公益財団法人日本国際フォーラム

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第20回定例研究会合メモ

「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の第20回定例研究会合が下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。

  1. 日  時:2026年10月2日(金)13時00分-14時30分
  2. 場  所:日本国際フォーラム会議室にて対面およびオンライン(Zoom)開催
  3. 出 席 者:
[講  師] 合六  強 二松学舎大学准教授
[主  査] 常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞編集委員兼論説委員
[顧  問] 袴田 茂樹 JFIR評議員・上席研究員/青山学院大学名誉教授
[メンバー] 熊倉  潤 法政大学教授
名越 健郎 拓殖大学客員教授
廣瀬 陽子 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授
保坂三四郎 エストニア国際防衛安全保障センター研究員
山添 博史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
              (メンバー五十音順)
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
菊池 誉名 常務理事
佐藤  光 特別研究員
田中  心 JFIR研究助手
川口 小晴 JFIRインターン
  1. 内容
     冒頭、渡辺理事長および常盤主査から本研究会の主旨等について説明が行われた後、合六強・二松学舎大学准教授による報告および自由討議が行われたところ、概要はつぎのとおり。

合六強・二松学舎大学准教授による報告
:「『2つの時間軸』で揺れるNATO」

(1)二つの転換点

欧州の安全保障秩序は、二つの異なる「時間軸」で同時に転換点を迎えている。第一は、冷戦終結後約30年の軸、つまり対ロ関係である。NATOと欧州は当初ロシアをパートナーとみなし、関与・包摂によって欧州秩序の安定を図った。しかし2014年のクリミア併合と2022年の全面侵攻を機に、ロシアを抑止の対象へと位置づけ直し、2022年の戦略文書ではロシアを欧州への最大の脅威と認定した。2014年以降はバルト三国やポーランドなどの東翼で、22年以降は黒海地域や北欧も含む長い東部ラインで、通常戦力を強化してきた。海底ケーブル切断やドローン侵入にも新たな作戦で対応している。一方、核の面での対応は2016年のワルシャワ・サミット以降と遅れた。そのうえ物理的な増強ではなく、シグナリングと「抑止力の可視化」が中心である。核演習へメディアを初招待することなどを通じて、世論とロシアの双方に向けて可視性を高めている。

第二は、米国が欧州に関与し始めた第二次大戦後約80年の軸、つまり対米関係である。米国は欧州安全保障の要とされてきたが、関与を低下させようとするトランプ政権の登場で、米欧関係の内的ダイナミズムが変質しつつある。欧州は、ロシアを排除すると同時に、米国をいかに引き込むかという課題に直面している。トランプ政権が終わる2029年はNATO創設80周年にあたるが、その時のNATOの姿は見通しにくい。

(2)NATOの「欧州化」=「欧州の柱」の強化

こうした不確実性の中で見えてきた方向性が、NATOの「欧州化」である。欧州がより大きな負担と責任を担う形でNATOを維持しようとする動きで、NATO内では「欧州の柱」の強化と呼ばれる。トランプ政権の言葉では「NATO 3.0」にあたる。冷戦期のNATO 1.0に対し、冷戦後のNATO 2.0は様々な問題に手を広げ、米欧の負担分担も極めて不公平だった。これをNATO 1.0に戻そうというのが同政権の立場である。原則は単純で、欧州の通常防衛は欧州自身が担うべきだが、一挙の実現は難しいため、限定的ながらクリティカルな支援は継続するというものである。これを主導するのは国防総省(戦争省)のヘグセス長官、実質的にはエルブリッジ・コルビー国防次官であり、その背景には限られた資源を西半球と対中シフトに振り向ける必要性がある。

欧州側にとってこの方向性はおおむね織り込み済みで、抵抗は難しいとの判断から、この1年半で協調への理解が進んだ。ただし欧州の狙いは、自ら負担を引き受けることで米国の軍事的関与をできる限りつなぎ止めることにある。具体的には第一に、昨年の首脳会合で国防支出のGDP比5%への拡大を決定した。これはロシアへの対応以上に、トランプ政権へのアピールという面が大きい。第二に、統合軍司令部(JFC)の司令官を米国人から伊・英の欧州人に移し、欧州が作戦を計画・主導できる体制へ移行している。第三に、NATO枠外ではあるが、ウクライナやホルムズ海峡での英仏主導の有志連合がある。いずれも問題解決と同時に、欧州が自ら役割を果たす姿勢を米国に示すという共通の目的を持つ。

(3)「NATO 3.0」移行に伴う懸念

NATO 3.0への移行は欧州側でおおむね受け入れられているが、懸念がないわけではない。米国がどの程度の期間・規模で、どの兵力を削減するのかを、欧州との調整や事前協議なしに一方的に決めるのではないかという懸念である。欧州側の手当てがないまま大幅削減が行われれば、対ロ抑止・防衛に空白が生じかねない。

実際、今年春にはそれを裏付ける事態が起きた。イラン攻撃に非協力的だとして、トランプ政権は在独米軍5000人の撤収を突然発表した。発表はトランプ大統領とメルツ独首相の対立が表面化する中で行われ、非協力的な国への懲罰として米軍撤退を使う傾向が現実味を帯びた。また、国防費の高いポーランドやバルト三国を模範的同盟国と評価しながら、ローテーション部隊4000人の派遣中止が報じられ、直後にはナヴロツキ大統領との良好な関係から逆に5000人追加派遣や常駐化が語られた。秩序立ったレビューの体裁はあっても、発表が不規則に乱立すること自体が欧州の不信を招いている。

中距離ミサイルも課題である。ロシアの中長距離ミサイルや高速ドローンによる攻撃を見て、欧州でも通常戦力レベルの中距離ミサイルの必要性が認識されているが、冷戦後は保有してこなかった。バイデン政権期に合意した中距離ミサイルシステム「タイフォン」の2026年までのドイツ配備は中止と報じられ、ドイツは自ら購入して補おうとしている。欧州独自の開発も配備は2030年以降で、それまでのギャップをどう埋めるかが問われている。

さらに、NATOの機能不全への懸念もある。ロシアは第5条の閾値すれすれでハイブリッド攻撃を激化させ、NATOが抑止から防衛へ切り替わるかを試していると見られる。それ以上に深刻なのは米国自体の構造的変化と、トランプの脱退発言などの不規則な言動である。有事に米国が動かず、第5条発動に同意しなければ、NATOは動けない。ゼレンスキーとの会談後、昨年3月に米国がウクライナへの情報共有や武器供与を一時停止したことも、クリティカルな支援を失う危険を欧州に突きつけた。

(4)リスクヘッジとしての多層化

こうしたリスクへの対応として、欧州は安全保障・防衛協力の多層化を進めている。それは米国との同盟に代わる「プランB」というより、同盟を基調としつつ保険を持つ「プランA’」と位置づけられる。多層化の第一は「二国間化」である。昨年から今年にかけ、欧州の核兵器国である英仏を中心に、英仏、英独、仏ポーランド、仏ギリシャ、仏ノルウェー、英ポーランドなど、防衛・安全保障に関する二国間協定や条約が乱立している。注目されるのは、その多くに相互防衛条項が盛り込まれている点である。いずれもNATOやEUの加盟国で、すでに第5条などで相互防衛を約束しているにもかかわらず、あえて二国間で再確認している。これは、32カ国で第5条発動を認定するハードルの高さにリスクを感じ取り、迅速かつ柔軟に動ける枠組みを求めた動きと捉えられる。

第二は、サブリージョナルな枠組みの活性化である。北欧・バルト8カ国(NB8)の政治的発信の活発化もその一例だが、特に注目すべきは統合遠征軍(JEF)である。JEFは2014年に英国主導で発足し、北欧・バルトを中心とする10カ国からなり、ロンドン近郊に常設司令部を持つ。NATOの枠外でNATOを補完し、第5条発動に至らない事態にも迅速に対応できる部隊を平時から準備しているとされる点が特徴である。コンセンサスではなく、参加したい国が加わる「オプトイン」方式をとる。トランプ政権を受けて作られたものではないが、既存の枠組みが今活性化しており、海底インフラ保護にも協力を広げている。さらに英海軍トップは、11月にJEF内に新ユニットを創設し、その背景に英国の核抑止力があると表明した。これは核の傘の新たな拡大ではないが、ロシアの核の脅しが再び強まる中での発言として、一種のシグナリングと見ることができる。

(5)核抑止をめぐる欧州の動き

多層化の第三は核抑止の分野である。欧州の核保有国は英仏のみだが、昨年以降、両国が核のオペレーションで緊密に調整するようになった。両国は冷戦期から核協力はしていたものの、運用面の調整はほとんどなく、核搭載とされる原潜同士が事故を起こしかけたこともあった。両国の動きは、核の威嚇を続けるロシアへの対応であると同時に、欧州の核兵器国としてより大きな責任と貢献を担っていることを米国にアピールする狙いがあると考えられる。

英国は、2025年6月のNATOハーグ・サミットで、核搭載可能なF35の購入とNATO核共有への参加を表明した。英国は1990年代に核共有から抜け、2008年には国内の米核兵器も撤去されていたので、事実上の復帰である。米国に不信感を抱きつつも、米国中心の核抑止体制に深く入ることで米国をつなぎ止めようとしている。

フランスは欧州独自の動きを見せつつ、米国との関係を強く意識している。今年3月のマクロンの核抑止演説には三つのポイントがある。第一に、冷戦後削減してきた核弾頭数を増やし、今後は数を非公開とするものであり、ロシアに加え、中国のミサイル防衛強化を突破する必要性も意識している。第二は、最も注目すべき「前方抑止(forward deterrence)」である。フランスの核は死活的利益を守るためのものだが、その範囲は曖昧にされ、欧州的側面を持つ。欧州統合で各国の利益が重なる中、ポーランドなど他国への攻撃もフランスの死活的利益に触れうるとロシアに思わせることで抑止を図る戦略である。具体策として、関心ある国の核演習参加や戦略アセットの配備を挙げた。参加は任意で、英独蘭ベルギー、ポーランド、ギリシャ、デンマーク、スウェーデン、その後ノルウェー、フィンランドの計10カ国が関心を表明している。いずれもNATO核共有や核演習に関わる親米・NATO重視の国々であり、そうした国の参加は米国の拡大抑止への不信を物語っている。第三に、オレシュニクなどロシアの中長距離ミサイルの脅威を踏まえ、防空に加え、早期警戒と深部打撃(ディープストライク)能力を欧州レベルで整備すべきだと訴えた。

ただし、これは米国の核の傘を置き換える構想ではない。置き換えを掲げれば米国の撤退を招きかねず、他国もついてこないため、マクロン自身が米国・NATOの核抑止体制の補完だと強調している。

(6)まとめ

NATOは創設以来80年の歴史の中で大きな転換点にある。ただし、それは巷で言われるような崩壊ではなく、NATOの本質が変わりつつあるということである。鍵は欧州自身が責任と負担を担うことにあり、欧州は全体の抑止力を弱めずにいかに補完するかに注力している。「プランB」か「プランA’」かという呼び方はともかく、米国主導・米国依存の体制からの変化は着実に進行している。

過去には、米国への不信が広がると、EUの防衛統合を進めるべきだという議論がよく出てきた。しかし今、主権を委譲して共同のEU軍を作るような構想は低調である。目の前の危機に対応するには時間がかかりすぎるからである。焦点は、NATOの代替を探すことではなく、既存の枠組みの中で欧州が力をつけることにある。

その過程では、ソ連時代から米欧分断を図ってきたロシアに対し、米欧の一体性を保てるかが重要な課題となる。移行がスムーズに進めば、NATOの将来は意外と楽観できる面もある。ただし、米欧の内部の混乱にロシアがつけ込む動きには、今後も注視が必要である。

(以上、文責在事務局)