公益財団法人日本国際フォーラム

米国でのバイデン政権発足に伴い、トランプ政権期の対台湾政策がどの程度変更されるのか、またそれによって台湾海峡にどのような機運が生まれるのかが注目された。筆者は、トランプ政権期の対台湾政策のうち、「一つの中国」政策の曖昧な部分を具体化し、米国が関与できる余地を拡大しようとする傾向は続くのに対し、「一つの中国」政策自体を否定し、そうした行為を中国に対する政治的メッセージとして利用するような傾向は無くなり、米国の対台湾政策は中国にとってトランプ政権期よりも対応しにくいものになるだろうと考えてきた[1]。本稿では、まず、バイデン政権発足後約半年間の対台湾政策をトランプ政権期からの連続性と変化の視点から分析する。その上で、中国はこの変化にどのように向き合おうとしているのかを分析したい。

トランプ政権期からの連続性

2020年秋、新型肺炎が流行するなかでの米大統領選挙戦において、外交政策は主要な争点ではなかったが、バイデン陣営は対台湾関与政策を後退させないというメッセージを積極的に発信した。そのなかでも広く知られたのが、バイデンが投票日直前の10月22日に現地の中華系紙である『世界日報』に行った投書である。この投書のなかで、バイデンは中国との関係よりも先に台湾との関係に言及し、「太平洋の強国として、盟友と肩を並べ、アジア太平洋地域が共有する繁栄、安全と価値を増進する。そのなかで、台湾という民主的な政体、主要な経済体で、科学技術上も重要な地位を占める存在との関係を深化させる。また、台湾は開放的な社会でありながら、新型コロナウイルスを有効に抑えることのできた輝かしいモデルである」と表明した[2]

実際、2021年1月に発足したバイデン政権は、「一つの中国」政策自体を否定しない姿勢を中国に対して示しつつも、同時に台湾への関与や支持を継続する姿勢を明確化した。また、台湾周辺における中国軍の活動に対する抑止行動、双方の実務機関を窓口とした関係強化、議会における台湾支援法案の制定など、いずれの側面においても、トランプ政権期に加速した米台間の協力強化は基本的に継続している。

台湾海峡における軍事的な抑止行動については、バイデン政権発足後もトランプ政権期開始された米軍艦の定期的な台湾海峡通過などが基本的に継続されている。米大統領就任式直後の1月23日、米国務省は13機の軍機を台湾の防空識別圏に侵入させた中国に対し、台湾への圧力を停止し、対話に応じるよう呼びかけた[3]。しかし、中国はその翌日にも15機の軍機を同空域に侵入させた。その後、2月3日に米第七艦隊は、バイデン政権発足後初めてとなる米駆逐艦の台湾海峡通過を公表した。同艦隊は2月24日、3月10日、4月7日、同24日、5月18日、6月22日、7月28日と、トランプ政権期と同じくほぼ一月に一度の頻度でミサイル駆逐艦の台湾海峡通過を公表している[4]。台湾への兵器の売却についても、バイデン政権は8月4日、同政権初となる台湾への兵器売却を発表した。その内容はM109A6自走砲40門など総額7億2000ドルで、昨年トランプ政権が2度にわたり発表した兵器売却ほどのインパクトはないものの、同政権が台湾の防衛力向上に関与し続ける姿勢を示す、堅実な売却案であった[5]

台湾との直接的な関係については、中国側に「一つの中国」政策の逸脱だと取られないよう注意しつつも、戦略的に重要な領域の関係強化が続いている。3月26日、米国在台協会と駐米台北経済文化代表処は「沿岸警備ワーキンググループの設置に関する覚書」を締結し、米台間で沿岸警備協力や情報交換のためのワーキンググループを立ち上げた[6]。これは、中国の近年の軍事行動や海警法制定に見られるような、周辺海域のグレーゾーンにおける攻勢に対応する狙いがあると見られている[7]。続く、4月9日、米国務省は台湾との往来にかかる「対台湾交流準則」の改定を発表した。改訂された準則は公表されていないが、前年の議会における「台湾保証法(Taiwan Assurance Act)」制定をうけ、米台双方の官員が互いの政府機関を訪問できること(現職の総統、副総統、国家安全会議メンバーなどは除く)、断交前の中華民国大使公邸で、現在は台北文化経済代表処所有の公館であるツイン・オークスでの催しに米国官員が出席できること(国慶節などを除く)などが可能になると報じられた[8]。ただし、この準則改訂にはポンペオ前国務長官が2020年末にすべての規制を撤廃すると発表したことへの軌道修正の意味合いもあり、国務省は「一つの中国」政策をより効果的に運用する改正だと説明した[9]

議会における立法や議員を中心とする要人訪台も、「一つの中国」政策維持を強調しつつも、戦略的に重要な領域を強化するものとなっている。バイデン政権は4月半ば、中国に気候変動問題を担当するケリー特使を派遣する一方で、「非公式」を謳いつつ、台湾にはクリス・ドッド元上院議員、リチャード・アーミテージ元国務副長官、ジェームズ・スタインバーグ元国務副長官ら、引退後も台湾と縁の深い要人からなる訪問団を「台湾関係法」42周年記念という名目で派遣した[10]。また、6月6日には、台湾において新型コロナウイルスへの感染者数増加、ワクチン供給不足への不安が広がるなか、現役の米上院議員3名を米軍輸送機で訪台させ、台湾へのワクチン供与を発表した[11]。議会での立法については、4月に上院外交委員会で中国との経済や人権分野における競争に関する法案で、台湾との関係強化を盛り込む「2021戦略的競争法案」がほぼ全回一致で可決された。同法案は、米国が「一つの中国」政策を維持するとしつつも、政府機関に「他の外国に関与する場合と同じ基準で」台湾政府へ関与するよう求めている[12]。その後、同法案は「米国イノベーション・競争法案」に組み込まれるかたちで6月に上院本会議を通過し、その過程で、中国が台湾を侵攻する場合の経済・外交面の対抗措置を公表することなども加えられた[13]

台湾海峡問題の国際化

こうした単独での中国に対する警告や台湾への関与強化に加え、同盟国、特に日本と歩調を揃えて、中国による現状変更に対抗する姿勢を示そうとしている点は、バイデン政権の大きな特徴だと言える。こうした対台湾政策の輪郭は、政権発足前にアーミテージやナイらが発表した報告書『2020年の日米同盟—グローバルな課題に対する対等な同盟』に既に現れていた。このレポートの中でアーミテージらは、台湾への政治的、経済的な関与を強化する上で、日本とのさらなる協力が必要となると指摘していた[14]

政権発足後、3月12日に行われた初の日米豪印首脳会談では、中国や台湾への直接的な言及は無かったものの、「インド太平洋地域の平和と安定の支えとなる」ことが確認された[15]。続いて、ブリンケン国務長官とオースティン国務長官は、3月16日から日本、韓国を歴訪し、日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)の共同文書には、中国による東シナ海や南シナ海の現状変更への反対と並んで、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記された[16]。その日韓歴訪の帰路、ブリンケンは楊潔篪とアラスカにて米中外交トップ会談を行ったが、公開された冒頭発言の応酬は激しいものであった[17]

米中外交トップ会談後も、バイデン政権の「台湾海峡の平和と安定」をめぐる攻勢は続いた。4月半ばに、日本の菅首相が訪米し、日米共同声明には「2+2」で表明された「台湾海峡の平和と安定の重要性」に加え、「両岸問題の平和的解決を促す」ことを確認した[18]。そして、5月初旬の主要7か国(G7)外相会談、5月下旬の米韓首脳会談、6月中旬のG7首脳会談および米EU首脳会談においても、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が共同声明において確認された[19]。さらには、5月末に開催された日EU首脳協議、6月初旬の日豪「2+2」など、米国が加わっていない場においても、「台湾海峡の平和と安定の重要性」や「両岸問題の平和的解決を促す」ことが確認された[20]

冷戦終結後、台湾海峡の安全保障環境に各国が懸念を示すのは、1996年のいわゆる第三次台湾海峡危機、2005年の中国「反国家分裂法」制定前後に続き3度目だと位置付けることができる。これまで、「台湾海峡の平和と安定」にしても、「両岸問題の平和的解決」にしても、米国とその同盟諸国が一方的に訴えてきた訳ではなく、中国政府もこれらの諸国とその重要性を確認しあってきた。特に、2000年代半ばに台湾の陳水扁政権がいわゆる「法的な台湾独立(法理台独)」を推進した時期、中国政府は「反国家分裂法」を制定しつつ、諸国と積極的に「平和と安定」や「平和的解決」の重要性を再確認し、陳水扁政権こそがこれらの前提に挑戦する「トラブルメーカー」であるとの主張を展開することで、「台湾独立」を封じ込めようとした[21]

このように「台湾海峡の平和と安定」や「問題の平和的解決」は、中国自身も各国と共有してきた前提である。実のところ、昨年5月の「反国家分裂法」制定15周年記念大会における栗戦書の講話なども、「『台湾独立』勢力の誤った判断が台湾海峡の平和と安定を著しく損なっている」との主張を展開している[22]。ところが、中国と欧米民主主義諸国の関係が変化しつつあることや、蔡英文政権が「台湾独立」だと見做されないよう慎重な姿勢を保っていることを背景に、今回の諸国による「平和と安定」や「平和的解決」の呼びかけは、中台双方ではなく、中国一方に対して行動の自制を促すものとなっている[23]。これに対し、中国側は「台湾海峡の平和と安定」を損なったのは「台湾独立」勢力であるという論理を崩さず、反発を強めている。

習近平政権の反応

もっとも、諸国が「台湾海峡の平和と安定」や「問題の平和的解決」を訴える背景には、トランプ政権末期までに台湾周辺における中国の軍事活動が、米国やその同盟諸国が看過できない程度にまで活発化していたという状況がある。特に2020年を通じて、コロナ危機の下で米中関係と中台関係がともに緊張し、米台協力が強まるなか、中国の台湾海峡における軍事活動はエスカレートした。2020年2月に副総統当選者である頼清徳氏が訪米した際には、H-6爆撃機などの中国軍機が台湾海峡の中間線を超え、台湾事務弁公室と国防部がそれぞれ「台湾独立」への警戒感を示し、民進党は「火遊びをするな」と警告する声明を出した。これに対し、米軍は海軍艦艇だけでなく、台湾周辺への軍機派遣も公表し、解放軍の行動を牽制した[24]

2020年夏には、アザー米厚生長官が訪台した8月10日、およびクラック米国務次官補が訪台した9月18日に、中国軍機が再び台湾海峡中間線を超えた。特に、台湾国防部の発表によると、9月18日には18機、19日には19機と、過去最多の軍機が台湾の防空識別圏に侵入、台湾海峡の中間線を超えて、領空に接近した[25]。しかも、9月19日に台湾空軍から無線警告を受けた解放軍の飛行員が「台湾海峡中線はない」と回答したのに続き、外交部と台湾事務弁公室のスポークスマンもそれぞれ「台湾海峡中間線は存在しない」との認識を示した[26]。こうした「台湾海峡中間線」無効化の主張に加え、中国軍機の活動区域は台湾西南部の空域に収斂しており、中国が台湾島東側の海空域への進出を視野に入れていること、そのためにも東沙島の奪取作戦を行う可能性があることなども指摘される状況となっていた[27]

バイデン政権発足後、米国とその友好諸国による台湾海峡情勢に対する懸念表明をうけて、中国の行動には変化が見られるだろうか。先述のように、バイデン大統領就任直後に中国軍機の台湾防空識別圏侵入が続いたが、この時の軍機の数は前年9月を上回ってはいなかった。その後、中国が軍機の数を増やしたのは、米台間で「沿岸警備に関する覚書」が締結された3月26日であり、20機が台湾の防空識別圏に侵入した[28]。さらに、米国の「対台湾交流準則」改定後、4月12日に25機の中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入した[29]。ところが、日米共同声明以降続いた諸国の一連の懸念表明に対して、中国は外交部スポークスマンによる抗議などは行なったが、逐一軍事的な対抗措置を取った訳ではない。台湾の防空識別圏に侵入した中国軍機が再び過去最多を記録したのは、G7首脳会談が行われた6月15日の28機であったが、この日には米台間で中断していた経済協定交渉の再開に関する発表もあった[30]。このように、1日に台湾の防空識別圏に侵入する軍機の数は増えているものの、米台協力進展のタイミングと連動する傾向が強く、昨年のように台湾海峡中間線を意図的に超え、その存在を否定するような動きも見られていないことは注目されるべきであろう。

上記に加えて、軍事行動と呼応するかたちで、中国から米国や台湾に発せられる「警告」の内容にも変化が見られる。習近平政権は、バイデン政権発足後も米中関係に大きな変化は訪れないとの冷静な見通しを持ちつつも、トランプ政権期よりは対話が可能となることを期待しているように見える。バイデン政権発足前後には、中国において「知米派」として知られる知識人が、米中対話の必要性や意義を訴える論考を発表した[31]。また、習近平とバイデンの電話会談後でさえも、『人民日報』の「鐘声」は「米中関係の健康で安定的な発展を推進すべき」との社説を発表し、新政権が「トランプ政権の誤った反中的政策」を改め、米中関係を「正常な軌道に戻す」ことへの期待を示した[32]。その後、解放軍が台湾の防空識別圏に過去最多の軍機を侵入させるたびに、国務院台湾事務弁公室は記者会見にて原則論を繰り返している。しかし、その内容にはトランプ政権末期のように、特定の集団や人物、事象を攻撃したり、辱めたりする類の過激さは見られない[33]

台湾海峡情勢の展望

台湾海峡情勢は今後どのように展開していくだろうか。諸国の懸念表明をうけて、解放軍が一旦はじめた軍事行動を急速に縮小したり、停止したりすることは考え難い。また、解放軍が台湾へ軍事侵攻する可能性についても、共産党が武力行使を放棄していない限り完全に否定することはできない。しかし、当面の間、習近平政権は台湾との「統一」よりも「統一促進」に照準を合わせ、武力行使以外の手段に力を入れると予測できる。中国共産党100周年記念大会における習近平演説でも、台湾問題では従来通り「一つの中国」原則と「92年コンセンサス」を堅持しつつ「祖国の平和統一プロセスを推進」することと、「台湾独立」を「粉砕」する意思と能力が確認されるにとどまった[34]。2019年以降、習近平自身の台湾問題に関する発言が目立って少ないことや、それ以外の幹部により発表された講話の内容などを考慮すると、「台湾版一国二制度」や「武力使用」の不放棄に言及した2019年1月の重要講話は、依然として党の対台湾工作において「重要な指針」と位置づけられるものの、やや例外的な存在となりつつあるように見える[35]

おそらく、習近平政権は軍事示威も含む様々な分野における台湾への影響力行使の試みを継続し、これらが台湾との「統一促進」に寄与しているという内外への宣伝工作を拡大するであろう[36]。特に、自らの三選が決定する党大会を来年に控える習近平にとっては、「統一促進」を示す実績こそが必要なのであって、台湾海峡において諸外国との間に危機的状況を招くことは合理的でない。加えて、習近平政権はそうした影響力工作の過程で、実際には台湾との「統一促進」よりも、「一つの中国」の枠組みに台湾を拘束することに重きを置かざるを得ないだろう。台湾においては、現在収束しつつある新型コロナウイルス流行とワクチン供給不足の危機に続き、コロナ流行の影響で年末に延期された公民投票、来年末の統一地方選挙、その約一年後には総統と立法委員のダブル選挙と重要な政治日程が控えている。蔡英文総統は2024年に再出馬できないため、民進党内の勢力争いや政策論争が活発化し、野党からの攻勢も強まり、米国をはじめとする関係諸国はそれらの行方を注視するだろう。そのなかで、台湾が「一つの中国」の枠組みからさらに離れていくような状況の出現を防ぐことが、習近平政権にとっては依然として最も重要な課題とならざるを得ない。

バイデン政権はトランプ政権よりも予測可能性が高く、「一つの中国」政策から逸脱する可能性は低いという評価が、中国国内でも定まってきている。その結果、習近平政権の対台湾政策は、台湾海峡において米国や諸外国との間に危機を招くような行動は回避し、「統一促進」の実績を積み重ねることに軸足を移す可能性が高い。そうであれば、台湾海峡における軍事的な緊張はやや緩和へと向かうが、それと反比例するように、台湾への直接的、間接的な働きかけ、あるいは国際空間における政治攻勢や情報操作など、非軍事的な攻勢が強まることが予想される[37]。米国やその同盟諸国にとっては、中国が武力を使用した「統一」に踏み切る場合の備えも重要であるが、こうした非軍事的な攻勢に直面する台湾といかに問題を共有し、対応するのかを模索することも重要となってこよう。