その政策を具体化したものが、2024年に施行された欧州重要原材料法(Critical Raw Materials Act: CRMA)である。同法は、戦略的原材料について、2030年までにEU年間需要の少なくとも10%を域内で採掘し、40%を域内で加工し、25%をリサイクルする目標を掲げる。さらに、供給安全保障への貢献が大きい事業を「戦略プロジェクト」に認定し、許認可手続の迅速化を図る一方、環境への影響を抑え、人権や先住民族の権利を尊重し、地域社会との意味ある関与を確保することも認定要件に含めている。
Per Geijerの開発が重く受け止められるのも、すでに圧力が蓄積している土地に、さらに新たな開発が加わるためである。この開発は、残された放牧地をつなぐ回廊を分断すると懸念されている。回廊が途切れれば、季節移動を前提とする放牧システムそのものの継続が困難になる。現地調査では、これ以上の分断がトナカイ放牧の継続、ひいてはsamebyの将来そのものにかかわるとの強い危機感が、ガブナの代表から語られた。さらに、今ある放牧地や移動経路においても、汚染された地衣類をトナカイが食べなくなったという話が聞かれた。
こうした問題を、より長い歴史的な射程から捉え直したのが、スウェーデン政府が2021年に設置した「サーミ民族のための真実委員会」である。2026年9月30日に公表された最終報告書 Markerna berättar och minns. Konsekvenser för samer av svensk politik(『土地は語り、記憶する――スウェーデンの政策がサーミの人々にもたらした影響』)は、国家政策とその帰結を歴史的に検証し、サーミの権利や社会の現状を現在まで続く問題として位置づけた。委員会は政府に対し、歴史的不正義を公式に認め、その是正とサーミの人々の権利や尊厳の回復、和解に向けた措置を講じるよう求めている。 報告書は、スウェーデン政府、サーミ議会、サーミの若者の組織Sáminuorraに正式に提出された。
1.WPSから「グリーントランジション」を照射する
近年、WPS(女性・平和・安全保障)をめぐる議論は、紛争下における女性の保護に加え、平和構築や意思決定への参加、さらには人々の日常的な安全を左右する多様な課題へと射程を広げている。気候変動や環境劣化、天然資源をめぐる競合もその一つである。気候変動は、食料や水の確保、健康や生計など生活の基盤を揺るがし、既存の社会的不平等や安全保障上の課題をさらに深める作用をもつ。他方、気候危機への対応として進められる脱炭素化は、再生可能エネルギーや電動化を軸とする経済社会の転換(グリーントランジション)と結びついて語られている。こうした脱炭素化の潮流にデジタル化の進展も重なり、重要鉱物への需要が高まるとともに、その安定的な確保への関心も急速に高まっている。鉱物をどこで、どのように確保するのかは、いまや軍事・経済だけでなく、環境や社会にもかかわる安全保障上の課題として存在感を増している。
本研究会では、WPSを紛争下における女性の保護としてだけではなく、ジェンダーの視点から安全保障を問い直す枠組みとして捉えている。そこでは、誰の生計やウェルビーイング、生活様式が脅かされているのか、また誰の声が意思決定に反映されているのかを問う。この観点から、本稿は二つの安全保障の関係に着目する。一つは、重要原材料の安定的供給を確保する「資源安全保障」であり、もう一つは、人々が生計やウェルビーイング、生活様式を維持できるという意味での「日常生活の安全保障」である。資源開発の利益と負担はどのように分配されるのか。とりわけ先住民族サーミを含む、影響を受ける地域社会の声は、どの程度意思決定に反映されているのか。本稿では、気候変動の影響がすでに顕著に現れているスウェーデン北極圏のキルナを事例として、これらの問いを検討する。
2.資源安全保障の前線となるキルナ
重要鉱物の安定的な確保は、近年、各国で脱炭素化と経済安全保障を支える重要な政策課題となっている。なかでもEUでは、エネルギー転換やデジタル化の進展によって需要が高まる一方、供給の多くを域外に依存していることが脆弱性として意識されてきた。新型コロナウイルス感染症による供給網の混乱や、2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻は、そうした認識をさらに強めた。重要鉱物は、いまや気候政策だけでなく、産業基盤や安全保障を支える資源として位置づけられている。
その政策を具体化したものが、2024年に施行された欧州重要原材料法(Critical Raw Materials Act: CRMA)である。同法は、戦略的原材料について、2030年までにEU年間需要の少なくとも10%を域内で採掘し、40%を域内で加工し、25%をリサイクルする目標を掲げる。さらに、供給安全保障への貢献が大きい事業を「戦略プロジェクト」に認定し、許認可手続の迅速化を図る一方、環境への影響を抑え、人権や先住民族の権利を尊重し、地域社会との意味ある関与を確保することも認定要件に含めている。
この政策との関係で注目されるのが、スウェーデン北部キルナである。キルナでは19世紀末からLKAB社による鉄鉱石採掘が続き、1952年には地下採掘への移行が決定された。1957年にスウェーデン国家がLKABの所有権を取得し、1976年には国が唯一の所有者となった。現在、キルナ鉱山は世界最大の地下鉄鉱石鉱山とされ、鉱体は全長約4キロメートル、厚さ80~120メートル、深さ約2キロメートルに及ぶ。さらに2023年、LKABはキルナ近郊のPer Geijer鉱床で大規模な希土類資源を確認したと発表した。一方、キルナ周辺では、Talga社によるVittangi近郊の黒鉛鉱床開発も進められている。2025年3月には、LKABのReeMAPプロジェクトとTalgaのNatural Graphite ONEプロジェクトが、CRMAに基づく戦略プロジェクトの初回選定に含まれた。キルナは従来の鉄鉱石供給拠点に加え、欧州のグリーントランジションと資源安全保障を支える場所として、あらためて注目を集めている。
3.都市移転――資源開発と暮らしの再編
では、キルナにおける資源開発は、地域社会の暮らしとどのように接合してきたのか。地下採掘の深部化は市街地に地盤変動をもたらし、2000年代からの大規模な都市移転へとつながった。19世紀末から形成されてきた緑豊かな旧市街とは異なり、新しいキルナでは、より集約的な都市構造が採用された。一方、文化的・歴史的価値の高い建造物の一部は、建物そのものを移設する方法で継承が図られてきた。その象徴が、2025年8月のキルナ教会の移転である。1912年に完成した木造教会は、長く地域の記憶を担ってきた。移転当日には国王カール16世グスタフも現地を訪れ、その歴史的な移動を見届けた。
ところが、そのわずか一週間後、LKABは新たな地盤変動予測を公表し、さらに約6,000人、約2,700戸が移転の影響を受ける可能性を示した。これにより、都市移転の影響を受ける住民は累計約12,000人に達し、キルナ中心市街地の人口の約3分の2に相当する規模となった。
終わりが見えているようにも見えた都市移転は、再び先の見通しが揺らぐことになった。キルナ市側からは、この規模の都市再編を自治体だけで担うことの難しさが示され、国家レベルの関与が必要だとの認識も表明されている。
都市移転への住民の受け止めはどうだろうか。現地調査では、新市街地の利便性や補償を評価する声も聞かれた。他方、男女を問わず、長く暮らしてきた住民ほど、住まいだけでなく、自然や近隣とのつながり、そこで重ねてきた時間を失う痛みを強く語った。生活や経済状況、必要とするケアによって、同じ移転でもその影響や受け止め方には大きな違いがみられた。
4.サーミの土地利用と「累積的影響」
都市移転が、居住の場と生活環境の再編をもたらしているとすれば、先住民族サーミにとっては、生業に加えて生活や文化の継承そのものが揺さぶられている。サーミの歴史的な生業であるトナカイ放牧は、季節に応じて広範な北の大地を移動し、それぞれの時期に適した放牧地を利用することで成り立ってきた。放牧の継続には、土地そのものに加え、放牧地を結ぶ移動経路を継続して利用できることが欠かせない。トナカイ放牧権は、スウェーデン法上も、土地所有権とは異なる長年の利用に根ざした権利として位置づけられてきた。
キルナを含むガブナsameby(トナカイ放牧共同体)の領域では、こうした土地利用の継続を難しくする圧力が長年にわたり積み重なってきた。鉱山開発やそれに伴う環境汚染を起点として、鉄道や市街地が広がり、その後も観光や風力発電を含む新たな土地利用が重ねられてきた。そこへ気候変動による雪質や植生の変化も加わる。こうして、従来の移動経路は次第に狭められていった。先行研究やストックホルム環境研究所(SEI)の2026年報告書は、こうした影響を個々の事業ごとに切り分けるのではなく、時間と空間を通じて積み重なる「累積的影響」として捉える必要性を指摘している。
Per Geijerの開発が重く受け止められるのも、すでに圧力が蓄積している土地に、さらに新たな開発が加わるためである。この開発は、残された放牧地をつなぐ回廊を分断すると懸念されている。回廊が途切れれば、季節移動を前提とする放牧システムそのものの継続が困難になる。現地調査では、これ以上の分断がトナカイ放牧の継続、ひいてはsamebyの将来そのものにかかわるとの強い危機感が、ガブナの代表から語られた。さらに、今ある放牧地や移動経路においても、汚染された地衣類をトナカイが食べなくなったという話が聞かれた。
あるサーミ女性によれば、男性が山岳地や冬季放牧地に長く滞在する一方、女性は子どもが学校に通えるよう地域に残ることが多い。外での仕事に加えて、家事や子育て、手工芸、ベリー摘みなどを担う女性たちは、時には子どもたちを放牧や土地での活動に伴いながら、地名や自然との関わり方を伝えているという。「サーミであることは学校だけでは学べない」という語りから、女性が文化や知識を次世代へつなぐ重要な役割を担っていることがうかがえる。
一方、資源開発の影響は、こうした日常にも入り込んでいる。彼女は、かつて利用していた湖については、現在では汚染への懸念から魚を採ることはしないと語った。彼女は、自分たちの子どもが将来もこの土地でサーミとして生き続けられるのかに強い不安を抱いていた。これまでも移動経路を変えるなど柔軟に対応してきたが、その余地は限界に近づいており、Per Geijerの開発が進めば、「これ以上どうすれば自分たちを消さずに済むのかわからない」と危機感を語った。
5.声は意思決定に届くのか――協議と参加の非対称性
では、こうした負荷や将来への懸念は、どのような回路を通じて意思決定に届くのだろうか。キルナ鉱山をめぐる環境許可の経緯は、その難しさを示している。現在の操業の基礎となる許可は1976年に審査され、1998年に条件が見直されたもので、1999年に施行された現行の環境法典より前の制度に基づいている。LKABは2018年に新たな環境許可を申請したが、影響を受ける人々への事前協議が十分でなかったことなどから、裁判所は申請を却下した。現在は、既存許可の下で操業を続ける一方、新たな申請に向けた準備が進められている。
一方、土地利用や環境許可をめぐっては、以前から関係するsamebyと企業や行政との間で協議が行われてきた。これとは別に2022年、サーミ民族が自らに関わる意思決定への影響力を高めることを目的とした新たな法定協議制度が導入された。意思決定に関与する制度的な機会は広がったが、SEIが2026年に公表した評価では、重要な選択肢がすでに狭まった段階で協議が始まる事例や、制度の趣旨そのものをサーミ側が行政に説明する場面も確認されている。協議の機会があることと、その声が実際の意思決定を動かすこととは、必ずしも同じではない。
加えて、浮かび上がるのが、参加を支える条件の非対称性である。企業や行政には専従の職員や専門家がいる一方、sameby側はトナカイ放牧を続けながら、相次ぐ開発案件への対応を担っている。会議への出席だけでなく、その前後の資料確認や共同体内部での調整、専門的助言の確保まで、限られた人員で引き受ける。影響を受ける側が、その影響を自ら立証し続け、そのための時間や専門性まで負担するなら、参加の条件そのものに大きな非対称性が残る。
6.「誰の安全か」――歴史的不正義からWPSへ
こうした問題を、より長い歴史的な射程から捉え直したのが、スウェーデン政府が2021年に設置した「サーミ民族のための真実委員会」である。2026年9月30日に公表された最終報告書 Markerna berättar och minns. Konsekvenser för samer av svensk politik(『土地は語り、記憶する――スウェーデンの政策がサーミの人々にもたらした影響』)は、国家政策とその帰結を歴史的に検証し、サーミの権利や社会の現状を現在まで続く問題として位置づけた。委員会は政府に対し、歴史的不正義を公式に認め、その是正とサーミの人々の権利や尊厳の回復、和解に向けた措置を講じるよう求めている。 報告書は、スウェーデン政府、サーミ議会、サーミの若者の組織Sáminuorraに正式に提出された。
この報告書では、土地利用の縮小やトナカイ放牧の困難が現在も続いているとの認識が明確に示されている。証言集では、放牧地が縮小し、多くのトナカイ放牧従事者が将来を悲観していること、トナカイ放牧の存続とサーミ文化の継承が深く結びついていることも語られている。筆者らの現地調査で浮かび上がった土地利用の圧力や協議への負担、意思決定における非対称性は、こうした問題認識とも重なる。現在の資源開発を、近年の鉱物政策だけでなく、土地と自己決定をめぐる国家政策の長い歴史から読み解こうとする姿勢が、そこには見て取れる。
こうした重い歴史を踏まえれば、現在の制度が不均衡をどこまで修正できているかが次の問いとなる。スウェーデンは、先住民族の土地・資源への権利や参加を定める国際基準の一つであるILO第169号条約を批准していない。国内の協議制度が整備されても、サーミの権利が実際の土地・資源利用の判断にどこまで反映されるのかという課題は残る。
WPSの観点からみると、ここで問われるのは「参加」の実質である。会議に出席する機会があっても、影響を立証し、専門知を整え、継続的に協議へ参加する負担が一方に集中すれば、その声が意思決定に届く力は限られる。何を安全とみなし、その安全を誰の負担の上に築くのか。キルナは、この問いを具体的に突きつけている。
EUにとって重要鉱物の確保は、グリーントランジションと資源・経済安全保障を支える。一方、地域社会にとっての安全は、土地や生業、生活の継続、そして次世代への継承と結びついている。資源供給の安定化や雇用、地域経済への期待がある一方、その利益と負担は必ずしも同じ場所、同じ人びとに帰属しない。一つの安全を強化する政策が、別の主体に新たな不安全をもたらす緊張関係がここに現れている。「グリーントランジション」の必要性が高まるほど、その利益と負担の分配、権利保障、意思決定への実質的な関与の問いは深まる。WPSは、その過程で誰の安全が政策の中心に置かれ、誰の不安全がその陰に置かれるのかを捉える視角を提供する。
真実委員会の最終報告書が提出されたのは、2026年9月の総選挙後、新たな政権形成が進む時期でもあった。スウェーデンでは2022年以降、穏健党を中心とする右派政権がスウェーデン民主党の議会協力を得て政権を担ってきたが、2026年総選挙では、この4党は過半数を失った。社会民主党が99議席で第1党となり、10月初旬の時点では新政権の形成をめぐる協議が続いている。世界でも民主主義が成熟した国の一つとされるスウェーデンが、真実委員会の示した歴史的不正義をどこまで現在の土地・資源政策やサーミの権利保障に結びつけるのか。今後、政権の構成や政策の方向が変化する可能性もあるなかで、委員会の提言への対応は、その民主主義の実質を問う一つの試金石となる。EUの資源安全保障政策が進むなか、その行方は引き続き注視される。