公益財団法人日本国際フォーラム

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北極の定義について、米国議会調査局(CRS)は一般的に北緯66度34分以北を北極圏としている一方、北極圏捜索・救難(SAR)協定や米国北極関連法においてはアリューシャン列島、ベーリング海を含む海域も含むとされている。我が国では一般にベーリング海峡の内側、北極海のみを北極として議論する傾向があるが、こういった多様な認識があることに留意すべきである。

また、米国の安全保障コミュニティーでは、北極圏を「バレンツ-北極(Barents-Arctic)」と「太平洋-北極(Pacific-Arctic)」の二つの戦略空間に区分して分析する傾向がみられる。前者はNATOとロシアが直接対峙する核戦略上の空間であり、後者は中国が「氷上シルクロード」構想を掲げて進出を進め、中露連携活動が活発化する地域である。そのうえで、日本としては今後、「太平洋-北極」をへの関与を強化すべきである。

北極海は戦略原子力潜水艦による核抑止態勢の中核を担う極めて重要な海域である。アル・ゴア著『不都合な真実』にも示されているように、潜水艦が安全に緊急浮上するためには氷の厚さが3フィート以下であることが望ましく、そのため氷厚データは長年にわたり軍事機密として扱われてきた。しかし、気候変動による氷床減少を示すため、こうしたデータの一部が公開されるようになった経緯がある。

戦後の1947年、米海軍はOperation Blue Noseによって本格的な氷下探査を開始し、1958年には原子力潜水艦ノーチラスが史上初めて北極点直下を航行した。その後も米海軍は氷下作戦能力を発展させ、2026年3月にはICE CAMP(オペレーション・アイスキャンプ)を実施し、多国間による科学調査と運用能力の検証を進めている。冷戦期には米露潜水艦同士の海中衝突も発生しており、北極海は現在に至るまで戦略的重要性を維持している。

空路の観点では、グリーンランドは米ソ間の中間地点という戦略的位置を占めてきた。第二次世界大戦中、ドイツはグリーンランドの気象情報を十分に入手できなかったためノルマンディー周辺の天候を誤認した一方、連合国はグリーンランドから得た正確な気象情報を基にノルマンディー上陸作戦を決断し、成功へと導いた。グリーンランドは軍事戦略上のみならず、気象情報という観点からも極めて重要な地域である。

戦後、米国はグリーンランドにキャンプ・センチュリーを建設し、氷床下に核ミサイル基地を整備しようとした。しかし、氷河の移動速度が想定を上回ることが判明したため計画は中止された。近年では氷床融解に伴い、埋設された放射性物質や化学物質が再び露出する可能性が指摘されている。2024年にはNASAがキャンプ・センチュリー跡地を再確認し、環境への影響が改めて懸念されている。また、この基地が本来核ミサイル配備を目的としていたことをデンマーク政府が認識したのは、機密解除後の1996年であった。

冷戦期には米国が核兵器搭載B52爆撃機を常時空中待機させるクロームドーム(Chrome Dome)作戦を実施していた。その過程でB52がグリーンランド付近に墜落し、水素爆弾4発のうち1発が完全には回収されず、放射性物質による環境汚染や、事故処理に従事したイヌイット住民の被曝問題が発生した。この事故は、北極が核抑止態勢の最前線であったことを象徴する事例である。

また、冷戦期には北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がパインツリー・レーダー網など北極圏の早期警戒システムを整備し、ソ連側も同様の軍事インフラを構築していた。冷戦終結後は一部施設が縮小されたものの、近年ロシアは北極の軍事拠点を再整備している。2021年には北方艦隊が独立した軍管区となり、その後2024年にはレニングラード軍管区へ再編されたものの、北極重視の姿勢は変わっておらず、原子力巡洋艦の近代化改修なども進められている。

こうした状況を踏まえると、米国が近年グリーンランドを国家安全保障上不可欠な地域と位置付ける理由も理解できる。トランプ大統領がグリーンランドに期待する役割の一つが「ゴールデン・ドーム」と言われる、レーダーやミサイル防衛網である。もう一つが海洋の支配であり、セオドア・ローズヴェルトの「ローズヴェルト・コロラリー」を想起させる「トランプ・コロラリー」という文言が国家安全保障戦略にもみられる。

その背景にはGIUKギャップ(Greenland-Iceland-United Kingdom Gap)の存在がある。冷戦期、この海域はソ連潜水艦の大西洋進出を阻止する戦略的要衝であり、現在もロシアが開発を進める戦略核魚雷「ポセイドン」を搭載した潜水艦が大西洋へ進出する際の重要な経路となる。他方、グリーンランドとアイスランドの間に位置するデンマーク海峡については、デンマークの対潜能力が十分ではないとの指摘もある。

日本としては、上川陽子前外務大臣のグリーンランド訪問に対し、現地で日本の平和外交への期待が示されたことも重要である。日本には科学技術協力や国際協調など、ソフトパワーを活用した関与の余地がある。

一方で、近年では中国が「氷上シルクロード」構想の下で北極海航路の利用を拡大し、欧州とのコンテナ航路や科学調査、海底調査を進めているほか、中露共同による海空軍活動も活発化している。米国では、アラスカやアリューシャン列島を含む「太平洋-北極」こそが今後の安全保障上の最重要地域との認識が強まっている。

こうした状況を踏まえると、日本として重要となるのは日米同盟に加えての多国間協力である。カナダは砕氷哨戒艦を横須賀へ派遣するなど日本との協力を進めており、ハドソン研究所が2025年に実施したウォーゲームでも、北極海と北太平洋を一体の戦略空間として捉え、日本、韓国、カナダなどとの監視ネットワークを強化する必要性が示された。また、米軍は今年から大型無人航空機シーガーディアンを三沢基地へ展開している。海上保安庁、海上自衛隊も無人機運用を推進しており、今後日米連携、協調が可能である。

最後に、日本では安全保障関連三文書の見直しが進められているものの、台湾情勢への関心が高まる一方で、北極への戦略的関心は依然として限定的である。バレンツ-北極については国際協調や科学協力など非軍事分野を中心に関与し、太平洋-北極については「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の延長線上に位置付け、米国、カナダ、韓国等とのISR(情報・監視・偵察)やMDA(海洋状況把握)など多国間協力を強化すべきである。日本はルールに基づく国際秩序を支える立場から、北極においても国際協調を主導する役割を果たすべきである。