公益財団法人日本国際フォーラム

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「『自由で開かれたインド太平洋』時代の チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会

 当フォーラムの「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会(主査:神谷万丈当フォーラム上席研究員・防衛大学校教授)の日米班は、さる8月17日、定例研究会合をオンライン開催した。村野将ハドソン研究所研究員より、「新型コロナウイルスパンデミック下での米国の対中認識・姿勢―米国防戦略の方向性と世界規模での態勢見直しを中心に」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:令和2年8月17日(月)9:00より11:00まで
  2. 場 所:場 所:オンライン形式(Zoom)
  3. 出席者
    [主査・日米班班長] 神谷 万丈 JFIR上席研究員/防衛大学校教授
    [メンバー] 佐橋 亮 東京大学准教授
    中西 寛 京都大学教授
    [JFIRライジングスター・
    プログラム・メンバー]
    石田 智範 防衛研究所研究員
    越野 結花 国際戦略研究所(IISS)研究員
    中村 長史 東京大学特任助教
    村野 将 ハドソン研究所研究員
           (五十音順)
    [JFIR] 岩間 慶乃亮 特任研究助手
    田辺 アリンソヴグラン 特任研究助手
    中村 優介 特任研究助手 など
  4. 報告概要

村野将ハドソン研究所研究員の報告「新型コロナウイルスパンデミック下での米国の対中認識・姿勢―米国防戦略の方向性と世界規模での態勢見直しを中心に」の概要

(1)はじめに、米中関係の先鋭化要素として以下4分野の論点を挙げる。

軍事面では、コロナ・ショックから比較的早期に回復しているようにみえる中国が、南シナ海での新行政区域設置、公船による各国の民間船舶の追跡、台湾周辺を含む海空域での艦艇・爆撃機等の活動を活発化させている。他方、米国側は空母「セオドア・ルーズベルト」でのコロナウイルス感染拡大により、任務の遂行が不可能になるほか、同盟国との合同演習が中止・延期・縮小され問題となっており、従来米国の強みとされてきた同盟ネットワークと連帯が活かしづらい状況が生まれている。

経済面では、トランプ政権成立以降の「デカップリング」論が先鋭化している。これまで輸出規制が行われていたのは、AIをはじめとするハイテク・最先端技術産業分野のみであった。ところが、コロナ・ショックに際し、低価格製造業(人工呼吸器、医薬品、医療用マスク等)も中国に依存していることが明るみになり、これら製品の生産も米国ないし同盟国内のサプライ・チェーンで完結すべき、という議論が表出している。

技術面では、デジタル監視技術、AI、5Gのような通信分野、ワクチンの開発など最先端医療等での競争が、政治体制やイデオロギーの対立と一体化してきている。

価値面では、香港、ウイグル問題に代表されるような、民主主義や人権といった価値に関する問題も米中間でより先鋭化している。リベラルな価値を体現するような、例えば、プライバシーや経済活動、人の自由な移動などを強制的に制限することで、コロナウイルスの感染拡大に一定の効果があるのならば、それを人々がどの程度許容するかも論点としてあげられる。

(2)大きな問いとして、従来はパンデミックや気候変動のようなトランス・ナショナルまたはトランス・リージョナルな問題であれば、中国との協力の必要性や余地ありとの一定のコンセンサスの下、外交政策がすすめられてきた[ 例えば、Joseph R. Biden, Jr., “Why America Must Lead Again: Rescuing U. S. Foreign Policy After Trump,” Foreign Affairs, 90: 2, (March/April 2020) ,〈 https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-01-23/why-america-must-lead-again 〉, Accessed: 2020/08/23.]が、果たして今後その前提が成り立つのか、特にバイデン政権が誕生した場合、その方向性が変わるのか否か、がある。米中関係においては現状、①コロナ対策そのものをめぐる競争と、②コロナ・ショックからの回復力・影響力、という「二重構造」が戦略的競争の舞台として存在している。

(3)コロナ・ショックと関係なく、米国の国防戦略コミュニティでは下記4点の共通認識があり、必ずしも米国国防戦略の全てが対中軍事戦略とはいえない。

リソースの制約
トランプ政権が発表した2.2兆ドルのコロナ対策パッケージに加え、すでに1兆ドルの財政赤字(2020会計年度)が存在している。様々な予測があるものの、来年度には3兆ドル近い財政赤字が残るとの見立てがなされている。歴史的に、財政赤字が0.5兆ドルを超えると国防予算削減の圧力がかかる、というデータがある。例えば、1985~1991年の国防予算は赤字削減の努力として実質19%ほど減少している。さらに冷戦終結後、1998年までに18%減少している。また、リーマンショック時に財政赤字が2.7兆ドルになり、2011年に予算管理法が導入され、国防予算に上限が設けられることとなった。2010年~2015年の国防予算は、イラク・アフガニスタンからの兵力削減も伴って22%減少した。
国防総省は、予算管理法の策定後2年以内に予算を削減する必要があったが、具体的な予算案の合意ができず、2013年以降、国防予算の強制削減が執行された。国防総省は予算削減を民間従業員の解雇、訓練や演習の中止、装備品・施設のメンテナンスの延期によりやり繰りしたが、実態は必要な投資を先延ばしにしただけで、長期的にはコストが高くつくこととなった。現在、米議会では7,400億ドル(前年度比3%程度増)の国防予算を審議中だが、国防戦略専門家たちの共通認識では、たとえ今後中国やロシアと対峙するとしても、これ以上国防予算を大きく増やすことは難しく、予算不足は深刻化すると見られる。

トレードオフが伴うハード・チョイス
米国の国防戦略を考える際に、歴史的に問われてきた定番の問いとして「リソースに合わせて目標を絞るのか、目標に合わせてリソースを拡大するのか」がある。国防戦略専門家の間では「本来的には後者が望ましいが、予算を増やすことができないため、後者を実現することは不可能になってきている」という共通認識があり、目標の優先順位づけが急務となる。トランプ政権でも2018年国家防衛戦略を策定した後、国防戦略の履行プロセスの検証により予算不足が指摘された。民主党のミシェル・フロノイ(Michelle Flournoy)国防長官候補はじめ、民主党系の専門家からも予算不足に関する提言がなされている。国防戦略見直しのサイクルは4年だが、何が達成できていて何が達成できていないのかを見直す必要がある。
戦略の優先順位付けに関し、「中国のような大国と対決して勝つために力を投射しなければならない」という考え方が、概ねコンセンサスとして存在する。一方、「どのように戦えば中国を抑止できるのか」という運用構想や、セオリー・オブ・ビクトリーの詳細はまだ明確ではない。現在は、大国間競争の時代において、リスクが表出しうる局面がどこであるかをめぐり議論がなされており、具体的には(a)烈度(平時の競争、グレーゾーン、有事)、(b)ドメイン(陸、海、空、宇宙、サイバー、電磁波、あるいは総合して)、日本に特に関係するものとして、(c)地域(東欧、中東、朝鮮半島、東シナ海、南シナ海、台湾、西太平洋、米本土)、をめぐる議論がある。2018年国家防衛戦略で注目される論点はいかのとおりである。

(a)Global Integration/Global Integrated Operation(グローバルな統合/グローバルな統合作戦)
1990年代頃まで、米国が直面していた脅威環境は1つの戦域に限定されていたが、現在ではドメインを越えてエスカレートしうるということが問題視されている。そこで、地域統合軍と機能別統合軍との垣根を減らしていこうという議論が活発になっている。

(b)Dynamic Force Employment(統合軍レベルでの戦力運用見直し)
現在の米国が「二正面戦略を追求することは可能なのか」という議論も提起されている。当国防戦略では、二正面戦略から「1つの大国間競争に特化する戦略(One War Strategy)」に切り替えられた。これは、例えば台湾海峡有事の際、インド太平洋軍だけが対応するのではなく、駐欧州米軍を一時的に振り向ける(東欧有事の際にはその逆を行う)ことで、第一戦域で発生する戦争に対して抑止を発揮し、失敗した場合にはそれを撃破するという態勢である。
他方でOne War Strategyには「第二戦域問題(second theater problem)」と呼ばれる運用体制の課題がある。ある戦域から別の戦域に戦力を振り向けると、第一戦域での紛争に勝利したとしても、第二戦域で「力の真空」が生じるために、例えば中国やロシアが、機を捉えて冒険的な行動に出る可能性があるのではないか、という議論である。また、そもそも同戦略自体は、米国の大国間競争に費やせるリソースが不足しているという前提でのイレギュラーな戦略である。したがって、米国が他2大国と同時に対決しなければならない時に、第二戦域で抑止を利かせるためには、どのような戦略・戦力構成をしなければならないか、同盟国の活かし方・協力の仕方をどうするか、といった点が深刻な懸念となっており、次期国防戦略策定時には中核的な議論になるのではないかと見込まれる。

(c)Combatant Command Review(統合軍レベルでの配備態勢見直し)
エスパー国防長官の下で、大国間競争に対応するために、世界中に展開している米軍の統合軍レベルでの配備見直しが行われている。長官は「次の会計年度が始まる今年9月くらいまでに終わらせたい」と発言している。
現在の在韓米軍や在日米軍の配備態勢は、ブッシュ政権時に策定された『Global Posture Review(G P R)』に基づいており、「テロとの戦い」が前提であった。今日、その前提が大国間戦略に変わったことで、GPR2.0のような米軍態勢の見直しが行われる場合、在韓米軍との協力や普天間基地の問題にも波及してくることを念頭に、その議論に注目する必要がある。

新たな統合運用構想の開発
システムや配備態勢の優先順位を決めるには、中国に対しどのような運用構想で戦うのかを定める必要がある。統合参謀本部では「Joint Warfighting Concept」という統合運用構想(CONOPs)の構築を進められている。これは元々「Inside-out defense」と呼ばれていた構想を発展させたもので、「第一列島線」に従来配備していなかった米軍の地上部隊を配置し、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力を無力化して、米軍の外部部隊を投入できる態勢を構築していく構想である。これには、中距離核戦力全廃(INF)条約の失効後、配備が可能になる地上配備型のミサイル・システムを西太平洋地域でどのように組み合わせていくか、という議論も含まれている。
各軍で検討中の運用構想には、陸軍では「マルチドメイン作戦(MDO)」、空軍では「将来作戦構想」、海軍では「分散型海上作戦(DMO)」、海兵隊では「遠征先進基地作戦(EABO)」がある。

優先投資分野の明確化
能力開発分野における優先順位づけに関しては、専門家間でコンセンサスができつつある。例えば、(a)A2/AD環境で運用可能な安全かつ強靭なC4ISRネットワーク(ジャミングやスプーフィングに対してより耐性のある通信リンク、敵の支配下でも使用可能な回復力のある衛星コンステレーション)、(b)敵よりも迅速な意思決定を助けるAI対応の指揮統制システム、(c)有人機と連携可能で、危険な環境でも運用可能な統合的な自律システム(敵地領空に侵入可能なステルス機)、(d)敵の攻撃計画を複雑化させ、圧倒するための、ポストINF打撃システムを含む迅速な長距離精密打撃能力、(e)A2/AD環境において既に存在している旧式装備を生存させ、戦闘を継続させるための防御的なサイバー、電子、キネティック能力、などである。

(4)地域固有の問題がドメインをまたぎグローバルレベルに波及する中で、第一に、作戦計画・立案に関しては、地域主導から統合軍全体、同盟国との協力がより重要になっている。その中で、同盟国がどのような役割を果たすのかについてセオリー・オブ・ビクトリーの段階で決めていく必要がある。第二に、戦力構成・戦力配備に関しては、問題の焦点が「テロとの戦い」から「戦略的競争」へ移るも、実際に「戦略的競争」をどのように戦うのかは議論の最中である。とりわけ、日本に影響が出てくる議論としては、世界規模での米軍の態勢見直しを見据えた役割・任務・能力(RMC)の再定義によって、普天間基地を含む在日米軍基地の位置づけがどのように変わるのか、が挙げられる。例えば、海兵隊は新しく地上配備型の対艦トマホークを2023年までに調達するというが、海兵隊が沖縄に配備することを望む場合、①日中関係上の問題、②自衛隊配置への影響、③指揮統制の連携など、様々な論点が浮上する。特に今年は「思いやり予算」の問題についても、どのように対応するのかが当然論点となってくる。

(5)日本も基本的には同様の問題に直面しており、脅威環境に対して国防予算が足りない中で、コロナ対策での支出をしなければならず、十分な防衛予算を確保することは客観的に事実上不可能である。そうなると、米国と同様に優先順位づけをしなければならないが、「何を取得するか、何を配備するか」の議論の前に、「何が足りていないか、何を優先すべきか」という評価基準を明確にしなければならない。そのためには基準を定めるための蓋然性の高いシナリオを米国と共有する必要がある。また、限られた予算の中で適切な戦力を構築するために、朝鮮半島シナリオと中国シナリオで、どちらかにしか使えないものではなく、どちらにも使えるものを戦力設計の段階から日米で共有していく必要もある。

(6)外交政策に関しては、達成できたこと/できなかったことの明確化が難しい。その一例がインド太平洋構想である。日本は、従来やってきた外交努力を集約して「インド太平洋構想だ」と説明している向きもあるが、構想提起後に始まった新規プログラムは決して多くないのが現状である。インド太平洋構想を用いて中国と対峙する際に、日本として何を目標としているのか明確化し、達成できたこと/達成できなかったことのレビューをする必要もある。

以上、文責在事務局