メモ

標記研究会合が、下記1.〜4.の日時、場所、テーマ、出席者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。
記
- 日 時:2024年12月5日(木)14:30-16:00
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- テーマ:「インドから見たロシア」
- 出席者:11名
[外部講師] | 伊藤 融 | 防衛大学校教授 |
[コメンテーター] | 長尾 賢 | JFIR特別研究員/ハドソン研究所研究員 |
[主 査] | 常盤 伸 | JFIR上席研究員/東京新聞(中日新聞)編集委員兼論説委員 |
[顧 問] | 袴田 茂樹 | JFIR評議員・上席研究員 |
[メンバー] | 熊倉 潤 | 法政大学教授 |
名越 健郎 | 拓殖大学客員教授 | |
山添 博史 | 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長 | |
吉岡 明子 | キャノングローバル戦略研究所研究員 | |
渡辺 まゆ | JFIR理事長 | |
和田 早織 | JFIR 研究助手 | |
[オブザーバー] | 井出 啓二 | JFIR上席研究員 |
(五十音順)
- 議論概要
伊藤融 防衛大学校教授による報告のあと、長尾賢JFIR特別研究員/ハドソン研究所研究員によるコメント、メンバー間での質疑応答がなされた。報告およびコメントの概要は以下のとおり。
(1)伊藤融 防衛大学校教授による報告
インドにとってロシアは、伝統的に頼りになる存在である。印ロ関係は「時の試練を経た」関係と表現できる。冷戦時代にインドとロシアは安定した関係を構築、1970年代には、事実上の同盟とも呼ばれる1971年の印ソ平和友好協力条約をはじめとして関係が緊密化した。ただ同条約を厳密に同盟と規定するかは議論が分かれる。安全保障や経済分野で非常に頼りにしていたソ連が解体したのは、インドにとり大きなショックだった。インドは新たなパートナーを求めてアジア諸国との関係を強化するルックイースト政策を講じた。
一方、ロシア連邦とは1993年に、印ロ友好協力条約を締結したが「平和」という言葉は抜けていた。1990年代には印ロ関係は冷え込んだ。その後、2000年のプーチン大統領訪印を転機として、関係性は再び深まり、「戦略的パートナーシップ」を宣言するに至った。
インドは現在、兵器調達の多角化を進めることでロシアの比重を低下させているものの、つながりが断ち切れたとは言えない。インドの戦力の主力はミグ戦闘機等の旧ソ連の兵器体系に由来する兵器である。ロシアの退役空母のゴルシコフを導入しており、ロシアとのブラモス・ミサイルの共同開発・生産、そして(アメリカの制裁による圧力にも関わらず)S-400ミサイル防衛システムをロシアから購入すると決めた。ロシアは長らく、インドに有利な立て付けとなった原子力協力協定(インド側の濃縮・再処理の権利や燃料の安定供給を含む)のパートナーであり、インド国内で稼働する原発はロシア製である。ほかにも、印ロのつながりは、ロシアがインドの政治大国化を支持していることにも見出すことができ、ロシアはインドの国連安全保障理事会の常任時理事国入りに意欲を見せるほか、拒否権を行使してパキスタン政策におけるインドの立場を支持した。単独行動主義や一極支配への反対、国家主権尊重、中国への懸念も、印ロが協力できる余白と見える。しかし、両国関係の緊密化には限界がある。ほかの国々をとる選択肢が増えたインドにとって、ロシアの重要性は相対的に低下しており、「保険」や「梃子」に過ぎない。
2020年以降の動向を見ると、印米関係では、モディ政権の権威主義化によりアメリカ民主党政権と距離感が生まれたことから国内政治的価値に対立が生まれる。印中関係では、印中国境衝突・軍事対峙の影響で、貿易・投資協力の線がなくなりつつある。印ロ関係では、ウクライナ戦争に関する不快感を表明するなどインドがロシアに対して強く出る一方で、インドに向けたロシアの原油・肥料輸入は激増しており、貿易・投資分野の協力の可能性は高まっている。インドにとってロシアは、経済的利益をもたらし、中パ連携の脅威、友邦国の減少など「大陸国家」として直面する地政学的困難のなかでインドの盾となるので、ロシアの重要性は増すものとみられるが、中国依存を加速させるロシアと連携する意味はインドにとっては薄れる。中長期的には、ロシアの重要性が低下する基調は変わらない。ロシアの弱体化と中国依存が進むなか、インドを後押しして、インドの脱ロシアを進められるかが日本にとって要となる。
ウクライナ戦争の文脈では、インドは「対話促進者」の役割を果たす可能性がある。インドは2024年7月8日にロシア、8月23日にウクライナを訪問しているが、インドの言説は積極的な役割に向けて微妙に変化している。2023年5月の広島サミットにおけるゼレンスキー大統領との初対面では、インドはできることは何でもするとして行動への意欲は見せつつも具体的な動きを打ち出すに至っていなかった。しかし、2024年8月には仲介はしないがメッセージを伝えることはできる(印外務省高官発言)とし、モディ首相はゼレンスキー大統領にインドは中立にはなく和平の側に立っていると伝えた。2024年秋のジャイシャンカル外相の発言を見れば、インドが傍観ではなく関与の姿勢をとることが明らかになっている。このような背景から、ウクライナ支援の縮小が懸念されるトランプ新政権発足を背景に、ロシアともウクライナとも話しができるインドが相互の対話を促進するという期待がある。
(2)長尾賢JFIR特別研究員/ハドソン研究所研究員によるコメント
インドがロシアと組んできた背景には、中国対策以外に、イスラム過激派対策、国連安保理での拒否権行使、中央アジアにおける影響力、武器輸出における共存関係、西側への依存の回避といった側面がある。イスラム過激派対策に関してロシアが豊富に持つ情報はインドにとって重要になってくる。国連安保理では、テロ組織の攻撃に直面したインドがパキスタンに対してテロ組織の支援停止を求めて軍事攻撃する可能性があるが、大きな軍事作戦を遂行するには、停戦を求めてくるであろう国連安保理において拒否権が必要となり、その期待がロシアに向けられる可能性がある。中央アジアにおける影響力に関して、中央アジアはパキスタン包囲網であり、なおかつ資源地帯や貿易ルートでもあるため、中央アジアと協力するためにもロシアが有用となる。またインドはロシア製兵器を使用しているからロシア製の兵器を使用する東南アジア諸国に訓練や整備を通じた軍事支援を行なうことができた。そのため武器によっては、ロシアの許可があって初めて、インドは東南アジアなどへの武器輸出を通じた影響力の拡大が実現する場合がある。西側への依存の回避については、インドが西側諸国の植民地であった歴史を思えば、米ドルに代わる通貨取引を推進する場合など、ロシアを必要とする場合がある。インドは以前に比べ西側への傾斜を深める方向性にあると思うが、同時に、反西側ではないが西側ではないことも明らかにしており、ロシアとの関係性は維持される余地がある。
(以上、文責事務局)