公益財団法人日本国際フォーラム

国際危機の焦点となっていたウクライナ問題が霞むほど、中東危機が深刻になった。

わが国メディアの一般的報道では、日本が伝統的に親密な関係を保ってきたイランが、米国とイスラエルにより国際法的にも不当な攻撃を受け、イランは世界の石油、LNG等のエネルギー輸送タンカーの最重要航路であるペルシャ湾のホルムズ海峡閉鎖を脅しに使って国際エネルギー価格を一気に上昇させている。トランプ大統領は、日本が石油輸入の95%をホルムズ海峡に依存しているとして、海峡の安全確保への協力を日本にも求めた。イラン側は、米国やイスラエルによるイラン攻撃は、全くの国際法違反だとして、イスラエルだけでなく米軍基地が置かれているぺルシャ湾対岸の中東諸国の石油、LNG施設などを爆撃した。欧州諸国も、国際法を無視した米国の行動に冷ややかな反応をしている。

これが我が国メディア中東危機報道の一般的トーンである。これに対して著名な軍事記者黒井文太郎氏が、次の表題の記事をある雑誌最近号に10頁ほど書いた。「中東各地流血の元凶、日本のメディアが報じないイランの危険な正体」(月刊『HANADA』5月号)

私はこの記事に基本的に同感だが、ただ最重要と思われるイラン批判のポイントが抜けているので、本稿ではまず黒井氏の論を大まかに紹介し、その後、私が考えているイランの最重要問題を簡単に指摘する。以下、黒井氏の論のポイントである。

トランプには彼に都合の良い情報しか上がってこないので、彼は楽観的な予断でイラン攻撃を決断。イスラエルは自国の脅威の本山であるイランを叩いてしまいたい。トランプは米国内福音派も念頭に、常にイスラエル支持だ。欧州諸国も日本より厳しい目でイランを見ている。ただ、日本もイランの湾岸諸国攻撃は支持しておらず、今年3月11日に国連で、イランによる湾岸諸国攻撃非難決議が日本を含む世界135カ国が共同提案国になって決議された。ただ、日本メディアでは、今回の中東戦争を起こした悪い国は米国とイスラエルだ。しかしイランは事実上核兵器開発に進んでいる。イランは中東諸国のヒズボラ、ハマス、(フーシ派)、イラクのシーア派テロ活動などの流血の最大の支援国で、中東の悪の元凶だ。イラン国内では今年1月、過去に例がない全国的な反体制デモが起き (192都市で632件のデモ)、おそらく1万数千人が殺戮され、不当逮捕は約2万7千人。もっと多い推計もある。ただ、日本メディアはこれらの詳細はほとんど報道せず、日本在住のイラン人も「何度も日本メディアにインタビューを受けたが、私が話した事と逆の事を日本のテレビ局は報道する」と述べている。90年代半ばからイランのテロ支援や対外破壊工作につき、主に軍事専門誌に書いてきたが、日本の一般メディアは報じない。

以上、黒井氏論文のポイントだが、私が述べたいと思っていることは、黒井氏が述べている「イスラエルは自国の脅威の本山」と述べているイランが、「何ゆえに脅威の本山か」という問題だ。これに関して私が最も読者諸兄の注意を向けてもらいたいことは、1979年のイラン革命で成立した現イラン宗教政権の体制とその内外政策の柱である「イラン・イスラム共和国憲法(以下「イラン憲法」とする)」の基本理念であり、そこで述べられている「イラン革命軍 (革命防衛軍)は全世界で聖戦を戦う」との言が意味することである。

ここでは、イラン憲法と駐日イラン大使館が日本語で掲げている「世界コッズの日について」が意味する深刻な国際的な意味を考えてみたい。「コッズ」とはエルサレムを指す。

1979年のイラン革命後に同年制定されたイラン憲法は前文に続き本文が、175条ある。1989年に一部修正されているが、基本的精神は全てイラン革命を遂行した宗教家 R・ホメイニが定めた79年のイラン憲法に明確に表されている。筆者は、ある懇談会の仲間でもある西修氏訳の日本語版で読んだのだが、A4判に2段組みで、全文と本文175条合わせて30頁に及ぶ。ここでは、イラン憲法の前文と、駐日イラン大使館が日本語で発している「世界コッズの日について」を紹介して、深刻な問題点を指摘したい。

イラン憲法前文の「軍隊」の項目では以下のように述べられている。

「イランにおけるイスラム軍および革命軍 (イラン国軍と革命防衛隊)は、単に国境を防御し安全を保証するためばかりでなく、全世界に神の法がうち建てられるまで、聖戦 (ジハード)を闘い抜くためにも組織されるのである。」

イランはイスラム教の宗教国家である。イスラム教宗教国家とは、トルコや中央アジア諸国などのように単にイスラム教徒が多い国家と言う意味ではなく、如何なる国際法や国内の実定法よりも、イスラム教の教理・経典が上に立つという意味だ。だからこそ、イランの軍隊は、単に自国を守るだけでなく、イスラム教を世界に広める聖戦を闘い抜く、としているのである。さらに駐日イラン大使館のサイトが掲載している日本語の「世界コッズの日について」では、「ホメイニ師はパレスチナにおけるシオニスト政権 (イスラエル国家)の樹立を悪魔の行為だとしました」と述べている。即ちシオニスト政権 (悪魔)は当然、聖戦の対象として撲滅しなければならない。つまりイスラエル国の殲滅 (地上からの抹殺)を国是としているのだ。

そのイラン政府および革命防衛軍が手足として使ってきたのが、ヒズボラ、ハマス、フーシ派などのイスラム過激派武装集団である。これら武装集団は、イランが財政的、軍事的に支援してきた。イランも含めてイスラム過激派諸組織は自らを「抵抗の枢軸」と称している。しかしこれは「攻撃の枢軸」、良くても「ジハードの枢軸」と言うべきだろう。

数年前にも世論調査で、イスラエル国民の62%が、イスラエル国家の防衛あるいは存続に対して「悲観的」と答えている。(読売新聞 2024.5.15)

わが国の中東専門家たち (飯山陽など一部を除く)やほとんどのメディアは、なぜイランの国是を全く伝えないのか。中東における最重要の問題点を、無視するのか。日本では、イスラエルは攻撃者であり、イランやパレスチナ暫定政権やパレスチナ人は被害者という認識が圧倒的だ。

欧米世界の反ユダヤ主義やホロコーストの大虐殺を逃れて、ユダヤ人たちは1948年に古代ユダヤ王国があった地にイスラエルを建国し、翌年国連に加盟した。その時数十万人のパレスチナ人が難民となってイスラエルから逃げた。私はその時の難民や今もヨルダン川西岸地域で難民となっているパレスチナ難民に対して強い同情心を持っている。ただ、彼らを救うのは、イラン政府や、世界からのパレスチナ支援で大富豪になっているバレスチナ暫定政権の首脳たち、またハマスその他のイスラム過激派の首脳たちではないか。