コメンタリー
[1] https://www.arctictoday.com/trump-says-you-can-bet-greenland-will-be-under-us-control/
[2] https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/117230286557431140
[3] https://www.sermitsiaq.ag/samfund/motzfeldt-og-lokke-vi-er-fortsat-uenige-med-usa/2330300
[4] https://www.nato.int/en/news-and-events/events/transcripts/2026/07/08/press-conference-by-nato-secretary-general-mark-rutte-following-the-meeting-of-heads-of-state-and-government-at-the-2026-nato-summit-in-ankara
[5] https://knr.gl/da/nyheder/loekke-venter-arbejdsgruppe-om-groenland-er-faerdig-i-aar
[6] https://www.dr.dk/nyheder/udland/mette-frederiksen-er-optimistisk-omkring-en-loesning-med-trump-om-groenland
[7] https://stm.dk/presse/pressemeddelelser/2026/udtalelse-fra-statsminister-mette-frederiksen-22-januar-2026/
https://www.fmn.dk/da/nyheder/2026/forsvaret-oger-tilstedevarelse-og-fortsatter-med-ovelser-i-gronland-i-tat-samarbejde-med-allierede/
https://www.fmn.dk/da/nyheder/2026/forsvaret-oger-tilstedevarelse-og-fortsatter-med-ovelser-i-gronland-i-tat-samarbejde-med-allierede/
[8] https://www.diis.dk/en/research/a-super-atlanticist-no-more
[9] https://www.ft.dk/ripdf/samling/20241/beslutningsforslag/b173/20241_b173_som_vedtaget.pdf
[10] 高橋美野梨「グリーンランド・ウクライナ——応答するデンマーク政治」、『外交』96号、2026年3月、pp.66-71。
[11] https://fpif.org/trump-tries-to-turn-greenland-into-okinawa/
[12] https://x.com/NATOJFCBS/status/2095164975312429174
[13] https://www.diis.dk/en/research/okinawa-and-thule-us-military-bases
[14] https://www.retsinformation.dk/eli/ft/200812L00128
[15] Naalakkersuisut (2024). Greenland in the world – Nothing about us without us: Greenland’s Foreign, Security and Defense Policy 2024-2033 — an Arctic Strategy. February 2024.
[16] 2004年協定第3条1項(a)は、1951年防衛協定第6条第2文末尾の、米軍関係者と現地住民との接触に関する規定について、1986年に撤廃され、効力を有していないことを確認している。
[17] 高橋美野梨「戦後デンマーク国家における軍事化はいかに不可視化されたか——国連、米国/NATO、グリーンランド」、(中丸禎子・田中琢三共編著)『北欧ロマンとナショナリズム 内村鑑三・開拓・民族主義(アジア遊学304)』勉誠社、2025年、pp.315-336。
[18] https://www.sermitsiaq.ag/notice/2403339
[19] https://www.sermitsiaq.ag/samfund/lokke-takker-europa-afgorende-at-sige-fra-over-for-trumps-krav-om-gronland/2337130
2026年1月、グリーンランドをめぐる米国とデンマークの関係は、かつてない緊張に包まれた。第二次ドナルド・トランプ政権がグリーンランドの「所有と統制」を公然と要求し続けるなか、ベネズエラへの軍事介入を契機として、その要求が単なる政治的言辞にとどまらず、軍事力の行使をも排除しない現実的な圧力として受け止められるようになったからだ。事態は、デンマーク王国の主権と領土保全そのものを揺るがしかねない危機へと発展した。
この、いわゆる「グリーンランド危機」は、その真意を測りかねるかたちで、その後もなお継続している。その舞台は執務室にとどまらず、SNS上の言説や表象にまで広がっている。直近の事例にかぎっても、7月には、右派系メディアReal America’s Voiceのインタビューで、司会者が、トランプの任期中にグリーンランドは米国の作戦上の統制(operational control)下に入るとする自身の予測を持ち出すと、トランプは「その予測は当たる」と応じ、グリーンランドの重要性を改めて強調した[1]。9月には、隣国のカナダやアイスランドとともにグリーンランドを星条旗で覆い、その全体をUnited States of Americaとした地図をTruth Social上に投稿している[2]。
他方、2026年1月中旬を境に、「危機」のさらなる深刻化を回避し、事態を沈静化させようとする動きも見られ始めた。1月14日にワシントンD.C.で行われた米国、デンマーク、グリーンランドによる協議では、根本的な立場の相違こそ解消されなかったものの、三者はハイレベルの作業部会を設置し、共通の道筋を探るべく協議を継続することで合意したと報じられた[3]。その具体的な内容はほとんど明らかにされていないが、断片的な報道によれば、協議の対象には、米国のミサイル防衛構想「ゴールデン・ドーム」に関連する投資や、グリーンランドへの部隊展開を含む、将来的な安全保障上の取り決めも含まれるという[4]。いずれにせよ、2025年1月の大統領就任以降、トランプ/米国による一方的な要求と、それに対するグリーンランド、デンマーク側の反発が「危機」の表層を形づくってきたのに対し、ここにいたって、三者による継続的な外交交渉という、もう一つの局面が現れたのである。三者協議に参画するデンマークのラース・ルケ・ラスムセン外相は、2026年6月、なお複数回の協議を要するとの認識を示しつつも、年末までには一定の合意に到達し得るとの見通しを明らかにしている[5]。デンマークのメッテ・フレデリクセン首相にいたっては、交渉の進展が見込まれる2026年9月の時点で、その行方を「楽観視」する姿勢を示した[6]。
重要なのは、デンマーク王国の領土保全とグリーンランドの自決とが、交渉上のレッドラインとして機能する一方、デンマーク、グリーンランドのいずれも、北極をめぐる安全保障環境の変化を認識し、それに対応するため、米国との安全保障協力を強化する必要性それ自体は否定していないことである[7]。もちろん、米国との緊密な同盟関係を前提としてきたデンマークの姿勢には変化が生じている。デンマーク国際問題研究所(以下、DIIS)のハンス・モウリツェンが超大西洋主義(super-Atlanticism)と表現した冷戦後、とりわけ9.11以降に強まったデンマーク外交の超親米路線には、いまや同じくDIISのミッケル・ルンゲ・オールセンのいう「黄色信号」が点灯している[8]。それでも、ジョー・バイデン政権期の2023年に締結され、トランプ復帰後の2025年6月にデンマーク議会で承認された米国との防衛協力協定を持ち出すまでもなく[9]、米国との安全保障協力そのものが否定されたわけではない[10]。むしろ現在の交渉は、領土保全と自決原則を維持しながら、米国の安全保障上の要求をどこまで、そしていかなる形で制度化し得るのかを探る過程として進められているように見える。
この点において、一見するとやや突飛にも映るが、沖縄をめぐる基地政治から導き出されたモデルがグリーンランドにも適用され得ることを指摘した、地政学アナリストのイムラン・ハリドの論考は[11]、今般の動静を読み解く一つの手がかりとして注目に値する。
「沖縄モデル」という視角
2026年2月、ハリドは、『Foreign Policy in Focus』に発表した論考において、特に2026年1月以降のトランプ政権によるグリーンランドへの関与を、「沖縄モデル」のグリーンランドへの適用と説明した。ここでいう沖縄モデルとは、米国が同盟国の主権を形式上は維持しながら、領域内部に基地、その利用やアクセスを保障する権利、さらには基地の設置・運用を支える安全保障上の制度を重層的に組み込み、当該空間を実質的な軍事・戦略空間へと「丸ごと」再編する統治のあり方を意味している——そして、こうした空間の再編を、中国やロシアなどによる軍事的・戦略的関与、あるいはその可能性[12]を排除する拒否戦略と連動させる構想である。ハリドは、沖縄において形成されてきたとハリド自身が記述的に推論する、こうした統治の論理が、グリーンランドという異なる地域的文脈において反復される可能性を指摘した。このようにハリドは、このモデルを西半球における米国の優位性を回復すべく、戦略的拠点の確保と産業・技術サプライチェーンの強化を進める一方、競合勢力の影響力を排除する——いわばモンロー主義にトランプ独自の原則を付加した対外戦略とも相似形をなすものとして俎上にのせた。
実のところ、ハリドがこの沖縄モデルを構想する際、その理論的な足場としたのが、筆者とDIISのウルリック・プラム・ガドが2025年8月に発表したポリシー・ブリーフ(以下、PB)だった[13]。筆者らのPBでは、グリーンランドと沖縄の基地政治を共時的な事象として俎上にのせ、その成立・維持条件を捉えるため、基地接受国内におけるA.中央政府、B.地方政府、C.実際に基地を受け入れる自治体の三者関係に着目した。その上で、①基地をめぐる意思決定に誰が、いかなる形で代表されるのかを問う代表制、②中央政府と地方政府、自治体とのあいだの意思決定権限の配分と、各主体と基地との物理的距離に着目する空間的配置、③中央政府が地方政府、自治体からの要求を政策過程に取り込む、あるいは取り込まない動機を規定する政治的インセンティブからなる分析視角を提示した。
ハリドは、この視角を、基地接受国政府(A.)による形式的な領域支配と、基地設置国である米国による実効的な軍事支配とを両立させる統治技法として読み替え、沖縄モデルを導出した。すなわち沖縄モデルとは、上記①~③の要素を米国の戦略的利益に即して組み替えながら、基地接受国の領域主権を形式的には尊重することで、その統治に正当性を付与する仕組みである。ハリドが捉えようとしたのは、いわば「統治の逆説」とでも呼びうる、こうした在沖米軍を事例にとる重層的な権力編成だった。そして、この統治の構図においては、中間レベルの地方政府(B.)や、基地を実際に引き受けるよりミクロな自治体(C.)の政治的主体性、さらにはそこに集中する負担は、必然的に後景へと退く。むしろ、基地接受国の主権を形式的に維持する一方で、基地が置かれる地域そのものを統治の前景から退かせる点にこそ、沖縄モデルの神髄があるとすら言えるだろう。
であれば、この沖縄モデルをグリーンランドに重ね合わせる際には、一定の留保が必要となる。その留保は、以下に示す二つのベクトルが交差する地点に置かれることで、より明確になる。一つは、21世紀以降、グリーンランド(B.)が、安全保障を含む対外関係の制度と実践に自らの意思で関与し、自立的な主体としての位置を強めてきたこと。もう一つは、米国の軍事アクセスを支える法的基盤に、なお米国とデンマーク(A.)との国家間合意が残されていること、である。すなわち、既存の二国間関係に重なり合うかたちで進んできた、グリーンランドの主体化をめぐる論点である。
2003年
その制度的な出発点となったのが、2003年のイチリク宣言だった[14]。同宣言は、グリーンランドにとって重要な外交・安全保障政策上の問題について、グリーンランドがデンマークとともにその意思決定に関与し、影響力を行使することを原則として掲げた。とりわけ、グリーンランドに特別な利害を有する問題が国際交渉を必要とする場合には、グリーンランドがデンマークとともに交渉に参加し、自身の見解と利益を主張することを「自然な出発点」とした。さらに、グリーンランドがデンマークとともに国際交渉に参加する場合には、国際法上認められる範囲で、成立する合意にグリーンランドも共同署名することが自然であるとの原則も示された。
ただし、こうした関与は、デンマーク当局が憲法上有する権限と責任を前提とするものであり、グリーンランドの主体化も、デンマーク(王国)の権限構造そのものを置き換えるものとして構想されたわけでは、当然ながらなかった。したがって、イチリク宣言が意味したのは、外交・安全保障に関する権限そのものをグリーンランドへ移譲することではなく、デンマークとの主従の関係を維持しながら、その意思決定過程にグリーンランドを実質的な政治主体として組み込むことだった。
この原則は、翌2004年の複合(イガリク)協定を通じて、実際の安全保障・防衛の領域へと具体化されていく。同協定は、グリーンランドを協定の契約主体として位置付けることで、イチリク宣言に示されたデンマークとの関係における関与の原則を、米国を含む三者の枠組みへと接続した。さらに、2009年に法制化されたグリーンランド自治法は、グリーンランドによる外国政府との交渉への参加と合意文書への共同署名を定め(13条2、3項)、こうした対外関係への関与に、より一般的な法的基盤を与えた。2024年にグリーンランドが独自に策定した外交・安全保障・防衛政策が、「私たち抜きに私たちのことを決めるな」という原則のもと、国家安全保障の領域においてもグリーンランドが意思決定のテーブルにつくことを掲げたのは、こうした制度的展開の延長線上にある[15]。
もちろん、ここでいうグリーンランドとはすなわちB.であり、基地を実際に引き受ける自治体(C.)の利害までを代表するとは限らない。B.の参加は、デンマーク憲法第19条第1項の下で国際関係において「王国を代表する」A.を軸とする意思決定の包摂性と正当性を高める一方、C.の利害をかえって後景へと退かせる可能性も孕んでいる——ここに、王国の現在地がある。
1951年
その上で、グリーンランドにおける米国の軍事アクセスを支える枠組みに目を転じると、そこには別の連続性が見えてくる。その基礎をなす1951年防衛協定は、第2条において、NATOの防衛計画に基づき、米国とデンマークがその都度必要であると合意する「防衛区域」を設定し、米国がその設置・運用にあたる仕組みを設けた。その一方で、第6条は、米軍関係者と現地住民との接触について、デンマーク当局が望ましくないと判断するものを可能な限り回避することを定めていた。1986年に撤廃されるまで存続したこの規定は、米国(軍)のプレゼンスを認めながら、それとグリーンランド社会との接触を抑制する、いわば「非親密化」の原則を体現するものだった。それは同時に、少なくとも一定の時期まで、在グリーンランド米軍基地が、グリーンランド社会との接触を最小限に抑え、その外部に置かれることによって成立していたことを示している[16]。つまり、グリーンランドは意思決定の「蚊帳の外」に置かれる一方、基地それ自体もまた、グリーンランド社会の外部に存立していた。この点は、今般の沖縄モデルの適用可能性が射程に収める、米国(軍)のプレゼンスをグリーンランド社会の内部へと組み込んでいく論点とは、決定的に異なるだろう。
冷戦期には、こうした枠組みの下で多数の米軍基地や関連施設が展開されたものの[17]、その後、その大半は閉鎖された。しかし、それによって、米国が軍事アクセスを再び拡大し得る法的な余地まで失われたわけではなかった。むしろ、前述の2004年協定は、第1条1項においてチューレ空軍基地(現ピトゥフィック宇宙軍基地)を「グリーンランドにおける唯一の防衛区域」と定める一方、新たな防衛区域の設置には1951年協定第2条が適用されることを明記したのである。
2026年——2003年と1951年が出会うとき
以上の文脈をふまえれば、前出のデンマーク外相ラスムセンが、1951年協定の「拡張」を視野に、米国の正当な安全保障上の利益に応えつつ[18]、グリーンランド、デンマーク、米国の三者が受け入れ得る合意に到達できるとの見通しを示していることは注目に値する[19]。それは、この「拡張」をめぐる交渉が、単に基地の存立や撤退・リエントリーを規律するにとどまらず、2003年宣言から2004年協定へといたる過程で形づくられた三者関係を顕在化させ、それぞれの利害と関与が直接に交差する場ともなるからだ。
この限りにおいて、2026年の交渉は、沖縄モデルがグリーンランドへと向かう過程の一端をなし得るとしても、それが単なる「移植」に終わるのではなく、いかなるかたちで「グリーンランド化」されるのかを占う試金石ともなる。