活動
2026年9月14日
原田 大輔
JOGMECエネルギー事業本部調査部長(併)企画調整部担当審議役
コメンタリー
ホルムズ海峡危機が明らかにしたように、原油調達における日本の中東地域への依存度は高い。エネルギー安全保障の観点からは供給源の多様化が重要であり、原油の調達先としてその役割を担いうるのがロシアである。2015年には、日本の原油輸入に占めるロシア産の割合は8.8%に達していた。天然ガスについても同様であり、豪州からの輸入が40%程度を占めるのに対し、ロシアからの輸入は10%前後で推移している。
日本は、ロシアのエネルギー生産プロジェクトにも相当程度関与してきた。ソ連解体後の混乱の中で、外資にとって有利なPSA(生産物分与契約)が締結され、1990年代には、日本企業が関与する形でサハリン1およびサハリン2が立ち上がった。その後、INK-Zapadや北極海沿岸のヤマルLNGプロジェクトが発足し、エネルギー開発の拠点は、サハリンから東シベリア、さらに北極圏へと移行してきた。
気候変動を背景として、2010年以降、北極海航路の活用が進展している。この15年間で、欧亜間の航海数は26倍に、トランジット貨物量は32倍に増加した。また、総貨物輸送量はトランジット貨物量の21倍に達している。他方、北極海航路は有力な需要地が存在しないため、複数の輸送需要を組み合わせにくい海域でもある。スエズ運河経由の航路と比較すると、その輸送規模は過去15年間の平均で1.6%程度にとどまっている。そのため、北極海航路ではエネルギー資源を輸送する片道輸送が中心となっており、沿岸国であるロシア、米国、ノルウェーなどの国内法が航路の利用に大きな影響を及ぼしている。
北極沿岸の石油・天然ガスの埋蔵ポテンシャルは高い。北極域全体の可採埋蔵量は約3,117億BOEに達し、サウジアラビアの原油埋蔵量である2,975億BOEを上回る規模となっている。北極域における原油の生産コストは、1バレル当たり40~100ドル程度であり、平均では70ドル程度となる。レナ川、エニセイ川、オビ川流域に代表されるように、ロシアは広大な大陸棚と堆積盆を有し、特に天然ガス埋蔵地域として有望である。また、メキシコ湾流の影響によって不凍港であるムルマンスクが拓けているように、ノルウェー海からバレンツ海にかけての海氷条件は航行に有利であり、さらに地球の自転によって海氷がカナダ・米国に寄せられる構造となっていることから、北極海航路の利活用にも適した条件を備えている。
ただし、ロシアの北極域における資源開発は必ずしも順調に進展しているわけではなく、採算性を確保するための負担を抱えながら進められているのが実態である。油価の変動や欧米による制裁が資源開発プロジェクトの進展を左右してきたほか、原油生産量の予測値や天然ガスの生産量が減少している。そのため、ロシアはプロジェクトに対して免税措置を適用することで、北極域における資源開発を促進している。
さらに、北極海航路の利用には多額のコストが伴う。NOVATEKは2016年、ムルマンスクとカムチャツカに積替えターミナルを建設し、輸送スキームを拡大する計画を打ち出したが、こうした取り組みによってもコストの問題は完全には解消されていない。上流権益の問題に加え、砕氷LNGタンカーの建造・運用やターミナル建設にかかるコストが必要となるというのはこの地域・北極海航路の特徴であり、他産油ガス地域の経済性や外資の投資環境条件において劣後する要因でもある。
砕氷LNGタンカーの建造費は、通常のLNGタンカーの1.5から2倍程度に達する。また、傭船費も高く、通常のLNGタンカーでは4基程度のエンジンが搭載されるのに対し、砕氷LNGタンカーでは6基が必要となり、燃費の面でも不利となる。加えて、砕氷タンカーは航海スケジュールにも課題を抱えている。氷を砕きながら航行するため、航海に遅延が生じる可能性があり、輸送スケジュールの乱れによって違約金などの追加的なコストが発生する場合もある。実際、ヤマルLNGプロジェクトの輸出先をみると、8割弱が欧州向けとなっているのに対し、北東方面への輸送は、ベーリング海峡周辺に海氷が存在することから23%にとどまっている。
ホルムズ海峡危機の発生により、カタールやUAEからのLNG供給が停止する中、EUは7月23日に第21次制裁を発表し、1年間の第三国へのLNG転売を認めた。長期のLNG供給契約やパイプラインによる天然ガス供給契約などを禁止し、ロシアへの圧力を強める中で、注目される動きである。ロシアによるウクライナ侵攻前後の天然ガス調達を比較すると、欧州が必ずしもロシア産ガスを排除していないことが分かる。実際、2021年と2025年を比較すると、ロシア産LNGの輸入量は増加している。
天然ガスの需給見通しからも、ロシアのLNG供給ポテンシャルの大きさがうかがえる。2025年から2026年にかけてはLNGの供給が逼迫することが見込まれる一方、2027年以降は需給が緩和し、2030年には供給過多となることが予想される。その後、2035年頃には再び需要が供給を上回ると見込まれている。こうした短中期的な需給見通しを背景として、北極域でのLNG開発に注目が集まっている。
米国では、ロシアに融和的な動きがみられる。その中核に位置するのが、北極圏における米露間のエネルギー協力である。2025年2月、ドミトリエフ・ロシア直接投資基金総裁とウィトコフ米大統領特使が会談した際、北極圏における米露エネルギー協力が検討されているという情報がもたらされた。アラスカにおけるLNG開発もこうした協力の一つとされ、2026年3月には米国アラスカにおける新たなPolar LNGプロジェクトが発表された。さらに、6月3日にはプーチン大統領が、フランスのTOTAL社が保有するArctic LNG-2の権益売却を承認した。売却された権益は、今後、米国企業に譲渡される可能性がある。
ウクライナ戦争の終結が見通せない中で、米露間のエネルギー協力が進展していることには注視する必要がある。先述のとおり、2035年頃にはLNG需要が供給を上回ることが予想されている。そのため、Arctic LNG-2からの供給を失えば、需要国は、より高価なLNGを調達せざるを得なくなる可能性がある。
ドンロー主義の下で注目を集めているグリーンランドについては、レアアースやレアメタルの資源ポテンシャルが高いと推定される一方、資源のマネタイズや港湾整備など、開発に必要な初期投資が課題となっている。また、中国やロシアによる進出も現時点ではそれほど大規模なものではない。こうした状況を踏まえると、トランプ大統領のグリーンランドへの関心には、資源獲得だけでなく、自らのレガシーを残すことを目的としていると考えられる。
中国は、北極域から北京までを結ぶガスパイプライン「シベリアの力2」(プーチン大統領は新たな名称として「バイカルの力」とも呼称したと言われている)の建設に向けて動いている。しかし、これはロシアにとって必ずしも望ましい動きとはいえない。2014年のクリミア併合を受けて欧米がロシアに制裁を発動した際、その影響によって、東シベリアと中国を結ぶ「シベリアの力」のガス価格が低く抑えられた前例があるためである。今後、中国によるLNG調達が順調に進展すれば、中国が「ポートフォリオLNG輸出大国」となる可能性もある。
日本にとってロシアは、対中レバレッジやエネルギー供給源・供給ルートの多角化を考える上で重要な国家である。どのため、ロシアの北極海航路の実像を正確に把握する必要がある。これまで述べてきたように、北極海航路はエネルギー資源の片道輸送という性格が強く、利用に際しては航路沿岸国とのさまざまな交渉も必要となる。日本は北極海航路の利用にあたって、北極評議会などの多国間枠組みだけでなく、二国間協議も進めるなど、重層的なアプローチを検討していく必要がある。
ロシア資源開発と日本の関与
ホルムズ海峡危機が明らかにしたように、原油調達における日本の中東地域への依存度は高い。エネルギー安全保障の観点からは供給源の多様化が重要であり、原油の調達先としてその役割を担いうるのがロシアである。2015年には、日本の原油輸入に占めるロシア産の割合は8.8%に達していた。天然ガスについても同様であり、豪州からの輸入が40%程度を占めるのに対し、ロシアからの輸入は10%前後で推移している。
日本は、ロシアのエネルギー生産プロジェクトにも相当程度関与してきた。ソ連解体後の混乱の中で、外資にとって有利なPSA(生産物分与契約)が締結され、1990年代には、日本企業が関与する形でサハリン1およびサハリン2が立ち上がった。その後、INK-Zapadや北極海沿岸のヤマルLNGプロジェクトが発足し、エネルギー開発の拠点は、サハリンから東シベリア、さらに北極圏へと移行してきた。
北極海航路の実際
気候変動を背景として、2010年以降、北極海航路の活用が進展している。この15年間で、欧亜間の航海数は26倍に、トランジット貨物量は32倍に増加した。また、総貨物輸送量はトランジット貨物量の21倍に達している。他方、北極海航路は有力な需要地が存在しないため、複数の輸送需要を組み合わせにくい海域でもある。スエズ運河経由の航路と比較すると、その輸送規模は過去15年間の平均で1.6%程度にとどまっている。そのため、北極海航路ではエネルギー資源を輸送する片道輸送が中心となっており、沿岸国であるロシア、米国、ノルウェーなどの国内法が航路の利用に大きな影響を及ぼしている。
北極域の石油・ガスのポテンシャル
北極沿岸の石油・天然ガスの埋蔵ポテンシャルは高い。北極域全体の可採埋蔵量は約3,117億BOEに達し、サウジアラビアの原油埋蔵量である2,975億BOEを上回る規模となっている。北極域における原油の生産コストは、1バレル当たり40~100ドル程度であり、平均では70ドル程度となる。レナ川、エニセイ川、オビ川流域に代表されるように、ロシアは広大な大陸棚と堆積盆を有し、特に天然ガス埋蔵地域として有望である。また、メキシコ湾流の影響によって不凍港であるムルマンスクが拓けているように、ノルウェー海からバレンツ海にかけての海氷条件は航行に有利であり、さらに地球の自転によって海氷がカナダ・米国に寄せられる構造となっていることから、北極海航路の利活用にも適した条件を備えている。
ロシア資源開発の現実
ただし、ロシアの北極域における資源開発は必ずしも順調に進展しているわけではなく、採算性を確保するための負担を抱えながら進められているのが実態である。油価の変動や欧米による制裁が資源開発プロジェクトの進展を左右してきたほか、原油生産量の予測値や天然ガスの生産量が減少している。そのため、ロシアはプロジェクトに対して免税措置を適用することで、北極域における資源開発を促進している。
さらに、北極海航路の利用には多額のコストが伴う。NOVATEKは2016年、ムルマンスクとカムチャツカに積替えターミナルを建設し、輸送スキームを拡大する計画を打ち出したが、こうした取り組みによってもコストの問題は完全には解消されていない。上流権益の問題に加え、砕氷LNGタンカーの建造・運用やターミナル建設にかかるコストが必要となるというのはこの地域・北極海航路の特徴であり、他産油ガス地域の経済性や外資の投資環境条件において劣後する要因でもある。
砕氷LNGタンカーの建造費は、通常のLNGタンカーの1.5から2倍程度に達する。また、傭船費も高く、通常のLNGタンカーでは4基程度のエンジンが搭載されるのに対し、砕氷LNGタンカーでは6基が必要となり、燃費の面でも不利となる。加えて、砕氷タンカーは航海スケジュールにも課題を抱えている。氷を砕きながら航行するため、航海に遅延が生じる可能性があり、輸送スケジュールの乱れによって違約金などの追加的なコストが発生する場合もある。実際、ヤマルLNGプロジェクトの輸出先をみると、8割弱が欧州向けとなっているのに対し、北東方面への輸送は、ベーリング海峡周辺に海氷が存在することから23%にとどまっている。
LNGの短中期見通し
ホルムズ海峡危機の発生により、カタールやUAEからのLNG供給が停止する中、EUは7月23日に第21次制裁を発表し、1年間の第三国へのLNG転売を認めた。長期のLNG供給契約やパイプラインによる天然ガス供給契約などを禁止し、ロシアへの圧力を強める中で、注目される動きである。ロシアによるウクライナ侵攻前後の天然ガス調達を比較すると、欧州が必ずしもロシア産ガスを排除していないことが分かる。実際、2021年と2025年を比較すると、ロシア産LNGの輸入量は増加している。
天然ガスの需給見通しからも、ロシアのLNG供給ポテンシャルの大きさがうかがえる。2025年から2026年にかけてはLNGの供給が逼迫することが見込まれる一方、2027年以降は需給が緩和し、2030年には供給過多となることが予想される。その後、2035年頃には再び需要が供給を上回ると見込まれている。こうした短中期的な需給見通しを背景として、北極域でのLNG開発に注目が集まっている。
トランプ米政権の動き
米国では、ロシアに融和的な動きがみられる。その中核に位置するのが、北極圏における米露間のエネルギー協力である。2025年2月、ドミトリエフ・ロシア直接投資基金総裁とウィトコフ米大統領特使が会談した際、北極圏における米露エネルギー協力が検討されているという情報がもたらされた。アラスカにおけるLNG開発もこうした協力の一つとされ、2026年3月には米国アラスカにおける新たなPolar LNGプロジェクトが発表された。さらに、6月3日にはプーチン大統領が、フランスのTOTAL社が保有するArctic LNG-2の権益売却を承認した。売却された権益は、今後、米国企業に譲渡される可能性がある。
ウクライナ戦争の終結が見通せない中で、米露間のエネルギー協力が進展していることには注視する必要がある。先述のとおり、2035年頃にはLNG需要が供給を上回ることが予想されている。そのため、Arctic LNG-2からの供給を失えば、需要国は、より高価なLNGを調達せざるを得なくなる可能性がある。
ドンロー主義の下で注目を集めているグリーンランドについては、レアアースやレアメタルの資源ポテンシャルが高いと推定される一方、資源のマネタイズや港湾整備など、開発に必要な初期投資が課題となっている。また、中国やロシアによる進出も現時点ではそれほど大規模なものではない。こうした状況を踏まえると、トランプ大統領のグリーンランドへの関心には、資源獲得だけでなく、自らのレガシーを残すことを目的としていると考えられる。
中国と日本のエネルギー戦略
中国は、北極域から北京までを結ぶガスパイプライン「シベリアの力2」(プーチン大統領は新たな名称として「バイカルの力」とも呼称したと言われている)の建設に向けて動いている。しかし、これはロシアにとって必ずしも望ましい動きとはいえない。2014年のクリミア併合を受けて欧米がロシアに制裁を発動した際、その影響によって、東シベリアと中国を結ぶ「シベリアの力」のガス価格が低く抑えられた前例があるためである。今後、中国によるLNG調達が順調に進展すれば、中国が「ポートフォリオLNG輸出大国」となる可能性もある。
日本にとってロシアは、対中レバレッジやエネルギー供給源・供給ルートの多角化を考える上で重要な国家である。どのため、ロシアの北極海航路の実像を正確に把握する必要がある。これまで述べてきたように、北極海航路はエネルギー資源の片道輸送という性格が強く、利用に際しては航路沿岸国とのさまざまな交渉も必要となる。日本は北極海航路の利用にあたって、北極評議会などの多国間枠組みだけでなく、二国間協議も進めるなど、重層的なアプローチを検討していく必要がある。