コメンタリー
[1] Kirsten Grieshaber, Philip Crowther and Aamer Madhani, AP, March 29, 2025.
[2] 『読売新聞』2026.3.22。
[3] ‟Agreement between the Government of The United States of America and The Government of the Kingdom of Denmark together with The Government of Greenland,” The White House, September 22, 2026.
[4] Taagholt, Jørgen, and Hansen, Jens Claus. 2001. Greenland: Security
Perspectives. Trans. Daniel Lufkin. Fairbanks, Alaska: Arctic Research
Consortium of the United States.
Perspectives. Trans. Daniel Lufkin. Fairbanks, Alaska: Arctic Research
Consortium of the United States.
[5] Steve Holland, Gram Slattery, Tim Reid、「トランプ氏のグリーンランド購入案、勢力圏拡大と歴史的功績狙う」ロイターJapan、2025年1月9日
[6] “Defense of Greenland: Agreement Between the United States and the Kingdom of Denmark, April 27, 1951.” https://avalon.law.yale.edu/20th_century/den001.asp
[7] “Agreement Amending and Supplementing the Agreement of April 27, 1951 (Signed at Igaliku August 6, 2004)”. https://www.state.gov/wp-content/uploads/2019/02/04-806-Denmark-Defense.done_.pdf
[8] James Black, Stephen Flanagan, Gene Germanovich, Ruth Harris, David
Ochmanek, Marina Favaro, Katerina Galai, Emily Ryen Gloinso “Enhancing deterrence and defence on NATO’s northern flank,” 2020 RAND Corporation.2020.
https://www.regjeringen.no/contentassets/b6f5ea0d2d6248b4ae4131c554365e93/rand-rr-4381-enhancing-deterrence-and-defence-on-natos-northern-flank.pdf
Ochmanek, Marina Favaro, Katerina Galai, Emily Ryen Gloinso “Enhancing deterrence and defence on NATO’s northern flank,” 2020 RAND Corporation.2020.
https://www.regjeringen.no/contentassets/b6f5ea0d2d6248b4ae4131c554365e93/rand-rr-4381-enhancing-deterrence-and-defence-on-natos-northern-flank.pdf
[9] 〝Camp Century – The Hidden City Beneath Greenland’s Ice | Full Documentary,” Get.factual, 2023/04/25. https://www.youtube.com/watch?v=EBeyA010HIg
[10] 高橋美野梨・中山由美「もう一つのチューレ問題――グリーンランドにおけるB-52爆撃機墜落事故と除染作業員」『北欧史研究』第30号、2013年、57–74頁。
[11] General Sir Gwyn Jenkins, “Battle for the Atlantic,” UK Ministry of Defence, September 17, 2026. ジェンキンス将軍は英国海軍のトップであるFirst Sea Lordに就任した最初の海兵隊出身者である。
[12] Ministry of Defence, UK Government,“Joint Expeditionary Force (JEF) – Policy Direction,”July 12, 2021.
[13] General Sir Gwyn Jenkins, “Battle for the Atlantic,” Ministry of Defence, UK Government, September 17, 2026 (speech delivered September 16, 2026).
[14] Ibid.
はじめに
2026年9月22日国連総会に合わせ、トランプ米大統領、デンマーク・フレデリクセン首相、グリーンランド・ニールセン首相により、米・グリーンランド改定防衛協定が署名された。正式な名称は「北大西洋条約に基づき1951年4月27日に締結されたアメリカ合衆国政府とデンマーク王国政府との間のグリーンランド防衛に関する協定(1951年防衛協定)及びそれに関連するすべてのその後の協定を改定・補充する、アメリカ合衆国政府とグリーンランド政府を伴うデンマーク王国政府との間の協定」と長いものである。この名称こそが、グリーンランド領有や、軍事力行使といった過激な関係構築ではなく、過去の協定の延長線上にあることを如実に示している。
国家安全保障上の要求からグリーンランドの領有が必要であり、そのためには軍事的圧力行使の可能性も否定せずと強硬な発言を行ったのがトランプ大統領である。バンス副大統領は2025年3月グリーンランドを訪問し、「デンマークの投資や関与は不十分であり、デンマークの安全保障の傘の下にいるよりも、アメリカの傘の下にいる方がずっと良いと思う。」と発言、政権として強い関与姿勢を示した[1]。
一時は実際に軍事力行使もあり得るのではないかと、デンマーク軍が滑走路破壊用爆薬や負傷者用に輸血用血液も準備する緊張した事態となった[2]。その後NATOや欧州諸国との交渉により事態は沈静化し、今回の合意に至った。
本稿ではこの改定に至る背景を分析し、米国が企図した戦略的な狙いを読み解く。
改定における主要変更事項[3]
今回の改定における主要変更点は、米軍拠点の拡大・追加、非NATO諸国(中国・ロシア等)による軍事展開・投資規制、安全保障上重要なインフラや機微な分野への投資規制であり、その効力がグリーンランド独立後も恒久的に有効である点である。
在グリーンランド米軍基地は現在、ピトゥフィク(旧チューレ)米軍基地に限定されているが、この基地の改修・拡大に加え、ナルサスアーク(Narsarsuaq)とメスタースヴィヒ(Mestersvig)の2か所に新たな軍事拠点を設置・使用する権利が認められた。さらに米軍の軍事プレゼンスを将来拡張できる枠組み、「有人の基地」ではなく、防衛区域外に無人軍事施設を展開できる制度的枠組みを整えた。
重要なのは、軍事施設(Defense Areas)間の米軍民航空機、船舶等のグリーンランド領域を通じた自由なアクセス・移動を認める規定、グリーンランド領海上空の飛行、米国公船の領海内・海中でのアクセスといった、米軍関連船舶、航空機の行動の自由を制度的に認めた点であろう。
さらに、グリーンランドが独立国家になった場合でも、この協定を維持する仕組みが組み込まれている。独立した場合、独立グリーンランドはNATOに残留し、現在の協定上の権利・義務を引き継ぐことをデンマークとグリーンランドが担保するとされており、独立後も米国の防衛上の権利・義務を継続させるための法的枠組みが、あらかじめ協定に組み込まれた。
その他、非NATO諸国による軍事的プレゼンスを禁止するとともに、域外勢力による安全保障上重要な分野への影響力・投資を制限する枠組み、NATO非加盟国によるグリーンランド内での軍事基地設置や駐留を永続的に禁止する条項等が盛り込まれた。協定では中国・ロシアを名指ししてはいないが、実質的には両国を含む非NATO勢力の軍事的・経済的影響力を排除するものと解釈できる。
また、今回の改定では、米国がグリーンランドに軍事アクセスを確保する目的として、北大西洋条約地域、グリーンランド及び米国大陸の防衛に加え、「ゴールデンドーム防衛システム」の構築が明記された。ゴールデンドームは米国本土を対象とする次世代のミサイル防衛構想であり、グリーンランドはその北極圏側の防衛態勢を支える地理的に重要な位置にある。したがって、今回の協定は、従来の基地・航空戦力等に加え、将来のミサイル防衛を含む米国の多領域防衛態勢をグリーンランドに展開するための法的基盤を提供するものと捉えることができる。
米国によるグリーンランド防衛の変遷
米国とグリーンランドが本格的に軍事・安全保障分野で関わるようになったのが第二次大戦である。本国デンマークがドイツに占領されたため、1941年4月デンマークのカウフマン大使がワシントンで「グリーンランドの防衛に関する協定」に署名し、グリーンランドに対するデンマークの主権を承認する一方、グリーンランドに軍事基地を設立し、作戦行動する権利を米国に与えることとなった[4]。
第二次世界大戦終了直後トルーマン大統領が1億ドルでグリーンランドの購入を打診したが、デンマークから拒否されている[5]。しかしながら、冷戦が激化するにしたがって、戦略的価値が高まり、1951年米・グリーンランド防衛協定防衛協定が締結され、新たな基地・装備が配置されるようになった[6]。
2004年にはグリーンランド自治政府が直接関与できるようになり、米・デンマーク・グリーンランド防衛協定の改定が行われた。(イガリク協定[7](Igaliku Agreement)
GIUKギャップ
冷戦期の東西対立は欧州大陸、東西ドイツが陸上での最前線だとすれば、海上でのそれはGIUKギャップである。ドイツ海軍やソ連艦隊が大西洋に出るには大陸と英国の間、狭隘な英仏海峡かGIUKギャップと呼ばれる、グリーンランド(G)、アイスランド(I)、英国(UK)を結ぶ島嶼線を越えるしかない。

図4:GIUKギャップ 出所:RAND研究所報告書から複写[8]
冷戦時代には核戦争の危機が顕在化し、北極海の戦略的な価値が飛躍的に高まった。冷戦初期、核爆弾が唯一の核兵器体系であり、米本土とソ連本土を結ぶ最短コース、直線的なルートは北極経由の空路でありその中間に所在するのがグリーンランドであった。最初は東京大空襲や広島・長崎に原爆を投下したB-29が攻撃用の爆撃機として、防御用にはF-86戦闘機が在グリーンランド米空軍基地チューレに配備された。次に実用化し始めた短距離弾道ミサイルでソ連を攻撃するため、グリーンランドの氷河の下に核ミサイル基地を配備可能か検証するため実験施設が建築された。秘密基地キャンプ・センチュリー“Camp Century”という未来基地であり、近年汚染物質流出や環境問題で再び注目されている[9]。
また冷戦期には水爆搭載B-52爆撃機の墜落事故、それに伴う関係者の被ばくや土壌汚染問題等もあり、これらの負の要素が反米、あるいは反基地運動の高まり、独立後の米軍排斥運動等が懸念されていた[10]。
こうした過去の負の経験は、米軍基地や米国の軍事的プレゼンスに対するグリーンランド社会の反発要因となり得るものであり、グリーンランド独立後における米軍駐留の受容という問題にもつながる恐れがあった。
温暖化が進む現代アイスランドやグリーンランドという戦略的に重要な島に中国やロシアの関与が深まりつつあり、NATO同盟のリング、その弱点が狙われている、そういった危機意識がトランプ大統領グリーンランド領有発言に繋がっている。
英第一海軍卿演説から読み解くNATOの対ロ脅威認識[11]
9月中旬、英海軍トップが非常に興味深く示唆に富む演説を行った。
その演説で英国、NATOが直面する最大の脅威はロシアであり、大西洋での海上作戦、北極海からの脅威、GIUKギャップの重要性を指摘し、ロシア海軍が探知困難な最新鋭潜水艦や長距離精密兵器、深海運用を目的としたシステムを増強していると強調した。
この演説のタイトルは第二次大戦中にチャーチル首相が命名した、ドイツ潜水艦やポケット戦艦等による通商破壊作戦への対抗、海上護衛戦「大西洋の戦い(the Battle of the Atlantic)」を強く意識した、「大西洋での戦い(Battle for the Atlantic)」となっており、英国が同盟国と共に、島国英国の生存確保に海上交通が不可欠であり、そのためにハイブリッド海軍整備を唱えている。
今回の改定グリーンランド防衛協定は、米軍の防衛区域をピトゥフィク以外の2地域に拡大するとともに、防衛区域外への無人軍事施設の設置、グリーンランド域内における米軍の陸・海・空の移動、さらには領海内への水中アクセスを認める枠組みを整えた。これにより、グリーンランドは単独の軍事拠点ではなく、航空機、艦艇、潜水艦、無人システム、センサー等を組み合わせた多領域の海洋安全保障態勢を構築するための基盤として、その戦略的重要性を増すこととなる。
この動きは、ジェンキンス将軍が示したハイブリッド海軍の構想を実現するための地理的・制度的基盤の一つとして捉えることができる。有人・無人の各種プラットフォームと、航空・水中・陸上のセンサー、軍事施設、情報・通信基盤をネットワーク化し、グリーンランドからGIUK Gapを経て北大西洋へ連接する、統合された海洋安全保障ネットワークとして捉えることができる。
グリーンランドの防衛態勢強化は、この北大西洋・北極域におけるネットワーク型の海洋戦力の一環として位置付けることができよう。
また、これらの活動は米英のみならず、北欧諸国を中心とした多国間海軍協力の枠組みでの実施が想定されている。英国が主導するJoint Expeditionary Force(JEF)は、英国、デンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの10か国からなる即応性を備えた多国間枠組みであり、北極海、北大西洋、バルト海を主要な活動地域とする、NATOを補完する役割を担っている[12]。
ジェンキンス将軍は、このJEF加盟国を基盤として「北方海軍(Northern Navies)」の構想を進めていることを明らかにした。これは、従来の一時的・個別的な共同活動から、平時から継続的に連接された統合的な海上戦力へと発展させる構想であり、共通のシステム、デジタル・ネットワーク、ドクトリン、兵站・備蓄、訓練・演習などを通じて相互運用性を高めることを目指している。また、英国・ノルウェーのフリゲート部隊の共通運用や、無人艦艇・センサーを長期間展開する構想も示されている[13]。
この北方海軍構想は、有人・無人のプラットフォーム、航空・水中・陸上のセンサー、軍事施設、情報・通信基盤をネットワーク化するハイブリッド海軍の考え方と軌を一にするものであり、JEFを基盤として、北欧・北大西洋地域の海軍力を恒常的かつネットワーク型の海洋安全保障態勢へ発展させようとする動きと言える[14]。
おわりに
今回の改定協定は、米軍の基地・施設と行動の自由を確保するとともに、非NATO勢力の軍事的・経済的影響力を制限し、グリーンランド独立後もその枠組みを維持するものである。これは、ロシアや中国といった戦略的競争相手の北極・北大西洋における活動を念頭に、米国がグリーンランドの戦略的価値を長期的に確保しようとするものと捉えることができる。
同時に、本協定は、グリーンランドを単独の軍事拠点としてではなく、GIUKギャップを経て北大西洋へ連なる、米国とNATOの海洋安全保障態勢の一部として位置付け直すものでもある。英国が進めるJEFや北方海軍などの構想と合わせてみれば、北極・北大西洋における米欧の防衛態勢が、より恒常的でネットワーク化されたものへと移行しつつあることがうかがえる。