メモ

- 日 時:2024年8月7日(水)午後3時-午後4時半
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- 出席者:29名
[外部講師] | 村上 勇介 | 京都大学教授 |
[主 査] | 廣瀬 陽子 | 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員 |
[メンバー] | 宇山 智彦※ | 北海道大学教授 |
遠藤 貢 | 東京大学教授 | |
畝川 憲之※ | 近畿大学教授 | |
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ | 慶應義塾大学SFC研究所上席所員 | |
高畑 洋平 | JFIR常務理事・上席研究員* | |
三船 恵美 | 駒澤大学教授/JFIR上席研究員 |
(メンバー五十音順、※欠席、*本事業責任者)
[JFIR] | 渡辺 繭 | 理事長 ほか23名 |
- 議論の概要
(1)開会
冒頭、廣瀬主査より開会挨拶がなされた。廣瀬主査から、多面的にグローバルサウスを考えていく際に、特に中露のラテンアメリカの進出する中、ラテンアメリカの情勢に注目することは重要である、と語られた。
(2)村上勇介氏報告「ラテンアメリカにおける米中露の覇権争い」
<グローバルサウスにおけるラテンアメリカの位置づけ>
ラテンアメリカは、アメリカ大陸のカナダとアメリカ合衆国を除く地域を指す。伝統的には、スペイン語、ポルトガル語、フランス語を公用語とする20カ国で構成されていた。しかし、主に英領だったカリブ海地域の島国が1960年代以降独立し、国連をはじめとする国際機関はこれらのカリブ海諸国13カ国を含めて「ラテンアメリカ」と呼ぶようになった。つまり、現在では、伝統的なラテンアメリカ地域とカリブ海諸国を含む33カ国がラテンアメリカとされている。この最初の部分のラテンアメリカ一般に関する話は、伝統的なラテンアメリカ20ヶ国を念頭に置いた話である。
今世紀に入り、政治的な多様性が顕著になっているが、20世紀までは比較的共通点が多い地域であった。共通点として、アジアやアフリカに比べて早い時期から近代化や都市化が進み、ヨーロッパ的な要素をより多く持つことが挙げられる。他方で、地域内には多様性も存在する。例えば、アルゼンチン、ブラジル、チリ、ウルグアイ、メキシコの5ヶ国は比較的早い段階で工業化が進んだ一方、数年前に大統領が犯罪集団によって暗殺されたハイチのような破綻国家も存在する。また、民主的な政治決定によって旧来の化石エネルギー依存を転換し90%以上のエネルギーを再生可能エネルギーで賄うウルグアイも存在する。
ラテンアメリカを平均的に見れば、20世紀半ばまでに大半の国で都市化が進んでおり、これはアジアやアフリカと比較しても工業化が早い。約300年間の植民地時代は、ヨーロッパの近代国家建設と並行して進行し、国民主権や三権分立といったヨーロッパの思想が他地域に先駆けてラテンアメリカに流入した。そのため、民主主義や市場経済といったヨーロッパの基本的価値観は否定されることなく、現在でも受け入れられている。さらに、植民地化の影響で先住民の文化や生活はヨーロッパ文化と深く融合し、定着している。
ラテンアメリカは構造的に対外依存性が高い地域であり、第一次産品の輸出に依存する経済構造のため、自立的な産業基盤が脆弱であり、外部からの影響を受けやすい。1960~70年代には多くの国が軍政に移行し、1980~90年代には民主化と新自由主義が急速に進展した。2000年代には構造的な格差問題に焦点が当てられ左傾化が進んだが、2010年代にはその左傾化が後退し、2020年代には再び左傾化が台頭している。
ラテンアメリカには植民地時代以来の民族的差別が根強く残存しており、社会階層の格差が大きい。ジニ係数は世界でも最も高く、社会階層が上がるほど白人の割合が高い。この格差問題は政治的な内紛の中心的なテーマとなっている。
<アメリカ合衆国(米国)の「裏庭」?>
米国は長年にわたりラテンアメリカ地域に強い影響を及ぼしてきた。しかし、近年では9.11以降の中東地域への関与、中国の台頭、そしてアメリカの路線から距離を置こうとするラテンアメリカ諸国の増加などの要因により、米国にとってのラテンアメリカの外交的優先度は低下している。現在では、メキシコとの国境問題や移民流入といった、米国に地理的に近い問題に対する関心が主流となっている。
ラテンアメリカは1823年のモンロー・ドクトリン以来、米国の「裏庭」と見なされてきた。確かに米国はこの地域に大きな影響力を持ってきたが、その影響力がモンロー・ドクトリンによって確立されたかどうかについては疑問が残る。モンロー・ドクトリンが発表された時期、米国はまだ独立したばかりの東部13州が中心で、西進し領土拡大を進めようとしていた時期であった。さらに、国内では南北戦争に至る内部対立が存在し、外部への影響力を行使するには限界があった。事実、1860年代、フランスはメキシコに干渉戦争を行い占拠した時期があったほか、スペインは太平洋側でペルーやチリとの戦争を起こしていた。このような状況を考慮すると、モンロー・ドクトリンは米国の実力ではなく、ビクトリア朝時代の大英帝国の覇権によって支えられていたと考えた方がより的確であろう。
いずれにしても、20世紀初頭に入り、米国は中米カリブ海地域での覇権を確立した。米国はフランスが建設を断念したパナマ運河建設のためにコロンビアの一地方行政区であったパナマの独立を支援し、その後、ラテンアメリカ地域への影響力をさらに拡大していった。ただし、1940年代までは、赤道以南の南米では英国の金融面での影響力が強く残り、米国がラテンアメリカ全域を「完全な裏庭」としたのは1950年代以降のことである。
ただそれも1959年のキューバ革命とキューバの社会主義化により、米国の覇権は揺らぐこととなった。キューバ革命の背後には、植民地時代以来の格差構造と貧困問題があり、これはその後のラテンアメリカ諸国における革命や左傾化の中心的なテーマとなった。格差構造の持続は、米国の覇権の安定を脅かす「アメリカのアキレス腱」である。
今世紀に入ってからのラテンアメリカの左傾化は、社会的な階層構造の一部を是正することができたが、他地域と比較すると依然として格差は非常に大きい。経済の低成長や新自由主義政策の影響により、ラテンアメリカの格差問題は根強く残っており、2020年代に入っても再び左傾化の動きが見られる背景となっている。
<中国とラテンアメリカ>
中国とラテンアメリカの関係は古くから存在するが、意識的な接近が始まったのは今世紀に入ってからである。19世紀半ば、奴隷制の廃止や自由主義の台頭に伴い、アメリカ大陸での労働力需要が高まる中、苦力貿易が開始された。この貿易を通じて、華僑のネットワークはラテンアメリカにも広がった。20世紀には、毛沢東主義系の革命運動や非同盟主義・第三世界外交を通じた関係があったものの、積極的な政治的・経済的接触はみられなかった。
今世紀に入り、ラテンアメリカと中国の貿易関係は急速に拡大している。中南米諸国の輸出入において、米国やヨーロッパ諸国、ロシアのシェアが低下する一方で、中国のシェアは2000年以降急増している。中国からの直接投資は少ないものの、ブラジルやエクアドルといった石油資源を持つ国々との間で「石油債務交換(oil for loans)」という形態の経済関係が築かれている。これは、ラテンアメリカが中国に石油を輸出する代わりに、中国がローンを提供する仕組みであり、短期的な債務契約にもかかわらず、石油輸出は何十年にもわたる長期契約となっている。よって、ラテンアメリカ諸国の経済への長期的な影響が懸念されている。
中国は2008年に初の「対ラテンアメリカ関係白書」を発表し、ラテンアメリカの戦略的重要性を強調し、経済関係の強化を通じて「win-win」な関係を目指す方針を示した。この白書に基づき、2014年には中国・ラテンアメリカフォーラムが設置された。このフォーラムは、米国主導の冷戦期に設置された米州機構(OAS)に対抗するものであり、一帯一路を通じたインフラ整備だけでなく、安全保障も含む広範な議題が扱われている。2018年には中国が公式にラテンアメリカ諸国に対して一帯一路への参加を招請し、33カ国中21カ国がこれに承諾した。また、台湾と国交を断絶する国が増加しており、現在、台湾と国交を維持している国は33カ国中7カ国にとどまっている。中国は特に左派政権との関係を強化している。
また、一帯一路との関連で、中国は幾つかの大規模インフラプロジェクトを提案してきた。具体的には、ニカラグアでの第2パナマ運河や南米大陸横断鉄道(ブラジルとペルー)の建設などが宣言されたが、構想倒れとなった。それでも、2018年にはペルーのチャンカイ(首都リマの北約80キロの地点)に南米最大のハブ港を建設する工事が始まり2024年11月のAPEC首脳会議がペルーで開催される際に習近平臨席の下で完成式が行われる計画となっている。チャンカイの計画に対して、米国は強い警戒心を抱いている。米国の南方軍司令官は2018年と2023年にペルーを訪問しており、2023年には米州担当大統領顧問もペルーを訪れた。米国は、中国とペルーの軍事交流の活発化が、本格的な武器購入や「軍民融合」に繋がることを懸念し、そのようなことがないようペルーに釘を刺している。
<旧ソ連・ロシアとラテンアメリカ>
冷戦期、旧ソ連・ロシアはラテンアメリカとの関係を中国以上に深めていた。旧ソ連は、共産党や社会党を中心とする反政府武装集団や革命勢力と関係を築き、米国の影響力に対抗しようとしたが、米国の干渉や軍事介入によって変革は抑圧されてきた。また、軍政時代のペルー(改革主義的軍政)など、ロシアはラテンアメリカ諸国に対して武器輸出も行い、その影響力を維持していた。
現在、ロシアとラテンアメリカ諸国の関係は冷戦期ほど緊密ではないが、キューバに加え、ベネズエラ、ボリビア、ニカラグアなどの急進左派政権はロシアとの関係を維持しようとしている。また、ウクライナ戦争の勃発後、化学肥料不足から食糧不足が懸念される事態が発生するなど、ウクライナなど旧ソ連地域がラテンアメリカと意外な点で関係を有していることが明らかとなった。
2024年6月には、ロシアの原子力潜水艦が貨物船と共にキューバのハバナ港に寄港した。この動きに対し、米国は即座に危機対応を行い、グアンタナモ基地に潜水艦を派遣して警戒態勢を取り、「第2のキューバ危機」か、との緊張が走った。ロシア側は潜水艦にミサイルなどの武器は搭載されていないと発表し、米国の潜水艦がカナダのものに交代することで事態は大きな緊張に発展することは避けられたが、このようにロシアと関係を持つラテンアメリカ諸国が存在するため、時折米国との間に緊張が生じることがある。
ラテンアメリカにおけるロシアのプレゼンスは、かつてほど強力ではないものの、特に左派政権を中心に一定の影響力を維持しており、地政学的な緊張の要因となり続けている。
(3)自由討論
Ⅰ①中国とロシアが連携してラテンアメリカと外交を行う面がみられる一方で、2008年の南オセチアの国家承認をする際にラテンアメリカ諸国を使うなど、ロシア単独でラテンアメリカ諸国を利用した影響力拡大の計画もみられる。これはどのように理解できるだろうか。(廣瀬主査)②今年の6月15日~16日にかけてウクライナ和平会議が開催された。これに対抗するかのように、先月、中国はブラジルと共に独自提案を発表した。昨年、中国は自国だけで提案を行っていたが、なぜ今年はブラジルと共に提案をしたのだろうか。(三船メンバー)
⇒ラテンアメリカとの関係で中国とロシアが連携して何かをすることが多いとは現地では認識されておらず、中国は通商とインフラ建設、資源開発投資、ロシアはキューバ、ニカラグアなど冷戦期から関係のある国やベネズエラなど今世紀に入って急進左派政権が誕生した国など特定の国との関係を維持している、という印象である。また、2010年代はラテンアメリカでは左派政党が後退していたが、20年代に左派政権が誕生する例が増え、ブラジルでルーラが政権復帰した。BRICSという枠組みも使いつつ、中国やロシアはそれぞれルーラ大統領を味方につけようとしているのではないか。(村上勇介氏)
Ⅱペルーのハブ港の建設には12.1億ドルがかかるため、中国の融資がかなり関わっていると考えられる。同じような大きなインフラプロジェクトの建設はアフリカ諸国が債務の罠にかかるきっかけとなっている。第2の港を建設するという話があるが、中国は何を考えていて、この建設プロジェクトは今後どうなっていくと考えるか。(遠藤メンバー)
⇒中国はペルーのインフラプロジェクトに多大な投資を行っており、また、独占的な使用権を中国は持っている。港ができて通商自体は大きく拡大するとしても、その周りのインフラが十分に整備されていない状態で、現状ではペルーがその効果を十分に活用できないのではと予想されている。一方で、チャンカイ港が一つの通過点となって大西洋側、特にブラジルと繋げた上で、大西洋を越えてアフリカに至る将来を描いており、チャンカイ港建設は中国としては力を入れて成功させたいという考えなのではないかと感じる。(村上勇介氏)
Ⅲラテンアメリカでの化学肥料の供給不足はどのように解消されたのだろうか。(三船メンバー)
⇒肥料不足は米国やブラジル、EUの支援によって解消された。(村上勇介氏)
(文責、在研究本部)