メモ

「北極圏を巡る情勢の変化と対応」研究会の第2回定例研究会合が下記1.~3.の日時、形式、出席者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。
- 日 時:2026年6月16日(火)13時00分~14時30分
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- 出 席 者:45名
| [主 査] | 高橋美野梨 | 北海学園大学准教授 |
| [副 査] | 廣瀬 陽子 | 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学教授 |
| [事業統括] | 高畑 洋平 | 日本国際フォーラム上席研究員・常務理事 |
| [報告者] | 石原 敬浩 | 海上自衛隊幹部学校非常勤講師 |
| [メンバー] | 稲垣 治 | 神戸大学極域協力研究センター研究員 |
| ユハ・サウナワーラ | 北海道大学北極圏研究センター准教授 | |
| 原田 大輔 | JOGMECエネルギー事業本部調査部長(併)企画調整部担当審議役 | |
| 三船 恵美 | 日本国際フォーラム上席研究員/駒澤大学教授 | |
| 他オブザーバー参加等37名 |
- 概要
(文責、在研究本部)
(1)石原メンバーによる報告
北極の定義について、米国議会調査局(CRS)は一般的に北緯66度34分以北を北極圏としている一方、北極圏捜索・救難(SAR)協定や米国北極関連法においてはアリューシャン列島、ベーリング海を含む海域も含むとされている。我が国では一般にベーリング海峡の内側、北極海のみを北極として議論する傾向があるが、こういった多様な認識があることに留意すべきである。
また、米国の安全保障コミュニティーでは、北極圏を「バレンツ-北極(Barents-Arctic)」と「太平洋-北極(Pacific-Arctic)」の二つの戦略空間に区分して分析する傾向がみられる。前者はNATOとロシアが直接対峙する核戦略上の空間であり、後者は中国が「氷上シルクロード」構想を掲げて進出を進め、中露連携活動が活発化する地域である。そのうえで、日本としては今後、「太平洋-北極」をへの関与を強化すべきである。
北極海は戦略原子力潜水艦による核抑止態勢の中核を担う極めて重要な海域である。アル・ゴア著『不都合な真実』にも示されているように、潜水艦が安全に緊急浮上するためには氷の厚さが3フィート以下であることが望ましく、そのため氷厚データは長年にわたり軍事機密として扱われてきた。しかし、気候変動による氷床減少を示すため、こうしたデータの一部が公開されるようになった経緯がある。
戦後の1947年、米海軍はOperation Blue Noseによって本格的な氷下探査を開始し、1958年には原子力潜水艦ノーチラスが史上初めて北極点直下を航行した。その後も米海軍は氷下作戦能力を発展させ、2026年3月にはICE CAMP(オペレーション・アイスキャンプ)を実施し、多国間による科学調査と運用能力の検証を進めている。冷戦期には米露潜水艦同士の海中衝突も発生しており、北極海は現在に至るまで戦略的重要性を維持している。
空路の観点では、グリーンランドは米ソ間の中間地点という戦略的位置を占めてきた。第二次世界大戦中、ドイツはグリーンランドの気象情報を十分に入手できなかったためノルマンディー周辺の天候を誤認した一方、連合国はグリーンランドから得た正確な気象情報を基にノルマンディー上陸作戦を決断し、成功へと導いた。グリーンランドは軍事戦略上のみならず、気象情報という観点からも極めて重要な地域である。
戦後、米国はグリーンランドにキャンプ・センチュリーを建設し、氷床下に核ミサイル基地を整備しようとした。しかし、氷河の移動速度が想定を上回ることが判明したため計画は中止された。近年では氷床融解に伴い、埋設された放射性物質や化学物質が再び露出する可能性が指摘されている。2024年にはNASAがキャンプ・センチュリー跡地を再確認し、環境への影響が改めて懸念されている。また、この基地が本来核ミサイル配備を目的としていたことをデンマーク政府が認識したのは、機密解除後の1996年であった。
冷戦期には米国が核兵器搭載B52爆撃機を常時空中待機させるクロームドーム(Chrome Dome)作戦を実施していた。その過程でB52がグリーンランド付近に墜落し、水素爆弾4発のうち1発が完全には回収されず、放射性物質による環境汚染や、事故処理に従事したイヌイット住民の被曝問題が発生した。この事故は、北極が核抑止態勢の最前線であったことを象徴する事例である。
また、冷戦期には北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がパインツリー・レーダー網など北極圏の早期警戒システムを整備し、ソ連側も同様の軍事インフラを構築していた。冷戦終結後は一部施設が縮小されたものの、近年ロシアは北極の軍事拠点を再整備している。2021年には北方艦隊が独立した軍管区となり、その後2024年にはレニングラード軍管区へ再編されたものの、北極重視の姿勢は変わっておらず、原子力巡洋艦の近代化改修なども進められている。
こうした状況を踏まえると、米国が近年グリーンランドを国家安全保障上不可欠な地域と位置付ける理由も理解できる。トランプ大統領がグリーンランドに期待する役割の一つが「ゴールデン・ドーム」と言われる、レーダーやミサイル防衛網である。もう一つが海洋の支配であり、セオドア・ローズヴェルトの「ローズヴェルト・コロラリー」を想起させる「トランプ・コロラリー」という文言が国家安全保障戦略にもみられる。
その背景にはGIUKギャップ(Greenland-Iceland-United Kingdom Gap)の存在がある。冷戦期、この海域はソ連潜水艦の大西洋進出を阻止する戦略的要衝であり、現在もロシアが開発を進める戦略核魚雷「ポセイドン」を搭載した潜水艦が大西洋へ進出する際の重要な経路となる。他方、グリーンランドとアイスランドの間に位置するデンマーク海峡については、デンマークの対潜能力が十分ではないとの指摘もある。
日本としては、上川陽子前外務大臣のグリーンランド訪問に対し、現地で日本の平和外交への期待が示されたことも重要である。日本には科学技術協力や国際協調など、ソフトパワーを活用した関与の余地がある。
一方で、近年では中国が「氷上シルクロード」構想の下で北極海航路の利用を拡大し、欧州とのコンテナ航路や科学調査、海底調査を進めているほか、中露共同による海空軍活動も活発化している。米国では、アラスカやアリューシャン列島を含む「太平洋-北極」こそが今後の安全保障上の最重要地域との認識が強まっている。
こうした状況を踏まえると、日本として重要となるのは日米同盟に加えての多国間協力である。カナダは砕氷哨戒艦を横須賀へ派遣するなど日本との協力を進めており、ハドソン研究所が2025年に実施したウォーゲームでも、北極海と北太平洋を一体の戦略空間として捉え、日本、韓国、カナダなどとの監視ネットワークを強化する必要性が示された。また、米軍は今年から大型無人航空機シーガーディアンを三沢基地へ展開している。海上保安庁、海上自衛隊も無人機運用を推進しており、今後日米連携、協調が可能である。
最後に、日本では安全保障関連三文書の見直しが進められているものの、台湾情勢への関心が高まる一方で、北極への戦略的関心は依然として限定的である。バレンツ-北極については国際協調や科学協力など非軍事分野を中心に関与し、太平洋-北極については「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の延長線上に位置付け、米国、カナダ、韓国等とのISR(情報・監視・偵察)やMDA(海洋状況把握)など多国間協力を強化すべきである。日本はルールに基づく国際秩序を支える立場から、北極においても国際協調を主導する役割を果たすべきである。
(2)自由討論
Q1.課題解決的なアプローチとクリティカル・スタディーズのアプローチ、この二つの接続可能性を本課題で考えたとき、北欧の安全保障と沖縄の比較など、さまざまな可能性が考えられる。本日の報告では、バレンツと太平洋に対する日本の関与に差異をつけることが含まれていたが、こうした接続可能性の問題を考える際、どのように整理すればいいか。(高橋主査)
A1.バレンツと太平洋の接続可能性を考える際、ネックになるのは、ロシアによるウクライナ侵攻によってNSR(北極海航路)の利用が停滞していることである。将来の停戦を見据えての準備が必要だが、より積極的なアプローチをとれば、接続可能性の議論も進展してくる。それ以外では、取るべきアプローチとしては、科学調査が考えられる。グリーンランドの対米外交の問題を考える際に、日本の事例、特に沖縄の基地問題は、レバレッジとして参考になる。日本とグリーンランドの間で、ノウハウや、対潜攻撃能力も含めた核戦略のあり方、基地の設置と独自性の確保、現場レベルの紐帯の問題などを議論・共有することも考えられる。日本としては、科学や文化などの分野で協力関係を深めつつ、軍事分野への理解があることをメッセージとして発出するのが、一つのやり方としてあり得るのではないか。(石原メンバー)
Q2.太平洋側で中露の連携が活性化しているが、2020年にロシアの北極研究者であるヴァレリー・ミトコ氏が中国に学術情報を漏洩した容疑で逮捕されたりするなど、中露の協力には一定のラインがあった。それが、ロシアによるウクライナ侵攻後、中国から見るとロシアはジュニア・パートナーであるとの認識が強まり、北極関係の会議でも中露首相定期会合の枠組み内に『中露北極航路協力分科委員会』が新設されるなどの変化が生じている。中露の協力のハードルが下降しつつあるなかで、両国の協力関係はどこまで進展することが見込まれるのだろうか。(三船メンバー)
A2.ウクライナ情勢がどう展開するか次第になる。ロシアとしては、中国単独の行動を抑制・監視する目的も含めて、共同のオペレーションを実施している。ロシアの本音としては、中国の進出に心から賛同しているわけではないと思われる。(石原メンバー)
Q3.中国は「氷上のシルクロード」に見られるように北極への関心を高めているが、その背景にある核心的な動機として何が考えられるだろうか。仮想敵国である米国への対抗として行動しているのが目的になるのだろうか。(原田メンバー)
A3.やはり長距離ミサイルの飛翔距離や精度の問題が理由として挙げられる。北極海に進出することができれば、北半球のほとんどの国家をカバーすることが可能になる。ベーリング海は水深が浅いため容易に発見されてしまうが、中国は着々と準備・増強を進めている。南シナ海では、各国がロシアから購入した潜水艦が混在しているため識別が困難になっているが、同様の事態が北極海で起きる可能性がある。さらに、北極海は氷が擦り合う音などもあって、聴音が難しい海域である。そこで重要になるのが、第二撃能力を持てるかどうかだ。(石原メンバー)
Q4.中国が北極海航路を利用するなど、ロシアに多大な関与を行い、また米露もアラスカなどでエネルギー協力を進めているが、ロシアとの経済協力は必ずしも効率がいいわけではない。それが、軍事の領域で、仮に米露が中国に対抗するといった展開が起きたとき、どのような変化が生じると考えられるだろうか。
A4.中国はあらゆる場所でプレゼンスを高めており、その一環として「氷上のシルクロード」を推進している面がある。冷戦期、米ソが核軍縮で協力できたのは、宗教的・文化的・精神的な紐帯があったという考え方もできるが、人種的な動機で米露が結びつくことがあるのかどうかはわからない。
Q5.ウクライナの戦争により北極圏におけるロシアの軍事力はどのように変化したと思われるか。また、もしウクライナでの戦争は終結したら、ロシアの戦略の中で太平洋-北極はどう位置づけられると思われるか。(ユハメンバー)
A5.ロシアの北洋艦隊は相当程度、維持できていると思われる。ウクライナ戦争が終結したあと、本報告で触れた原子力巡洋艦が代表例だが、ロシアは北極海が自分たちの勢力圏であることを世界に誇示する準備をしている。カムチャッカ半島や択捉の港湾を、コンテナ船運航の中継地として考えているのではないかと予想している。(石原メンバー)
Q6.無人アセットの配備が進行しているが、他方で北極圏におけるアセットの凍結対策はどこまで進んでいるのか。また、無人機と有人の線引き・役割分担はどうあるべきか。(廣瀬副査)
A6.NATOはノルウェーで耐寒実験を実施している。カナダも北方への取り組みを進めているが、米国は砕氷艦問題を抱えている。フィンランドの造船所だけでは対応できないため、日本や韓国がこれに協力する余地があるのではないかと考える。(石原メンバー)
Q7.今後、日本が新たな北極政策を策定するにあたって、安全保障に関しての取り組みをどう盛り込むべきだろうか。(稲垣メンバー)
A7.ベーリング海峡以北に関しては、日本は非軍事で関与する。しかしベーリング海やアリューシャン列島については「自由で開かれたインド太平洋」の枠組みで取り組む。その方が、国際的な摩擦が少なくなるのではないか。(石原メンバー)
(3)総括
高畑統括より、北極は国際政治における主要アクターが当事者であり、かつ地域への関心も分散している。特定のアクターが支配している空間でも、排除されている空間でもないという特性を持つ。協調と競争でいかにバランスを取るかという点で、21世紀の課題を先取りした地域であると捉えられる。本研究会としては、情勢分析にとどまらず、日本が国際社会にどのような貢献をし、メッセージを打ち出すべきなのかを議論し、成果を出していきたい、との総括がなされた。