コメンタリー
[1] U.S. Department of State, ‟United States-Japan-Republic of Korea (ROK) Trilateral Foreign Ministers’ Meeting,” Office of the Spokesman, October 30, 2026. https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesman/2026/10/united-states-japan-republic-of-korea-rok-trilateral-foreign-ministers-meeting-2/:筆者は今までの論考で、大西洋側の北極海を「バレンツ-北極(Barents-Arctic)」対比する概念として太平洋側を「太平洋-北極(Pacific-Arctic)」として呼称してきたが、今回は正式な覚書にArctic Pacificが使用されたので、本論ではそちらを使用する。石原敬浩「北極を巡る軍事・安全保障の動向:Pacific Arcticにおける多国間協力に向けて」日本国際フォーラムコメンタリー、2026年7月1日。
[2] 三船恵美「中国・ロシア高官協議:北極をめぐる造船・物流・太平洋の海洋安全保障で協力強化へ」日本国際フォーラムコメンタリー、2026年10月16日。
[3] 「韓国、アラオン号の2倍規模の次世代砕氷研究船が着工…2030年に北極へ投入」BigGoファイナンス、2026年9月10日。
[4] 『読売新聞』2026年10月15日。
[5] 合田浩之「いわゆる「日本船社」の北極海航路の利用について」、日本国際フォーラムコメンタリー、2022年1月23日。
[6] ‟Regional Security Dialogues,” Ted Stevens Center, 米国の北極政策・安全保障を研究するシンクタンク、Ted Stevens Centerによる地理的整理では、北極を米本土から見て3つの地域に区分して議論、時計の針で10時方向がArctic Pacific, 12時方向がNorth American Arctic、2時方向がTrans-Atlantic and Nordic Regions.
[7] U.S. DOS ‟United States-Japan-Republic of Korea (ROK) Trilateral Foreign Ministers’ Meeting,”
[8] 『毎日新聞』2026年10月31日、「北極圏では中国やロシアが権益争いを激化させており、今回の覚書署名は経済安全保障面での連携強化が狙い。」;『産経新聞』2026年10月31日、「日米韓、北極海協力で覚書」。この様に「北極圏」「北極海」に限定し議論されている。
[9] https://msmt.info/About/MSMT
[10] 松卓馬「制裁ギャップの解消:横須賀における執行調整所(ECC)とミニラテラル海洋協力」笹川平和財団IINA、2025年9月5日。https://www.spf.org/iina/articles/matsu_06.html
[11] 末次富美雄「多国間共同監視の役割-東シナ海における国際的警戒監視活動」実業之日本フォーラム、2021.3.5。https://forum.j-n.co.jp/narrative/1750/
[12] 石原敬浩「「極東多国間安全保障枠組みとしての国連の活用」 -国連軍地位協定と ECC、戦略的コミュニケーションの観点から-」、海上自衛隊幹部学校コラム259 2023年12月4日。https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/index.html?c=columns&id=259
[13] ‟HMCS Max Bernays returns home after historic deployment,” December 19, 2025 – National Defence. https://www.canada.ca/en/department-national-defence/news/2025/12/hmcs-max-bernays-returns-home-after-historic-deployment.html
[14] 自衛艦隊「日加共同訓練(KAEDEX)の実施について」2025年11月。https://www.mod.go.jp/msdf/sf/news/2025/11/1127-3.html
[15] 石原「「極東多国間安全保障枠組みとしての国連の活用」
[16] Web中公新書「『在日米軍基地』/川名晋史インタビュー」、2024年9月6日。
[17] Josh Smith「ドイツ、在韓国の国連軍司令部に加盟 休戦協定の履行監視」、ロイター、2024年8月2日。
[18] 外務省「北朝鮮関連船舶による違法な洋上での物資の積替えの疑い」、「「瀬取り」を含む違法な海上活動に対するフランスによる警戒監視活動」令和8年10月8日。本文では「国連安保理決議により禁止されている北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、フランスは、海軍哨戒機「ファルコン50M」を派遣し、10月中旬から11月上旬までの間、国連軍地位協定に基づき、在日米軍嘉手納飛行場を使用して、2019年(平成31年)以降7度目となる航空機による警戒監視活動を行う予定です。」と、国連軍地位協定の活用及び国連決議に基づく行動であることが明記されている。https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_04280.html
[19] 「ついに海自艦が「北極圏」へ到達! 歴史的瞬間を公式が公開 5万4340kmの長旅が佳境に」、乗り物ニュース2026年10月9日。https://trafficnews.jp/post/716590#google_vignette
はじめに
2026年10月30日、アトランタで開催されたG20外相会合に際し、日本、米国、韓国の外相は「三か国北極太平洋パートナーシップ:Trilateral Arctic Pacific Partnership(TAPP)」に関する協力覚書(Memorandum of Cooperation)に署名した。覚書は、三カ国による「Arctic Pacific Working Group」を設置し、海上安全・緊急時対応などの海洋協力と、経済連携の可能性について情報交換を行うことを定めている[1]。
一見すると、これは北極海における経済・科学・海洋協力の新たな枠組みに見える。
しかし、その背景には、北太平洋から北極海に至る海域において連携を強化する中国・ロシアの活動への懸念[2]、北極海への関心を高める韓国、北極から北太平洋へ活動範囲を広げるカナダ、北朝鮮に対する経済制裁逃れを監視する多国間の活動といった複雑な要因がある。これらを併せて見ると、TAPPは単なる北極協力ではなく、北極と北太平洋を連続した海洋安全保障空間として捉える動きの一環と見ることができる。
1 韓国の北極関与政策
韓国は北極海沿岸国ではないが、近年北極への関与を急速に拡大している。2009年に就役した砕氷研究船アラオン(Araon)に加え、2026年9月には新たな砕氷研究船の建造に着手した。新船は総トン数1万6,560トン、時速3ノットで厚さ1.5mの氷を砕氷航行可能というアラオンより約50%高い砕氷能力を備えたもので、2029年完成、2030年からの北極研究航海を予定している[3]。
2026年8月には、韓国のコンテナ船パンスター・アクロ(PanStar Acro)が釜山を出港し、北極海航路(NSR)を経由して欧州へ向かう試験航海を実施した。これは韓国のコンテナ船として初めての本格的な北極航路試験運航であり9月には英国に到着し、10月11日に釜山へ帰港した。李在明大統領は帰港歓迎式で、「新たに開拓した(北極海)航路は危機の際に頼りになるもう一つの選択肢となる」と成果を強調し、試験運航の実績を積み重ねるとともに、北極海の環境を守るための投資を進める方針も示した[4]。
また韓国造船業も北極海航路に向けた砕氷能力を有する船舶建造の実績は多い。ウクライナ戦争前に商船三井がヤマルLNG輸送に使用していた砕氷LNGタンカー3隻は韓国大宇造船海洋で建造されたものであった[4]。
このように韓国は、「北極に関心を持つアジアの国」から、北極海運、造船、科学研究という具体的な能力と経済的利害を持つ国家へと進化しつつある。このことが、日米韓によるArctic Pacific協力を考える前提となる。
TAPP――北極海と北太平洋をつなぐ新たな枠組み
こうした韓国の北極関与の拡大を背景として、日米韓は2026年10月、TAPPを発足させた。TAPPの内容自体は慎重である。三カ国はまず作業部会(Working Group)を設置し、海上安全、緊急対応、経済連携について協議するとなっている。
近年米国では「Arctic-Pacific」という概念が、北極海と北太平洋を連続した安全保障空間として捉える視点として理解されている。例えば、米国防省傘下のシンクタンクTed Stevens Centerでは、Arctic-Pacificをベーリング海、チュクチ海、ボーフォート海、アラスカから北太平洋に至る地域として捉え、Arctic Pacific Security Dialogueを設置している[6]。
こうした議論を踏まえると、今回の日米韓協力覚書も、北極海だけに限定して理解するのではなく、ベーリング海から北太平洋、さらに日本・韓国周辺海域へと連続する海洋安全保障の文脈から捉える必要がある。
図1:Ted Stevens Centerによる北極安全保障地域区分
出所:Regional Security Dialogues,” Ted Stevens Center
しかも10月30日の日米韓外相会合では、TAPPの署名に加え北朝鮮の完全な非核化、国連安保理決議の履行、北朝鮮の核・ミサイル開発を支える収入源の遮断、さらにMultilateral Sanctions Monitoring Team(MSMT)の活動についても確認された。米国務省の発表文では、中国の東・南シナ海や黄海における行動、ロシアと中国の協力についても、インド太平洋の安定との関連で取り上げられている[7]。
日本の主要メディアはTAPPを「北極圏における」あるいは「北極海に」と地理的にベーリング海峡以北の北極海、あるいは北緯66度33分以北(夏に白夜が見られる地域)の北極圏に限定した協力であるかのように記述している[8]。しかし、今回の発表文及び米国側のArctic-Pacificという概念を踏まえると、より広い地理的・戦略的文脈から捉える必要がある。
すなわち、TAPPを北極圏、北極海における経済協力だけとして理解するのではなく、北極海・北太平洋を連続した戦略空間として捉える視点が重要である。
3 対北朝鮮制裁監視活動とカナダ海軍の行動――北極海から北太平洋へ
北極海・北太平洋を連続した戦略空間として捉える視点として重要なのが、北朝鮮による国連安保理制裁回避を阻止するための海上監視活動、ECC (Enforcement Coordination Cell)やMSMT (The Multilateral Sanctions Monitoring Team)[9]と呼ばれる枠組みである[10]。これらは対北朝鮮の多国間活動であり、艦艇や哨戒機によって、特に船舶間の違法な積替え(いわゆる瀬取り:ship-to-ship transfer)などの制裁逃れを監視している。表向きは対北朝鮮の作戦ではあるが背後には「東シナ海における、中国の活動を見張るという役割」も期待されている[11]。
この活動は2017年以降継続しており、日本周辺海域もその重要な活動地域であり、日本、米国、韓国、豪州、英国、フランス、ドイツ、カナダなどが参加している[12]。
ECCの重要性は、それ自体が新たな同盟や軍事組織を形成することにあるのではない。国連安保理決議の履行という共通の法的目的を軸として、異なる国の艦艇、航空機、情報を実務的に結びつけている点にある。
また、北極海・北太平洋を一体化した作戦海域としての代表的行動が、2025年のカナダ海軍マックス・バーネイズ(HMCS Max Bernays) の活動である。同艦は2025年、カナダのOperation LATITUDEとして北太平洋、ベーリング海、チュクチ海で活動、米軍との共同訓練を実施、8月29日には北緯81度まで到達した。その後、北太平洋へ移動しOperation NEONに参加し、北朝鮮制裁逃れの監視活動に従事した。カナダ政府自身が、この一連の展開を「Arctic and Indo-Pacific regions」にまたがる活動として説明している[13]。
さらに同艦は日本との二国間訓練KAEDEX25にも参加し、海上自衛隊の護衛艦と東シナ海から関東南方海域において共同訓練を実施した[14]。
ここで注目すべきなのは、同じ艦艇が北極海、ベーリング海、北太平洋、日本周辺海域を一連の行動(deployment)として活動したことである。これは、北極海と北太平洋を別々の地域として捉える従来の地理的区分では十分に説明できない。むしろ、ArcticからPacificへと連続する海洋空間において、監視、訓練、法執行支援、同盟・同志国間の相互運用性を組み合わせる新しい安全保障の形が現れていると考えるべきであろう。
4 国連軍地位協定活用の意義
この点で、朝鮮国連軍(UNC)と日本との関係にも改めて注目する必要がある。
筆者は以前、「国連決議・UNCの活用」という観点から、国連軍地位協定が、朝鮮半島有事だけでなく、東アジアにおける多国間安全保障協力の基盤として機能し得ることを論じた[15]。
国連軍後方司令部は1957年に国連軍司令部が東京からソウルへ移転した後も日本に残り、日本国内の国連軍施設の管理と、国連軍加盟国の日本を経由した部隊の展開を支えている。現在、日本には七つの施設が指定され、豪州、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、フィリピン、タイ、トルコ、英国、米国、などが国連軍参加国として活動している[16]。ちなみにドイツが国連軍に加盟したのは2024年、一旦脱退したイタリアが再加盟したのは2013年である[17]。このように国連軍と言う制度は、単なる歴史的遺産ではなく、対北朝鮮経済制裁作戦遂行のため、日本国内の指定施設を通じて国連軍参加国の艦艇、航空機、人員の活動を可能にしている[18]。
したがって、カナダや豪州などの軍艦、軍用機が日本を拠点・経由地として北太平洋に展開し、北朝鮮制裁監視や各種共同訓練に参加する際、UNCという既存の多国間制度が重要な意味を持つ。このUNC活用に関し、韓国が重要なアクターであることは言うまでもない。その点からも今回の「三か国北極太平洋パートナーシップ署名」は意義深いものがある。
5 北極・太平洋(Arctic-Pacific)という新たな海洋安全保障空間
以上を総合すると、2026年10月の日米韓TAPP署名は、それだけを見れば小規模な協力枠組みである。
しかしここまで述べたように極東からベーリング海に至る北太平洋海域においては北極海航路の活性化、韓国の北極海運への関与、日米韓の海洋安全保障協力、カナダ海軍が体現したような、北極海から極東海域における対北朝鮮行動を一連の行動とする派遣、対北朝鮮制裁に加わる豪州、ニュージーランド、フランス他欧州諸国などの北太平洋への継続的関与、という複数の安全保障枠組みが存在している。
したがって、今後重要になるのは、新たな「北太平洋同盟」を一から作ることではない。むしろ、既存の日米同盟、日米韓協力、国連決議に基づく活動(ECC)、日加・日豪協力といった多層・重厚的な安全保障枠組みを縦横に連携させ、そこにArctic-Pacificという新たな地理的概念を加えることである。
2026年度海上自衛隊の遠洋練習航海部隊「かしま」「やまぎり」は、アンカレッジ、ダッチハーバー(アラスカ)に寄港するとともに、ベーリング海峡を通狭、北緯72度まで北上、北極海で行動した後帰国した[19]。まさしくこの概念を先取りした航海と言えよう。
TAPPは新たな軍事同盟を作るものではない。しかし、その背景を考える際には、北極を孤立した地域としてではなく、ベーリング海から北太平洋、日本・韓国周辺へと連続する海洋安全保障空間の一部として捉える視点が重要である。