公益財団法人日本国際フォーラム

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「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大」研究会

当フォーラムの「海洋世論の創出」研究会(主査:伊藤剛当フォーラム上席研究員・明治大学教授)は、さる12月14日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた渡邊昭夫東京大学名誉教授より、「望ましい海洋空間の創出へ向けて」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2020年12月14日(火)18:00-20:00
  2. 場 所:Zoomによるオンライン
  3. 出席者:
    [主 査] 伊藤 剛 JFIR上席研究員/明治大学教授
    [顧 問] 坂元 茂樹 同志社大学教授
    [メンバー] 石川 智士 東海大学教授
    鎌江 一平 明治大学国際関係研究所研究員
    合田 浩之 東海大学教授
    小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
    手賀 裕輔 二松学舎大学准教授
    西谷 真規子 神戸大学教授
    山田 吉彦 東海大学教授
    渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
    渡辺 紫乃 上智大学教授 (五十音順) ほか
    [報告者] 渡邊 昭夫 東京大学名誉教授
    [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長
    菊池 誉名 理事・主任研究員 ほかゲストなど多数
  4. 協議概要

(1)渡邊昭夫東京大学名誉教授による報告概要

国際社会の秩序は大きな戦争を画期として変動してきたが、そのなかで日本外交150年は4つの局面に分けられる。第1はナポレオン戦争後のウィーン会議であり、日本は後からその体制のなかに入った。第2の局面は第一次世界大戦後のベルサイユ会議であり、日本は戦勝国として戦後の国際秩序形成に加わった。第3は第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和会議であり、敗戦国として戦後国際秩序の形成に直面し、戦後外交が始まった。第3の局面の変動は冷戦という東西対立に始まり、9・11後になって主要国間の争いではなく、国家間で協力してテロに対処するようになった。その下で、グローバリズムの進展およびそれに対する反発が見られ、近年ではコロナという新たな脅威に立ち向かうこととなった。理屈の上で、人類共通の脅威に対して協調して対処する方向に向かうはずであるが、実際はDIYers(自国のことは自国で)という協調とは真逆の方向に進んでいる。

そのなかで、アジア太平洋地域は環太平洋協力(大平・カーター)に始まり、近年では「自由で開かれたインド・太平洋(FOIP)」(安倍・トランプ)が叫ばれるようになった。しかし、菅政権では「平和で繁栄したインド・太平洋」(菅・バイデン)という表現になり、それが今後定着していくのか注視する必要がある。

実際に地域で生じているものとして、QUAD(日米豪印)が協力してFOIPのもと秩序を形成しようとしてきた。これは中国から見た場合中国包囲網になる。加えて、この地域の秩序を考えた場合、ASEANや太平洋の島嶼国(PIN)も重要なメンバーになってくる。実際歴史的にも、中曽根政権期に太平洋島嶼国との関係を構築するために倉成ドクトリンが出され、民間からも島嶼国に対する援助政策(Pacific Aid Initiative: PAI)の提言がなされるなど、これらの国々の重要性が指摘されてきた。

地域諸国が公共財という観点からアジア太平洋の地域秩序について考えた場合、知識人の間の関係も重要になってくる。例えば、欧州のように国家間で対立していても、知識人の間での交流を深めることで「知の共同体」というものが形成されている。アジアの場合、そのような知的な共同空間が必要であろう。その場合、歴史が重要になり、列国史ではなくアジア・太平洋史というものを持つ必要がある。FOIPを考えた場合、国際法に基づくということが重視されているが、より積極的に国際公共財という考えを中心にすべきである。しかし、国際公共財のなかでも特に軍事力が関わる場合、中国はその公共財を対中包囲網と捉えている。軍事力に関して言えば、米国が全責任を負ってこの地域をまとめていく時代ではなく、中国を加えた形で協調体制を構築する必要がある。

(2)自由討議

渡邊昭夫名誉教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

参加者:DIYersを進む中国とQUADのように連携する諸国との対立があるなか、中国を含めて国際秩序を形成すべきという意見とそれを無理だと考える意見とに大きく分かれている。アジア太平洋地域の国際関係において中国を含めた国際秩序を形成できるのかどうか考える場合、現実として日米などの諸国と中国とがイコールの関係になれるかは難しいところである。一帯一路を含めて中国が現在行っているものは中国のためであって、アジア太平洋地域における国際公共財の提供までには至っていない。中国は、自国にとって都合の良いものはマルチの場で語り、都合の悪いものは常にバイの場で語るなど使い分けている。異なる秩序が並存しているアジア太平洋地域において、中国を含めた新しい秩序の形成は可能なのか。
渡邊名誉教授:中国が高圧的になればなるほど孤立してしまい、近年の欧州諸国の対中姿勢も厳しいものになっている。新たに力をつけてきた中国は、徐々に国益を計算する能力が欠如しつつある。日本が中国のように若く勃興している国に対して軍事力で対抗することは愚の骨頂である。しかし、軍事力がないからと言ってソフトパワーに頼ることも間違いである。中国が悪漢となるならば、軍事力も含めて対抗することも必要である。

参加者:豪州のアジアに対する姿勢に関して、共に協力しようという姿勢なのか、豪州がアジアをリードしていかなければならないという姿勢なのか。
渡邊名誉教授:豪州の姿勢は、ヨーロッパ的なものを捨ててアジアの仲間入りを果たそうとする、謂わば「脱欧入亜」と言える。アジアと共にどのようにして生きるのかというのが、豪州における中心的なテーマである。そのなかで、アジアにおいてインドとは付き合いやすいと感じている一方、東南アジア諸国に対する警戒感もある。

参加者:日米関係が公共財になるという前提に立てば、それを維持する必要がある。そのなかで中国を含めていくことを考えた場合、中国に対してどのような働きかけを行えばその公共財にインセンティブを見出すのか。中国から見た場合、日米関係に協力することが利益になると感じさせるにはどうすれば良いのか。軍事力で対抗することが愚の骨頂である一方で、時に軍事力で対抗することを無視できない場合、中国との間での軍事衝突に関して、日本としてどこまでのエスカレートを許容すべきなのか。
渡邊名誉教授:尖閣に関して言えば、日本としても核心的利益であることを強調する必要がある。それとともに、知的コミュニケーションが大事であり、研究者の責任は大きい。その際、日本が勃興した際に犯した過ちについて中国に理解させ、中国が過ちを犯さないように諭すことが必要であろう。究極的には、中国と良好な関係を構築しなければこの地域の秩序は成立しない。
参加者:知的コミュニケーションに関して、知識や知恵を共有化することは重要であり、違いがあるならば違いがあることを明確化することも重要である。近年、中国政府による中国国内の大学に対する統制の強化が進むなかで、中国人研究者との間でのコミュニケーションにも難しさがある。そのなかで、コミュニケーションを図るうえで突破口となる研究者との対話から徐々に広げていく姿勢が必要である。
渡邊名誉教授:中国人研究者が日本人研究者と知的交流を図りたくても難しい環境にある。だからこそ、日本の側から勇気をもって知的に攻め込むことも必要である。

参加者:コロナに関して、国際秩序に与える実際の影響についてどう考えているか。
渡邊名誉教授:コロナ渦にあるなかで先の事を正確に見通すことは困難だが、過大評価すべきではない。コロナが国家間関係や国際秩序を大きく変えるとは考えにくい。

参加者:中国に対抗するうえで、QUADやASEANに加えて太平洋島嶼国を取り込むことは重要である。近年、中国は国連総会でゼロエミッションについて触れるなど、気候変動の影響を受けている島嶼国にとって魅力的なものを提供している。中国が気候変動に関して本気でリーダーシップを発揮した場合、島嶼国を中国陣営に戦略的に取り込むことも可能であるように考えられる。
渡邊名誉教授:気候変動に関して、中国が本気で取り組んだ場合島嶼国にとって大きな利益となる。特に、かつての日本のように、金融支援も含めた中国の経済力がそれらの国々に対して与える影響が大きい。このような島嶼国の置かれた状況において、日本がどのようにこれらの国々と協力していけるのか考えることが重要である。島嶼国のような小さな国を過少評価せず、日本外交は小さな国々に対するきめ細かい配慮が欠けるところがあるため注意すべきである。

参加者:力と力の対立が難しい国際環境のなかで、緊張したなかでの均衡が現実的である。現在の中国の体制や姿勢において国際法はあまり意味をなしていない。日本はあまりにも国際法に依存し過ぎているようにも感じられる。緊張した均衡のなかで、どのように日本の立場を構築するのか考える必要がある。そのなかで、環境問題(特に海洋環境)はその切り口になる。尖閣諸島に関して、海洋調査から始める必要があると思われるが、政府としては難しいという立場である。海洋調査を進めるうえでの戦略的な方法を考える必要がある。
参加者:安倍政権から菅政権に代わり、FOIPに関して言葉遣いが変わることはあり得るが、法の支配やルールに基づく国際秩序のような基本的な価値の重視に変更はないと思われる。これまで環太平洋地域と言えば、ドーナッツのように真ん中が空白のなかにあったが、気候変動や中国のプレゼンスを期にトーナッツの穴だったところが実態を帯びてきている。太平洋・島サミットを開催するなど、日本外交において島嶼国を軽視してきたことはないが、現職大臣の現地訪問などの面で足りていなかった面はある。太平洋島嶼国は、広い太平洋を一つの大陸と見立てたブルーオーシャンコンティネントとして考えている。島嶼国の考えを聞きながら、ブルーオーシャンコンティネントとFOIPのコンセプトを上手にシンクロさせることが基本的なものとなるだろう。島嶼国の立場から見て、中国か日本かのような二択で選択をすることは困難であることを理解する必要がある。パリ協定を離脱した米国や化石燃料を資源としてもつ豪州、CO2排出量の多いインドなど気候変動に関して強く言うことが難しいなかで、日本として戦略を考える必要がある。
渡邊名誉教授:パリ協定からの離脱やINFの破棄のように、国際的に結んだ条約について民主党と共和党で姿勢が180度変わることは近年生じている現象である。この現象は冷戦時代に見られなかったものであり、米国のリーダーシップについて疑念を持たれる表れとして考えられる。ITの問題などを見ての通り、中国は米国が作ったルールに乗るのではなく、中国自身で新しいものを作るなど既存の上に乗るのとは異なる発想で行動している。欧米とは異なる秩序を形成しようとしているものの、スリランカのハンバントタ港問題のようにかつての欧米のやり方を繰り返している面もあり、中国のやり方にも一貫性があるようには見えない。

参加者:QUADのなかで、インドは米豪とはまた異なる立場にある。対中戦略においてインドをどこまで有効な相手として考えるべきか。
渡邊名誉教授:インドは、世界最大の民主主義国家としてQUADにいることで中国も注意せざるを得ない存在である。しかし、外交的および戦略的な観点において、実際にインドがどれだけ有効な相手であるかは未知数である。ただ、知的世界において無視できない存在である。
参加者:2+2のようにインドを含めて形成されてきており、戦略的にも発展途上にある問題であろう。人口や経済成長の面からインドに過剰に期待する部分もあるが、外交政策や学問においてその重要性が高まっていることは事実であろう。
参加者:インドの重要性として、第一に最大の民主主義国家であるということ。第二に、地域の大国というだけでなく、グローバルな大国でもある。第三に、中国を超すかもしれないほどのポテンシャルである。RCEPにはまだ加盟していないように、付き合いの難しい国であることも事実である。

参加者:海洋秩序の問題に関して、覇権国である米国が力を持っていた時期は安定していたが、中国の影響力が増えてきた背景には米国の力の衰退が関係しているとも考えられる。地域秩序の問題を考えるうえで、その部分については今後も注視する課題であろう。

以上、文責在事務局