公益財団法人日本国際フォーラム

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第2回定例研究会合
  1. 日 時:2023年9月1日(金)午後1時―午後2時半
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:30名
[主  査] 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員
[メンバー] 宇山 智彦 北海道大学教授
遠藤  貢 東京大学教授
小柏 葉子 広島大学教授
畝川 憲之 近畿大学教授※
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ 慶應義塾大学SFC研究所上席所員
高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員*
三船 恵美 駒澤大学教授/JFIR上席研究員(担当、中国)
[アフリカ政策パネル] 武内 進一 東京外国語大学教授
[外務省等] 19名

(メンバー 五十音順、*本事業責任者、※欠席)

[JFIR] 渡辺  繭 理事長
伊藤和歌子 常務理事・研究主幹
  1. 議論の概要

(1)開会挨拶

冒頭、高畑常務理事より、中央アジア、コーカサス、大洋州、アフリカは米国外交が長年手薄になっていた地域であり、特に大洋州とアフリカに中国・ロシアが進出する傾向にある。コーカサス・中央アジアは元々ロシア圏であり、中国の一帯一路の重要拠点であったことから、大洋州・アフリカとは性格が異なるといえる。これまで日本は、日米外交重視という戦後一貫した外交政策を最優先するとともに、日本国民の多数もそれに賛同してきたわけだが、今後、国際社会が複雑さを増して行くなかで、日本が生き残るためには、まずもって、日本を取り巻く国際情勢を正確に把握するとともに、既述の各国・各地域の力学の分析、さらには、勢力圏の狭間にある日本の次なる外交はどうあるべきなのか、などについて議論することがきわめて重要である、との開会挨拶がなされた。

(2)廣瀬主査より報告

<狭間の政治学>

続いて、基調報告者の廣瀬主査より、次のような報告がなされた。大国の狭間にあって自由な外交の展開を阻害されている国が、いかに賢く生き抜くかの処世術を、「狭間の政治学」と定義する。まずこれらの国々は、片方に追従しすぎるともう一方から懲罰や不利益を被る。ウクライナ、ジョージアなど東西の狭間にあり東西選択を迫られる国が欧米を選ぶと、ロシアからの懲罰(民族問題への介入、クリミア併合、ウクライナ侵攻、ジョージア戦争、資源供給などでの締め付けなど)を受ける。また、狭間の国々の中でも、資源のない国はバランス外交が難しい。資源や地理的優位の乏しい国は外交選択の余地が小さい。
 ただし、狭間の国家であってもウクライナの例のように、普遍的価値、認知戦・情報戦の活用で国際的支持を獲得できる可能性がある。
 一方、狭間の国々を力ずくで影響力を維持したい国がある。その手段は、政治・経済・エネルギー・未承認国家(旧ソ連内でロシアが多用)・ハイブリッド戦争である。近年ではハイブリット戦争の中でも、コストの大きい戦闘に至らないサイバー攻撃、認知戦・情報戦の重要性が拡大している。

<未承認国家>

未承認国家とは国家の体裁を整えているものの国際的承認を得ていない国をいう。未承認国家は、民族自決と主権尊重、という矛盾する二つの国際原則が拮抗し、国際社会は白黒つける事ができない。
 ロシアによる未承認国家利用には3タイプがある。①従来モデル(法的親国の中の未承認国家を維持し、法的親国を揺さぶる) ➁クリミアモデル(ロシアへの直接併合を図る) ➂ドンバス・ジョージアモデル(「人民共和国」を一応名乗らせた間接併合。) ウクライナのドンバスは2022年9月にロシアに一方的に併合されており、➂から➁に移行した。
 未承認国家の問題は欧米にも責任がある。欧米は旧ソ連・ユーゴの解体の際、ウティ・ポディシス原則(植民地の独立に際して旧行政区画を新独立国の境界線とする原則)を採用したため、少数民族の分離独立が不可能となり、未承認国家化が不可避となった。また、虐殺などの武力による国境変更を認めないという国際原則のもと、国際社会が少数民族の独立を認めなかったことも未承認国家誕生の要因である。

<ナゴルノ・カラバフ問題>

旧ソ連時代末から、アゼルバイジャン内のアルメニア人多数居住地域(ナゴルノ・カラバフ。ソ連時代は自治州)ではアゼルバイジャンとアルメニア間で紛争が多発した。第一次ナゴルノ・カラバフ戦争(1988-94)では、アルメニアがロシアの支援によってアゼルバイジャン領の約20%を占拠した形で停戦となり、紛争は凍結し、未承認国家化した。第二次戦争(2020年)ではトルコの支援によってアゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフ周辺の緩衝地帯及び同地域の4割を奪還した。しかし停戦後も地雷問題などから復興・再定住は難しく、同地域や回廊(ラチン回廊、ザンゲズール回廊)を巡って対立が続いている。
 一方、ウクライナ戦争の混乱とロシアの影響力低下の中で、ロシアを除いた地域間協力に期待が高まっている。その例が中央回廊である。中国から中央アジア、コーカサスを通り黒海に出てトルコ・欧州へ接続するルートである。中央アジア・コーカサス・トルコ地域はロシアよりも貿易規模が大きい点で期待が高い。中国とトルコの地域における影響力のさらなる拡大を予想させる。
 また2023年春以降、アゼルバイジャンとアルメニアに和平の動きが見られつつある。複数回の外相会談、首脳会談が開催されており、アルメニアのパシニャン首相は「アルメニア系住民の安全が保障される限りカラバフをアゼルバイジャン領と認める用意がある、CSTO(集団安全保障条約機構)脱退可能性がある」とも述べた。ただ、アゼルバイジャンは支援国トルコのエルドアン大統領再選やラチン回廊国境検問所設立達成により、和平を急ぐ必要性が低下し、消極的姿勢に転じている。解決を急ぐアルメニアとそうでないアゼルバイジャンの間で議論は停滞している。第二次ナゴルフ・カラバフ戦争やその後の衝突の際に、ロシアおよびCSTOはアルメニアを支援しなかった。アルメニアは、アルメニア系住民の安全が確保されれば、ナゴルフ・カラバフを諦めてでも、ロシアの影響下から脱する方向に向かうだろう。一方アゼルバイジャンは資源国であるため、従来通りバランス外交を展開するだろう。
 いずれにせよ、両国の会談をロシアでなく欧米が仲介していることは、同地域でのロシアの影響力低下を示している。

<まとめ>

①現代戦では軍事力・軍事戦略・国家戦略を組み合わせる必要がある。➁トルコの影響力が拡大する一方ロシアの影響力は低下している。➂アゼルバイジャンとアルメニア間で戦争による領土の奪取が行われている。国際社会は、そもそも不当な領土の奪取が行われないよう講じるべきである。④ナゴルフ・カラバフ戦争停戦後も難民、復興等の問題がある。また同地域の地位問題は先送りされている。これは紛争の火種になり、ロシアに外交カードを与えてしまう。国際社会がコミットして何らかの完全解決をしなければ、ウクライナ戦争の二の舞になるだろう。
 アゼルバイジャンとアルメニアの紛争は、NATO(トルコ)対CSTOの紛争という図式でとらえることもできる。アルメニアはロシア兵器を用いたロシア式の戦いをしたが、結果はロシアの弱さを露呈させた。同様にウクライナ戦争でもロシアの弱さが露呈した。このことから、旧ソ連諸国はロシアを軽視するようになっている。
 大国の動きはドミノ倒し的に各国に影響する。狭間の国々各国の独自性に注意しながら、多面的、柔軟に国際情勢を見ていく必要がある。

(3)自由討論

Ⅰ①「狭間の政治学」はアフリカにおける「薄い覇権」(thin hegemony)とほぼ同視できると考える。➁トルコはアフリカの角へもかなり影響力を行使する動きを見せている。トルコの政策的展望はどうあると考えるか。(遠藤メンバー)
⇒①「狭間の政治学」と「薄い覇権」は親和性が強い。コーカサスとアフリカ地域で共通項が見つかるといい。➁トルコは、如何に現状から自国の利益を最大化するかに長けている。ナゴルフ・カラバフ戦争でのアゼルバイジャン勝利は、中央アジアの国々がトルコを重視する要因となった。一方トルコはロシアの制裁に加わらず半導体を輸出するなどロシアにとって重要な国にもなっている。このようにトルコはウクライナ側にもロシア側にもつくなど行動が日和見的であり、政策的展望・最終目的が見えない。トルコは中東、ヨーロッパの結節点にあり、アフリカへの影響力を増す地域大国として注目すべきだ。(廣瀬主査)

Ⅱ中国は、コーカサス地域に経済以外の面でどのように影響力を及ぼすことが出来るか。日本は中国に比して同地域にどのように影響力を及ぼせるのか。(三船メンバー)
⇒中国はコーカサスへの影響力が低い。中国は、ジョージアには比較的早く進出したが、アゼルバイジャンは中国を2014年くらいまで歓迎しなかったため、現在もあまり深い関係が見られない。他方、資源に乏しいアルメニアには、投資の要請があれども進出しない。コーカサスは親日である。特に技術提供など、各国が望む細やかな支援が可能な日本が影響力を及ぼす余地が多くある。(廣瀬主査)

Ⅲ現在アゼルバイジャンへの援助をしている主要国はどこか。(畝川メンバー)
⇒アゼルバイジャンが石油で潤っている現在、援助国はほとんどない。アルメニアはアメリカ、フランスにディアスポラ(移民)が多く、支援を受けている。(廣瀬主査)

Ⅳ太平洋諸国は資源に乏しい。資源の乏しいコーカサス諸国同様、情報戦・広報戦が鍵だと考える。地球温暖化の最前線にいる太平洋諸国は、炭鉱のカナリヤ(危機の警鐘)として国際社会にアピールしている。狭間の国は国際公共益をアピールする、自国の弱みを強みに変えて訴えかける事が出来るのではないか。(小柏メンバー)
⇒ウクライナが最たる例だ。ウクライナがロシアに敗北することは、民主主義の敗北を意味する。そのため国際社会が支援せざるを得ない。そのような状況をウクライナは作る事に成功している。狭間の国は資源だけでなく、情報戦が大きな武器である。一方で中国などの大国も情報戦に長けているので、注意が必要だ。(廣瀬主査)

Ⅴ日本も資源のない狭間の国だ。日本は狭間国々と共に、どのような外交政策が求められるか。(尾崎在リトアニア大使)
⇒日本は北方領土問題に対して身動きが取れていない。これは日本が狭間の国である象徴だ。狭間の国でないロシアでさえ、グローバルサウスとの連携を深めることに今後の活路を見出している。日本は中国やロシアと異なり、クリーンで細やかな支援が出来る。グローバルサウスが今後成長の糧に出来るようなものを提供することが望ましい。(廣瀬主査)

Ⅵ①ナゴルノ・カラバフ問題に関してアゼルバイジャンは決着を急いでいない、というお話だった。2025年にロシアのピースキーパーズ(平和維持要員)がアゼルバイジャンから撤退する。アルメニアとの交渉と、ピースキーパーズ撤退期限との関連はあるか。➁アゼルバイジャンの後継者はどうなるのか。(森井一等書記官)
⇒①ロシアの平和維持は機能していない、とアゼルバイジャンは考えている。ロシアの存在は考慮に入れる必要がない、との発言を聞く。アゼルバイジャンは、欧米の仲介で、自国がより多くを得る形でのアルメニアとの交渉を、最も良いタイミングで終結させたいと考えている。➁アリエフ大統領は身内による世襲を望んでいるだろう。しかし息子に能力が乏しいと言われている。その場合、既に政治的にも大きな影響力を持っている大統領夫人、又は長女が後継するの可能性が高い。(廣瀬主査)

(文責、在事務局)