メモ

- 日 時:2026年3月26日(木)午後5時~午後6時半
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合」
- 出席者:18名
[外部講師] 白波瀬佐和子 東京大学特任教授 [主 査] 髙橋 若菜 日本国際フォーラム上席研究員/宇都宮大学教授 [副 査] 廣瀬 陽子 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学教授 [事業統括] 高畑 洋平 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学 SFC 研究所上席所員 [メンバー] 上野 友也 岐阜大学教授 [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長 池野 琴美 日本国際フォーラム研究助手 ほか11名 - 議論の概要
白波瀬佐和子・東京大学特任教授による基調報告「Women, Peace, and Security:その課題と今後の取り組み」
本報告では、WPS(女性・平和・安全保障)をめぐる理念的枠組みと日本社会の構造的課題との関係が、多角的な視点から提示された。講師の白波瀬氏は、広島G7におけるジェンダー平等アドバイザリー評議会(GEAC)議長として報告書Gender Mainstreaming for an Inclusive, Peaceful, and Just Societyの作成にあたり、WPSの歴史を知ったのが始まりである。そこでは、女性のエンパワーメント、教育、ピースビルディング、データ共有という四つの柱を軸に議論を展開した。その上で、WPSは単なる政策枠組みにとどまらず、さらなる理論的深化と実践的展開が求められる領域であるとの認識が示された。
(文責、文責在研究本部)
(1)日本社会の構造的特性――ジェンダー格差と人口動態
日本の特徴として第一に挙げられるのは、依然として大きいジェンダー格差である。世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップ指数(GGI)が示すように、賃金、教育分野の専攻、意思決定層への参画において顕著な格差が存在する。その背景には、産業構造の変化を経験しつつも、伝統的なジェンダー規範から脱却できない社会構造がある。
同時に、日本は少子高齢化の先進国であり、人口構造の変動とジェンダー格差は密接に関連する好事例でもある。外交・国際関係の分野で、外務省が中心となって展開してきたWPSにあtって、日本はWPSを積極的に推進する「優等生」として位置付けられてきた一方で、その実態は必ずしも社会構造の変革と整合的ではないという問題が指摘された。
(2)ジェンダー不平等の構造的性格
日本におけるジェンダー不平等は、単なる意識や選好の問題ではなく、労働市場や制度設計に内在する構造的問題として理解されるべきである。長期雇用を前提とする賃金体系や扶養手当を含む福祉制度は、女性を補助的労働力として位置付ける傾向を強化してきた。
その結果、管理職比率の低さやキャリア形成の差異が生じ、パートタイム労働の拡大とともに賃金格差が固定化されている。したがって、制度的改革と連動した就労促進策を促進せずして格差の是正は困難であり、労働市場の構造的再編が不可欠であるとの指摘がなされた。
(3)人口構造の変化と社会制度の遅滞
出生率の低下と高齢化の進展は、日本社会の構造変化として、既存の社会制度が十分機能しない背景ともいえる。1960年代に設計された社会保障制度は、現在の人口構成に十分に適合しておらず、年金、医療、介護といった分野における負担の増大が続いている。
このような実態と諸制度とのズレは、ジェンダー格差とも密接に結びついており、家族構造の変化とともに、複合的な社会問題として顕在化している。
(4)WPSの理念と課題
(イ)歴史的展開と基本理念
WPSは、2000年の国連安保理決議1325を起点として形成された枠組みであり、女性を保護対象にとどめるのではなく、紛争解決や平和構築に主体的に関与する存在として位置付ける点に特徴がある。その基盤にはジェンダー主流化の理念があり、これは特定の性別に限定されない包摂的視点である。
(ロ)実効性確保のための課題
WPSの実現には、理念の明確化に加え、評価枠組みの整備、資源配分、技術的基盤の構築が不可欠である。とりわけ、これまで意思決定から排除されてきた女性が実質的なリーダーシップを担うことが重要である。ただし、「女性/男性」という二元的理解に還元することは適切ではなく、WPSにおける女性の位置付けは戦略的文脈の中で理解されるべきであるとの指摘がなされた。
(ハ)日本における位置付け
日本は2015年以降、WPS行動計画を継続的に改訂しており、制度面では一定の進展を示している。特に第三次計画では、災害や気候変動といった新たな要素が取り込まれ、ODAやJICAとの連携も強化されている。しかしながら、制度的整備に比して社会構造の変革は十分とは言えず、理念と実践の乖離が課題として残されている。
(5)人間の安全保障との接続
WPSを理解する上で不可欠なのが、「人間の安全保障」の視点である。緒方貞子およびアマルティア・センによって提唱されたこの概念は、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念とも通底する。日本においてWPSが受容されてきた背景には、この人間中心の安全保障観が存在するが、同時に、フェミニスト外交のような社会構造変革を直接志向する政策には慎重であった点も指摘された。
今後の課題は、WPSを単なる国際規範として受容するにとどまらず、日本社会の構造的変革へといかに接続していくかにある。
(6)自由討論:参加者全員
(a)高畑統括:WPSと人間の安全保障の位置付けについて
Q. 日本がジェンダー格差の大きい社会である一方、人間の安全保障やWPSでは先行的な役割を果たしてきたという二重性の問題は強調したい。この点については、日本のWPSが「理念先行」なのか、それとも「制度先行」なのか、あるいは別の形なのか、もう少し掘り下げて考える必要があろう。ご報告でも、人間の安全保障とWPSの関係が整理されていたが、両者は親和性が高い一方で、人間の安全保障は包括的概念、WPSはより制度化された枠組みという違いもある。WPSは人間の安全保障の具体化と位置づけるべきなのか、それとも独立した政策枠組みとして理解すべきなのか。
A. 今まで通りではいかないと考えている。国ではなく、最後は人であり、人がディーセントに生きていけることを保障するという人間の安全保障の核は外せない。ただし、それをどのように現実的に実施するかは、時代の変化を踏まえたアップデートが必要である。現在の国連をはじめとした多角的主義の危機も踏まえ、WPSと人間の安全保障にもう一度立ち返る必要を感じている。
(b)髙橋主査:日本のWPS推進をどう捉えるか
Q. ジェンダー格差が依然として大きい一方で、日本はWPSの推進においては優等生である。この状況をどのように捉えるべきか。WPSを位置付けることは、日本自身にも跳ね返り、日本の社会構造そのものの変革を促すことになるのではないか。また、意思決定に参画しないからこそ生まれた可能性もあるのか。
A. 意思決定に関わってこなかったことには、既得権がないというメリットもある。女性だから一つの方向にまとまるわけではないが、「私ごときが」と思わず、意思決定への関わりを積み上げ、波を生み出すことが重要である。特にWPSにおいて平和構築の要素は欠かせず、そのために一人一人の安全保障がある。情報社会の中で国境を超えた国際協調が求められる今、既得権益のない女性同士の繋がりが重要なのではないか。
(c)オブザーバー:ジェンダー不平等の社会問題化について
Q. ジェンダー不平等がある実態について、女性の意欲の問題として片付けられることがあるが、それを社会問題として言語化したりデータ化して社会に訴えていく時、どのようなアプローチができるか。
A. 意欲の問題として処理する前に、選択と機会の平等を問う必要がある。今見えているのは結果の不平等であり、その背後にある機会の分布が問題である。国連も統計的な均等を第一歩として重視している。「女性はこういう職業を選びたがる」といった理解自体が、すでに構造化された結果に影響されている。働きたい人のための選択肢がどれだけ実質的に保障されているかが重要であり、研究と政策がリンクし、意思決定に影響する文化に踏み込む構造改革が求められる。
(d)オブザーバー:日本の今後の具体的な取り組みについて
Q. 将来的に女性の主導的地位を高めるためには構造改革が必要であるが、具体的にどの分野での取組が必要になるのか。
A. 人材を意識的に育てることが必要だ。日本は女性を増やすことに遅れており、無理をしてでもキャッチアップが必要な時期である。ジェンダーの問題は政治とも関連するが、究極的には人権と選択の保障の問題である。外交だけではなく、学術分野においても既得権益を持たなかった女性に期待し、そのための準備を進める必要がある。
(e)高畑統括:WPSの実効性について
Q. 行動計画の制度化が進む一方で、現場では機能していないとの指摘を踏まえ、WPSが制度として機能した瞬間と機能しなかった瞬間を分ける要因は何か。
A. WPSが十分に機能したと感じたことはあまりない。制度化は進んでいるが、そこに留まっている面もある。重要なのは、一般の人々がWPSの概念に動いてくれるかどうかである。日本ではWPSは一般に十分周知されていない。平和と安全保障が足元の問題であることと連動させながら、なぜ日本があえてWPSを掲げるのかを社会に伝える必要がある。