[1] 中国の北極政策については、例えば、以下などを参照されたい。三船恵美「『新たなフェーズ』に入った中国の北極進出―2026年「4隻の調査船」が意味する軍民両用リスク―」日本国際フォーラムコメンタリー、2026年7月31日 [https://www.jfir.or.jp/studygroup_article/13377/]。
[2] 王毅与俄罗斯总统助理、海事委员会主席帕特鲁舍夫举行会晤」中华人民共和国外交部、2026年10月12日 [https://www.fmprc.gov.cn/wjbzhd/202610/t20261012_12038896.shtml] 。
[3] ”Russian presidential aide visits shipyard in Shanghai,” TASS, October 9, 2026 [https://tass.com/politics/2199447].
[4] ”Putin aide looks to boost Russian shipbuilding ties with China during visit,” South China Morning Post, October 12, 2026 [https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3370497/putin-aide-looks-boost-russian-shipbuilding-ties-china-during-visit].
[5] ”Russian presidential aide discuss strategic transport routes in China,” TASS, October 12, 2026 [https://tass.com/politics/2200865].
[6] この点については、例えば、以下などで論じてる。三船恵美「中東の戦線拡大による秩序再編と中国」日中経済協会『日中経協ジャーナル』2026年11月号(2026年10月刊行)、22~25頁。
[7] ”Patrushev announced plans by London and Brussels to block the Baltic Sea,” Izvestia (Известия), October 12, 2026 [https://en.iz.ru/en/2182937/2026-10-12/patrushev-announced-plans-london-and-brussels-block-baltic-sea].
[8] 本稿では論じていないが、2026年9月22日に、アメリカ、デンマーク王国、デンマーク自治領グリーンランドが新たな防衛協定に署名し、中国の北極海における動向が大きく制約されたことも一因と言える。その点については、以下などで論じている。三船恵美「レアアース争奪だけではない、アメリカがグリーンランド新防衛協定で封じ込めようとする中国の北極進出・核ミサイル戦略」東洋経済オンライン、2026年10月10日、[https://toyokeizai.net/articles/-/960422?display=b]。
[9] Council of the EU, “Russia’s war of aggression against Ukraine: EU agrees largest-ever package of listings targeting almost 1600 individuals and entities in Russia’s military-industrial complex,” October 12, 2026 [https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2026/10/12/russia-s-war-of-aggression-against-ukraine-eu-agrees-largest-ever-package-of-listings-targeting-almost-1600-individuals-and-entities-in-russia-s-military-industrial-complex/].
[10] 「王毅与俄罗斯总统助理、海事委员会主席帕特鲁舍夫举行会晤」前掲。
[11] 「新型軍国主義」については、例えば、以下などを参照されたい。三船恵美「中国が日本を『新型軍国主義』と呼び始めた真意は? 日本の防衛力強化を阻止しようとしている中国の『認知戦』」東洋経済オンライン、2026年7月11日[https://toyokeizai.net/articles/-/951003?display=b]。
[12] 「2026年10月14日外交部发言人毛宁主持例行记者会」中华人民共和国外交部、2026年10月14日[https://www.mfa.gov.cn/web/fyrbt_673021/202610/t20261014_12040283.shtml]。
[13] 「領海及び接続水域に関する法律」(昭和52年法律第30号)附則第2項に「(特定海域に係る領海の範囲)2 当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第一条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。」と規定されている。
[14] 国連海洋法条約第十九条 無害通航の意味
1 通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる。無害通航は、この条約及び国際法の他の規則に従って行わなければならない。
2 外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる。
(a)武力による威嚇又は武力の行使であって、沿岸国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対するもの又はその他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるもの
(b)兵器(種類のいかんを問わない。)を用いる訓練又は演習
(c)沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為
(d)沿岸国の防衛又は安全に影響を与えることを目的とする宣伝行為
(e)航空機の発着又は積込み
(f)軍事機器の発着又は積込み
(g)沿岸国の通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令に違反する物品、通貨又は人の積込み又は積卸し
(h)この条約に違反する故意のかつ重大な汚染行為
(i)漁獲活動
(j)調査活動又は測量活動の実施
(k)沿岸国の通信系又は他の施設への妨害を目的とする行為
(l)通航に直接の関係を有しないその他の活動
1 通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる。無害通航は、この条約及び国際法の他の規則に従って行わなければならない。
2 外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる。
(a)武力による威嚇又は武力の行使であって、沿岸国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対するもの又はその他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるもの
(b)兵器(種類のいかんを問わない。)を用いる訓練又は演習
(c)沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為
(d)沿岸国の防衛又は安全に影響を与えることを目的とする宣伝行為
(e)航空機の発着又は積込み
(f)軍事機器の発着又は積込み
(g)沿岸国の通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令に違反する物品、通貨又は人の積込み又は積卸し
(h)この条約に違反する故意のかつ重大な汚染行為
(i)漁獲活動
(j)調査活動又は測量活動の実施
(k)沿岸国の通信系又は他の施設への妨害を目的とする行為
(l)通航に直接の関係を有しないその他の活動
Ⅰ 中国外交実務のトップがロシア造船業を監督する露大統領側近と会談
ロシアの大統領補佐官兼海洋参事会議長であるニコライ・パトルシェフ氏が、2026年10月8日から10月13日にかけて、海洋分野などでの中露協力について実務協議を行うために訪中した。パトルシェフ氏は、2024年8月のロシア海洋参事会(Maritime Board:大統領直属の海洋政策統括機関)発足時に現職に就く前は、16年間ロシア連邦安全保障会議書記として、ロシア政治の中枢にいた。シロヴィキ(治安機関出身者)の要人として知られてきたパトルシェフ氏は、現在、大統領補佐官として造船業を監督する職位にある。
そのパトルシェフ氏が、10月12日、中国共産党中央(党中央)政治局委員兼党中央外事工作委員会弁公室主任の王毅氏と、北京で会談した。王毅氏は、国務院外交部長(=「外相」に相当)も兼務しているが、同会談では、外交部長の上位である「中国外交実務トップ」の立場で臨んだ。
中露両国は、中国による「一帯一路」の「氷上のシルクロード」[1]とロシアによる「北極横断輸送回廊」の方向性が同じであること、また、海洋戦略の整合性を高めていくことなどを確認した(※「氷上のシルクロード」は中国の主要港~北極海を通り欧州の主要港;「北極横断輸送回廊」は、サンクトペテルブルク~北極海を通りウラジオストク;ロシアの「北極海航路」は、カラ海海峡~ベーリング海峡のデジニョフ岬)。
王毅氏は、中国とロシアが協力して、海洋戦略の連携強化、相互補完的な優位性の実現、互いの正当な海洋権益の保護、アジア太平洋地域の海洋安全保障の維持、主要な国際航路の正常な航行の確保などを推進する考えを示した。また、王毅氏は、両国間のエネルギー資源の安定供給、サプライチェーンの安全な運営の確保、海洋および北極問題に関する交流拡大、世界の海洋ガバナンスの改善、海洋運命共同体の構築促進などをロシアへ呼びかけた[2]。
Ⅱ 北極政策で造船・物流網拡大を協議
パトルシェフ氏は、最初に訪問した上海で、外高橋造船所、上海交通大学、上海洋山港を視察した[3]。上海浦東新区にある外高橋造船所は、中国最大級かつ最先端の造船所である。上海交通大学は、船舶・海洋工学の名門である。上海洋山港は、世界最大規模のコンテナ貨物を扱う全自動化スマート埠頭として知られている。
パトルシェフ氏は、10月10日、北京で中国工業情報化部の副部長と会談し、中国の造船企業によるロシアでの造船所建設や造船プロジェクト参画について協議した[4]。工業情報化部は、産業政策全般、ハイテク産業育成、情報通信政策を担う政府機構である。同部は、北極海航行のための造船サプライチェーン、通信網・衛星インフラの構築、海底ケーブルなどの基盤形成や、「軍民両用」の技術開発の推進・予算・管理にも関わっている。
10月12日に、パトルシェフ氏は中国交通運輸部長(※ 中国の各「部長」は日本の「大臣(閣僚)」に相当)の劉偉氏とも会談した。両氏の会談では、ロシアと中国の輸送主権(※ 西側からの制裁に左右されない物流を指す)を確保するための共同努力の重要性、「氷上のシルクロード」と「北極横断輸送回廊」の相互作用、中国企業による輸送網構築の課題、二国間河川航路の開発、両国の物流事業者による海上貨物輸送の増加などが議論された[5]。
また、同会談でパトルシェフ氏は、イギリスと欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)がバルト海を封鎖する計画を進め、ロシア船舶の拿捕を企てているとの非難を中国側へ伝えた。ホルムズ海峡の緊迫状態が続き、バブ・エル・マンデブ海峡と紅海がフーシ派の圧力に晒されている中[6]で、ロシアは中国に対して、代替ルートとしての「北極横断輸送回廊」を構築していると説明した[7]。
これまで、中国とロシアは北極をめぐる「協力」ということばを幾度も繰り返してきた。しかし、北極圏に領土がないにもかかわらず自国を「近北極国家(Near-Arctic State)」と位置づける中国を警戒するロシアは、耐氷船の建造や自国インフラ利用を伴う本格的な実務協力に慎重な姿勢を崩してこなかった。そのロシアが、大きく転換しようとしている。
その背景には、「西側の制裁下で造船業能力を強化しようとするロシア」と「北極海運・物流網を拡大しようとする中国」の利害が絡み合っているからだと言えよう。
Ⅲ EUの「対ロシア第22次制裁パッケージ」
北極政策をめぐる2026年の中露関係強化が「転換点」にあると言える理由の1つは、西側の対露制裁強化である[8]。
EU外相理事会は、ロシアがウクライナへの侵略戦争を始めた2022年以来の過去最多規模となる、ロシアの軍事産業複合体に属する1569の個人および団体に対する追加的な制裁措置「対ロシア第22次制裁パッケージ」を、2026年10月12日に採択した[9]。
EUの「第22次制裁パッケージ」は、軍事産業複合体のサプライチェーン遮断をねらいの1つとし、ロシアの主要な造船所および艦船修繕企業20社以上を資産凍結や取引禁止のリストに追加指定している。ロシアの造船業は、推進システムや高度航法機器などの多くの重要部材をEU域内の企業に依存してきた。しかし、「第22次制裁パッケージ」によって、指定された企業に対してEU域内の個人・企業が経済的資源、資金、役務を「直接・間接に提供」することが全面的に禁止されたため、ロシアの造船所に対する重要部品の納入や保守サポートができなくなった。こうした影響を受けた造船所の中には、軍用艦のみならず、北極航路を航行する砕氷船、耐氷型貨物船、オフショア支援船などを建造する造船所も含まれる。
ロシアは西側諸国の海運会社のタンカーを利用して、ロシア産原油の3分の1以上を輸出してきた。しかし、「第22次制裁パッケージ」により、EU加盟国の船舶で行われてきた取引が実質的に終了することになる。自前での整備が急務となる中で、EU域内の企業からの技術・部品調達網から排除されるロシアは、中国からの協力に頼るほかなくなった。ロシアは、自国から北極航路経由でエネルギー資源を輸入している中国に対して、その運航に不可欠な造船支援を期待している。
Ⅳ 中国の北極進出拡大と日本の「特定海域」
10月12日の王毅・パトルシェフ会談の主なねらいは、北極政策をめぐる中露協力の強化であった。しかし、この会談で我々日本人が注目するもう1つの点は、中国外交部が同日夜に公表した王毅氏による以下の発言であろう。
「中国側はロシア側とともに、両国の海洋戦略の連携を強化し、優位性の相互補完を実現し、互いの正当な海洋権益を守り、アジア太平洋地域の海上安全を維持し、世界の重要航路における正常な通航を確保していくことを望んでいる」[10]。
北極航路や世界の主要航路における実務協力のみならず、アジア太平洋も含んだ双方の海洋権益について両国が連携を強化しようと中国がロシアへ呼びかけたのである。
中国が対日批判で訴える「新型軍国主義」のナラティブ[11]へロシアが寄り添う姿勢を鮮明にしたのは、2026年5月の国連や中露首脳会談のあたりからであった。王毅・パトルシェフ会談の翌日の10月13日には、ロシア極東のサハリン州当局が、中国黒竜江省の行政当局者や実業家で構成された代表団による択捉(えとろふ)島訪問を発表した。同島は日本固有の領土であるが、ロシアによる不法占拠が続いている。黒竜江省の代表団は、ロシアの投資誘致ツアーの一環として択捉島のウニ養殖場などを視察した。ロシアは、択捉における中国の投資・水産視察を受け入れ、対日牽制の「道具」として、北方領土の実効支配に中国を巻き込む段階へ舵を切ったのである。
黒竜江省代表団の択捉訪問の翌日(10月14日)、中国外交部報道官の毛寧氏は定例記者会見において、「中国側は一貫して世界反ファシスト戦争(※ 中国による「第二次世界大戦」の呼び方)の勝利の成果は尊重され、守られるべきと主張している」[12]と語り、ロシア寄りの姿勢を示した。こうした中国とロシアの連携は、今後、中国が喧伝する歴史のナラティブ(物語)にロシアが「寄り添う以上の段階」へ進んでいくことが予想される。
中国が北極航路への進出を拡大するならば、宗谷海峡からオホーツク海に入り、択捉海峡や国後水道を抜けて太平洋・ベーリング海へ北上するルート、もしくは津軽海峡から太平洋へ抜けて、千島列島沖合を北上するルートをとることになるであろう。
日本は、宗谷海峡や津軽海峡について、領海を通常の12海里ではなく、3海里の「特定海域」と設定している[13]。領海が3海里の「特定海域」では、中央部に公海が残されている。国連海洋法条約(UNCLOS)第38条に拠れば、潜水艦や軍艦も含むすべての船舶及び航空機は、国際海峡で「通過通航権」を有する。
特定海域を領海に変更しても、UNCLOS第17条に拠れば、外国船舶は、沿岸国の平和・秩序・安全を害しない限り、「無害通航権」を有する。しかし、防衛や安全に影響を与える宣伝行為、重大な汚染行為、漁獲活動、調査活動、測量活動、沿岸国の通信系に対する妨害行為、「通航に直接の関係を有しないその他の活動」を禁止できる[14]。
北極海航路に向かう中国プレゼンスの拡大に伴い、中国とロシアによる日本への牽制は、今後、急激にエスカレーションしていくと考えられる。そうなれば、日本において、北極海へ向かう中国を念頭に「日本海と太平洋を結ぶ重要航路」を監視下に置くために3海里の「特定海域」を12海里の領海へ変えていくべきとの意見が高まるのではなかろうか。北極海において中国がプレゼンスを拡大していくことによって、日本の防衛上の管理権限を高めるべきという議論が提起されていくことになるであろう。