公益財団法人日本国際フォーラム

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「『自由で開かれたインド太平洋』時代の チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会

 当フォーラムの「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会(主査:神谷万丈当フォーラム上席研究員・防衛大学校教授)の日米班は、さる9月18日、定例研究会合をオンライン開催した。越野結花国際戦略研究所(IISS)研究員より、「新型コロナウイルスパンデミックの下での米国の対中認識・姿勢―デジタル分野と経済安全保障を中心に」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:令和2年9月18日(月)10:00より12:30まで
  2. 場 所:オンライン形式(Zoom)
  3. 出席者
    [主査・日米班班長] 神谷 万丈 JFIR上席研究員/防衛大学校教授
    [オブザーバー・副査・
    欧州班班長]
    細谷 雄一 慶應義塾大学教授
    [研究顧問・
    日米班アドバイザー]
    兼原 信克 JFIR上席研究員/同志社大学特任客員教授
    [メンバー] 佐橋 亮 東京大学准教授
    中西 寛 京都大学教授
    森 聡 法政大学教授
    [JFIRライジングスター・
    プログラム・メンバー]
    石田 智範 防衛研究所研究員
    越野 結花 国際戦略研究所(IISS)研究員
    中村 長史 東京大学特任助教
    村野 将 ハドソン研究所研究員 (五十音順)
    [JFIR] 武田 悠基 研究員
    [JFIR] 岩間 慶乃亮 特任研究助手
    田辺 アリンソヴグラン 特任研究助手
    中村 優介 特任研究助手 など
  4. 報告概要

越野結花国際戦略研究所(IISS)研究員の報告「新型コロナウイルスパンデミックの下での米国の対中認識・姿勢―デジタル分野と経済安全保障を中心に」の概要

(1)今回の報告のポイントは①コロナ・パンデミックにより、大国間競争の舞台としてのデジタル空間の重要性が高まっていること、②トランプ政権ではデジタル空間における中国との「完全」ディカップリングを目指すような政策がここ数ヶ月の間採られていること、③「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)地域の構築に向けた日米の協力について、の3点である。パンデミック後は、この地域のデジタル空間が「自由で開かれた」というよりも、むしろ統制・分断に向かっているように見える。

(2)FOIP地域のデジタル空間が重要な理由は、①同地域においてデジタル化が急速に進展しているため、②人口の多くがデジタルネイティブであり、デジタル化が普及しやすいため、③デジタル技術を通じて社会経済が発展しており、イノベーションの拠点となっているため、の3点である。
では何故、FOIP地域で米中の競争が激化しており、特に中国の進出が目立っているのか。それは、中国も同地域と同じような社会経済発展を遂げているため、中国で拡大したアリババやテンセントなどのデジタル・IT企業が同じロジックで、東南アジアやインドに進出しやすいからである。また、投資という点でも中国の進出が加速している。他方、米国は中国に遅れを取っており、これからベトナムなど、米国に「近い地域」に進出していくことを目指しており、現状はアマゾンのような企業でも同地域のシェアが少ない。
中国政府は2013年の「スノーデン事件」を受け、米国の諜報能力の高さに衝撃を受けた。その後、中国は自国を米国から守るため、エコシステムごと独自のデジタル・インフラを海外へ輸出している。その顕著な例が「デジタル・シルクロード」構想である。
米国政府は2017年に中国で制定された国家情報法とサイバーセキュリティ法に対し、懸念を抱いている。加えて、東南アジアでのデジタル化の進展に伴い、法整備やセキュリティ能力の向上が重要だが、あまりに急速にデジタル化が発展しているため追い付いていない。このような地域では国家主体のサイバーテロが起きやすく、セキュリティ・リスクが拡大している。同時に、FOIP地域は戦略的にも重要なため、米国政府は中国の進出を警戒している。

(3)2018年頃から米国政府は、安全保障的また経済的な動機により、中国との「部分的」ディカップリングを推進してきた。米国政府は同年、ファーウェイ製通信機器の使用を禁止し、翌2019年には大統領令で、中国を名指ししないまでも「信頼できないベンダーを使用しない」と発表した。5月と8月には、商務省がファーウェイとその関連会社への輸出管理を強化した。対外的には、例えばFOIP諸国がファーウェイ製品を導入しないよう、外交圧力を展開してきた。一方で、米国政府は代替(オルターナティブ)の提供に向けた準備を進めており、この観点において米国政府はFOIPを積極的に活用している。米国のデジタル企業をできるだけFOIPに進出させたいという狙いから、デジタル経済分野での協力、サイバーセキュリティの能力構築の支援を行っている。さらに、FOIPの下での日米の連携も進んでおり、2019年10月の合意では、5G分野での協力も盛り込まれている。そして、市場のベンダーを多様化させることで、垂直型の市場モデルを壊そうとしている。
しかし、その後のパンデミックで、これらの取り組みは滞っている。そうした状況下で、特に米国務省の強硬派が主導して「クリーン・ネットワーク・イニシアチブ」を打ち出し、ディカップリングの範囲を6分野に拡大した。現時点では、米国国内市場から中国製品をできる限り排除しようとしているが、将来的には同盟国や地域のパートナー国にも同イニシアチブに同意してもらうことを考えている。米国内では輸出管理をさらに強化し、中国を半導体の供給網から完全に排除する動きも出ている。パンデミック後の米国政府の政策の大きな特徴は、8月にティックトック(TikTok)の米国事業を買収するという大統領令が出されたように、アプリに対しても規制を開始したことが挙げられる。

(4)米国政府の政策変化の要因には、従来の経済安全保障的な動機に加えて、政治的な動機がある。この「ニュー・ノーマル」時代においてデジタル化が進む中、ティックトック等の中国製のサービスやアプリが急速にシェアを拡大している。米中はパンデミック発生のナラティブをめぐって対立しており、こうした動画サイトやSNSがその舞台の一つになっている。また、米国政府は大統領選挙への影響も警戒している。

(5)米国市場からの中国製品・サービスの排除は、ある程度の効果はあるが、中国にはASEAN諸国という市場もあり、そちらでシェア拡大を試みる可能性もある。また、ASEAN諸国の中には、ベトナムのように中国のサイバー法を真似ているところがある。そのため、米国政府がいかに国内規制を強化しようとも、ASEAN地域での中国の影響力の拡大は止められない。
また、インドも要注目である。インドの対中政策はパンデミック以前から厳しく、中国製アプリに禁止措置を講じたり、ファーウェイ製品を締め出そうとしたりしてきた。これは米国にとって好ましい行動と言えなくもないが、一方でインドは自国産製品重視の政策を採っているため、「『自由で開かれた』インド太平洋」の理念とは、必ずしも合致しない。このような背景からFOIP地域のデジタル空間は統制と分断に向かってしまっている。

(6)日本への示唆は3つある。①米国政府の「クリーン・ネットワーク・イニチアチブ」よりも、包括的な戦略を構築する必要性がある。特定の企業などを排除するだけでは、中国のエコシステム輸出は止められないからである。②米国政府がFOIP諸国に対し、米国と中国のどちらかを選ぶよう迫っていることは、むしろ地域の協力を困難にしている。日本は米国と他のFOIP諸国の仲介者として役割を果たすべきである。③中国の製品やサービスのオルターナティブを提供する必要性がある。日本は国内市場だけでなく海外市場にも着目し、デジタル・インフラの輸出を強化すべきである。

以上、文責在事務局