公益財団法人日本国際フォーラム

1.米国のアフガニスタン政策

米軍が撤退した後の米国の対アフガニスタン政策は、(1)アフガニスタンに残る米国人と米軍の活動や米企業に協力したアフガニスタン人の国外退避を早急に進める、(2)遠隔地からのアルカイダや「イスラム国ホラサン州」(ISK)などのテロ集団の活動封じ込め、(3)タリバン政権による女性の人権尊重、旧政権関係者への報復停止など穏健な統治の実現-の3点に集約される。中国やロシアのアフガニスタンへの影響力拡大の阻止という地政学的な目的は放棄されており、米国の対ユーラシア外交の曲がり角であることを認識させる。

3点はいずれもタリバンへ働きかけることが必要であり、タリバンとの対立回避、あるいは連携を余儀なくされている。米国は2018年以降、アフガニスタンからの米軍撤退とその後の安定維持についてタリバンと交渉を重ね、20年2月には21年5月の米軍撤退で合意に至った。タリバンとの対立回避、連携はこうした交渉の積み上げを基にしたものだが、見通しは明るくなく、他の手段がない中、米政府は希望を託している状況だ。タリバンに影響力を持つカタールを通した働きかけも強めており、中国やロシアとの協調の可能性も残されている。

タリバンの政治部門の指導者であるアブドル・ガニ・バラダールは米国が交渉相手として指名したことで18年にパキスタンで拘束を解かれており、米国が期待を寄せる。カブール陥落後の8月23日にはビル・バーンズCIA長官がカブール入りし米人退避への協力など、上記3つの要望を伝えた。

米国がタリバンに対して持つテコは米国内で凍結されたアフガニスタン資産と、タリバン政権承認となる。アフガニスタン旧政権はニューヨーク連銀に70億ドルの政府口座、国際決済銀行に7億ドル、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権3億4000万ドル、世界銀行の途上国向け投資プログラム24億ドルなどの資産があるとされる。これらを米財務省は現在凍結し、個人資金の対アフガニスタン送金だけを認めている。

タリバン政権は国家運営のために、在米資産の運用を求めているが、米国は民主的な選挙によって樹立された政権を軍事力で倒した点や人権無視の統治を理由に正統な政権として承認しておらず、在米資産の運用を認めていない。政権承認をするためには、上記の3つの要望をある程度実現する必要がある。

しかしタリバンが米国の要望に応える公算は大きくない。9月7日に発足した新政権はポストをタリバンが独占し、米国が求めた各民族や女性をまじえた「包摂的な政権」ではない上に、米施設に大規模なテロを仕掛け国際テロ組織に指定されているハッカーニ・グループの幹部が内務相など枢要ポストに就いたことに米国は反発し、政権承認の見通しは立っていない。バラダールら融和派ではなく、全土掌握を強行した武闘派が主導権を握ることも判明し、武闘派が反米色を強めてさまざまなテロ組織の活動を許容する可能性も大きい。在米資産の運用ができないとなると、中国などの支援と国内経済で賄い、さらにケシ栽培などに頼っていくことになる。

米国内では撤退自体は正しい政策だが、撤退方法は拙速であり混乱を招いたとしてバイデン大統領や米軍、情報機関への批判が高まっており、バイデンの支持率は政権発足以来最も低い。バイデンはコロナ対策や景気回復など比較的評価が高い内政に専念し国民の支持を取り戻したい意向とみられる。しかし、来年の中間選挙、24年大統領選挙に向けて、共和党は今回の失態、特にカブール国際空港での輸送機に群がる群衆の映像などを繰り返し取り上げて、バイデンの大統領としての資質を問いだしている。

共和党はアフガニスタンに残る米国人や協力者がタリバンの「人質」として捉えられたと位置づけ、カーター大統領の再選失敗の主因となった1979年の在テヘラン大使館人質事件と同一視する選挙戦略を描く。これらの人々の出国が進まない場合は、バイデンはさらなる窮地に陥る。

タリバンは既に国家再建に必要との理由で、旧政権のテクノクラートや欧米系企業で就労経験のあるアフガニスタン人の出国停止を要求している。米国は「米史上最長の戦争」を終えたと解放感に浸り、アフガニスタンに対する米国人の関心が今後薄れていくのは確かだが、タリバンによる統治の失敗、テロ組織の跋扈、対米テロの発生、地域の不安定化などが予想され、簡単に「足抜け」できそうにない。

2.今後のアフガン情勢の見通し

タリバンが予想よりはるかに早く全土を掌握した背景には、旧政権の汚職・腐敗・治安の悪化に対する一般国民の反発があった。1996年の政権掌握の際もタリバンは「世直し」を掲げた。このため、タリバンへの相当な支持が、現在のアフガニスタンにはあるとみられる。ただ、90年代もそうだったが、「世直し」だけでは国家を治められない。

タリバンの求心力はイスラム法にのっとった社会の実現であり、アフガニスタンの保守的な国民もそれを求めてタリバンを受け入れた。このため、経済運営をはじめ統治が行き詰まれば、女性の進出などをさらに否定して、イスラム色を強めることで保守的な層に頼ると想定できる。そうなると、国際社会の承認は難しく、在米資産も手にできず、テロ組織とのつながりを深め、財政面でも麻薬栽培に依存する傾向を強める懸念がある。

統治がうまく行かなければ、タリバン内の対立、非タリバンのイスラム教過激組織、穏健派、パシュトゥン人(タリバン主流派)以外の各民族の不満が噴出し、内戦に逆戻りする公算も大きい。今回のタリバンの進撃よりはるかに激しい戦いになることも否定できない。

3.日本への政策提言

日本は2002年に復興支援国際会議を主催して以来、米国に次ぐ7500億円という巨額の復興支援を行ってきた。03年からは軍閥や旧国軍兵士の「武装・動員解除、元兵士の社会復帰」(DDR)計画を主導し06年まで実施、成果を上げた。理想はタリバンから「敵」とみなされていない日本が、人道・民生面でさまざまな支援を行い、さらには欧米との橋渡し役を務めていくことであろうが、政府対政府の支援は国家関係がない現状では難しい。そもそも日本政府がタリバン政権を承認していない状況では、人道・民生支援も小規模となる。女性の人権などが後退しているのだから、政権を承認すべきでもない。

またアフガニスタンは、エネルギーや、対米同盟、対欧州連携、対中国戦略、反テロ、非拡散などさまざまな面で日本の国益にとって死活的な重要度を持ってはいない。米国が撤退し「米国とのお付き合い」が不要となった以上、日本がリソースを割いてまで専念する理由を見いだせないのは確かだ。

米政府は日本政府に対して、米軍撤退が本格化した今年初夏依頼、周辺国にあふれ出ている難民支援への協力を求めている。米国は日本での難民受け入れは求めてはいない。パキスタン、イラン、中央アジア諸国、トルコなどに既に今回のタリバンの政権掌握を受けて、膨大な数のアフガニスタン人が難民として流出している。UNHCRや現地政府を通しのこれらの難民への支援は当然力を入れるべきだ。

長期的な支援を描く際に考慮にいれるべきは、タリバンが多くのアフガニスタン人から腐敗をただし、安定をもたらす勢力として受け入れられている点を見過ごすべきではない。欧米政府やメディア論調ではタリバンは「悪」として切り捨てられているが、そうした価値観とは違うイスラム主義への期待が現地にはあるという点を再確認することで、日本のアフガニスタン政策の幅は広がる。

今後中国、ロシアはタリバン支援を、米軍撤退の空白を埋めるという地政学的な動きとは別に、バイデンの描く「普遍的価値観外交」のさらなる失敗と位置づけている。日本は自由民主主主義国家としても米国と同じ立場をとるべきだが、だからと言って、この20年間の7500億円の支援やDDRの成果を無にすることは避けたい。中国やロシアの対アフガニスタン支援に埋没することなく、日本が米国より先んじて支援の再開に乗り出す策を考えるべきだろう。日本独自での活動のハードルが高ければ、パキスタンやイランとの共同プロジェクトが可能であろう。

米国はアフガニスタンの混乱はバイデン政権のさらなる打撃となるために、タリバン政権を安定・穏健化させる目的での何らかの方策を模索している。隘路に陥っている米国のアフガニスタン政策を補完する活動を日本が行える余地は今後広がってくる。

日本のアフガニスタンでの活動の模索は、より広いユーラシア深部への足掛かりを得ておくという狙いも持つべきだ。

欠けているのは、情報収集・分析能力である。情報収集と分析に必要なのは、語学をマスターし、現地に土地勘があり、人的なネットワークを持っている専門家の育成となる。ユーラシア大陸のいくつかの地政学、地経学的なホットスポットの選定と専門家の育成を強化すべきだ。こうした専門家の育成は、日本独自の情報収集だけでなく、米国や欧州諸国との情報協力を深めることを加速する。

米国との協力が第一義的となるため、米国の情報機関コミュニティーとの連携拡充が必要となる。セキュリティークリアランス制度の創設をはじめ、日本側の制度面での強化が求められる。