公益財団法人日本国際フォーラム

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9月1日に本研究会において、ナゴルノ・カラバフをめぐる2023年前半の和平の動きを中心に、最近のナゴルノ・カラバフの動きについて報告をした。その報告においては、とりわけ5月〜6月頃に和平のムードが高まり、アゼルバイジャン、アルメニア双方の首脳、外相などによるハイレベルの交渉が主に欧米を舞台に展開されたことを強調した。とりわけ、アルメニアのパシニャン首相による、「当地のアルメニア系住民の安全が保障される」という条件が満たされれば、ナゴルノ・カラバフに対するアゼルバイジャンの主権を認める用意があるという発言や、ロシアが主導する軍事同盟CSTOからの脱退可能性を示唆する発言は国際的にも大きな注目を浴びていた。アルメニアとしては、年内の交渉妥結を狙っていたとされる一方、6月くらいからはアゼルバイジャンが交渉妥結を急がなくなっている状況が見受けられた。その背景には、アゼルバイジャンが、アルメニアとナゴルノ・カラバフをつなぐ回廊であり、アゼルバイジャンが昨年12月から封鎖しているとして問題になっていた「ラチン回廊」に検問所を設置できたこと、また5月末に近年、兄国としてアゼルバイジャンに強い支援をしていたトルコのエルドアン大統領が再選したことがあったとされた。
 その様な中で9月19日、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフで「わが国の領土からのアルメニア軍の撤退や武装解除を行い、軍事インフラを無力化するため」だとして、対「対テロ」作戦を開始したと発表した。当日朝に、地雷が2度爆発し、警察官4人を含む6人が死亡したことを受けての作戦開始だとされたが、その真偽は不明である。
 だが、24時間で結論は出た。アゼルバイジャンとアルメニア系勢力の双方が20日、ロシアの平和維持軍の仲介で、現地時間20日午後1時(日本時間同午後6時)から敵対行為を完全に停止することで合意したと発表したのだ。そしてアゼルバイジャンは高らかに「主権回復宣言」をした。アゼルバイジャン側はアルメニア系住民が当地に居住し続けることを認める姿勢を示したが、当地のアルメニア系住民は迫害を恐れ、99%がアルメニアへの避難を希望しているとし、アルメニアへの流出が始まった。
 9月28日にはアルメニア系住民の行政府「アルツァフ共和国」が、2024年1月1日の同エンティティの解体を宣言し、本問題は名実ともに終焉する見込みとなった。
 本展開の一番の伏線は2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争でロシアがアルメニアを支援しなかったことがある。当時、戦争開始前からロシアのプーチン大統領はパシニャン首相を疎んじ、支援しないであろうという予測がなされていたという。
 そして今回もロシアはアルメニアを支援しなかった。ナゴルノ・カラバフはアルメニアにとって重要な地であるが、ナゴルノ・カラバフを守るためにアルメニアはこれまでロシアに従属せざるを得なかった。逆に、ナゴルノ・カラバフを放棄すれば、アルメニアは外交上の自由度が得られる可能性が高かった。すでにアルメニアはロシア離れを進めており、9月11〜20日にはアルメニアと米国が合同軍事演習も行っていたが、今後、エネルギーや防衛でアルメニアはロシアの支援を得てきた同国は、今回、ナゴルノ・カラバフを諦めたことにより、親欧米的な外交方針に一気に転換していく可能性が高い。
 アゼルバイジャンは状況をうまく捉えたと言えるだろう。ロシアがウクライナ侵攻で手一杯な中で、またアルメニアとの関係が冷え切る中で、アルメニア支援をするはずがないと読んだと見られる。さらに、24時間の軍事行動をロシアの平和維持軍の仲介によって終結させたことによりロシアに花を持たせたことも意義深い。
 今後はアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフの復興と住民の移住が進められると思われるが、アルメニアではナゴルノ・カラバフを見捨てたパシニャン首相への怒り、またアルメニアを支持しなかったロシアへの怒りが募っており、抗議行動も起きている。また、ナゴルノ・カラバフからの避難民は最大12万人に及ぶと想定されるが人口280万人程度のアルメニアにはその受け入れ負担は重い。社会保障、居住、雇用など様々な問題が生じるが、アルメニアではナゴルノ・カラバフの住民は二流市民とされるため、今後、アルメニアで社会不安が生じる可能性も高い。
 当地の動向にはまだ注視が必要である。