- 日 時:2024年7月31日(水)午後4時-午後5時半
- 形 式:ZOOMによるオンライン会合
- 出席者:33名
[外部講師] | 亀山 康子 | 東京大学大学院教授 |
[主 査] | 廣瀬 陽子 | 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員 |
[メンバー] | 宇山 智彦 | 北海道大学教授 |
遠藤 貢 | 東京大学教授 | |
畝川 憲之 | 近畿大学教授 | |
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ | 慶應義塾大学SFC研究所上席所員 | |
高畑 洋平 | JFIR常務理事・上席研究員* | |
三船 恵美 | 駒澤大学教授/JFIR上席研究員 |
(メンバー五十音順、*本事業責任者)
[JFIR] | 渡辺 繭 | 理事長 |
伊藤和歌子 | 常務理事・研究主幹 ほか23名 |
- 議論の概要:亀山康子氏報告「気候変動の現状と安全保障上の課題」
(1)気候変動問題のメカニズム
気候変動問題はDPSIRモデルでその原因や影響を整理することができる。人口増加や化石燃料燃焼量の増加により温室効果ガスの大気中の濃度が上昇する。それにより地球の平均気温が上昇すると、熱波や海面上昇などの異常気象が発生し、さらには食糧不足や生物種絶滅などへと繋がっていく。その対応として、原因の方に働きかけ更なる温暖化を防ごうとする緩和策、既に生じている気候変動影響に私たちの生活を適合させていく適応策、気候難民に対する国際協力活動に代表されるロス&ダメージという3つの方法がある。緩和策で防ぐことができなかった部分を適応策とロス&ダメージで対応していく形となる。
(2)温暖化の現状
2021年時点で地球の平均気温はこれまでと比較して1.1℃上昇しているとの報告が発表された。各地域ではなく、地球全体の平均気温が1度上昇することは相当のエネルギーが蓄積された結果であることを示しており、さらに現在もこの気温上昇は続いている。2021年に1.1度だった気温上昇はこの3年間で1.45℃まで進行しており、この気温上昇のスピードの速さが注目されている。気温上昇とエルニーニョの関係について、温暖化が気温変化の全体的なトレンドが右上がりになる状態を指すのに対し、エルニーニョは温暖化以外の様々な自然現象によって生じる各年の小さな気温変動を示す。よってエルニーニョにより前年と比較して気温がわずかに低下する年が到来したとしても、今後1.45℃やそれを上回る気温上昇は容易に想定される。気温上昇による海面上昇も懸念される。南極・北極における海氷の融解や海中温度上昇による水膨張によって、現在既に約20cmの海面上昇が確認されている。各国が設定した削減目標が達成された場合、2050年時点で30~40cmの上昇が想定されている。 さらに生物種絶滅や人間の生命へのリスクも増大する。地球の平均気温が1.5℃の上昇した場合、赤道付近では約1割の生物種が絶滅する。生命への影響を考えるにあたっては気温だけでなく湿度の高さも重要な要素となる。1.7~2.3℃の気温上昇で東南アジアや南米地域に人が住むことは難しくなり、気候難民の発生が想定される。
(3)温室効果ガスの排出量
現在世界各国が2030年に向けた排出削減目標を設定している。温室効果ガスは二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、フロンガスから構成される。これまでEU諸国やアメリカ、ロシア、日本が主な排出国であったが、2000年代からは中国が排出量を伸ばし今後はインドなども注目される。京都議定書に続いて発効されたパリ協定では、長期目標として気温上昇を2℃未満に抑え、また、1.5℃に向けて努力することが掲げられている。締約国はそれぞれ目標を設定し、5年ごとにグローバルストックテーキングで進捗状況の確認と新たな目標の設定をする。2023年に開催された同会議では、化石燃料からの脱却という言葉が明記された。各国の排出量をみると、中国がトップで全体の約3分の1を占めるが、中国は植林を大規模に進めており、今後2025年をピークに減少に向かうことが予想されている。アメリカは広大な土地を活かした再生可能エネルギーへの移行により排出量を減らしている。さらにバイデン氏は温暖化対策に多額の助成金を投ずるなど排出量削減に向けた積極的な姿勢を打ち出している。ヨーロッパは排出量削減において最も先進的であり、世界的に温暖化問題が主張され始めた1990年と比較すると約3分の2まで削減に成功している。2030年目標は1990年比マイナス55%と更なる削減を目指している。EUから離脱したイギリスは、1970年代から排出を減らし始め、現在最も排出量が多かった時期と比べ半分まで削減している。自国の排出量に自主的に上限を設置しそれに向けたエネルギー政策、産業政策を展開する意思決定メカニズムが既に構築されている。日本は原発の停止を受け排出量がピークとなった2013年を基準に2030年目標を設定しており、上記の先進国と比較すると遅れをとっている現状だ。上記に加え、異常気象の増加により一般市民の間にも温暖化に対する危機感が広がり、企業や自治体といったサブナショナルアクターの自発的な活動が活性化している。国際的な条約のようなトップダウン型では得られる合意が限られる中、こうしたボトムアップ型の意思決定プロセスの重要性が増している。
(4)気候変動影響と日本の安全保障上の課題
現在、企業による情報開示の動き(TCFD)が進んでおり、大企業は気候変動に関連して自社がどのようなリスクに直面しているのかを報告することが義務づけられている。リスクは低炭素経済への移行によって生じる移行リスク、河川の氾濫など気候変動そのものが企業にもたらす物理的リスクに大別される。こうした分析は国レベルでも適用できる。日本は、海に囲まれた島国であること、多くの物質を海外に依存していること、アジア太平洋地域での開発支援や人道支援を担っている国であることが特徴としてあげられる。国家安全保障を考える上では国自体の面積が少しずつ減少していくことも留意する必要がある。日本の電源構成をみると、再生可能エネルギーの比率が非常に少なく石炭の割合が多いことがわかる。未だに新規の石炭火力発電所の建設を続けている国はG20内で日本のみである。日本はこの高効率発電所を現在も多く石炭を燃焼している途上国に輸出することによって、途上国の脱炭素化を支援することが戦略であるとするが、発電所は約40年の使用が見込まれることを踏まえると、新規発電所の建設を続ける現在の方針には疑問が残る。さらに電気自動車の導入もEU諸国やアメリカ、中国と比較すると遅れをとっている。最も先進的なノルウェーが2025年以降のガソリン車の販売を禁止する目標を設定しているのに対して、日本では電気自動車の販売台数は全体の数%を占めるに留まる。石油や石炭など外国から輸入する資源に依存しているにも関わらず、その依存し続けなければならない状態に固執している現状がある。また、世界が低炭素社会に向かっていることを踏まえると、電気自動車の導入は、環境への配慮だけにとどまらず、日本の移行リスクを抑えるためにも有効であるといえる。
(5)その他の動向
各企業はその排出量を自社のみの排出だけでなく事業活動に関連するあらゆる排出を含計した排出量、いわゆるサプライチェーン排出量の削減を目指している。この考え方は今後国レベルでも必要になってくると思われる。ロス&ダメージも喫緊の課題である。集中豪雨や干ばつといった自然災害で家を失い難民化する人々が増えており、また、自然災害が原因で移動した人々と移動先の現地民との間で紛争が起きる悪循環も想定されている。これは現在のロス&ダメージの課題として議論されており、安全保障の観点からも重要な問題となっている。
(6)自由討論
(イ)①気候変動の状況はロシアにとって有利に働くことはあるのか。②グローバルサウスがロシアの安価なエネルギーを大量に購入したことで、脱炭素化の動きには影響はないのか。③COP29の開催国であるアゼルバイジャンは自国のアピールに躍起になっており会議の成果を望めないように思われるが、COP29の意義は何か。(廣瀬主査)
⇒①プラスに働く面とマイナスに働く面の両方がある。温暖化で北極圏の氷が融解することにより海を戦略的に利用することができ、埋蔵されていた原油の使用も可能になる。一方、干ばつによる麦不作や永久凍土の融解によるインフラ被害といった悪影響も受けている。②ロシアのエネルギーが安価に売られることによって再エネへ移行するモチベーションが減ってきていることは事実であるが、アフリカのように発展のためにエネルギーを必要とする国はロシア以外からでも安価なエネルギーを調達していた可能性は十分にあり、一概に影響を測ることはできない。③開催国の如何にかかわらず、2024年はアメリカの大統領選が控えており情勢が不透明であることからも、COP29はあまり成果を期待されていない。次回COP30は節目でありアマゾンの熱帯雨林ついても注目が集まっている。気候変動についての体制を立て直すことが想定されている。(亀山講師)
(ロ)①Pre-industrializationの定義について産業革命前を指すのか、19世紀後半を指すのか。②ロシアがエネルギーを仮想通貨のマイニングに使用している可能性が指摘されているが、国際的なエネルギー消費と仮想通貨はどのような関係か。③電力の大部分を石炭火力発電所に依存している中で電気自動車を導入することに意味はあるのか。電気自動車の導入よりも再生可能エネルギーの生産量を増加させることに注力した方がよいのではないか。④トランプ時代のアメリカで対策に力を入れなくてもCO2排出量が削減されたことを踏まえると、温暖化対策に助成金を投入すべきではないのではないか。(ゴギナシュヴィリメンバー)
⇒①Pre-industrializationは、気候変動の世界では1850年以前を指す。②近年のマイニングやAI利用で電力の需要が拡大しており、再生可能エネルギーへの注目が高まっている。非常に難しい問題でありまだ解決法は見つかっていない。③確かに未だ多くの電力を石炭火力発電所で発電しているが、それでもガソリンを燃焼するよりはCO2の排出量は抑えられる。クリーンな電力に移行することとガソリン車を断つことを同時に進めていく必要がある。④トランプ氏がパリ協定を離脱した際、”We Are Still In”というアライアンスが結成され、国以外の大企業や自治体といったサブナショナルアクターの活動もあった。バイデン氏のInflation Reduction Actは単に環境問題の解決が目的ではなく、新たな雇用の創出という意味も持つものであり、必ずしも助成金を投ずることが必要でないと現段階で言うことはできない。(亀山講師)
(ハ)①安全保障が優先されることが気候変動対策へのディスインセンティブに繋がる側面もあると認識しているが、戦争によるマイナス影響についてはどのような報告があるか。②2国間クレジット制度は、日本の排出量削減にどの程度役立っているのか。(宇山メンバー)
⇒①有事の際は気候変動が優先課題ではなくなってしまう傾向がある。しかし近年は気候変動による難民の増加などもあり事態の緊急性は増している。②2国間クレジットとは日本の政府や企業が途上国と共同で排出削減プロジェクトを行うことにより、その削減量の何割かを日本の排出量削減に計上する制度である。パリ協定公認の方法だが、大きな割合を日本の取分とすると相手ホスト国も警戒し始めるため、大がかりに行うことは難しい。(亀山講師)
(ニ)アフリカにはとってEV車の導入は所得水準から厳しい現状もあり、日本の中古車の輸出が続いている。依然としてアフリカの権利の発展が主張される中、日本としては今後どのような形で協力していけるか。(遠藤メンバー)
⇒アフリカも2035年の排出量削減目標を設定するにあたり、2030年よりも厳しい目標を設定することが見込まれる。また、地球全体の排出量からすると、アフリカの絶対量は微々たるものである。日本の外交という観点からは、排出量の削減よりも実際に洪水や干ばつで苦しむアフリカの人々の支援が重視されるべきではないか。(亀山講師)
(ホ)太平洋島嶼国にとって、気候変動は最大の安全保障上の脅威となっている。日本のプレゼンスを拡大するために、どのような気候変動対策を太平洋島嶼国に示していくべきか。(畝川メンバー)
⇒10年前までだと防波堤や緩衝帯の建設といった適応策での支援が適当であったが、温暖化が大きく進行した現在では、住み続けることができなくなる島が発生する可能性も十分にある。島嶼国地域からの信頼を得るためには、島民が住む場所を失った際に受け入れられる姿勢を示すことが求められるのではないか。(亀山講師)
(ヘ)中国のCO2削減姿勢について、中国の現在のGDPのシェアに対するCO2シェアを踏まえるとまだ改善の余地があるように見受けられるが、中国の更なる積極的な姿勢を引き出すため、国際社会はどのようなことができるか。(三船メンバー)
⇒先進国はCO2を多く排出する産業の大部分を国外で行っており、中国の排出量もすべてが自国分とはいえない。また、中国は先進国と比べて自国は後発国だという意識があり、排出量削減も先進国に続く形で行う権利があると考えている。一方、排出量削減のための新技術開発への意欲があり特に水素研究は先進的である。中国は目標未達成を避けるため、目標を実際の見込みよりも後ろ倒しで設定する傾向があるため、実際に発表されている目標が前倒しで達成される可能性も十分にある。(亀山講師)
(文責、在研究本部)