当フォーラムの「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会(主査:神谷万丈当フォーラム上席研究員・防衛大学校教授)の欧州班は、さる8月4日、定例研究会合をオンライン開催した。鶴岡路人慶應義塾大学准教授より、「欧州・中国関係の変容――規定要因と政策手段」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。
- 日 時:令和2年8月4日(火)午後5時より午後7時まで
- 場 所:場 所:オンライン形式(Zoom)
- 出席者
[副査・欧州班班長] 細谷 雄一 慶應義塾大学教授 [欧州班アドバイザー] 岩間 陽子 政策研究大学院大学教授 鶴岡 路人 慶應義塾大学准教授 [JFIRライジングスター・
プログラム・メンバー]合六 強 二松学舎大学専任講師員 越野 結花 国際戦略研究所(IISS)研究員 田中 亮佑 防衛研究所研究員 [研究協力者] ギブール・デラモット 東洋言語文化学院(仏INALCO)准教授 (五十音順) [JFIR] 武田 悠基 研究員 岩間 慶乃亮 特任研究助手 田辺 アリンソヴグラン 特任研究助手 中村 優介 特任研究助手 など - 報告概要
鶴岡路人慶應義塾大学准教授の報告「欧州・中国関係の変容――規定要因と政策手段」の概要
(1)欧州・中国関係の変容
欧州の対中観は近頃厳しさを増しているが、その背景には、中・長期的なトレンドとして米中間の戦略的競争、米欧関係等の規定要因がある。「米国・中国・欧州」の三極を念頭に、欧州から見た対中関係の規定要因及び政策手段を以下の通り整理する。
(2)欧州・中国関係の規定要因は、欧州側の視点に立つと、次の5つが挙げられる。
①中国の新型コロナウイルス対応への不満
欧州の中でも特に多数の死者を出した国では「中国の不適切な初期対応によって欧州市民が犠牲になった」という心情的な反発が生じている。EUシンクタンクの欧州外交評議会(ECFR)の調査でも、対中イメージの悪化が確認された。また「マスク外交」は欧州の対中イメージ改善に繋がらず、「戦狼外交」はむしろ逆効果となった。しかし「戦狼外交」が本来、自国内向けアピールであったとすれば、これを欧州の対中イメージ改善策として捉えることは、そもそもミスリーディングとなる論点かもしれない。
②経済における競争激化・投資攻勢への懸念
EUは2019年3月に発表した政策文書で、中国を「体制上の競合相手(systemic rival)」と位置付け、中国の対欧州投資審査や国有企業対策を進めている。政府補助金との関係から、国有企業の実態を掴むことは難しいが、EUの単一市場を阻害する要因として問題視している。
③香港や新疆ウイグルでの人権問題
英国は旧宗主国として香港情勢に高い関心を持っている。新疆ウイグルに関しては、特定の民族が政府によって収容されるという点でアウシュビッツを想起しているようだ。こうしたことから、中国の人権問題をめぐり日欧間では認識のギャップがあるといえ、注視していく必要がある。
④サイバー攻撃の広がり
脅威要因として、対中反発の高まっている分野である。
⑤米欧対立の影響
米欧関係と欧州・中国関係は従来から相関関係にある。もし米欧対立が悪化し、中国が欧州との協調姿勢(多国間主義、自由貿易、安定的な経済発展、対話の重要性等)を以って接近するならば、欧州は米国の対中政策に協力しづらい。
(3)上述の構造的要因を念頭に、欧州の対中政策手段として次の5つが挙げられる。
①EUにおける『戦略的自律性』の強化
当初、「戦略的自律性」は外交・安全保障面における対米関係の悪化を見据えた「プランB」との意味合いがあった。しかし、今回の新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、サプライチェーンの多角化や経済における強靭性(レジリエンス)という文脈で使われ始めている。また、デジタル主権の追求に関する議論も進んでいる。
②対中経済的利益の擁護
EUがEUたる最大の所以は単一市場にあり、これをどう守っていくのかが議論となっている。一つの方法として、投資協定交渉を通じ、欧州・中国間の相互性を追求しようという考えがある(交渉は現在停滞中)。EU内部には、本気で対中相互性を追求しようとする層と、対中強硬策を実施するレトリックとして用いる層が存在し、両者を見極めていく必要がある。EUは今の所、投資審査や国有企業対策の実施で対等な競争条件を確保しようとしている。
③香港、新疆ウイグル情勢への対応
7月24日に香港に関する制裁パッケージを決定し、具体的な行動に出始めている。
④サイバー攻撃への対応
7月30日に初のサイバー制裁を決定した。サイバー攻撃を行った個人、団体に対して欧州への渡航禁止や資産凍結を講ずるもので、中国や北朝鮮、ロシアの人が対象となった。
⑤中国に関する米国との政策調整・協力
米国とEUは、中国に関する高官級対話を新設した。今後、先端技術に関して双方が対中共同歩調をとれるか、また米国はいかにアジア問題で欧州と共通の利益を認識できるか、が重要になってくるだろう。
(4)今後の課題として、欧州ではトランプ米大統領の落選を期待する声がある一方で、米中対立は長期化するだろうとの意見もある。今後欧州は、対中関係の「レッドライン」をどこに設定し、どこまで安全保障・軍事上の脅威として正面から捉えられていけるのか、また中国の巻き返しにどのように対処できるのかが課題となる。EU離脱後の英国とどのように協力していくかも課題である。
以上、文責在事務局