が活動できるよう、国際的な枠組みを早急に作る必要がある。

旧ターリバーン政権時代のように、北部に強力な軍閥が存在し、諸外国の援助を受けるという状態はもはやなく、ターリバーンの優勢は簡単には揺るがないと思われるが、それでも抵抗運動は各地で続くだろう。日本を含む国際社会としては、抵抗勢力の大義に耳を傾けると同時に、大規模な内戦の再発を防ぐという微妙なバランスを取らなければならない。アメリカなどがアフガン政府軍に供与した大量の武器がターリバーンの手に渡っている以上、状況が混乱してターリバーンの武器管理が甘くなると、武器がさまざまな過激派組織に拡散し、周辺諸国や米欧などに脅威を与える可能性がある。

また、ターリバーン自身はもっぱらアフガニスタン国内の問題に関心がある組織だが、経済的な苦境や諸大国との対立で窮地に陥れば、外部の過激派スポンサーらの資金に頼る可能性もある。そうなれば、かつて対米ジハードを準備するビン・ラーディンをかくまったのと同様、国際テロ組織との関係を深め、近年退潮傾向にある国際テロ活動の息を吹き返らせることにつながる危険も排除できない。そのようなことにならないようにするためにも、ターリバーン政権への支持は避けつつ状況を制御できるよう、国際社会と同政権とのパイプを築く必要がある。

4. 周辺国の多様なニーズ・関心への対応を

ターリバーンの政権再獲得は基本的にはアフガニスタンの国内問題であり、パキスタン(および限定的な意味で中国の新疆と、タジキスタン)を除けば周辺国で過激派が勢力拡大できる基盤も乏しいので、周辺国の状況を直ちに激変させるわけではない。しかしそれでも、周辺国に困難な課題を突きつける事態となっていることは確かである。そして、周辺国の課題・利害・関心はそれぞれ異なる。

パキスタンとインドがアフガニスタンについて相対立する利害を持っていることはよく知られている通りである。中央アジア諸国も、互いに対立しているわけではないが、それぞれ異なる関心や懸念を持っている。タジキスタン政府は、アフガニスタンのタジク人の境遇に重大な関心を持ち、ターリバーンによるパシュトゥーン人ヘゲモニーを嫌うと同時に、ラフモン政権に反発してアフガニスタンに逃れ、「イスラーム国ホラーサーン州」に加わったり独自の武装組織を作ったりした人々の動きを警戒している。ウズベキスタンは、国境を厳重に管理して混乱の越境を防ぐことに力を注いできた一方、電力供給などでアフガニスタンへの経済的関与を深め、今後は鉄道建設も進める計画を持っており、ターリバーンとも対話を続けてきた。トルクメニスタンも、天然ガスをアフガニスタン経由でパキスタンとインドに輸出する計画を軸として、経済交流に関心を持っている。

他方、アフガニスタンと国境を接しないクルグズスタン(キルギス)は、経済交流の可能性やアフガニスタンのクルグズ人の境遇に一定の関心は持ちつつも、さほど深い関与はしていない。カザフスタンはいっそうアフガニスタンと距離を置いている。しかしこの2カ国を含め、中央アジア諸国は共通して、麻薬流入の取り締まりという課題を持っている。

これまでアメリカはしばしば、こうした国ごとの利害の違いを軽視して、中央アジア諸国をアフガニスタン復興に引き込み、さらにはロシアの影響力を減らすために、中央アジアと南アジアの関係を強化させようとしてきたが、成功したとは言い難い。今後、日本を含む域外国は、国ごとの違いを十分に把握したうえで、中央アジア諸国の国境管理や麻薬取締り、およびアフガニスタン情勢が許す範囲での経済案件への協力などを行っていくべきだろう。それぞれについて、限られた規模ではあるが、日本には既に実績もある。

また、中央アジア諸国(特にタジキスタンとウズベキスタン)がアフガニスタンについて持っている独自の人脈や情報は、日本など域外国にとっても有益でありうる。

ヨーロッパを含む広域的な問題であるアフガニスタン難民については、中央アジア諸国はタジキスタンを若干の例外として受け入れに消極的であり、受け入れるよう外部から圧力をかけるのは適切でないが、受け入れた場合には国際社会が援助して然るべきだろう。これは、既に多くの難民が流入しているパキスタンとイランについてはより明確に言えることである。

長期的に見れば、アフガニスタンの混乱は、イランの国際的孤立と並んで、中央アジアからインド洋への出口をふさぎ、海を通しての世界との交流を妨げてきた。容易には実現しないだろうが、今後もし、アフガニスタンとイランが中国やロシアの主導で復興し、ユーラシア中央部からインド洋北西部にかけての地域で中露の勢力が強まれば、インド太平洋構想や米欧中心の国際秩序にさらに打撃を与えることになるだろう。そうした事態を防ぐためにも、米欧と日本は、これまでの失敗への反省を活かして、アフガニスタンや中央アジアに対し、尊大さや無謀さによる反感を生まず、現地の人々の利益を尊重した関与をしていく必要がある。