公益財団法人日本国際フォーラム

世界戦略の一環としての欧州の「インド太平洋」戦略

英国空母「クイーン・エリザベス」、独のフリゲート艦、仏の空母などが東シナ海に寄港する予定が公表され、日本が米印豪をともに主導する「インド・太平洋戦略」に欧州主要国がにわかに乗り出し来たことを「対中包囲網」強化として煽る空気が強くなっているが、過剰な期待や憶測を醸成するのは戒めるべきである。日本の外務当局が日欧協力を強化活性化させるための努力は多としたいし、今後もその政策を続けていくことは支持したい。ただ、国内世論が、これで欧州を含む日米印豪の「対中包囲網」が実現しつつあるという方向に流されるとすればそれは欧州の戦略を読み誤り、日本外交をミスリードすることになりかねないので注意が必要だ。

英国は2015年に発表された『戦略防衛・安全保障レヴュー』を改定して、2021年3月に『競争的時代のグローバル・ブリテン、安全保障・防衛・開発・外交政策の統合レヴュー』を発表した。それ以前にフランスは2018年6月に『フランスとインド太平洋地域における安全保障』、2019年5月-6月には軍需省(防衛省MOD)による『インド・太平洋におけるフランスと安全保障』『インド・太平洋におけるフランスの防衛戦略』、さらに同年6月には欧州・外交問題相(外務省MEEA)よる『インド・太平洋におけるフランスの戦略《内包的(inclusive)インド・太平洋を求めて》』というフランスの包括的な戦略を発表した。そしてフランスに押されるように2020年9月にドイツは『インド・太平洋ガイドライン』を発表した(詳細は拙稿『JFIR World Review Vol.4「欧州政治のリアル」』2021年6月刊行予定)。

筆者は一連の英仏独の東アジア外交の積極策は欧州主要国の「インド太平洋」シフトとしてだけでなく、「世界戦略」の一環と位置付けて考えた方が良いと思う。英独仏は「インド太平洋」地域を経済的発展の潜在力ある地域であると同時に、テロ・人権迫害・強権政治などによる不安定な地域であるととらえており、この地域での紛争仲介者・調停者としての欧州の役割にも重きを置いている。欧州のインド太平洋へコミットは政治的領域まで及ぶ。だとすれば、日本の対中・ユーラシア政策にとってプラス面だけではなく、逆に日本の対中露外交との齟齬が顕在化しかねない点もあることを心しておかねばならないと思う。領土・領海問題では国連海洋法を尊重するべきことは従来からの欧州の主張である。また米中対立には中立であるべきという意見が多数派を占める。

第一に一連の英仏独のインド太平洋地域の中に中国は包囲されるどころか、中心国として包摂されているからである。第二に、欧州の世界観は多極的世界観であり、米中二極対立の世界観を認めていない。そうした対決的構図は決して自分たちのためにも世界のためにもならないという発想からである。第三にその背景にはトランプ政権誕生後の米欧関係の混迷の中で欧州の「戦略的自立」志向が強まっていること、そのうえで今後一層の発展が見込まれるアジアにおいて米中両大国に後れを取ってしまう懸念から欧州も当然アジアにコミットしてしかるべきと考えられるようになったことである。そして第四にその意味では、欧州の「戦略的自立」は域内のデジタル・トランスフォーメーション、環境(グリーンディール)などで国際的競争力を高めることを通した域内統合の発展のための目標であると同時に、域外での存在感の確立、グローバルプレイヤーとしての対外政策、つまり世界戦略としての意味を併せ持っていると考えられる。

パワーシフトとヨーロッパの自信喪失――多極世界の戦略的自立

その背景には、国際秩序の大きな変容と欧州の自己認識がある。

2010年代前半以後ヨーロッパは、多極化と中国の台頭を強く意識し始めた。多極化については冷戦終結後しばらくしてフランスなどが主張し始めたが、それは米国一極支配に対応した戦略目標的意味であったが、中国の台頭によって21世紀に入ってからは現実化している。多極化にはいくつもの意味が含まれるが、日本の認識と違うところは、アメリカの影響力のかげりを強調する点である。

オバマ政権はそれまでのブッシュ政権とはちがってヨーロッパから大いに期待されたが、途中から期待は失望に変わった。トランプ時代の米欧関係はNATOの防衛予算負担率をめぐる対立をはじめ関税戦争・イラン合意など不安定化し、バイデン政権の大きな転換への期待は欧州にはもはやない。その一方で中国の台頭は経済ばかりではなく、政治・軍事安全保障面にも及ぶ。

第二に、ヨーロッパの影響力の低下である。とくに2009年12月気候温暖化をめぐるコペンハーゲンでの会議は、「ポスト京都議定書」を議論するための重要な会議とヨーロッパは位置づけ、大胆な提案を準備していたが、結果的には最大の二酸化炭素排出国である米中二大国が消極的でヨーロッパの主張は実らなかった。いわゆる米中G2と呼ばれる国際体制を印象付けるものだった。それは他方で、いわゆる「ヨーロッパ懐疑主義」を増幅させた。また同年ロンドンでのサミット直前に米中首脳会議が開催され、「米中戦略・経済対話」の創設で合意したこともヨーロッパにとっては大きな打撃となった。

中国の台頭とインド・東アジアを含むアジアへの経済的比重の増大という、いわゆる世界の「パワーシフト」を前に、ヨーロッパの自信は大いに揺らいだ。フランスの著名な国際政治学者ハスネールによると、「ヨーロッパはもはや多極化世界の一極ではない」という悲観的な見方にまで繋がった。また著名な中国研究者、ゴドマンは、「勝者」と「敗者」という対立概念を設定して、「敗者」にヨーロッパと日本を置いた []

こうした見方は、2010年のEU安全保障研究所のレポートでも共有されていた []。。中国は依然として発展途上国であるが、「大きな発展途上国」であり、すでに中国は革命勢力から現状維持勢力の国になっている。そしてこのようなアイデンティティの変化は中国の国際的な行動様式に変化を与え始めていたようにも見えた。アメリカに対して対抗的というよりも、より協力的となり、地域の力の構造の変革を望むのではなく、地域協力への参加を積極化させた。豊かさが平和的行動に結びつくというやや楽観的な議論をこの報告書は展開していた。

こうしたヨーロッパの自信喪失は、オバマ・トランプ時代の米国への信頼感の後退の時期を経て、2016年『グローバル戦略』の中での「戦略的自立」として独自の対中・アジア政策の模索に結びついていく。

EUの両義的な対中政策

冷戦終結後欧州の中国との蜜月の時期が交互に現れた。

冷戦終結後欧州委員会は95年に「新アジア戦略」を発表、さらに同年対中関係の長期戦略を明示した『中・欧関係の長期政策、98年には、コミュニケ『中国との包括的パートナーシップの構築』を採択した。後者は、今日の対中政策の実質的な出発点となった。2002年にはEUが『対中国戦略ペーパー(Country paper 2002-2006)』を発表し、その翌年今度は中国がはじめて対EU関係の白書を発表した。03年9月に欧州委員会は「成熟するパートナーシップ:EU・中国関係の共有された利益と課題」というポリシー・ペーパーを採択し、この年、先の『包括的パートナーシップ』は『「より戦略的な」パートナーシップ』という形となって締結され、本格的に始動した。2005年12月には第1回EU・中国戦略対話(ロンドン)が開始され、2006年10月、欧州委員会は『EU・中国:一層密接なパートナー、大きくなる責任感』というコミュニケと『貿易と投資に関するポリシー・ペーパー』を採択した。

EUの多極化志向は対中接近によって明らかに示されていた。具体的には、第一に米国のGPS(地球測位システム)に対抗するEU主導の全地球航法測量システム開発計画(ガリレオ計画)への中国の参加であった。中国はこのプロジェクトに多額の支援を行った。第二に、中国の参加を支持するEU加盟国は1989年以来続いている対中国武器輸出解禁を主張した。第三に、中国は対EU貿易を活発化させると同時に、ユーロを支援した。国際通貨体制がドル体制であることに挑戦して、中国はユーロの外貨準備を増やし、外貨通貨の多角化を図った。つまり中国はガリレオ計画参加とユーロ支援によって、米欧西側体制に楔を打ち込もうとしたのである。これに対してEUはその中国の多極化志向にある程度応じたのであった。

しかし2000年代後半ごろからEUと中国との摩擦が表面化するようになった。その当時EU側からは、中国の不公正な貿易慣行、「元」安、政治的障壁、他方で中国にすれば、EUがWTOの枠組みにおいて中国を市場経済国とみなさないことに対する反発があった。その結果2008年4月EU・中国のハイレベル会議が発足した。同年7月には欧州委員会は中国の請負業者をガリレオ計画の第二局面から外したが、EUは中国の不公正取引、知的財産所有権の無視、公開入札における相互尊重欠如などを指摘して反目した。加えて中国にとって2005年EUの旧東欧諸国への加盟拡大は東欧諸国を西側に取り込むアメリカの戦略にEUは同調したことを意味した。事態を修復するために、先に指摘したように同年12月にはEUと中国間の「戦略対話」が設置された。人権問題をめぐる角逐も露呈した。2008年3月チベットのラサでの暴動鎮圧は世界に大きな衝撃を与えた。この年の北京でのオリンピックの開会式を英独伊の伊首相は欠席し、11月に予定されていたEU・中国首脳会議は延期される結果となった。

しかしこうした欧中の摩擦は2009年以後のユーロ危機の中で緩和された。中国は多額のユーロ不良債権購入を引き受け、欧州に恩を売った。ユーロを支えることでEUが中国とともにアメリカのヘゲモニーのバランサーとなることを中国は欲したのであった。EU諸国の対中接近姿勢は再び顕著となった。

そうした見方が大きく転換し始めたのが、2012年習近平が政権に就いてからであった []。習近平が「中国の夢」を語り、「一帯一路」を提唱し始めたからであった。それはユーラシアにおける中国の拡大戦略を意味したからである。明示的な大きな政策上の変化は、EUが2019年3月『EU・中国戦略展望』という対中戦略を公開したことであった。その中で中国を、①交渉相手、②経済的競争者、③システム・ライバルと性格づけた。とくに、中国を「システム・ライバル」と性格づけたことは大きな注目を浴びた。2021年3月22日EU外相理事会は、人権侵害を理由に新疆ウィグル地区の政府関係者4人と1団体を対象とした制裁を採択した。EUの対中制裁は約天安門事件直後以来30年ぶりだ。すでに20年12月にEUは「グローバル人権制裁制度」という形で加盟国が合意しやすいシステムを導入し、この分野での行動を強化している。

「ユーラシア連結性」の中の中国

しかしだからと言って中国がEUの「ユーラシア」に向けた政策の中で切り離されているわけではない。EUは2018年9月「欧州・アジア連結性戦略」を採択したが、そこでは、交通網の連結、共通の基準やインフラ整備を含むデジタルネットワークの連結、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー網の連結、人的交流、二国間協力、多国間協力、国際協力を提唱し、国際機関と連携したインフラ投資を目指すとしている。このアジア戦略の原則には、市場の効率性、透明性、国際的ルールの遵守が強調された。そして同年翌月のASEM(アジア欧州会議)ではユンカー欧州委員会委員長と李克強首相が中国の一帯一路構想とEUの欧州・アジア連結性戦略が相乗効果を発揮できるようにすることで合意している。先の2021年03月のEUの政府関係者に対する制裁は中国に対してだけではなく、ロシア・北朝鮮・南スーダン・リビア・エリトリアの政府関係者、ミャンマーの国軍クーデターの首謀者である国軍関係者も制裁の対象としている。中国だけを的にした政策ではなく、人道主義的立場による普遍性を配慮した、いわば包括的制裁の形をとっている。

加えてEUは昨年末にはEU・中国包括投資協定を締結した。一言でいえば、欧州の対中姿勢は「警戒」と「接近」の両様戦略だ。欧州では中国が米国を凌駕するのも時間の問題と真剣にとらえる向きも強く、米中関係では「中立」を主張してきたが、昨年末ECFR(欧州外交評議会)の調査でも []欧州では米中対立に「中立」を支持する人が60%だ。欧州は「新冷戦」と呼ばれる米中二極対立に巻き込まれたくないというのが本音だ。

「EUが想定する日中紛争の解決策

こうしてみると、冒頭に紹介した英独仏のインド太平洋への艦船派遣も「対中封じ込め」というよりも中国を包摂するユーラシア・世界戦略の一環としての協力とみた方が良い。

東アジアの領土紛争や歴史問題にはヨーロッパは発言を控えている。EU安全保障研究所のレポート『プライドと偏見―-北東アジアの海洋問題』は、欧州統合の基本理論である「新機能主義」的発想からの解決を提唱する []。つまり共同利益を見出し合意できる領域・分野において協力体制を構築していくことを通して政治的和解に至るプロセスを模索する方法である。

アジアの国際構造変容は、パワーシフトを背景とする日中間の力の非対称・米中の競争・中国と日米同盟(米中対立)を特徴とする。その中でアメリカの政策は、中国にとって中国に対する戦略的包囲であり、そのことはアメリカに対する「挑戦者」を抑え込むことを意図する。そして日本はアメリカのヘゲモニーの代理人という見方になる、とこのレポートは中国の見方を分析する。

そうした中で日中間の対立は、両国のナショナリズムの高揚、歴史的相互対立、指導者が国内政治の高揚のために対外的脅威を利用していること、相互の反応が負のスパイラル現象を起こしているという四つの理由からきている。

第一に、ナショナリズムの高揚については、世論調査では日中の相互好感度は、6-11パーセントの間で両国民の相互の好感度は大変に悪い。中国は大国の復活を誇示しようとし、日本は停滞とは裏腹にかえって「強い日本」を印象付けようとする意識が尖閣領有問題をめぐる背景にある両国民の心理状況であるという。

しかしこのレポートでは、ナチス時代の体験にも関わらず独仏が戦後和解した例を引いて、歴史対立は解決可能であるという前提に立ち、それを妨げている要因は日中両国の自尊心と偏見であると指摘する。自らの過去を双方ともにあきらめて受け入れることが和解のために不可欠である。

他方で、両国の経済交流、トラック2や学生・民間・文化交流は発展しており、こうした分野の協力を通した信頼醸成の向上に突破口を見つけるべきであるというのがこのレポートの提言である。そのための共同開発協力協定(Joint Development Agreement)、共同石油・ガス開発、共同漁業協定などを通した分野別の機能協力、国連の枠組み(UNCLOS,UNCEDなど)と地域枠組み(CSCAP+EU、NAPCI(北東アジア平和協力イニシアティブ))などの活用である。

とりわけ事態打開のためのEUの役割としては、2014年11月7日に発足したCSCAP-EU ワークショップでの解決策の検討を支援し、その根拠として日中が1996年に批准した国連海洋法(UNCLOS)に沿った解決の道が望ましいという提言である。ここで法・ルールに準じた国際システム・法制度によって解決に近づけるという期待をEUは示している。日本からすると、楽観論である。先にも述べたように、EUは規範的パワーとして国際秩序の安定に影響力をもつことを欲しているので、「規範の擁護者」として東シナ海の安全保障のための役割を果たしうるという立場である。このEU姿勢は両刃の剣ともなりかねない。

したがって日本にとっては海洋航行の自由や安全という面では大いに協力できるが、そのことが日中間の係争解決の助けに果たしてどこまで役立つのか、という点については疑問の余地がある。この点は外務当局者も筆者の知る限りでは十分に理解している。欧州を含むユーラシア全体を俯瞰していく中で多角的ネットワークを強化する中で制度化を伴った多国間協力的な安全保障枠組みの提案と構築が不可欠であろう。