司会者F・ルキヤノフ(Фёдор Александрович Лукьянов)が、今回の会議の最後に重要な役割を果たすので、彼の経歴、肩書を紹介しておく。彼は、現在57歳の政治学者、高等経済学院教授、国際雑誌『国際政治におけるロシア«Россия в глобальной политике»』誌編集長、バルダイ会議支援基金の学事理事長だ。彼が教授をしている高等経済学院(大学)は、エリツィン時代の改革派E・ヤーシン経済相が1992年に設立したもので、以前は改革派知識人の牙城でもあった。ヤーシンは1980年代から、私の親しい知人でもあった。現在はルキヤノフも含め、この大学の教授は保守派、プーチン支持派も少なくない。ただ、社会科学部門ではロシアでトップの大学と国際的に評価されている。
11月7日にプーチン大統領主催で各国識者を招いての例年のバルダイ会議(第20回)が行われた。各国の専門家たちとプーチンが「自由に」討議する会議だ。カッコ付で自由にと述べたのは、問題提起とか質問をしても、それに対するプーチンの見解に反論する機会は通常与えられないからだ。つまり、真の意味での討論ではなく、国際問題やロシア問題など様々な質問に対して、プーチンの見解を一方的に拝聴、あるいは国際発信する会議となってしまう。今回の会議の場合、時間が終わりに近づいた時、最後に司会者のフョードル・ルキヤノフ氏自身が、世界が最も注目している「今後のロシアとウクライナとの和平交渉」に関連し、両国の国境画定についてプーチンの考えを質した。本論ではその部分の要点を紹介し、プーチン的思考を検討する。
バルダイ会議の会議録は翌日にはロシア大統領府のサイトに掲載される。それを読みチェックしてみたのだが、今、国際的に最も強い関心が抱かれている問題、すなわちロシアとウクライナの停戦に関し質問する者は一人もいなかった。また、G7など主要な西側諸国からの参加者は、日本からだけだった。
司会者F・ルキヤノフ(Фёдор Александрович Лукьянов)が、今回の会議の最後に重要な役割を果たすので、彼の経歴、肩書を紹介しておく。彼は、現在57歳の政治学者、高等経済学院教授、国際雑誌『国際政治におけるロシア«Россия в глобальной политике»』誌編集長、バルダイ会議支援基金の学事理事長だ。彼が教授をしている高等経済学院(大学)は、エリツィン時代の改革派E・ヤーシン経済相が1992年に設立したもので、以前は改革派知識人の牙城でもあった。ヤーシンは1980年代から、私の親しい知人でもあった。現在はルキヤノフも含め、この大学の教授は保守派、プーチン支持派も少なくない。ただ、社会科学部門ではロシアでトップの大学と国際的に評価されている。
このバルダイ会議に招待される各国のロシア問題、国際問題専門家など有識者は、常連化する傾向がある。ただ、この会議に2、3度招待されても、この会議の場やその他の場で、プーチンやロシア政府の政策に対して厳しく批判している者は、招待されなくなる。ロシアの論理を世界に浸透させるための会議だからだ。近年の国際状況下では、このプーチン主催の会議には、招待されても多くの西側諸国の識者たちは、出席を断っている可能性が高い。通常、発言者は国籍と名前を名乗る。今回は西側の先進民主主義国から出席したのは、日本からだけのようだった。(一部、国籍・氏名を名乗らず発言した者もいる。)
今回の会議でプーチンは、国際的にロシアが批判されているウクライナ問題に関しては、ロシア側の論理を述べるために、あえて批判的な意見にも答える準備をしていた。それは、国内問題に関しても同じで、毎年末の恒例行事となっている「プーチン大統領と国民のテレビ討論」の場でもそうだ。例えば次のような厳しい政府批判が出たこともある。
「ロシア政府が発表するロシアのインフレ率は大変低い。しかし、私は買い物のレシートは全て保存しているが、今年の諸物価を昨年と比べると、公的に発表されるインフレ率より何倍も高い。これをどう理解すべきか」といった質問だ。
もちろん、多くの国民が同じ疑念を抱いているので、敢えて政府批判の形で質問をさせたのだ。この質問が出された時、プーチンは、「ロシア経済のインフレ率は、日用品だけでなく、一般の人が日常的には購入しない工業品、産業関連費などを含め総合的に算出されるからだ」と答えた。もちろん、この政府(公式統計)批判の質問も「やらせ」だろう。
今回は司会者自身が、今日の国際状況下では一般に出しにくい質問、すなわちウクライナ問題を、会議の最後の質問として次のように尋ねた。当然ながら、参加者からウクライナ問題について質問が出ることも予想し、プーチンは返答を準備していた筈だ。もし出なかった場合、司会者が最後に質問することも、事前に打ち合わせ済のことであろう。
ルキヤノフ:「今、イスラエルとパレスチナの国境(和平)問題が話題になったので尋ねざるを得ないのだが、ロシアは何処を国境としてウクライナを認めるのか?」。
プーチン:「ウクライナは中立国だと独立宣言に述べたので、我々はウクライナの国境を認めた。しかしその後憲法を改定してNATOへの加盟希望を発表した。両国はそのような合意をしていない。またウクライナにはクーデタ政権が成立したが、我々はクーデタ政権を認めない。国連憲章の第1条に則り、全ての国が自決権を持つのであれば、クリミアに住む人々も、違法で憲法違反でもあるクーデタ(2014年2月のマイダン革命)に同意しなかったウクライナ東南部の人々も、自決権を持つことになる。……国際司法裁判所は、(セルビアの)コソボが置かれている状況を分析して、その領土の独立宣言に関しては、その時点でその領土が属している中央政府の意見に従ったり許可を得たりする必要が無いと決定した。…… これは、ノヴォロシアとドンバスを含むこれらの領土(※クリミア半島とウクライナ東南部4州)が、主権に関する自決権を有することを意味する。」
ここに、プーチンの国際政治判断の破綻が明確に出ているので説明しよう。1991年にソ連邦が崩壊し、15の独立した主権国家に分解した。主権国家である以上、他国あるいは複数の国家と同盟関係を結ぶ自由がある。また、憲法を改正する権利もある。
「ウクライナはNATOに加盟しないと憲法に謳ったので、独立を認めた」という権利はロシアにはない。バルト三国がNATOに加盟したのも、主権国家として独自に決定したことで、ロシアの許可があったからではない。ロシアは中国や北朝鮮と、同盟に等しいとプーチン自身が述べる条約(パートナーシップ条約)を結んだが、ロシアの隣国(ウクライナ、バルト三国、日本など)が、それを認めるとか、許可しないなどとは言えない。
また、プーチンは2014年のウクライナでの所謂「マイダン革命」とその後の暫定政権や同年5月の大統領選挙で選ばれたP・ポロシェンコ政権を「クーデタ政権」とし、親露派のV・ヤヌコビッチ政権後の政権の正統性を認めていない。今日のゼレンスキー政権も、「ネオ・ナチ政権」「任期切れ政権」と称して、その正統性を一方的に否定している。
これらが、極めて大国主義的、帝国主義的な独善的理屈であることは、説明を要しないだろう。また、国連憲章が認めている、一国内のある地域の独立とか他国への併合を、住民投票でその認否をきめる「自決権」についても、国際法上は、その地域が属している国家の政府が承認する必要がある。ロシアはしばしば、セルビア国家内のコソボの独立は、住民投票をセルビア政府が承認していないのに世界が認めたとして、クリミア半島やウクライナ東南部4州もそれと同じだと言う。プーチンは2014年の「クリミア半島併合」演説でも、今年11月の世界の有識者とのバルダイ会議でも、同じことを述べ、西側はダブルスタンダードだと批判してきた。世界各国がコソボの住民投票を認めたのは、コソボでのセルビア軍によるアルバニア人に対するジェノサイドを、国連や欧州諸機関等が長年の調査で具体的事実として明らかにし、人道的観点から独立を承認したのだ。これに対し、ロシアが主張する「ウクライナ軍によるジェノサイド」なるものは、世界が認めていない。