当フォーラムの「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会(主査:神谷万丈当フォーラム上席研究員・防衛大学校教授)は、さる7月22日、全体会合をオンライン開催した。副査の川島真JFIR上席研究員/東京大学教授より、記念講演「新型肺炎の感染拡大とチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」を受けたところ、その概要は以下のとおりである。
- 日 時:令和2年7月22日(水)午前10時より正午まで0
- 場 所:オンライン形式(Zoom)
- 出席者:
[主査・日米班班長] 神谷 万丈 JFIR上席研究員/防衛大学校教授 [副査・中国班班長] 川島 真 JFIR上席研究員/東京大学教授 [副査・欧州班責任者] 細谷 雄一 慶應義塾大学教授 [インド太平洋諸国班班長] 大庭 三枝 神奈川大学教授 [中国班アドバイザー] 高原 明生 JFIR参与/東京大学教授 [メンバー] 飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長 伊藤 亜聖 東京大学准教授 佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官 佐橋 亮 東京大学准教授 鶴岡 路人 慶應義塾大学准教授 中西 寛 京都大学教授 森 聡 法政大学教授 [JFIRライジングスター・ 相澤 伸広 九州大学准教授 プログラム・メンバー] 石田 智範 防衛研究所研究員 合六 強 二松学舎大学専任講師員 越野 結花 国際戦略研究所(IISS)研究員 高木 佑輔 政策研究大学院大学准教授 田中 亮佑 防衛研究所研究員 溜 和敏 中京大学准教授 鶴園 裕基 早稲田大学客員次席研究員 中村 長史 東京大学特任助教 福田 円 法政大学教授 村野 将 ハドソン研究所研究員 (五十音順) [JFIR] 渡辺 繭 理事長 大矢 実 研究員 武田 悠基 研究員 岩間 慶乃亮 特任研究助手 田辺 アリンソヴグラン 特任研究助手 平井 拓磨 特任研究助手 ジョージ・レミソフスキー 特任研究助手 など - 議論概要
川島真JFIR上席研究員/東京大学教授の記念講演
「新型肺炎の感染拡大とチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」の概要
(1)まず、2010年代を通じて対立の見られた米中関係においては、2種類のディカップリングが進行した。すなわち、中国が始めた情報通信分野(衛星「北斗」や海底ケーブル等)でのディカップリングと、アメリカの技術分野・サプライチェーンに関わるディカップリングである。中国は新型肺炎感染拡大期においても、衛星打ち上げや海底ケーブル敷設、国内5Gの社会実装等を着々と進めた。アメリカが進めている中国との対立について、大きな流れとしては、もともと貿易関税で始まった対立が、技術分野、さらには自由や民主といった価値的対立に至っているといえる。
(2)一帯一路は胡錦濤時代の周辺外交の延長に位置付けられるが、米軍のいないところを縫って拡大してきた面もある。ユーラシアからアフリカに交通網や情報インフラを築くことによって独自の接続性がもたらされた。その空間は拡大し、南米アルゼンチンも一帯一路への参加を表明した。だが、世界的な対中批判の高まりを受け、必ずしも全面的にその外交目標を達成しているわけではない。そうしたなか、最近では「戦狼外交」にみられるように、対外強気姿勢を打ち出して、新型肺炎対応への批判や矛盾をかわそうとしているとも見られる。アフリカ諸国からも対中批判が出ているが、しかし、経済面での対中依存は高く、また中国の援助に頼らざるを得ない国が少なくなく、表向きには歓迎姿勢を見せていることも事実である。一帯一路の具体的な事業の見通しだが、李克強演説では「質の高い」インフラ構築について触れられたが、今年は新型肺炎感染拡大からの復興が優先されるとみられ、既存事業は大方継続しつつも、新規事業の多くは保留となるとみられる。この背景には予算減少、人の移動制限等があるようだ。また、一帯一路沿線国の債務猶予が発表された(放棄すれば国内からも批判が出る)ことも注目される。中国にとっては貸し付けた資金が全て不良債権化する可能性もある。総じていえば、中国の取り組みにはオウンゴールもあるが、アメリカや先進国が成果を上げているわけでもない。目下、中国のマスク外交を含めそうした施策を「世界の国々が中国をどう評価するか」、「様々なアクターがいる中で、中国がどう評価されていくのか」ということが注目される。また、欧ロ、米ロ関係の変化が与える中ロ関係の変化もある。ロシアが関与することによって一帯一路も大きく変化するので、中国の外交環境を考える上で注目されるところである。
(3)安全保障面だが、中国のミサイルの脅威に関してはよく言われるように、日米で認識が一致しているようだが、日本が短・中距離型を深刻に捉えているのに対し、米国は長距離型を重視しているといったリスク認識の差もある。新型肺炎感染拡大期にミサイル情勢に変化はなかった。日本はイージス・アショア配備中止を発表し敵基地攻撃能力の検討が報道されたが、米国からの目立った懸念表明が見られなかった。今後、この日本の議論を中国がどう見るか、ということは一つの論点であろう。他方、感染拡大期でも中国は尖閣、東シナ海、南シナ海で緊張を緩和することはなく、中国の動向は全体的に強気傾向にあり、緊張が高まっている。また、台湾周辺、中印国境でも軍事的圧力が強まっている。こうした情勢認識を日米で共有できているか、もし事態が発生した場合に対応できる備えがあるか、について考えておく必要があるだろう。また、11月の米大統領選挙の頃に、中国は何らかのかたちで地域情勢を緊張させることは考えられる。
(4)エネルギー分野では、米国が原油輸出国として台頭したことにより、米国外交における中東の位置づけが変化するのか、ということも論点になる。日本は地理的に、中国と類似したシーレーンを持っていることから、その重要性に関しては米国よりも中国と認識が近いのではないか(米国との認識差が生じるのではないか)、あるいは競争相手になるのではないか、ということがある。最近5か月間で原油価格の暴落があったように、この分野では大きな変動が見られるが、主要産油国(米・ロ・サウジ)の関係やG20の役割・位置づけをめぐり、日中は構造的な認識を共有している面がある。認識を共有しているから日中は競争するのか、あるいは協力できるのか、また米国と日本との認識の違いをどう見るのか、が重要な論点である。
(5)経済分野では、米国が進める対中ディカップリングは日本にとって影響が大きい。そうしたなか、2月時点では、日本は中国との対立を先鋭化させる米国以外の英独といった国々と協調して貿易に関する取り決めを主導できるかと見込んでいた。しかしその後、英豪等いわゆる「ファイブアイズ」諸国も対中関係を先鋭化させたので、現状、日本は比較的強硬でない立ち位置におり、立場を同じくする国は決して多くない。経済産業省の主導する日本企業向けサプライチェーン支援金に関しては、中国側から反発もあったが、目下、実際にはマスクなどの生産拠点を日本に移すだけの意味である。各国の対中貿易依存も、新型肺炎拡大や香港問題を機に見直されるかと思われたが、香港から撤退する企業も少なく、復興も早かった中国への依存は継続し、むしろ増すかもしれない。日本の対中投資も感染拡大期には拡大した。「自由で開かれたインド太平洋」概念は新型コロナ下でむしろアジアなどからの期待が高まった面がある。だが、米国はこの構想の実現に目下熱心というわけではなく、日本が主導的しようとしている面もある。また日本は近年、複数の多国間的経済協力枠組(TPP、日EU・EPA等)を積極的に妥結・推進に関与しており、自由貿易体制の擁護者を自認する中国にとっては自国第一主義の米国が主導するよりも好ましい存在である。それが中国が対日関係を重視する一つの背景になっている。
(6)シャープパワーに関しては、米国は日本よりはるかに敏感に反応して対応してきており、脅威認識の差は拡がるばかりである。世界的に対中感情は悪化しているが、日本ではもともと8割方、対中感情が悪く、それ以上に悪化はしにくい。他方、日本にとって日中関係の重要性は、ある世論調査によれば日本人の7割が認めるところであり、その理由は経済である。こうした世論調査の数値が新型肺炎の流行によりどう変動するか、観察する必要があるだろう。自民党内でも対中強硬派と穏健派が相克しているが、日本にとっての中国の経済的、観光需要面での重要性は言を待たない。これらの経済面での重要性の判断は、日米間でどう中国と向き合うか、中国リスクをどう捉えるという点で焦点となり、日米間でスタンスに差が出よう。
(7)台湾に対して、日米の姿勢に温度差があるのは従前からのことである。米国では、議会が制度的に台湾問題に取り組んできたが、ホワイトハウスはそこまで前のめりではない。日本では、福島県産の食品の禁輸問題のために、FTA問題も保留状態にあった。WHOに関しては台湾支持で踏み込んだといえるが、全般的に足踏み状態といえる。そうした中、台湾は中国から前例のない軍事的圧迫を受けている中で、日本、あるいは日米安保がどう関与すべきか。最近のポッティンジャー米大統領副補佐官の演説に見られるように、米国では、価値を共有する台湾を守るとのメッセージが確認できる。台湾は、(佐橋メンバーの論説に従った3分野で見れば)関税、技術分野、価値観において、米中対立が重複する場となっている。ただし、米国はもともとある自国の「一つの中国政策」の枠内でそうした台湾関与を行っている。日米間でどこまで認識共有できるかは手探り状態であるといえる。
(8)香港に関しては2015年頃から、北京が、経済よりも安全保障を優先する姿勢が想定されていた。今般の香港国家安全維持法は、北京にとっては「境内」の統治を強化するほど香港との差が開く、対中批判が高まる中で香港が脆弱な点になる、といった状態への対応として考えられる。中国は一国二制度を継続するというが、それは中国側の解釈だ。香港基本法の解釈権限が中央に属していても、かつては現場の香港で法律の運用を調整できた面があったが、今後はそれが困難になる。これは一国二制度の根本的な変容であり、大きな社会インフラ面でのルールの変化が生じたのは確かである。しかし、これによって香港が衰退するかといえば、経済的には流入する資金も上昇傾向を維持しており、主要企業の撤退も見られない。これまでの海外企業が中国へ流入する中継地としての香港から、中国企業が外へ出ていく出発地、あるいは中継地、つまり「赤い香港」になっていくのではないか、との見立てがある。日本政府は、昨今の香港情勢に関して比較的踏み込んだ発言をしているが、米国が価値観的に中国と対峙しているなか、日本もどこまで同じ水準で中国と対峙できるのだろうか。もともとこの維持法は3月に予定されていた全人代で成立され、4月に習主席国賓訪日が予定されていたことから、訪日が延期されていなければ習近平国家主席の訪日直前に法律が制定されていた可能性が高く、日本にとっては挑戦的状況になっていたとも考えられる。
(9)中国にとっての現状の課題は、三位一体型(新型肺炎、経済復興、共産党統治強化)の復興をいかに進めるか、また、その景気対策においてリーマンショック時の過剰投資の二の轍を踏まないように気を付けることである。
(10)日中関係においては、尖閣諸島問題等で懸念があるが、全体的に歴史問題をめぐる対立は抑制されているといえる。二階幹事長周辺と中国外交部の連携も見られる。経済的側面での関係もあり、対中批判が世界で高まる中では、日本は中国にまだ比較的「近い」といえる。
(11)日米間の対中認識、対応に差があること自体は問題そのものではなく、その差や相違の、またその背景を認識し、それがもたらす効果の検証、継続的に確認していくことが重要であろう。その基本線は先行事業から変わらないが、わずか数か月で本日述べたような様々な変化があることには留意すべきである。
以上、文責在事務局