公益財団法人日本国際フォーラム

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「『自由で開かれたインド太平洋』時代の チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会

当フォーラムの「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会(主査:神谷万丈当フォーラム上席研究員・防衛大学校教授)の中国・インド太平洋諸国班は、さる7月29日、定例研究会合をオンライン開催した。川島真JFIR上席研究員/東京大学教授より「新型肺炎感染拡大前後の中国:対米関係を中心に」、大庭三枝神奈川大学教授より「インド太平洋諸国への新型肺炎拡大のインパクト:東南アジアを中心に」と題してそれぞれ報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:令和2年7月29日(水)午前9時半より午前11時まで
  2. 場 所:オンライン形式(Zoom)
  3. 出席者:
    [副査・中国班班長] 川島 真 JFIR上席研究員/東京大学教授
    [インド太平洋諸国班班長] 大庭 三枝 神奈川大学教授
    [中国班アドバイザー] 高原 明生 JFIR参与/東京大学教授
    [メンバー] 飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
    佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官
    [JFIRライジングスター・
    プログラム・メンバー]
    相澤 伸広 九州大学准教授
    高木 佑輔 政策研究大学院大学准教授
    溜 和敏 中京大学准教授
    鶴園 裕基 早稲田大学客員次席研究員
    福田 円 法政大学教授
    ジョージ・レミソフスキー 特任研究助手
    平井 拓磨 特任研究助手 など
  4. 議論概要

(1)川島真JFIR上席研究員/東京大学教授の報告「新型肺炎感染拡大前後の中国:対米関係を中心に」の概要

(イ)日米がチャイナ・オポチュニティを共有する局面の喪失

中国の対外強硬的な言動や、コロナ禍で対中認識が一層厳しくなった米国では、チャイナ・オポチュニティ認識が大きく低下している。一方、日本の特に経済界では、チャイナ・オポチュニティ認識は米国ほど低下していない。このような日米間の認識ギャップにより、両国間でチャイナ・オポチュニティ認識を共有することは難しくなっている。

(ロ)迫られる米中間バランス外交の見直し

これまで日本は「政経分離」の論理で日米同盟を基礎としつつも、中国との経済関係を密にしてきた。しかし、米中対立が激化する中、テクノロジーをめぐる争いなど「政経分離」の論理が通用しない問題が既に生じていた。コロナ禍において、米中対立の先鋭化、及び英仏豪印諸国の対中政策厳格化により、日本は米中の二者択一を迫られかねなくなり、バランスのとり方が難しくなっている。これと同様のジレンマは、米国と安全保障面で協力関係にある他のアジア諸国―韓国やタイ、フィリピンなどにも突きつけられている。このジレンマの克服には、自由貿易秩序の観点から見ると、中国が現状維持勢力となっているという複雑な要素を勘案する必要がある。また、周辺国の対中政策が変化する中で、日本も歩調を合わせるのかなど、水平的な視野も必要となる。

(ハ)経済面での問題と日米同盟

中国経済をめぐる論点は、①国債発行による国有企業中心の中国経済回復をいかに民間企業まで波及させるか、②回復過程で米国によるサプライチェーンの脱中国化などの再編がどのように推移するのか、③中国とのビジネス再開や人的往来の再開で中国が要求する香港・台湾問題に関する「踏み絵」にいかに対処するか、の3点である。中国は自由貿易秩序の維持を提唱する一方で、戦略物資の国産化も志向するという二面性を持つ。その二面性をどのように評価するかが、中国のリスクとオポチュニティの評価に直結する重要な問題である。

(ニ)科学技術面での問題と日米同盟

科学技術をめぐる論点は、①日米間の科学技術協力の問題:智能化戦争時代の到来により、日本がテクノロジー面で米中に大きく遅れをとっていることが、日米同盟のリスクとなる可能性がある、②先端技術のデカップリングの問題、③5Gをめぐる問題、の3点である。
⇒ 補足コメント:現在、日米間で協力が進められている新領域分野は宇宙分野である。(飯田メンバー)

(ホ)安全保障面での問題と日米同盟

中国の、同盟国を持たない独立自主外交路線に変更はない。大きく変化しつつあるのは、中国軍が智能化戦争と呼ばれる新しい戦争形態に対応できる軍事力構築を進めている点である。このような中国軍の動きに日米同盟がどのように対応していくのかが一つの論点である。また、中国の活発な国境地帯での行動に対し、米国は尖閣よりも南シナ海に関心が傾倒しているように思える。領土問題に関する日米間で認識の齟齬も一つの論点である。沖ノ鳥島の国際法上の地位をめぐる日米間の認識の齟齬や、環太平洋合同演習(RIMPAC)への台湾招聘問題もまた扱ってもらいたい論点である。

(へ)エネルギー・食料

原油価格下落や米国の大産油国化によって、シーレーンが持つ重要性などが変化するのではないか。また、米中貿易摩擦により、中国は国産大豆の増産など、食料安全保障に注力せざるを得なくなっている。それが日米にどう影響するのかも一つの論点である。

(ト)地域秩序・地域構想(FOIPとBRI)と日米同盟

地域秩序をめぐる論点は、①日本が推進している中国を組み込んだ自由貿易体制が日米関係にマイナスに作用する可能性や、米国に対する説明責任をいかに考えるか、②中国が今後BRIのプロジェクトを縮小していく中で、開発途上国へのインフラ投資などを日米が代替できるのか、③日本では「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)に関する議論が低調になってきている一方、西アジアや南アジアでは、中国の行動を抑制する装置としてFOIPや日米豪印QUADが再評価されている中、日本が果たすべき役割は何か、④中国が国境管理を厳格化する中で、北朝鮮の国境地帯が飢餓状態に陥っている問題をいかに見るか、という4点である。

(チ)台湾・香港問題と日米同盟

香港問題で菅官房長官が踏み込んだ発言をしたとはいえ、日米間の認識ギャップは残っている。同様のギャップは台湾問題にも存在する。香港・台湾問題に日本がどこまで介入するのかは重要な論点である。

(リ)中国との「関わり」の持ち方と日米同盟

米国の対中政策が厳格化していく中で、日本が今後どのように中国と関わっていくのかは全体に関わる重要な論点である。第三国協力という経済的協力だけではなく、環境問題や医療、漁業問題など、日中の協力が求められる分野もある。意図的に米国とは異なる対中アプローチを採ることで、中国に対してメッセージを伝える役割を担えるのではないか。

(2)大庭三枝神奈川大学教授の報告「インド太平洋諸国への新型肺炎拡大のインパクト:東南アジアを中心に」の概要

(イ)コロナ禍下の米中対立とASEAN諸国

コロナ禍において、ASEAN諸国は米中それぞれと離間・接近など多様な動きを見せているが、米中対立が激化している現在に至ってもなお、大筋では米中間でバランスをとりたいと考えている。また、中国の存在感増大については、コロナ禍以前から「ニュー・ノーマル」として受け入れざるを得ないという諦観が感じられた。コロナ禍下での中国は「マスク外交」や医療支援など「目に見える支援」を多くASEAN諸国に展開してきた。一方、米国は遅れがちであったものの、ASEAN諸国の感染症対策能力支援などの間接的なアプローチで支援を行っている。ASEANとの協力という観点では、中国がスピード感で米国を大きく上回っており、ASEAN諸国で対米不信感が4、5月の段階では増幅していたが、南シナ海情勢の変動で状況は大きく変わった。

(ロ)南シナ海をめぐる情勢

中国・ASEAN間での行動規範(COC)策定は、コロナ禍の影響で大幅に遅延している。また、コロナ禍においても中国の南シナ海での「攻勢」―軍事演習や海警による妨害行動などハードなものから、名称変更など行政的措置まで様々な形態―は着々と進められている。そうした中国の南シナ海での攻勢に対して、米国側が強く反撃に出ていると感じる。特に7月13日と7月15日のポンペオ米国務長官演説は米国対中政策の大きな転換点であり、それ以降、米軍は南シナ海に積極的な関与を行っている。そうした米中角逐に対して、ASEAN諸国も活発に反応を示しているが、米中間で揺れており、評価の難しい国がフィリピンである。この点は高木メンバーに分析してもらいたい。

(ハ)ASEAN諸国への経済的打撃と格差拡大の可能性

コロナ禍によるASEAN諸国の経済的苦境が中国依存を誘発する可能性がある。コロナ禍において、中国の最大貿易相手国がEUからASEANになるなど、中国ASEAN間貿易が拡大しており、相互依存が深まっている。中国はその理由として①電子製品産業の緊密化②ACFTA(中国ASEAN自由貿易協定)改定による農産品貿易の急成長を挙げている。

(ニ)東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の見通し

RCEP閣僚会議が6月23日に開催されたが、インドは参加しておらず、事実上インド抜きで進められている。インド抜きのRCEPには日本が最も反発していたが、インドの保護主義強化、および中印関係悪化により、インドのRCEP参加は絶望的である。

(ホ)ASEAN諸国の今後

コロナ禍での米中対立激化により、ASEAN諸国は伝統的立場であった対米中バランス外交の見直しを迫られている。今後、①南シナ海情勢へのスタンス、②経済の要請、③政治体制や社会のあり方についての価値・規範、という3つの軸に対する評価・姿勢の違いによって、ASEAN諸国内でも米中両国への距離のとり方が多様化していくと考えられる。ただし、ASEAN諸国はASEANでの団結という価値をも重視しており、それを維持しようと努力している点も指摘されなくてはいけない。

以上、文責在事務局