公益財団法人日本国際フォーラム

ユーラシア地政学における地殻変動の中核が中国であることは、言うまでもありません。日本は「膨張する中国」「影響力をさらに増していく中国」を如何に認識して、日本の対ユーラシア外交を論じていくべきなのでしょうか。

初年度の研究成果としての本稿は、「ドラゴン・スレイヤー(嫌中派)」でも「パンダ・ハガー(親中派)」でもない視角から、現在のユーラシア・ダイナミズムにおける中国を分析していく「前提」として、以下5点について指摘していきます。まず第Ⅰ節で、中国外交を国際関係学の3大潮流のいずれのアプローチで分析すべきかを考えます。次に第Ⅱ節で、「一帯一路」の基本的な認識を論じます。第Ⅲ節で、中国と習近平のタイムラインを確認します。第Ⅳ節では、「2027年」を如何に位置づけていくべきかを考えます。最後の第Ⅴ節では、「フィンランド化」していくアジアと中国について展望します。

Ⅰ リアリズムか?リベラリズムか?コンストラクティヴィズムか?

第一のポイントは、ユーラシア地政学の分析には国際関係論のいずれのアプローチをとるべきか、という点です。

国際関係論におけるリアリズムとは、アナーキーな世界において国家が国益を追求する手段となるのがパワーであり、そのパワーを獲得・拡大することこそが国家の目的であり、自己目的化されたパワーをめぐる国家間の権力闘争が国際関係の本質であると考え、国益を追求する国家が国益を最大化しようとする悲観的な見方から相互不信の国際関係において国家安全保障こそが国際関係の最重要課題であると位置づける見方です。

一方、国際関係論におけるリベラリズムとは、リアリズムが説くような国際関係が対立や競争するだけのものではなく、協力関係を築くことができるものであると考える立場です。ただし、諸国家の上位に権威が存在しないというアナーキーな国際社会において、自然発生的に協力のメカニズムが形成されると楽観的に考えるわけではありません。「協力を可能とするための何らかのメカニズム」を作ることで国際社会における協力が可能になると考えるのです。そのメカニズムとして「何」に注目するのかによって、分析アプローチが異なりますが、その基本的な見方は、①社会学的リベラリズム(sociological liberalism)、②相互依存リベラリズム(interdependence liberalism)、③制度的リベラリズム(institutional liberalism)、④共和制リベラリズム(republican liberalism)、の4つのタイプのアプローチに大別されます(論者によっては「相互依存リベラリズム」の代わりに「市場リベラリズム(market liberalism)/商業的リベラリズム(commercial liberalism)」として4タイプに大別する場合もあります。

しかし、現在の独善的な外交を推し進める中国には、この「協調のためのメカニズム」を探ることが非常に難しいと言えます。

一方、コンストラクティヴィズムによるアプローチにも課題が少なくありません。規範やアイデンティティという非物質的な要因が対外政策の変更に及ぼす影響の大きくない中国では、国際規範よりも国益のほうが優先されてしまいます。また、異なる領域間における諸規範の衝突について、コンストラクティヴィズムでは扱い難いとも言えるでしょう。

コンストラクティヴィズムは現在の中国外交を分析する有効な手法ではありません。

したがって、現在のユーラシア国際関係のダイナミズムを分析するアプローチは、リアリズムによって分析していくのが最適と言えるでしょう。

Ⅱ 「一帯一路」とは?:「広域経済圏構想」ではない政治手段

次に、2点目のポイントとして「一帯一路」の捉え方を指摘します。

「一帯一路」とは、「朋友圏」すなわち「ネットワーク」を拡大しながら、中国主導の「人類運命共同体」すなわち「パクス・シニカ」を追及する構想である、という認識です。2017年の中共党規約改正と2018年の憲法改正で追記された「人類運命共同体」構想は、非民主主義国家も尊重される世界観で、政治共同体の構築を目指しているわけではありません。

「一帯一路」は、政策面の意思疎通、インフラの相互連結、貿易の円滑化、資金の融通、国民の相互交流、の「5つのコネクティビティ」の形成により、中共と中国が「中国主導のグローバルガバナンス」にコミットし、その形勢を中国が主導していこうとしている構想です。日本のメディアの多くは、「一帯一路」のことを「巨大な経済圏構想」と喧伝し続けています。しかし、「一帯一路」は、単なるユーラシアにおける経済連携や経済圏の建設だけにとどまっていません。

「一帯一路」には、「中国と同じ規格」のインフラを拡げ、複合型インフラネットワークを形成し管理することで、将来的に、デジタル経済、人工知能(AI)、ナノテクノロジー、量子コンピューターなど先端分野での協力を強化し、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、スマートシティー建設を推進し、「デジタル・シルクロード」を築くことに繋がります。それは、経済領域にとどまるものではありません。国境を跨ぐ光ケーブル網の構築を推進し、国際通信の接続性を高め、大陸間海底ケーブル・プロジェクトの計画を策定し、衛星情報のネットワークを構築することで、安全保障領域において、中国が有利に活用できることを目指しています。また、それは、2016年の第13次5カ年にも示されたように、「海洋強国」「宇宙強国」「ネット強国」が緊密に連携した戦略として捉えられるのです。

コロナ禍における2020年のG20で途上国への債務返済猶予措置が承認されましたが、G20から猶予される公的融資のおよそ2/3を占めているのが中国からの融資です。「一帯一路」プロジェクトに融資を行う主要機関は、中国の国家開発銀行と中国輸出入銀行ですが、中国は従来、国家開発銀行などの国有銀行による融資を「民間機関なので対象外」と主張し、途上国救済の枠組みの対象外としてきました。2020年サミットでは、中国は「公的債務の返済猶予を認めるにあたり、同等の条件で参加することを民間債権者に強く奨励する」と合意しましたが、中国による途上国融資の多くが「隠れ融資」との見方もあります。「一帯一路」は、「途上国における中国の覇権」を強化する「政治手段」になっています。

Ⅲ 中国と習近平のタイムライン

では、3点目のポイント、「中国と習近平のタイムライン」に話を移します。

まず、中国の大きな国家目標である「2つの百年」、中共創立百周年(すなわち2021年)と建国百周年(すなわち2049年)のタイムラインの中で、「豊かで強い国」を目指すのが、「中国の夢」と呼ばれるものです。習近平政権が掲げる「中国の夢」とは、「総合国力」を増し、中華民族の復興と国家の富強を図ることです。つまり、アヘン戦争以来の屈辱の歴史から巻き返し、「中華民族の偉大なる復興」を遂げることこそが、「中国の夢」の歴史的任務であると、習近平は考えているのです。その意味で、二つの百年マラソンによる「中国の夢」とは、富強大国への国家プロジェクトと言えます。

「中国の夢」を実現するためのタイムラインで日本人が警戒すべき点は、そのプロセスに軍拡路線と領土拡張主義が組み込まれていることです。中国はかつての「清朝の版図」というものを、国際法を遵守しながら取り戻そうとしているわけではありません。「力」によって国境線を変更しようとしているのです。

次に、「中国製造2025」が示した3つの重要年を確認しましょう。「中国製造 2025」とは、中国が 3 ステップで「製造大国」から「製造強国」への転換を目指す産業発展に関する指標です。3 ステップとは、2025 年までの第 1 段階で「製造強国」入りをし、2035 年までの第 2 段階で「製造強国」の中等レベルに達し、2049 年の第 3 段階で「製造強国」のトップクラスに躍り出る、という戦略目標です。

中共が「中国の夢」を語る時、その達成に台湾統一を含まないと考えられるでしょうか。

もしも(「ポスト習近平」が習近平と仮定するならば)、中国がアメリカと肩を並べる大国になり、西太平洋を中国の覇権の下に置いて、「海洋強国」になろうとするならば、その時、太平洋への路を拓くために、どのルートを確保しようとすると考えるでしょうか。

そう考えますと、中国の台湾統一や尖閣奪取のねらいは、もはや、「歴史認識」や「エネルギー問題」「漁業問題」としてのみで語る時期ではないのです。また、そのような認識のもとで、海警法の制定と施行を認識する必要があるでしょう。

Ⅳ 「2027年」を如何に考えるのか?

4点目のポイントに話を移しましょう。
 ユーラシアの地政学を考えていく上で「2027年」を如何に位置づけるのか、という問題認識をめぐり、2020年10月に開催された中共第19期中央委員会第5回全体会議(「5中全会」)について、筆者は次の2点に注目しました。

第一に、「2035年までの長期目標」が策定されたことで、習近平が「2035年を見据えた権力維持」をねらう一方で、「後継者」が確定されなかったという点です。習近平が腐敗撲滅キャンペーンを展開し、多くの敵対勢力や抵抗勢力を粛清してきたことを考えると、習近平は、簡単に引退できません。
 5中全会で注目した2点目は、「2027年」を如何に捉えるのか、ということです。

5中全会は、国防について、「国家の主権、安全保障、発展の権益を守る戦闘能力を向上させ、2027年の建軍100年の奮闘目標の実現を確保する」と提起しました。この提起については、2027年までに、習近平は「力による台湾統一」を設定しているのではないでしょうか。と言うのは、米軍が2027年を目途に政策と戦略を転換しているからです。

2027年までの台湾侵攻への懸念を唱えるのは、議会から予算を認めて欲しい軍関係者だけではありません。Googleの元CEOエリック・シュミット氏が議長を務める連邦議会の諮問委員会が3月に公表した最終報告書で台湾が中国に吸収されることによる台湾製半導体への依存リスクを指摘し、その前の週にバイデン大統領が核心産業のサプライチェーンの脆弱性を点検する大統領令に署名していました。

一方、「14億人以上の人口を抱える中国」は、「途上国として初めての高齢社会」へ突入しようとしています。2025年には、「高齢化社会」から「高齢社会」へ移行し、2027年に年金積み立てがピークになり、2028年をピークに人口減少へ転じ、2035年に国家年金基金の積立金が底をつき、2036年に「超高齢社会」へ移行するとの予測も出されています。

安全保障問題と中国の年金問題や社会福祉問題を併せて、この「2027年問題」を考えるならば、ユーラシアの安全保障は「近い将来」に大きな転換を迎える可能性があります。

Ⅳ むすびにかえて 「フィンランド化」するアジア

それでは、最後の5点目に話を移しましょう。

「一帯一路」を通して、二国関係を強化してきた中国は、ユーラシアとインド洋で、「線」から「面」での展開能力を高めようとしています。もはや、中国を封じ込めるという発想は現実的ではありません。

アメリカのバランサーや同盟としての信頼が崩れれば、アジアの中小国は自国の「生存」のためにバンドワゴンや二者択一ではなく「フィンランド化」による中立を選択肢に考えることになるでしょう。デンマーク国際関係研究所上級研究員のハンス・モウリッツェンは、2017年に、アジアの小国が「フィンランド化」することをSurvival誌で論じていました。また、地政学者でユーラシア・グループのロバート・カプランは、やがて日本が「フィンランド化」に向かうと2019年のForeign Policyで論じていました。

中国の脅威へ対抗するための安全保障政策でアメリカに頼らなければならないアジア諸国は、経済政策では中国勢力圏を見据えなければならず、米中によって二分される選択を迫られる事態になれば、難しい立場になっていきます。少子高齢社会が深刻化している日本も、今後の人口動態とそれにともなうマーケットの縮小を考えれば、「最大の脅威国である中国」と如何に付き合っていけるのかを探っていかねばなりません。現在の米中関係を研究する者には、「アメリカの撤退論」「米中選択論」とともに「アジア諸国のフィンランド化」という可能性も検討していくことが求められます。

東南アジア諸国は、南シナ海の領土問題を抱えていても、経済やワクチンで中国への依存を強めています。中国が「安全保障における最大の脅威」となっている国であっても、「膨脹する中国」と対決していくことは益々難しくなっています。

南アジアや西アジアにおいても、中国にとって有利な環境が拡がっています。「中国との関係を深めているイラン」のモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外務大臣が2019年5月にパキスタンを訪問した際、パキスタンのグワダール港とイランのチャーバハール港を結ぶ提案を発表したことで、中国とイランとパキスタンを結ぶ構想が注目されています。イランはアフガニスタンともチャーバハール港を両国間の物流拠点とすることで合意していることから、「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)とチャーバハールの接続によって、「一帯一路」沿線国のネットワークを、イランからアフガニスタン、トルクメニスタン、カザフスタン、そして、アゼルバイジャンからロシアやトルコへの接続圏を「線」のみならず「面」で拡げることに繋がります。また、チャーバハール港とCPECの連携構想は、そこにおける「線」や「面」としての位置づけのみならず、中央アジア、西アジア、中東地域から「一帯一路」沿線国へのさらなる多層の連結が可能になります。

2020年の欧州連合(EU)は、COVID-19感染拡大後の中国高官らによる攻撃的な発言、次世代通信機規格(5G)、チェコとの台湾問題、香港やウイグル族への弾圧問題といった人権問題等で、中国との関係を硬化させました。しかし、バイデン政権発足後にEUがアメリカと中国問題を協議するまで中国との投資協定合意を先延ばしするようにとEU側へ呼びかけていたジェイク・サリバンの要請を無視して、中国との関係を重視してきたドイツのEU議長国任期が2020年末に向かえる前日の12月30日、EUは中国との投資協定に「大枠合意」を発表しました。このことは、アメリカのアジア太平洋地域における安全保障政策をEUが重視するとは限らないというメッセージを中国に送ることになったと言えます。ウルズラ・フォンデアライエンは欧州委員長就任に先立つ2019年11月に「欧州委員会が地政学的な責任を果たしていく」と語っていましたが、その「責任」はアジア太平洋に及ばないということを、EUは示したのです。

ミドル・パワーの日本には、中国からの脅威を責任転嫁できる「バック・パッシング」できる国がありません。インドは責任転嫁されるバック・キャッチャーにならないように、QUADで慎重な姿勢を見せています。日本もアメリカやインドからバック・キャッチャーにされない外交を展開しながら、日米同盟を基軸に中国との勢力均衡策を模索していく必要があるでしょう。